命の価値C01
ヒナ、シェリー、ユリンに助けられ、自分自身の独立、人間が人間たる所以のなんたるかを知った俺は、その日から激変した。
「お、おお………んがぁぁああああああ!!」
「そう! そうだよエースくん! その悲鳴がそうだ! 笑顔なんて曖昧なものは必要ない! 筋肉を限界まで酷使した際に現れる肉体的苦痛! 喜悦なんて存在しない! トレーニングが終わっても笑顔を浮かべる必要なんてないんだ! さぁ、言いたまえ! マリア様は存在するのか、否か!」
「マリアなんて女は知らねぇぇええ! 俺が知ってるのは、ヒナとシェリーとユリンだけぇええええ!!」
「ふざけるなよエースくん! マリア様の存在を認めるんだ! 言え! 頭に殻のついた生まれたてめ! ズボンをくるぶしまで降ろして、親指をしゃぶらせたまま走らせるぞ!」
「俺の女神はヒナとシェリーとユリンだけぇぇえええええ!!」
「根性だけはあるようだな! 私の家に来て妹とファックしてよろしい!」
「いやアーレスさんはお兄さんが3人いるだけって、この前言ってたでしょおおおお!!」
鬼軍曹め。映画の見過ぎだ。というかこの世界にもあの映画があるんだな。驚いた。
俺は右手の義手で小銃を模した鉄塊を握り潰さないよう握力を加減しつつも、アーレスのしごきに耐える。
アーレスは号泣しながら鬼軍曹になった。言動が某映画のあのひとにそっくりでいて、まだ素が出てしまっている。
みっちり3時間を耐え抜き、呼吸もまともにできぬまま、床に仰臥する。
「あぁー………死ぬかと思ったぁ………」
「うぉぉぉおおおぉん! エースくんが笑わない! 昨日よりも顔色がいい! それでこそまともな思考をする、聖職に殉じようとする者の鑑だよぉぉぉおおおお! うぉぉおおおん!」
鬼軍曹が去って、口調もいつもの調子に戻るアーレス。危うく抱きしめられてメディカルルーム送りになるところで、砲術長が止めに入ってくれた。
デストロイハグから逃れるようにして、プルプル震える四肢を動かして食堂へ。昼飯が始まる時間だ。
そこでも急変ぶりが発揮する。
「お、おお………おいエース。そんなに食って、腹壊さねえか?」
「とにかく腹減ってるんですよ。まだ成長期だし、このくらいは食べないとね」
食堂の炊事兵たちが真っ青になるくらいの食事メニューが俺を待っていた。
すべてはレイシア監督のメニューだ。再出発した俺のパイロット育成プラン。よく動いてよく食ってよく休む。これが基本。栄養バランスとタンパク質と、お仕置きを兼ねたドラッグサラダが山盛りで配膳される。
それはもう、見てる周りがドン引きするくらいの量だった。
「エー先輩。マジでそんなに食うんすか?」
「ん。食うぞ。てかお前らもこれくらい食えよ。体保つか?」
「いや、俺たちはパイロットになってから、食事量も2倍にはなったのだが………エー先輩は4倍はあるぞ」
「俺はお前らより遅れてんの。ただでさえもマイナスなんだ。取り戻さなきゃな」
居合わせたハーモンとコウまで真っ青になるほどの食事量。俺だって前の倍以上は食べてるって自覚はあるけど、鶏ガラみたくなりかけた体を元に戻すだけでなく、筋肉の発達とスタミナをつけなければならないという自覚を促しているがゆえ、なにがなんでも食べなければならない。
「おっと失礼。手が滑って───」
「いただきまーす」
「えっ………」
今日は食堂で新人研修だったか。どこぞのうるさい元副艦長が、また性懲りもなく俺にちょっかいを出そうとしたのを、脳内チップが察知する。
飲料水サーバーの上に接続するタンクを抱えていて、俺が不調だとまだ勘違いしていたのか頭上に振りかざそうとしたところで右腕を突き出す。左手でカップスープを飲む。
鋼鉄の義手がポリタンクを貫通し、デーテルは頭から冷水を被った。
瞬時に抜き手を引いて、フォークを摘む。ちょっとフォークがひしゃげた。こんな簡単なことでも微調整がままならないのか。あとで特訓しなければ。
まだ人員が少なかったのが幸いして、冷水を浴びたのはデーテルだけで済んだ。途端に炊事兵が飛んできて、デーテルに罰を与える。「まともに水も運べないのかテメェはぁ!」とラリアットをかました。
そしらぬ顔をして食事に集中する。7割を切って満腹感があったが、それでも詰め込む。
完食したらやはり吐きそうになったが、根性で我慢する。
昼の休憩以降はミーティングに参加しようとしたのだが、カイドウのタキオン案件、シドウのパイロット案件のどちらも免除された。急にやることがなくなる。
とはいえ、それで怠惰を貪るには申し訳がない。腹ごなしついでにハンガーへ足を運んだ。
「エース? なにしてるんだ、こんなところで? まだ休憩は終わってないだろ?」
製造部に移動し、今日も汗を流してガリウスGのジャケットの製造工程の一端を担うイリスが、俺の入室に気付く。
手を振って先輩に合図すると、ポジションを交代して俺のところに跳躍してきた。
「休憩が長過ぎるんだよ。退屈だから様子を見に来た」
「贅沢な悩みだなぁ。って言いたいところだけど、お前ただでさえも仕事の中毒者みたいな感じだっただろ。有休消化みたく思っておけって。普通じゃないスケジュールで動いてたんだしさ。俺だって途中から体が壊れるのが先か、ノイローゼになるのが先かってくらい追い込まれたんだぞ」
「うっ。………そ、その節はどうもご迷惑をおかけしまして、大変申し訳なく思っております。はい」
「はは。そう言えるようになっただけ、確かに回復してきたってことか。来いよ。俺も10分くらい休憩もらった。なにか飲もう」
イリスには本当に苦労をさせた。
本編では主要キャラ以外で、唯一のネームドキャラクターでありながら、存在を忘れられていく定めだったのが、俺と関わるようになって運命が変わってしまった。
ビームシールドの設計に携わってもらった際には、ブラック企業に勤める社畜みたいなタイムスケジュールで俺に協力してもらい、第6話では俺の無断出撃に加担してもらったせいで殴られ、罪に問われた。軽微な処罰で済んだのが幸いだったが。
それゆえに、イリスだからこそ、俺の異常と狂気の発端となったスケジュールに突っ込まれると、ぐうの音も出ないのだ。
そんなイリスに促され、俺たちはハンガーの一角にある有料のドリンクサーバーへ向かう。
「ほい。俺の奢り」
「いや、俺の分くらい払うって」
「いいよ。超遅くなったけど、パイロットに復帰したお祝いの代わりってことで。こんなので悪いけど、勘弁してくれよ?」
「そういうことなら、有り難くもらうよ」
イリスと仲良くなれた。友人になれて、本当によかった。
ネームドキャラクター以外にも、いい奴はいっぱいいる。
うん。これも俺の俺自身の独立であって、人間の人間たる所以のひとつだ。
こいつらを守りたい。俺自身のために。これは確かな欲望。病的になってから、まったく感じなかった意欲が、実際に戻ってきた。
「………イリス。今、どんなジャケットを作ってるんだ?」
「タイタンを急ピッチで2機分。おやっさんも心配性だよな。ハーモンとコウの予備を、もう揃えようとしてるんだぜ?」
いや………多分、それは違う。
カイドウもたどり着いたんだ。その模範に。
製造部で作り上げているのは予備のタイタンジャケットではない。
グラディオスにとって必須となるものだ。
かなりうまくことが運んでいる。俺は嬉しくなり、スポーツドリンクを一気に半分ほど調子に乗って飲んで、また吐きそうになった。
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