命の価値B09
「合理的な思考。それに特化するだけでいい肉体。………通常なら倒れても不思議ではない体で動き回っていた原因がそれです。エースくんは、自分を誤魔化すことだけは得意でした。体調不良でも、気のせいだと思えば、そう信じてしまうんです。体はとっくに限界を超えて、悲鳴を上げたのに無視をした………いえ、無視したという認識もないでしょう」
レイシアが述べた。
「ナノマシンが増殖したと言ったが………医学的、機械的に可能なのか?」
クランドが尋ねる。これはカイドウが答えた。
「普通じゃ無理だ。けどな、エースはどっちも可能にしちまった」
「どういうことだ? まさかエースは、体内でナノマシンを作れるようになったとでも?」
「いや、それはねぇ。けど似たようなことはできる。なんたってよ、こいつ………ここ最近で医療ポッドの使用履歴がトップなんだぜ? ことある毎にジャブジャブと漬けてきたじゃねぇか。これが学習する機会となった」
「エースがナノマシンを学習した?」
「いや、そうじゃねぇ。正確に言えば、エースの頭んなかにある脳内チップが、学習した。脳内チップもナノマシンの集合体で、ともに医療用。用途は異なるが、メカニズムを学習しやがった。結果、傷口から取り込んだナノマシンを回収、蓄積させることで必要に応じて放出。………合理的な思考を実行できるクソみてぇな体の完成ってわけだ」
「ば、馬鹿な………そんな………我々は、エースの意識の覚醒を促すために処置したというのに………これでは………なんの意味もないではないか!」
唖然とし、驚愕し、絶望する。
誰もがエースの変化に気付いていたにも関わらず、また騙されたのだ。
それはすべてエースの自己責任ではあるが、今となっては誰しもが「早期に阻止できたのではないか?」と後悔する結果となってしまう。
自責の念に駆られるのは大人たちだけではない。
特にエースに想いを寄せ、争奪戦を繰り広げようと積極的にアピールしていた女子たちがそうだ。
すでに期限も終盤で、最後の追い込みをかけようとしたところ、エースの猛烈な忙しさを尊重して、疲れているだろうから休ませようという暗黙の了解を示したのが、逆に失敗に直結してしまったのかもしれない。
誰かひとり、毎日ローテーションを組んで夜にアプローチついでに睡眠と食事の世話、あるいは管理をしてやれば、こうはならなかったのかもしれない。
今はカイドウの手によって、脳内チップを強制的に操っているので睡眠ができているが、いつまでもこうするわけにはいかないのだ。
「カイドウさん。これって………治るんですか?」
ヒナが恐怖しながらも、本当は聞きたくなかったが、聞かずにはいられず問うてしまう。
「………わからねぇ」
「そんな」
「だが、エースの理性が生きているなら、まだ可能性はある。エースはまだ人間の部分を残していると仮定すりゃ、非効率的だが、それが人間に必要で、自分がまだ人間であると理解すりゃ………睡眠と食事ができるようになるかもしれねぇ。だがこれは危険な賭けだ。俺たちから促すのは有りだが、答えを出しちゃいけねぇ。今後、エースが元に戻るためにゃ、自分で気付かねえといけねぇ。さもなきゃ、同じことを繰り返す」
「どういうことですか?」
シェリーが尋ねる。カイドウは、より気力を失いつつも答えた。
「今のエースは、脳内チップにほぼ支配されてる。管理されてるんだ。だから………逆に、自分で脳内チップを管理できる支配者にならなきゃいけねぇ。非合理的だろうが、それが人間にとって必要なものだと自覚しねぇといけねぇんだ。だから………今は、待ってやれ。けどな、もしエースがなにかに気付き、答えを得られるようなら………協力は惜しむな。それが俺たちにできる、最後で最大の恩返しだ」
「求められなければ協力できもしない。………難儀なものね」
「そうだな。けどよ、そこに一番近いとこにいるのがお前たち3人だと、俺は思うぜ。多分、エースはかなり葛藤するだろうがなぁ」
カイドウは答えを知っているようだった。だが、それをエースが自覚するため、あえて仲間たちには教えない。
いや、教えられるはずがなかった。
困難という大海原で発見できる、たった一筋の正解。それがエースにとって、人間が人間たるために必要なことで、もっとも忌避したい行為であるのは明白だったからだ。
脳内チップを起動。カイドウの手によって、許可が出る水準まで回復したとハルモニとレイシアが判断し、許可を出した。
目を開ける。
体が重い。
口が乾く。ひたすら鉄の味がする。
嗅覚がうまく働かない。いつもの消毒液の匂いがしない。
長く眠っていたからか。感覚が鈍っているようだった。
『おはようございます。メカニック・エース。あなたの機能が制限されてから3日が経過しております。バイタルチェック───血圧、心拍、ともに倒れる前より回復していますが、やや高めです。投薬と休眠の影響ですので、決してそれがデフォルトだと思わないでください。とドクター・レイシアのメッセージをお伝えします』
ハルモニが告げる。
「ま、そういうこと。おはようエースくん。気分はどう? ………もうお昼だけど、アーレスさんに頼んで、トレーニングしてもらう? それともタキオンに乗る?」
ベッドの間仕切りが開く。ハルモニの機械音声を聞いて、俺の覚醒と知ったレイシアが、どこか不安そうな表情で尋ねた。
「………いえ。今日はお休みします」
「そっか………よかった。エースくん、思考はまともになったみたいだね」
「はい。ちょっと、タキオンにお灸を据えられました」
「え、タキオンに?」
しまった───と失態を悟る。タキオンのなかにいるケイスマンの意思のことは、まだ誰にも教えてなかったからだ。まさかケイスマンに怒られて、追い出されたとは言えない。
「えっと………タキオンは、一種のバイタルチェックみたいなことができるみたいで。俺の状態を知って、なんらかの………えっと、なんて言うのかな。休めって脳内チップに命令したんだと思います。あれはまだ未知数な機体ですし、神経接続もしてるから………すみません。俺も、なんて説明したらいいのかわからなくて」
「そっか。自分でもよくわかってないんだ。けど仕方ないよね。私はもちろん、カイドウさんだって、あまりよくわかってないんでしょ? エースくんがうまく説明できるはずないよ。………今日はまだ、このまま寝ちゃう? 休んでていいんだよ」
「………いえ、頭を冷やしてきます。茫漠としたイメージなんですけど、タキオンから課題を出されたような気がして」
「課題?」
「それをクリアしないと、俺を二度と乗せないとか。だから起動実験がうまくいかなかったんだと思います。その答えを調べないと。ああ、でも無茶はしませんよ。なるべく食べますし、休みます」
ベッドから起き上がる。節々が軋むがいつもの痛みがない。
レイシアは無言で介助し、そして俺の着替えを手伝って、送り出してくれた。いつもなら止めるが、止められないと事前に知っていたような、そんな顔をしていた。
感想、リアクションありがとうございます!
なんと………200話をもう突破していました! そりゃあ、正気じゃないペースで書き続ければこうもなりますわねぇ。エー先輩が大変なことになっておりますが、これも節目ということで。これからも努力して書き続けます!
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