命の価値B08
なんて爽快な気分なのだろう。
もう、ほぼ寝ていないし、食べてもいないのに。
体力は無限。感情だっていつもより豊か。テンションだって高い。
モチベーションが無限に湧出し、枯れることを知らない泉のような原動力で、俺は今日もタキオンの製造に取り組めるのだ。
これを幸せと呼ばずに、なんと呼ぶ?
「おはようございます!」
「………っ」
昨日よりテンションが高いためか、思っていたよりも大声が出た。
すると、そこにいたカイドウたちが、なぜか………昨日以上に不審がるというか、奇妙なものを見る目………いや、異物でも見る目を向けてきた。
「エース。お前よぅ」
「はい?」
「………寝てんのか?」
「寝てますよ」
「………どんくらい?」
「あー………平均で、30分?」
「………飯食ってんのか?」
「食べてますよ?」
「………この数日、お前食堂を使わなくなったみてぇじゃねぇか。どこで、なに食ってんだ?」
「えっと………自室で、エネルギーバーを。夜に2本食えば、なんていうか、満腹になっちまって。でも心配しないでください。今日もアーレスさんの特訓を受けたんですけど、昨日より動けたんですよ! アーレスさんは感動したのか泣いて喜んでくれましたし」
「………違ぇよ。クソが。アーレスは………お前が毎日のように変わっていく様を見て、後悔してんだよ………」
「え?」
カイドウは昨日までなら小言を並べて、それでも俺をタキオンに乗せてくれたが、今日はやけに小言が続く。
タキオンの製造に加わっている整備士たちでさえ、カイドウと同じ表情をしていた。なんでだろう?
「えっと………どうしたんですか? おやっさん。怖いんですけど」
「怖ぇのはテメェの顔だろうが! 鏡見てんのか!?」
小言の次は怒号ときた。久々に怒鳴られて、耳がキーンとする。脳まで揺さぶられるようだ。
不快感を覚え───あれ? 不快感が消えた。それどころか、至近距離で怒鳴られているのに、そんな大声にも聞こえない。まるで日常会話程度の声量になっているような?
「さっきアーレスが俺んとこに顔出しに来やがった。もう嫌だとさ。お前の面倒を見るのはよ」
「えっ!? な、なんで!? せっかくアーレスさんのお陰で、こんな元気になったのに!」
「元気? 元気だぁ? そいつは違ぇよ。今のテメェは元気でも健康でもねぇ。………ほらな。健康な奴が、こんなガリガリでボロボロなはずがねぇだろうが!」
カイドウにつなぎのファスナーを降ろされる。上半身が露出した。
久々に自分の体を見た気がする。シャワーは浴びるが、1分で済ませてしまうし。
そこには俺とは思えないような、痩せ衰えた胸と腹をする体があった。
「テメェ………いったい、どうしちまったんだよ………なんでこんな体になるまでいじめ抜いた!? 毎日30分の睡眠! エネルギーバー2本で、パイロットに必要な筋肉がつくどころか、痩せ細るに決まってんじゃねぇか! それでなんでテメェがそんだけ動けるのかは知らねぇが、明らかな異常だろ!? なんでこんなになる前に俺らに言わなかった! アーレスは自分のせいだって泣きながら訴えたが、俺はそうは思わねえ。お前が意図して減量とオーバーワークを選んだからだ。まるで、それが合理的だと信じて疑わねえ、機械みてぇな思考でな!」
「え、えっと………でも、俺は別に体調が悪くないし………逆に、コンディションも良いんですって! 怪我だってすぐ治るし。眠くならない。腹も減らない。疲れない。これって、ある意味で理想だと思いません?」
「………クソッ! 最悪だぜクソッタレェッ! テメェ、それじゃ機械とまるで違わねぇじゃねぇか! そりゃ体調がいいってのは確かなんだろうけどよ。でもな、テメェは明らかに健康じゃねぇ。健康な奴は、こんな青白い顔なんざしねぇんだよ!」
部下のひとりが手渡した鏡を俺に突きつける。
さっきからクスドたちが妙に俺の体調のことを気にかけると思ったけど、これが原因だったのか。
顔まで痩せていた。そして肌の色も悪い。極限まで不眠不休で働く社畜のそれと違う。
生きているのか死んでいるのか。前世では故郷で祖母の葬儀があった。棺桶で眠るように横たわる、痩せ衰えた祖母。老衰だった。
丁度、あんな感じだ。これで俺は生きているのだから、確かに不思議だ。
骸骨に眼球を嵌めて、皮を貼り付けたようなイメージ。
「う、わ………まぁいいか」
「よくねぇよ! いいからテメェはメディカルルームに直行しろ! 拒否すんならぶん殴ってでもぶち込む!」
「え、えぇ………わ、わかりましたよ。とりあえず、今日の実験だけやって、それからメディカルルーム行きます。なんだかタキオンのことが気になって仕方ないんですよ」
「待ちやがれエース! そんな状態でタキオンと神経接続すりゃ、テメェの精神が食われるぞ!」
ピョンと跳躍すると、カイドウたちが追ってきた。それでも俺の方が早かった。
コクピットに滑り込み、誰かが入る前にハッチを閉じる。すでに昨日から起動の権限は俺に譲渡されていて、右手の義手を挿入することでタキオンが起動する。
「レイライトリアクター回転数上昇。神経接続開始───っ!?」
『エース・ノギ。残念だ。きみは私の望んだとおりのパイロットにはなれなかったようだ。これ以上の稼働は禁ずる』
「け、ケイスマンきょッ………!?」
『人間が人間たる所以を知れ。それまでタキオンは没収する。これは私を作った私からの唯一の温情であり、最後のチャンスだと思うことだ。所以を知ってからここに来ることだ。しかし、きみ自身の独立もなく、所以も知らずに来れば………タキオンは二度と、きみたちには応えない。まずは頭を冷やし、冷静になって考えることだ』
頭のなかにケイスマン教授の声が響く。
俺が操作しているわけではない。レイライトリアクターの回転数が急に低下し、やがて停止する。
「あ………がっ………!?」
変化は俺にも発生した。
これまで万全ともいえる体調が急変し、思考がままならなくなる。
コクピットのハッチが開くと、カイドウがなにか叫んでいたが、なにも聞こえなかった。
エースが倒れた。遅過ぎた再入院。そうなる前に収容するべきだった。とコンソールを使っていたカイドウは何度もぼやいた。
メディカルルームに集まったのはパイロットとクスド、アーレスとクランドだった。主要人物たちがベッドを囲んでいる。
長時間に渡る検査と分析。アーレスとレイシアが共同で行う。結果が判明したのは深夜だった。
「………結論から言えば、だ。エースは………体内でナノマシンが増殖、活性化させることで命を繋いでやがった。前代未聞だぜ、こりゃ」
カイドウは疲れ切った面持ちで、レイシアが差し出したパイプ椅子に腰を下ろし、深くため息を吐きながら、懺悔するように続けた。
「今日の昼、エースは左手を骨折したが瞬時に治った。ナノマシンがやった。自己修復。極端に短い睡眠。極限に少ない食事。壊れることを恐れない精神。疲れが喜びに変換する思考。………アーレスのクソみてぇな特訓を喜びながらこなしていた原因は、これだ」
「そんな………それでは、まるで………」
「ああ。エースは今や、精神まで機械化されたようなもんだぜ………」
リアクションありがとうございます!
エース人間やめるかもしれません。
作者からのお願いです。
この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!
誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!




