どうせみんな死ぬA06
「カイドウ」
「………ぁん?」
クランドが持ち込んだ気に入っているメーカーのスコッチを飲み干してしまったカイドウは、のそりと移動して、機材で埋められていたボックスや、棚を漁って、目的のテキーラを発見。席に戻る前に開封し、そのままグラスへとドヴォンドヴォンと注ぐ。
テキーラを水のように飲むのかと眉を顰めると、声をかけられたカイドウは、それでもまだ理性は残っていたのか、一気に煽ることなくチビっと舐めただけだった。それでもやはり顔は真っ赤だ。
「エースに義手を用意してやらないのか?」
「………ペンタリブルで用意するだろ」
「だがあのインターフェースは、義手を接続するためのものではないのだろう?」
「………降りる頃に改造してやるよ。その機能をオミット。二度と使えねぇようにする。その上から義手でもなんでも嵌め込めばいい」
「だがもし………エースが、本来の目的を望むとしたら?」
「考えたくねぇよ。そんな地獄」
「ああ。そうだな。それが一番、彼にとっての地獄なのかもしれない。今は強がっているだけで………」
大人たちは懸命に足掻こうとする子供の努力を知っている。認知している。尊敬している。
そうであっても───やはりエースの退役だけは、なんとしてでも敢行しなければならないのだ。今度は大人として、どんな脅威であっても身を挺して子供たちを守るために。
しかし、言わずともわかっていた。
エースが抜けた穴は大きいと。今後の対応に追われるだけではない。全員のモチベーションの低下に直結し、今後の激戦が予想される最大の局面で、誰もが本来持っているスペックを活かしきれないかもしれない。
こんなこと、かつて一度たりともなかった。
グラディオスに乗艦しているのはデーテルが言うように選り抜きのエリートで、誰もがプロ意識を持った軍人である。戦争をしているのなら、いつどこで誰かと死別しても不思議ではない。異常事態の連続で気落ちしたとしても、そんな状況から這い上がるだけの人間を乗せていた。
クランド自身もそうだ。例えカイドウを失ったとしても、後悔はするがいつまでも悲しみに囚われはしない。前に進み続けるという信念があった。
それが、今はどうだ。
たったひとりの少年の、この先の幸せを望んで降ろす決意をしたというのに、後悔ばかりではなく、不安と活力が見出せない。クランドでもこうなのだ。ならば、全体的に見渡せば、きっと───
「くそっ………」
クランドはどうしても、エースをペンタリブルで降ろした先の、明るい未来が見えなかった。
今はただ、カイドウと同じく酒に逃げてしまった。
「私は………エースに望み過ぎた………多くを背負わせてしまった。艦長失格だ………」
「俺も同罪だぜぇ………グゥ」
テキーラを舐めていたカイドウが、ついに落ちる。
クランドもテキーラを注ぎ、乱暴に煽る。
久々に飲んだシルバーテキーラは、芳醇な香りと鮮烈な辛さが口と喉を突き抜けるはずが、今はただ苦味しか感じられなかった。クランドの心境そのものを現しているかのように。
3日が経過した。
俺はカイドウの仕業で筋肉の多くの機能を常時オミットされ、最低限のリハビリしかできなかった。
良かったことといえば………そう、あれだ。とても下品なんですけどね、うふふ。リハビリに付き合ってくれたレイシアが、立ち上がる練習をしている際に常に密着してくれたから、ね、その感触を余すことなく堪能できたってことかな。
こんな体になって、感情が面に出にくくなっているのかもしれない。多分、それが幸いして無表情を一貫できた。レイシアは俺のラッキースケベなんて勤務上の仕方ない接触でしか考えていないだろうし、一生懸命にリハビリに励んでいると勘違いしてくれたのだろうな。ごちそうさまです。
けど、そんな邪な感情を、いつまでも楽しんではいられない。
脳内チップの機能の制限までかけられていたのだけど、精神を心のなかに集中してみると、頭のなかでイメージが浮かぶ。それはとても鮮明なアニメーションで、妄想とはかけ離れた───例えるならパソコンのモニターのような感じだ。
そのモニターに現れる、俺の現在の状況。なにが制限されていて、なにが可能なのか。
例えば、グラディオスの一部監視カメラから、艦内を見渡せたり。展望デッキだったり、シミュレーションルームだったり。機械音声による通信は不可能だった。
あとは艦の外のカメラだ。宇宙空間を見ることができる。目を閉じると、眼球で見ているような視界が広がって楽しかった。きっと、カイドウがそこだけは可能にしてくれたのだろう。
でも………それが逆に、俺がグラディオスに滞在できる残り時間を現していたんだな。
望遠カメラが、とあるコロニーを捉えた。俺も見た。
ペンタリブルだ。サフラビオロスと同型のコロニーで、そこには残念ながらサフラビオロスからの漂流者はいないが、これからグラディオスで保護していた難民を降ろす手筈になっている。
原作第8話でもあった。
Aパートのことだ。ペンタリブルの港に接舷したグラディオスは、クルーに自由時間を与える。整備士たちは前の戦闘で破壊された兵装の修理に駆り出されるのだが、パイロットは優先的に自由時間を許された。
けど、ヒナが犠牲になり、アイリも負傷し、落ち込んだソータたちに自由を満喫できる心境があったのかと言えば、別だ。あるはずがない。
アイリは外出ができないし。ソータは看病しに行こうとするのだが、そういう時に決まってコウがいて、どうにも顔を出し辛い。俺も見ていて悶々としたもんな。
さて。いよいよ俺のグラディオスでの時間も終わりを迎える。
クスドたちは間に合わなかった。
艦内カメラを通じて見たのだが、パイロットたちとアイリが片っ端から嘆願書のサインを求めたのだが、どうにも大人たちは頑なに首を横に振った。危うくハーモンが殴りかかるところだったが、喧嘩に応じる大人はいなかった。誰もがハーモンに殴られるのを望んでいる目をしていた。罪悪感が表情に滲み出ていた。
きっとカイドウとアーレスが説得したのだ。頭を下げながら「どうか、どうか」と。
整備科、砲雷科のクルーたちは全員、俺を地獄とかいう場所へ誘いたくなかったのだろう。
地獄ね。失礼しちゃうよ。俺にとっては、ここにいることこそ本望なのに。でもそれをクランドに告げたとしても、理解はされても同意は得られないのは一目瞭然なんだな。
結局、俺は車椅子に乗せられ、レイシアによって廊下を移動した。
誰とも会わなかった。会えば辛いだろうというクランドの陰謀か。うまいことやりやがる。会えば誰だって俺に張り付いて、下船させないでくれと泣き喚いて懇願するだろう。
俺もそれができれば楽なんだけどな。カイドウが貸与してくれたハルモニが入っていない端末を取り上げられ、声を出せない。脳内チップも制限を増やして視界を塞ぐ。耳だけ聞こえる。
レイシアは一言も喋らない。
代わりに、時折鼻をすする音が聞こえた。
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