主砲を撃てC02
オペは数時間にも渡った。あの非常事態だ。ドクターは気合いを入れて、急患の受け入れを万全に整えた。レイシアもそのひとりだ。
敵は連合艦隊を壊滅に陥れたアンノウンだという。モニターを見て絶望した。あんなのにどう勝てばいいのかと。
クランドの判断は優れていた。主砲を用いて敵軍を一掃すると。しかしドクターは言う。「整備科か砲雷科か、どちらかで死傷者が出るかもしれない」と。
だが結果として運ばれた負傷者はたったひとり。レイシアがよく知る少年。
保護目的でブルーシートで包まれ、梱包を解くと息を呑む。
以前の負傷も最悪だと思ったが、今回の負傷は、段違いだった。
すぐにオペが始まる。難易度が高い。刻々と時間が過ぎていく。
軍医たちもエリートを揃えたが、今回のオペは例にないことばかりで、緊張が走る。
「………ダメだ」
ドクターが、諦観を示す。
「この子はもう………限界だ」
「………わかりました」
心電図が一定のリズムで生命活動のみを示すが、ドクターの腕でどうにかなる問題ではなかった。
8時間にも及ぶ大手術だ。その末に出た答えだ。やれることはすべてやった。その上で判断した。
オペに立ち会ったレイシアは胸が締め付けられる思いだった。この少年は問題児で、世話をして、世話にもなった。そこにいるだけで日々問題を起こし、しかし不思議と周囲から信頼を集める。
エース・ノギ。きっと希望の光となり得るような、なにかを持った少年。
「お疲れ様。エースくん。よく頑張った。頑張ったねぇ………」
レイシアはエースを抱きしめて涙を流した。ドクターもエースを知っている。礼儀正しく、観察眼があった。好印象を抱いていた。レイシアにつられて涙を浮かべるも、ぐっと堪える。まだ仕事は残っていた。
毅然とした態度で、メディカルルームから廊下に出る。すぐにレイシアも続いた。
大勢がいた。パイロット。予備パイロット。学徒兵。整備士。砲雷長。砲術士。炊事兵。そして艦長。
誰もがエース・ノギの無事を祈って、その祈りこそが力になると信じて、ドクターが出てくるのを待っていた。これまで何人もの同胞を見送ってきたが、報告をする際に集まっていた人間がこれほど多いのは初めてだった。
「ドクター………エースは?」
酷い顔をしていたシドウが尋ねる。パイロットたちが殺到しようとする。なんなら手術室まで無断で入ろうとしていたが、ドクターは両腕を広げて止めた。
「2237にて………エース・ノギの死亡を確認した」
「………ぇ」
ヒナが硬直する。
受け入れ難い現実だっただろう。彼女たちは「無事峠は越えた。しぶといな。もう大丈夫だ」と告げるのを心待ちにしていたのだ。エースが死ぬなど信じていなかった。きっと生きていると、そう思わなければ気が狂いそうだっただろう。
「なんで………」
「彼を焼いた炎の勢いが凄まじかったが、防護服で守れていたのは確かだ。しかし爆発に巻き込まれて右腕は損失。そしてなにより………彼の後頭部にメインコンソールが直撃したとあったが、あの重量と勢いだ。ヘルメットさえ砕き、頭蓋を破壊。脳を損傷。………その隙間から消火設備から噴出される二酸化炭素が侵入し、二酸化炭素中毒を引き起こした。………彼は心臓こそ動いているが、脳が死んだ。もう………二度と目を覚ますことはないだろう」
ドクターは脳死と判断した。絶望が波及する。
「う、ぁ? あ、あ、ぁ………ぁぁぁああああああああああああ!!」
「そんな、そんなぁっ」
「嘘だ! 嘘だって言ってよドクター!」
「レイシアさん! エー先輩が脳死だなんて、そんなの冗談っすよね!?」
「ジグみたいにならないって言ったのに………」
「………っ」
ドクターとレイシアに掴みかかるパイロットを、シドウと整備士たちが取り押さえる。
結果的に訪れてしまったのだ。
エースがどうしても回避したかった、誰かの死による絶望は、皮肉にも自らの死がトリガーとなり、本編どおりの展開が開始するトリガーとなってしまった。
絶叫。嗚咽。怨嗟。廊下にネガティブな感情が渦巻く。
もう誰も、なにも言えない。第6話でヒナがアンノウンDタイプによって殺された時のように。
ガクリと膝を突くアーレス。青褪めたまま、床一点を見ていた。
クランドは黙していた。すべて自分の責任であると、心に刻みつけていた。
「先輩………エー先輩っ! こんなの、嫌だぁああああああ!!」
「ああ。俺もそう思うぜ。だから通してくれやお前ら」
「………え?」
蹲り、泣き叫ぶヒナが顔を上げる。
どうにも姿が見えないと思っていた、カイドウが廊下を移動し、人混みのなかを進んだ。
「ドクター。待たせたな」
「………いいんだな?」
「………ああ。やってくれ」
両手で運べるくらいのケースをドクターに託すカイドウ。
「………わかった。艦長、よろしいですね?」
「………許可する。どうか、頼む。エース・ノギは彼らに、いや我々に必要な仲間だ」
「承知しました。戻ろう。レイシア」
「………はい。じゃ、みんな。待っててね」
ドクターとレイシアは、再びメディカルルームに戻る。
数秒の沈黙ののち、ゆっくりと立ち上がったヒナは、カイドウの服を掴んで詰問した。
「カイドウさん。いったい、どういうこと、ですか? エー先輩を………どうするんですか?」
「………クランド。隠すのは無理だ。話しちまうぞ?」
「そうだな。彼らにも知る権利がある。みな、ミーティングルームへ移動しよう。そこで話す」
クランドとカイドウは膝を突くアーレスを立たせ、ミーティングルームに移動を始める。
まだ多くがそこに佇んでいた。いきなり移動を命じられても、その説明が希望か、絶望かも知らされていないのでは、動きようがない。
「親父。これだけは先に教えてくれ。………ドッグで言ったな。悪魔に魂を売ると。それはノギの命を悪魔に売るという意味か!?」
シドウは大人でありながらヒナら子供たちと思いをともにし、要求をする。
立ち止まったカイドウは、少しだけ振り返る。その瞳は濁り、まともとは呼べない顔色をしていた。
「………だな。それで合ってるぜ」
「なんだと!?」
「こうするしか、ねぇんだよ。………俺らには、それ以外の方法がねぇんだ………」
きっと、数時間前に行った吊し上げ大会の時のように。
カイドウは全員から殴られることを覚悟していた。
だが発言に嘘偽りはない。
最悪なプランに違いはないが、希望だけは、決して失われてはいけないのだから。
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