主砲を撃てA05
「もっと奥に座れる?」
「ああ」
士官室のベッドは、学徒兵に割り当てられた4人部屋のベッドよりも広い。寝心地もいい。
浅く腰掛けてから、傷を配慮しつつ腰を浮かせて、より奥へと移動すると、横向きで足を伸ばしてもまだ余裕があるくらいだ。
ヒナもベッドに上がる。いつぞやみたく隣に座るのかと思えば「えへへ」と笑いながら、俺の前に座って背中を預けてきた。
「おっ………」
「エー先輩。手を伸ばして?」
「う、うん」
ヒナの体温と感触が伝わる。要求どおり背中越しに両腕を伸ばすと、ヒナはその手を握って、腹の前に回した。丁度、俺がヒナを抱きしめているようになる。
先程よりもダイレクトにヒナを感じることができた。なにこれすごい。こんなの知らないよ。こちとらプロの童貞ぞ?
ヒナめ………いけない子!
仲直りした途端、リミッター外してきてない?
こちとら推し活の申し子を自称し、お触り厳禁を誓った生粋のファン。破れば切腹のはずなのに、それなのに………!
「ふ、ぐ………」
「ふぐ? 魚のこと? おいしいらしいね」
危うく叫びそうになって、噛み殺すと、ヒナが振り返って微笑む。
ァァァァアアアアンガワィイ………!
「あ、あのさ。ヒナ」
「なーに?」
「ち、近すぎると思うのですが」
「いいじゃん。別に」
俺がよろしくないんだよなぁ。
このままでは切腹は免れない。
それにイカれたカウンセラーが余計なことをしてくれたせいで、センシティブ方面に意識が向いてしまう。
ヒナを後ろから抱きしめているんだぞ?
体温や感触だけでも思考がぶっ飛びそうなのに、ヒナの頭が鼻先を掠めるから、顔を埋めて匂いを嗅ぎたくなるじゃないか。なに考えてんだこの子は。男はファンタジーな絵本に出てくる下心なんて無い純粋な妖精さんとでも思っているのか? オオカミぞ? 下心しかない下卑た存在ぞ?
あと少しでも上に手を持ち上げれば当たるんだ。それでいて、ヒナは俺の手を弄ぶように揉み込む。自分を律するのと煩悩をぶち殺すことを率先しようとしても無茶がある。
「うわー。すごい量だねぇ」
「ちょっ!?」
ここでヒナさんが暴挙に出ました。
煩悩退散に集中していたのが災いして、ついレイシアからもらったものを遠ざけるのを忘れていたのだ。
厚紙の箱を開けたヒナは、まるでお菓子が詰まった箱を見るような目で、内容物を摘み上げる。
「エー先輩。これなんだけどさ」
「健康器具っ!」
「え?」
「それは健康器具なんだっ。はは、でもな、多用すると体が壊れちゃうんだ。薬と毒って表裏一体っていうだろ? まさにそんな感じなんだ」
我ながら情けない回答だ。
惜しいことをしているという自覚はある。こっちだって健全な青少年。もし使う機会があるなら使いたい。
しかしそれをやると、もう戻れなくなる。ファン失格の烙印をセルフで押して、切腹の刑だ。
酷い葛藤に苛まれつつも、チラッとヒナを見る。
「そんなはずないじゃん。もしかして知らないとでも思った? あはは」
………マジかよ。
心が冷えた。まさか経験済み? いやヒナに限って………え? えっ?
「あっ、酷いエー先輩。もしかして私が使ったことあると思った? 違いますー。お兄ちゃんの部屋にあったから画像検索しただけですー」
ツーンと拗ねるヒナ。とても可愛い。
もしかして知りたいことがそのまま顔に出ていたか。やっちまったな。
でもかなり安心した。
「エー先輩」
「う、うん?」
「今日は何個使いたい?」
「お、おま………」
「何個でもいいよぉ」
ヒナはそんなに、俺に切腹させたいのか!?
どうする? 桃源郷を見て地獄に落ちるか。逆パターンもあるが、ヒナがかなり乗り気なため、逃げられそうにない。
「い、いやっ。えっと、ヒナさん。こういうのは節度を持ってだな?」
「艦内では恋愛が自由なんだってね。………あ、そうだエー先輩。この前、私が勇気出して告白したじゃん。その返事を聞いてなかったよね。さ、答えて。エー先輩は私のことをどう思ってるの? 正直に答えられたらご褒美をあげるね」
ヒナ、恐ろしい子。まさかの外堀から埋めてきやがった。
そりゃあ、好きですよ。とんでもなく好きですよ。少し前ならこんな感情にならなかったけど、もう頭はヒナのことでいっぱいなんだ。
俺は恋愛をするためにここにいるわけではない。ソータとアイリのカップル成立を見届けるためにここにいるんだ。そのために助けられる命はすべて助ける。その延長線上でヒナにここまで懸想することになるなんて、とんだファンもいたもんだ。
「お、俺は………あ」
「チッ!!」
答えようとした矢先、まるでタイミングを合わせたようにアラートが鳴る。
次いで、爆撃を思わせるような音量で舌打ちが鳴った。ヒナだった。女の子がしちゃいけない形相をしてスピーカーを睨む。
『アンノウン発生! パイロットは出撃準備! 繰り返す───』
「………アンノウンって、本当………空気読まないよね」
「う、うん」
俺も何度もそう思ったけど、皮肉なことに今回はアンノウンに助けられた。
「行ってくるねエー先輩。大切な時間を邪魔したアンノウンは、1匹残らず消さないと………」
怖い。ヒナが怖い。獣みたいな表情をして、ゆらりとベッドから出る。
ところが、そんな彼女が一瞬で素に戻った。
「エー先輩?」
「あ、いや………これは………」
俺は部屋から出ようとしたヒナの手を掴んで止めていた。ほぼ無意識で、そんなことをした理由は数秒後に判明する。2週間前の事件がフラッシュバックしたからだ。
「どうしたの?」
「………生きて、帰ってこい」
「うん。わかってるよ。Dタイプが出ても、もう大丈夫。ビームシールドがあるもん」
あの事件から2週間もあれば、カイドウが改良したエース・ノギ式ビームシールドがいくつか量産できたらしい。ビームシールド改と呼称されたそれは、なんと7機すべてに装備された。エネルギー効率を向上させたらしい。
「だから大丈夫。私はちゃんと帰ってくるよ」
「………ああ」
あの事件は、もう終わったのだ。
わかっていても、不安が尽きない。
「行ってきます。帰ってきたらご褒美ちょうだいね」
ヒナが生きていてくれるなら、俺が出せるものならいくらでも出してやる。
踵を返すヒナは部屋を出る。走り去る足音が遠ざかった。
「………はは。ダメだこりゃ。ひとりに依存しちゃいけないってのは、わかってるけどさぁ」
それができないのが、俺という愚者なのだ。
数分後、居ても立っても居られず、着替えを出して俺も部屋を出た。
ブクマ、リアクションありがとうございます!
センシティブ祭りになるかと思いきや、そうじゃないんですなぁ。またの機会にでも。
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