主砲を撃てA04
なになに?
エース・ノギの移動届?
おかしいな。だってさ、病室って………ここじゃん。
治療ポッドなら隣室にある。まさかそこ? また漬物みたく黄緑色の液体に漬けられろと? でも前回はそんな書類、見たこともなかった。
「レイシアさん。それ、なんですか?」
「んー? 医者として、エースくんの部屋移動を正式に認めますって書類だよ」
「いや、それはわかるんですけど………え、どこに?」
メディカルルームはなにも治療やカウンセリングを行う場所だけではない。
俺みたく手術をして入院している患者を収容できる。俺が寝かされているベッドがそうだ。でもそれ以外に見当たらないんだよな。
「きみの部屋だよー」
「え、借りてる士官室に?」
「そ。あ、今後は、きみの功績を考えて、正式にそこに割り当てるみたいだよ。よかったね」
「へぇ。それはすごい優遇………いや、だからなんでそこに移動になるんですか? 俺、まだ完治してないのに」
「んふふ。なんでだと思うー?」
………おっと。レイシアの顔に、青筋が浮かんだような? ヒナは手前にいて、俺を笑顔で見ていたから振り返りでもしない限りレイシアの表情が見えるはずがない。
「あ、そうだヒナちゃん。お使い頼まれてくれない?」
「いいですよ」
「じゃ、これを食堂からもらってきてくれるかな? もう話は通してあるから」
「はーい」
レイシアは腕の端末からメモデータを送信し、受け取ったヒナがメディカルルームから出ていく。
「さて、と」
レイシアはキュッキュッとシューズを鳴らして歩く。ここは地上でもないし戦艦だ。ヒールなんぞ履けるはずがない。似合いそうだけど。
そして俺が座るベッドの前に立つと、それはもう見る者を魅了する天使のような笑顔を浮かべ、ただ瞳だけは冷め切った悪魔のような眼力を帯びた。
「小麦粉、お砂糖、バター、ミルク、チョコレート、それから茶葉。………この2週間、どれくらい減ったと思う?」
「え、なんの話しですか?」
「ヒナちゃんのお腹に収まった量。キロ単位で計算していいよぉ」
材料から察するに、クッキーと紅茶か。
しかし解せない。
前々からレイシアのところでヒナはクッキーと紅茶を暴飲暴食していたことは知らされていたが、あれは俺がヒナの気分を損ねてしまう失態があったからで、今のヒナはとても落ち着いているはずなのだ。暴飲暴食をするとは思えない。
「そんなに食べたんですか?」
「うん。エースくんが寝てる間にね。ヒナちゃんったら、エースくんが治ったらあれがしたい、これがしたいって毎日語るんだよ。まるで絵本のなかの王子様に夢を馳せる女の子みたいにね。可愛いね」
「あ、はい」
「ヒナちゃんが落ち着いてくれて、とてもよかったよ。でもね、あの子毎日お見舞いに来るの。その度に私も作って出してあげてたの。その結果、ストックが消し飛んだの。………問題です。次の補給船は、いつ合流する予定でしょうか?」
「あ、あー………」
なるほど。理解した。つまり、ストックがヤバいから俺の部屋に移せば材料はそこまで極端に減ることはないと。
「さてエースくん。確かにきみの体は全快とは言えないけど、もう出歩けるまで回復したんだしさ。なら自室からここまで通った方がリハビリにはなるんだよね。というわけでドクターとも話し合った結果、きみを自室に移すことにしました。艦長にはすでに話は通ってるよ」
………そうか。
あの軍法会議の終盤で、違和感はあったけど、それを聞ける空気ではなかったので尋ねられずにはいたんだ。
クランドはメディカルルームではなく、自室で謹慎しているように言った。こういうことだったのか。
「わかりました。お世話になりました」
「こらこら。まだ完治してないから、お世話は続くんだよ? うわ、もう帰ってきた。早いなぁ」
メディカルルームの外でパタパタと足音が鳴った。数秒後、少し息を切らせたヒナが、大量の荷物を抱えてメディカルルームに入る。
「戻りました! これ、バターと砂糖とかですよね。これでまたクッキーが食べられるんですね!」
「う、うん。そうだよぉ」
「やったー!」
ヒナの満面の笑みに反して、レイシアの笑みは引き攣っていた。俺を振り返ると「わかってんな?」と無言で圧をかけてくる。
「じゃ、これからヒナちゃんはここじゃなくて、エースくんの部屋で看病してあげてね。あ、そうだ。傷も塞がったし、軽めの運動ならしていいから。エースくん。これ、あげるね」
戸棚から見覚えのある厚紙の箱を取り出すレイシア。
以前は数枚、そこから取り出した問題でしかない品を分けてくれたのだが、今回は箱ごと、ドンとベッドに叩きつける。
「………俺を殺すつもりですか? 絶対軽めで済ませない量ですよね?」
「いやだなぁ。そう簡単にひとは死なないって」
綺麗な笑顔で、サラッと怖いことを言う。
相変わらずイカれてるよ。このカウンセラー兼軍医は。
「ヒナちゃん。ベッドが汚れたら、ここに持ってきていいよ。秘密で洗ってあげるから」
「汚れる?」
「詳しいことはエースくんに聞くといいよ。きっと教えてくれるはずだよ」
おい。俺に丸投げすんなイカれたカウンセラー。
きっと詳細をレポートにして提出しろとか言うんだろうなぁ。
「………レイシアさん。丸ごともらうってのは、気がひけるんですけど………他にストックがあるんですか?」
「………へぇ。エースくんは一晩でこれを使い切る自信があるんだぁ? すごい体力だねぇ」
「そういうことじゃなくて、レイシアさんの分は?」
「………まだあるから心配しなくていいよぉ? っていうか、そういう心配しちゃうんだぁ? 生意気だねぇ。余裕あるねぇ? こちとら相手にそんな気があるかも知らないっていうのにねぇ? はは。もしかして喧嘩売ってる?」
おっと。地雷を踏んでしまったようだ。
早急に手を打たなければ。
「す、すみません! もう行きますね。それじゃ、また明日!」
「また来まーす」
「はいはーい。エースくんは明日覚えておいてねぇ」
診療を? それとも報復を?
まずいな。手を打つにせよ、どうやって? 適当にシドウを煽るか。
箱を小脇に抱えてメディカルルームを出る。ヒナに補助されて、ひぃひぃ言いながら自室に戻った。久しぶりに入った。
「ふぅ………ただいまぁ」
「おかえりなさい。エー先輩」
ヒナめ。ここを自分の部屋と勘違いしてるのか?
なんて考えていたら手を引かれ、ベッドの上に座らされた。
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