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雪女の危機

作者: みどり青

ある国、ある地方。

夏でも降り続ける不思議な雪。溶けない雪に覆われた山。


そこは昔から禁足地となっていた。

神の住む山、人ならざるモノの住処。


手つかずの自然の宝庫でありながら、誰も近付かない。

もし、誤って一歩でも侵入してしまうと、誘われるように山の中に迷い込むという。


迷い込んだ者が女なら、体の一部を食われてしまう。

迷い込んだ者が男なら、心の一部を食われてしまう。


戻ってきた者の話では、人ならざるモノは雪女であるという。

人間に害なす物の怪を、我こそは退治してくれようと、正義感を胸にあえて足を踏み入れる修験者もいる。

今日も。




「雪女!この大膳様が退治してくれようぞ!」


猛吹雪の中、筋骨逞しい老年の修験者が大玉の数珠を振りながら叫ぶ。


「ほほほほほ、小童が、こざかしいのう」


雪女は空に浮き、真っ白な着物をはためかせながら、悠々と細い指を動かした。

それだけで、雪のつぶてが修験者に襲い掛かり、修験者はころりと転げてしまう。


銀の長い髪、氷色の瞳、雪の肌に白い着物。

雪女は美しかった。

残虐な笑いを浮かべながら容赦なく修験者を攻撃している様さえ、気高かった。


「なんの!儂は五十年、ひたすらお前を倒すために修行してきたのじゃ!」

「たったの五十年かえ?ほほほほほ、わらわから見たらまるで赤子じゃわ」


修験者は何やら呪を唱えていたが、いい加減相手をするのに飽きた雪女は、そのまま猛吹雪をおこし、山の外まで吹き飛ばしてやった。


侵入者を排除した山には、雪女一人。

心地よい住処に戻った雪女は、ふうと息を吐き、いつもの平穏な日常に戻っていった。



だが、とうとうこの雪女にも、危機が訪れるのである。




ある日、雪女はいつもと違う気配を感じた。

何者かが侵入している。

人ではない!


雪女は雪鏡を出し、侵入者を見ようとした。

だが、雪鏡にはぼやけた姿しか写らない。

余程の力がある者らしい。


雪女は帯をぎゅっと締め直すと、侵入者を迎えるために立ちあがった。


猛吹雪の向こうに、大きな影が映る。

自分の倍はあろうかという体躯に、雪女は目を眇めて相手を見極める。


「お前が、雪女か」


野太い声が響いた。

振動で雪が細かく震えるほどの大音声だった。


「お、おぬしは……」


雪女は絶句した。この雪山に来るはずのない者がそこにいたからだ。


赤銅色の肌。あらゆる筋肉が発達した、横にも縦にも大きな体。

赤く暗く輝く瞳と、大きな口から覗く太い牙。ごわごわとした髪からは、曲がりくねった鋭い角が二本、天に向かって力強く伸びていた。



(あ~~~~ん!!鬼でねえの~~~~!!なしてなして?なしてオラの山に来ただ?それにしても素敵だべ~~~!かっこいいべ~~~!!なんて体だべ~~~~!!)



雪女の乙女が爆発した。

雪女は筋肉隆々の男がタイプだった。

自分を圧倒するほどの強い男が好きだった。

いつかそんな運命に出会えたら、乙女の証を捧げようと、いつも夢見ていた。

今まさに、理想が服を着て、いや、ろくに服は着ていない、腰布一枚である。寒くないのだろうか……いやまあとにかく、夢にまでみた理想の男が目の前にいた。


「人間にあまり悪さをすると痛い目をみるぞ」


鬼は、ずんずんと雪女に近付いてくる。

野太い低音が、雪女の胎にずんずんと響く。


だが雪女は、初めて会う運命の男に、どう誘いをかけていいかわからなかった。

目の前で躍動するあらゆる筋肉に目を奪われていた。

どうしていいか戸惑っているうちに、つい、心とは真逆の冷たい言葉が口から出てしまう。


「おぬしは人間の味方かえ?鬼ともあろうものが、随分とおとなしくなったものだねえ」

「ふん、自分より弱い者を甚振るなど、愚かなことだとなぜわからん」


目の前まで来た鬼は、そう言って雪女の腕をぐいと掴んだ。


(っあーーーーーーーー!!逞しい!逞しい腕だっぺーー!かっこいい!かっこいい!鬼様かっこいいーーーー!)


「おい、聞いているのか?」


雪女の反応を窺うように、鬼は少し首を傾げて雪女をのぞき込んできた。


(その仕草反則だべーーーー!かっこいいだけじゃなく可愛いも併せ持つとか反則だべーーーー!)

「聞く必要などないわ!わらわはここに八百三十年、ずっとこの山と共にいるのじゃ。侵入する人間が悪いのじゃ」


「なんだ、まだ子どもではないか。俺はもう千年以上、人間と共にいるのだ」


(年上だっぺーーーー!年上男性憧れだっただーー!!オラを優しく導いてほしいっぺ、なんてナ)

「爺はおとなしく自分の山に引きこもっておればよいものを。ええい、腕を離さぬか!」


「おい、雪女の妖力はこんなものか?まずは、年長者は敬うものだと教えてやろう。あと、俺は爺ではない」


「あーーー教えて欲しいっぺー。手取り足取り教えて欲しいっぺー!」

(おぬしに教わることなど何もない!わらわの力を甘くみるなよ)


「雪女?」


「雪女じゃねえっぺ。オラは『ささめ』って言うだ~、鬼様に優しく名前を呼ばれたいだ~~」

(何を呆けた顔をしておる。わらわの力で氷漬けにしてくれるわ!)



「ささめ」



「なぜわらわの名を知っておる!?」

(なして名前知ってるだー??)


「お前、さっきから口調が妙だぞ」


たっぷり三十秒、雪女は考えた。

いつの間にか吹雪は止み、ちらちらと優しく二人の周りを粉雪が舞っている。

それはさながらスノードームのようで、幻想的でロマンチックな光景が作り上げられていた。

無意識の雪女によって。


「あーーーー!失敗したっぺー失敗したっぺー!鬼様が悪いだー、いきなりオラのとこ来るからー!心の声がダダ漏れしたっぺーー」


自分の失態に気付いた雪女は、急に子どものようになって、ばたばたと地団太を踏んだ。




予想と違う雪女の言動に、鬼は困惑していた。

直接関わることはなくとも、長年、人間と共存してきた鬼にとって、雪女の噂はあまり気分のいいものではなかった。

言い聞かせて解決すれば良し、そうでなければある程度の力は必要であろうと思ってやってきた。

ところが、雪女を初めて見て、予想以上の美しさに一瞬囚われそうになった。美しい美しいと話には聞いていたが、ここまでとは思わなかった。自分とは違う、繊細で整った顔立ちに、ここに来た目的を忘れるところだった。

こんなに美しい女が存在するのか、と呆けた己を叱咤し、牙を噛み締めて腕をとったというのに、その瞬間、またもやその細さに戸惑った。

雪女の妖力の強さを侮ってはいけない、そう頭の中で繰り返しながらも、鬼はいつものように振る舞うことができなかった。


「こんな素敵な殿方がいきなり来たら動揺するっぺー!腕まで掴んできて破廉恥だっぺー!」

「そ、それは悪い」


わめく雪女に、鬼は我に返って腕を離した。

美しい雪女が、ぷくーと頬を膨らませて下から恥ずかしそうに睨み上げる様は、なんとも言えず可愛らしく、鬼の庇護欲をそそる。

どうにも調子が狂う。鬼は内心、らしくなくオロオロと動揺していた。


「破廉恥だっぺー!もうお嫁に行けないだー!責任とってもらうっぺー!」


ぽかぽかと、逞しい鬼の腹をささめが叩いてきた。

冷たい拳が自分の腹に当たるたび、くすぐったい気分になる。

ささめが叩く度に、ひらひらと着物が舞い、さらさらと銀の髪が流れた。

そのひらひらさらさらをじっと見つめていた鬼は、まるで暗示にでもかかったように、なんだかよくわからない落ち着かない気分になってきた。


「さ、ささめ。まずは落ち着いて、話をしたほうがよさそうだ」

「鬼様……」


このままでは埒が明かないと、鬼はそっとささめの両肩を掴み、なんとか冷静を装ってそう言った。




鬼のその言葉に、ささめはハッと気付いた。

そうだ。このまま自分の住処に招いて、既成事実を作ってしまえばいいのである。

こんな理想通りの男性を逃しては一生後悔する。

住処についたら、隙をついてさっさと押し倒してしまおう!

そうだそうだ、そうしよう。


ナイスアイデアと思い、明るい顔で鬼を見上げると、


「だめだ、ささめ……もう全部声に出ている……」


鬼は大きな手で顔を覆っていた。



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