揺れる胸。あるいは胸覆いの有用性。
魔が差しました……。
なんか、あれだ。
つい魔が差したんだ。
「胸が揺れると垂れると言いますよ」
その場にいた全員が振り返る。
怖っ!
「どういうことかしら」
「あ、えーとー」
しまった。
異世界転生して二十年とちょっと。ご令嬢に擬態してやり過ごしてきたというのに!
異世界転生した分、運が良く、転生先に恵まれない分、運が悪い。
ライラはそう思っていた。
ファンタジー異世界だわぁと思ったのは12歳くらい。胸が膨らんで大人の入口に立ったころ。与えられる服に、ブラジャーがなかった。コルセットもなかった。辛うじてあったのはスポーツブラみたいなやる気のない布。
ふざけるなと思った。
すくすくと育っていく私のおっぱいをそんなので支えられるかよっ! と。
もっときつめの胸が揺れないものを求めるライラに周囲の大人は笑った。最初は心もとないでしょうけど、そのうち慣れる、揺れる胸は男性も好ましく思うもので美人の条件である。
……どんなエロゲーに転生したの私。ライラは絶望した。そこからこの世界のことを死ぬ気で勉強した。記憶にあるどの世界とも合致しないと思ったがきっと元ネタはあるはずだと信じて。
「……ガチャゲーかよ……」
半年後、がっくりと床に崩れ落ちるライラがいた。
美女、美少女を育成して、戦闘に連れて行ったりする陣取りゲームだった。顔可愛いの当たり前、すっとーんのストレートから豊満までスタイルはそろい、ボイスも素敵である。
というのが☆5つのご令嬢である。
ライラはいっぱいいる☆2ご令嬢である。なんなら、またお前かよ、と言われるくらいに引かれるくらいだ。なお、☆1は道具類が出てくるので、☆2は実質ノーマルである。
前世のライラは女であったが、このゲームの広告があまりにも出てくるので試したことがある。意外と面白かった。少なくとも転生して、あー、あれか? あれか!? と思い出すほどには。
ただ、残念ながら推しは出来なかったので、特別楽しくもない。
くっそ、そんなに揺れる胸が偉いのかっ! と常に悪態をついていたような気もするが、今は立派なおっぱい様がいるので無問題だ。
ひとまずは主人公は存在していないようなので、皆平和なものである。貴族のご令嬢が武術訓練普通にするのどうなの? とライラは思うが。
まあ、衣装がひらひらなだけで困りはしないだろう。ライラはそう思うことにした。☆が多いご令嬢の露出度がひどいことになっているが、ライラは☆2令嬢である。鉄壁の防御をしたところで誰も見やしない。
そう思っていたのだが、世の中上手くいかない。前世では知らなかったが、胸が大きい、しかも支えがないというのは生活上困ることがある。
揺れるまでは許容できても、走ると痛い。肩こりする。そして、美人の条件とされるだけあって、胸を見るのがそれほど無作法ではない。
両親が良い縁談をとひらひらスケスケな服を用意してくるのも、本当に困った。
セクハラではなく、本当に普通に胸を褒められるのも泣ける。
耐えられぬと引きこもりになるまで早かった。
☆の数のわりに美乳に育て過ぎたのだろうかと思い悩む日々だった。
そもそも、おっぱいは揺れると垂れるものであるとライラは前世の知識で知っていた。この世界でもある程度は同様のようで、ライラの母親ほどになるとその話題が出てくる。若いころのハリがないとか、重さに逆らえないとか、いえ、奥様はお若いから、ほほほ、という寒い会話をしょっちゅう聞く。さらにその場にライラがいれば、お若いからわからないでしょうけどねと嫉妬込みの発言もされる。
ライラは怖いと引きつりそうな微笑みで聞き流していた。
そんなに気にするなら揺らさなきゃいいじゃない、という発想はこの世界的に発生していないらしい。揺れたから垂れるという考えはないようだった。加齢での自然現象。要は皺やシミのようなもの。
ライラは自らの美しい胸のために、自衛することにした。
モテとかいらない。と悟り切ったともいえる。
布で巻くから始まった試行錯誤は、ついにノンワイヤーブラまでたどり着いた。
ライラは固定化されあまり揺れない胸を手に入れたのだ。それで出かけるライラはあまりにも異形のように見えたらしく、知り合いがさーっと消えていった。
美しいものを隠すなどもったいないと心配そうに言われることもあったが、ライラは黙殺した。
そして、今日、どうしても出なければならない夜会にきて、やらかしてしまったのだ。
「そんなみっともないものをつけて、来ないで頂戴」
そういう王女様に、揺れる胸は垂れるぜ? と言ってしまった。
人の苦労の結果のブラジャーに文句付けんじゃねぇよという反骨精神が、いけなかった。ライラは反省している。もう遅いが。
王女様以下、☆4以上のご令嬢に連行されライラは個室に連れてこられた。
なぜかライラは座らされ、お茶を用意され、囲まれた。
え、惨殺されるの?とライラがガチでビビっていたら、王女はふわりと微笑んだ。
「どういうことですの?」
優しい声なのに怖い。
詰問にライラは諦めた。前世の半端な知識を披露して世界に広めるのは本意ではない。しかし、黙っているのももっと良くない。
うっかり投獄される未来もあった。
王権強いって困りもの。そう言ったところで変えられるわけでもなかったが。
「ええとですね。異国の研究なのですが」
そこからはもっともらしく、説明した。揺れたら胸を支える筋肉が伸びちゃったりして戻らなくなり、垂れるとか、努力で維持はできるが、それにはやはり揺らさないことが一番だと。
「この胸覆いにはこのように役に立ちます」
ブラジャーというのは異界の言葉なので、こちら相応にライラは言い換えていた。
「実績は?」
「ええと、母と親戚がびっくりするほど喜んでました」
かつての位置に胸が戻ってきたらしい。ライラにはまだ知らない世界だ。
ふむ。と思案する王女様。ライラはちょっと迷う。これには他にはない、若い女性にも有用なことがある。
「殿下、これには秘密がありまして、こっそり、殿下だけに教えますのでそれで許していただけないでしょうか」
「中身によりますわ」
「ではお耳を拝借」
こそこそっとライラは王女に告げた。
「まさか、そんなっ!」
「お試しください。姫様の美しさが続くことを願っています」
ライラは微笑んでそういった。
速やかにライラは解放され、自宅に帰された。その後、ライラは王女の一番の親友に抜擢される。
「え、そ、そんな恐れ多い」
と断りたかったが、飴と鞭にライラは負けた。権力者すごいなと遠い目をしても手遅れである。
ライラの言った秘密というのは王女の悩みに直撃したらしい。もはや、お前は神か!? という扱いをされた。
この胸覆いには、パットが入るのだ。
世の胸のサイズに悩む女性の救世主。それ以外でもその日の気分で盛ってもいい。
こうして、ライラが自分のために作った胸覆いはひそかに世界を席巻していくのであった。
あほな話を書いたと反省しています。
あと、書いた後から、脳内にフォルゴレがやってきて歌っていきます。もぐな、帰れ。