ドラゴンやハーピーが犯人の可能性は?
ひとしきり暴論を放ったあと、リザードマンは少し真面目に考え込んで言った。
「しかし、そうなると『秘密の通路』でもない限り、扉しか通路はなかったってことか?」
「考えられる可能性はまだある。ハーピー、ちょうどいい。貴様も現場検証に協力しろ」
「ん。別にいいけど。あたしも魔王様のために何かできないか考えてたところだから」
そうしてコボルト、リザードマン、ハーピーの3人で寝室に向かう。
すると、そこではウィッチが魔王様の上半身の服を脱がせており、リザードマンが不審がった。
「おいおい、てめえ。何してやがんだ?」
「エンバーミング。さすがにこのまま放置しとくのはかわいそうでしょ」
エンバーミングとは、死者の遺体に殺菌消毒や修復を行うことだ。
魔王様の遺体の傍らには、消毒液のようなものが置かれていた。
「ウィッチ様の行動に不審な点がないことはロボが保証するロボ」
どうやらロボット娘はずっとウィッチの行動を監視していたらしい。
「ならば問題ない。そのまま続けてくれ。魔王様のためにも必要なことだ」
「ついでに刺し傷の形状も調べたよ。
どうやら何か先端が細長いレイピアのようなもので刺されたみたいだね」
レイピア……、この魔王城にそんなものを武器にしている奴はいただろうか。
「それはいいけど、あたしはどうしたらいいわけ?」
「窓だ。窓を調べてくれ」
そんなハーピーとコボルトのやり取りを聞いて、リザードマンは上を見上げる。
「窓?」
寝室の天井までの高さは20メートルほどある。
そして天井にほど近い壁には派手な額縁のひとつの窓があった。
「うおっ!? なんだよ、あれ!
あれこそまさに『秘密の通路』ってやつじゃねえか!?」
「貴様が気付いてなかっただけだ、馬鹿者」
ロボット娘がウィッチの手元から目を逸らさずに言う。
「あれは装飾用の窓ですが、一応開くようになっているロボ」
「空を飛べる奴なら脱出可能ってことか!?」
「そいつをあたしが確認すればいいってわけね」
言われるがままにハーピーは飛び上がり、窓の施錠を確認する。
遠く離れているとは言え、その様子ははっきりとコボルトの位置からも確認できた。工作の可能性はない。
「どうだ、ハーピー?」
ハーピーは舞い降りながら答えた。
「駄目ね。しっかりと施錠されているわ」
「施錠って言ってもよぉ、窓の鍵は止め具だろ?
なんかこう、外からでも紐だのなんだの使って施錠できたんじゃねえか?」
「はあ? 一体誰がそんなことしたってのよ!?
まさかあたしを疑ってるわけ!?」
「お前じゃなくても、例えばドラゴンとか――」
「あの窓の大きさでは人間サイズの者が通るのがやっとだ。ドラゴンの体格では通れないだろう」
コボルトの指摘にもめげずにリザードマンは続けて言う。
「じゃあ、ウィッチが空を飛ぶ魔法を使って――」
「だーかーらー! なんでボクのことばっかり、そんなに疑うのさ!
ほら見てよ、ボクの手! 薬品の調合でがっさがさ!
いつ薬品に触れることになるか分からないからハンドクリームもつけられないし!
ボクだってメドゥーサみたいに指先まできれいに手入れしたいのにさ!
こんなに魔王様に尽くしてきたボクが犯人なわけないでしょ!? そんなに言うなら、もうボク森に帰るよ!?」
ウィッチの言う通り、その手は女性のものとは思えないほど荒れに荒れており、それが魔王様への忠義の証になっているようだった。
「ロボボボボ……、いずれにしても窓から脱出すれば、ドラゴン様に目撃されてしまうのでは?」
「うむ……、それは……、まあな……」
城門の見張りとは別に、ドラゴンとハーピーは交代で上空からの見張りをしている。
と言っても、ドラゴンはひとりで80時間ほど飛び続けることができるらしい。
ハーピーが交代するのはそのドラゴンの休憩時間のみだ。
ちなみに犯行推定時刻にはドラゴンが見張りをしていた。
誰かふたりが城門を見張り、ドラゴンとハーピーが交代で上空から見張るという体制は、半年前から厳重化され現在まで続けられている。
どうやら外に犯人が脱出した可能性も、城外から犯人が侵入した可能性も考えにくいようだ。