001話 一生の不覚
――「異能」――2200年以降、世界ではそれが科学上の産物となり、汎用性が高い戦闘技術として普及していた。
全身を漆黒の皮膚で纏い、瞳だけが赤く冴える人型バケモノ――影人を討伐するために。
その「影人」とかいうヤツは驚くべきことに、地球上のある領域にいるのだ。
「消滅地域」とか呼ばれる、今はもう廃墟の立ち入り禁止区域に。
いつしか地球上に現れたのだと言うそれは今でも人々を恐怖へ陥れている。
いつ殺されるのか、と。
いや、事実何人もの犠牲者を出している。
毎年、何万という死者が出ている。
その「影人」に殺されて――。
そんな狂気の世界で、オレ――柊 蒼斗は高校一年生として生きていた。
◇
オレは数日前、一生の不覚、痛恨のミスを犯したのだ。
沢山の同い年くらいの少年少女が集められた体育館・異能演習場「試験会場」にて、オレは異能の能力レベルを読み取る水晶玉に手をかざしていた。
集中しろ、オレ!
あとちょっと! あとちょっとだ!
これはオレの高校生活、青い春を懸けた崇高なる勝負!!
くそ、あと少しだ。
上げ過ぎず下げ過ぎず……………。
「――あ、しまった。間違って虚数のマナを流してしまった……」
そう漏らすと、
「あ゛? 虚数? お前は一体何を言っている?」
傍の試験官が顔を歪め、面倒臭そうにしている。
『虚数』――それは想像上の数。実在しない虚構の数。
その演算を制した者は異能界を制するといっても過言ではない。
「あ、いえ。なんでもないっす」
そう言わざるを得ない状況だった。
だってここで「もう一回やらせてくさださい」って頼んでみろ??
この強面試験官がオレにどんな鉄槌を下すか、想像もできない。
あー、怖い怖い。
「おい、何やってる柊! お前の番はもう終わりだ! マナの注入をやめろ!」
「あ、はい……」
これは入学試験中。異能士育成の名門・月虹異能学院大学付属高校の入試途中なのだ。
異能士とは異能を使用して影人を討伐する特殊戦闘員。
マナとは異能を発動するための体内燃料、原動力と言えばいいか。人によって総量は違う。
それより試験官こえぇ。
教師はせめてここまで怖くないことを祈ろう。
いやそもそも、不合格だろうな。
「はぁ……」
◇
そして晴れて高校生一年生となり、入学式の日。桜と共に優秀な才能も開花する時期。
場所は体育館ではなく、校長室。しかも空調が効いていて寒い。オレは極度の冷え性で、真夏でも手先や首元が冷える特異体質。
だが、そんなことは今どうでもいいのだ。
「で、オレはなんで入学式にも出させてもらえず、校長室に呼び出されたのでしょう? 校長」
目の前に座る40歳ぐらいの大男を見た。彼は月虹異能学院大学付属高校の校長。
水晶玉に送るマナをミスったというのに、どういうわけかオレは名門・月虹異能学院大学付属高校に見事合格していた!!
幾百もの優秀異能士を輩出している、約束された名門に!
パチパチパチ(心の中の拍手)。
「君が、柊 蒼斗君かい?」
「いえ違います。断じて違います。全く違います」
「なるほど、そうなんだね。君が柊くんか」
くそ。騙せないか。
「一体何の御用でしょうか」
仕方ないので用件を聞くと、
「簡単な話だ。私と入学のための取引をしよう、柊くん」
校長室にある大層な机に両肘を立て、彼は言った。
「取引、ですか? このオレと?」
「私の前で『オレ』とは随分余裕だね。私のレベル数値は『6』。つまり最高レベル『7』の一歩手前だよ」
「そうですか、良かったですね」
こんなジジイの言う事なんて興味ない。
「私の話など興味ない、という顔だね」
ギクッ。
「教えてあげようか? 君の数値が何だったのかを」
「いえ、結構です」
オレは逃げようと踵を返し、校長室から出ようとする寸前。
逃がすか、というようにドアが急にバタンと閉まる。
念動系の遠隔物理操作、か。また面倒な。
「私の異能なんだ。念動系遠隔作用の式を持つ『思念創造』という異能。それでドアを閉じた」
「そうですか、凄いですね」
どうでもいい。
「異能は『1~7』までのレベル、もしくは『0』として区分される。前者は異能者。後者は無能力者だ。レベル数値が上がれば上がるほど能力値、戦闘力も上昇する。とても分かりやすい仕組みだろう?」
オレは校長室後方のドアを向いたまま、黙ってそれを聞いていた。
この世界とカーストを支配している「能力レベル」の常識的説明を。
「だがしかし、今年の入学試験にて、不思議な能力レベルを出した生徒がいたんだ。とてもじゃないが信じられないような能力レベルを出した生徒がね」
「へー、変わった人もいるもんですね」
「その生徒は、身体能力テストの点数も低く、筆記試験も悪かった。最底辺と言っていい。しかし、優秀な試験官の一人からは『一定の基準以下をキープする意図が見られた』と報告が来ている」
「いえ、本気でやりましたが――」
振り返りながら自分で言ってる最中に気付いた。
「それは、認めた、ということでいいかな?」
くそ、オレとしたことが。
「柊 蒼斗くん。君はおそらく無能者だ。でもね、私はある意味で君へ大変強い関心を持った。だから取引だ。君の入学を許可する代わりに、君はうちの高校で必ず卒業してもらう……なんとしても、ね」
彼は明らかに何かを企んだ顔でニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。
「私がどうしてここまで君に拘るかは、君自身がよく理解しているだろう? ……君のレベル数値は―――『-1』だったのだから」
◇
「『-1』? 異能パラーメータが?」
リニアモータカーの座席に座る一人の黒髪ロング美少女。エリート異能士である彼女が、正面の付き人女性・西野に尋ねた。
「ええ、もしかしたらアレかと思って……。綾乃さんには内緒でお願いしますよ~」
「うん、分かってる。へぇ……私と同類……かもしれない。その人は学院内でどんな成績なの?」
美しくも妖しい黒髪女性はその男子生徒に関心を示した。いつもは全てに対しどうでもいいという態度を取る彼女なのに。
「今年入学したばかりで成績は出ていませんが、入学早々に『無能』呼ばわりされているそうですよ」
「ふーん……なんで力使わないのかな……。その人、過去の経歴は?」
聞くと西野は慌ててタブレットを読み漁るが、スクロールしても何も出なかったようで、
「不思議と情報がありません。これは、流石に不自然ですぅ……」
つまり何かある、と。
「私、その人のこともっと知りたい」
「え……め、珍しいですね、茜さんが他人に興味を示すなど……」
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