劇場のエルフ
「あの人なんか気になる。今度こそ教えてもらおう」
「ごめん、伝えるべきことあったこっちに来て」
どうやらそのエルフは伝え損ねたことがあるらしい。
「口頭で伝えてください」
もう一度彼女の部屋まで行くのは面倒だと思い、口頭での伝達を要求した。
「私たち探偵団のルール。電話越しで大事なことは言わない」
「そんな特殊なルールがあったの?」
ルール絶対主義の彼女は、まるでルールに縛られているような感じがする。
「いいからお願い」
「わかりました」
「助かった」
彼女の返答を待っていたかのようにそのエルフの声が和らいでいたような気がした。
「感謝する」
(これで最後にしてほしいけど)
この時のメリーの心の声は最後がいいというものだった。
「おお来たか、メンバー」
もう一度彼女の部屋を訪れたメリー。なぜだかわからないが久しぶりな気持ちがした。
「そういえば名前なんて言うの?」
「君に名前を教える義務はあるの?」
彼女は慎重だった。
「せっかく探偵団をつくったんだから記念にどう?」
「いいね」
「でしょ!」
メリーの提案はすんなり通った。
「私の名前はネヨという」
「よろしく、ネヨちゃん」
「うん」
彼女はメリーの挨拶に頷いた。
「私の名前はメリー」
「メリーね」
この部屋に来た目的を思いだした彼女はネヨに問いただした。
「ところで今回の件はどう?」
ネヨは問いに応えなければならず、仕方なく返答した。
「今回は新しい発見があった」
「そこでですか?」
「オークを狩っていた時、奥に操る者がいた。私、それを追ってたんだけど途中で見失った」
残念そうに話すエルフ。しかし今度は逃さないというような気迫も感じた。
「それは残念。その人物になにか特徴は?」
「ごく普通の背格好だったから、特徴といわれれば」
特徴のない者を探すことほど難しいことはない。
「なにかこう、大きな違いとか」
何か情報を得るためメリーは問うた。
「この学校の制服を着ていた」
少なくともどこかの学校の学生であることが判明した。
「それですよ。結構絞れてくるよね」
「でも制服は生徒以外の人物も着用可能」
確かに制服は学生以外も着ることが出来る。しかし好んで着るような者は少数である。
「でも結構有力な情報が手に入ったよね」
「うん」
「だったらミッション達成ね」
メリーはネヨを元気づけようと片方の手を握り空にかざした。
「でも何か引っかかる」
しかしメリーが拒む。
「どうして?」
「私の勘」
「そう......」
「今日言いたかったのはそれ」
「ネヨちゃん!」
強制的にネヨの顔を見てこう言った。
「なに?」
「今日楽しかった。またね」
彼女はメリーの予想だにしない言葉に心を打たれてしまった。
「ポッ」
メリーは戦闘力だけではなくまんべんなく能力がずば抜けて高い。魔法技術然り、単純な身体能力も他のエルフと比べてけた違い。
しかし、能力にも様々な形があり、例えば人を虜にする能力もそれに含まれる。彼女は生まれつきの知性以外にも様々な能力を生まれながらにして会得していたのである。
ネヨというエルフは初め、魔術学校の図書館で情報収集をしていたのだが、気が付くと彼女の虜へと変貌していた。
ネヨは初め探偵団をつくる気はさらさらなかったのだが、彼女の発見で急遽探偵団を結成し、彼女と無理やり仲を取り持とうとした。
彼女自身も訳が分からずメリーの接していたのだが、その中で少しずつメリーのことを知りたくなり、より近づこうとしたのである。
その中でメリー自身もネヨの存在を信じるようになり、お互いに合った心の壁が今薄れて、はがれていく途中なのである。
誰よりも彼女を愛したいと思ったネヨが彼女に振りまく感情は異常だ。しかし彼女はそれを受け入れることが出来る器量を確かに持っている。
だからネヨは彼女により近づこうとした。彼女を信じたいとの感情がより肥大化してしまったのだ。
外見だけが美しいのではない。内面も美しく、それ以外も美しいのだ。目に見えないものも見えるものも美しく、もはや美しいという表現では言葉足らずなのだ。
人を虜にする能力を美しい以外の表現で表すとしたらという問いに帰着する問題なのかもしれない。それは何であろう。
可憐に咲く一輪の花のように、周りを虜にする能力もさながら劇場のエルフという名にふさわしい。
ネヨは彼女のこの世界に有るに難い美しさのようなものを内に秘めた確かなオーラに圧倒され、一瞬で心を奪われてしまった。
人見知りな彼女も、心を打ちぬかれてしまったならば、話は別である。彼女は自己管理能力が低く、一度芽生えた興味の対象に執着してしまう傾向にある。
そのため、これからも末永くメリーを愛し続けることになるであろう。まるで一人で劇場にやってきて、物語に引き込まれてしまったときのように。
ここまでこのような展開を予測できた人間やエルフは、きっといないのだろう。広大な世界を甘んじて、皆は目元の真実から目を背けているのである。
まさに灯台下暗しといったものだ。我々は目と鼻の先にある真実に限って、しばしば見落とすことになるのである。
女性でありながらメリーを一途に突き通そうとするネヨ。メリーは随分最近になって仲良くなった友人のネヨという近しい存在の恋でさえ、無自覚なのである。
そうなのだから、まさに無自覚エルフなのである。この異名は、しばしば同族のエルフ内で用いられる。
彼女は劇場のエルフであり、真の魔法使いであり、無自覚エルフである。時期が経つにつれ、彼女の異名は世界中で増殖していくのである。
一度その名を知れば、誰であれ自分のことであるので気になるものだ。しかしそれが無限に広がっていくとなれば話は別だ。
やがて実直にその名前を追うのがばからしくなって、彼女がその名を追うのをピタリとやめたのがつい最近のことである。
無限に増えていく噂を真剣に受け止めていると、いつか心の空しさに苛まれる。
自分はなぜ存在しているのか。世間は自分に何を望んでいるのか。でも私は自分のしたいような人生を送りたい。
彼女は最近、そのような独り言をベッドの中でうつつつぶやいている。きっと世間の期待に押しつぶされそうになったのだろう。
だから育ったエルフ村から遠くに離れようと思ったのだろう。なるべく遠くに行けば少しでも私の存在を知らない人がいるかもしれないと。
実際、それは半分当たりで半分外れである。確かに、現在彼女の在籍している魔術学校は年齢も若く、社会的な経験や知識はまだ未熟であるので、彼女の存在にあれこれと知らないのかもしれない。
しかし、彼女の存在はそんなレベルではないのだ。ものすごい才覚に恵まれ、幼き時期の達成した偉業は、魔術関係者や国の責任者から甚だしいくらいに知られている。
なぜなら彼女の偉業は凄まじいものだからである。いいや、凄まじいなんてそこらの人間でも使われる程度の言葉なので、彼女には不釣り合いである。
一般的には驚嘆されるレベルであるとされる上級魔法習得を、彼女はわずか3歳で達成した。普通の人間には不可能な代物であり、70代を越えてやっと会得する人間も珍しくない
天才魔術師のイーレットでさえ、上級魔法習得は若干17歳にして達成したのだが、3歳の彼女に比べれば赤子同然である。
実際には彼女の会得した年齢がより赤子というべき年齢に近かったわけだが。
また、彼女は幾重にも魔法をかけることが出来るので、もはや上級魔法よりもはるかに高いレベルにある。
彼女一人の存在が、上級魔法以上の魔法階級をつくるべきだという議論を作り出している。
魔術学校に彼女が入学したいという旨を学校側が受け取った際、学校は国や自治体、さらには数多の魔術関係者との数十回に及ぶ会談を行い、今後の対応を話し合った。
その結果、魔術学校は彼女を歓迎することになった。幸いなことにマキュール魔術学校に集まる生徒は優秀な者ばかりで、非常識な事をしでかす危険性は少ない。
万が一、彼女の存在が学校中で騒ぎになっても、教員らが束になれば何とかもみ消すことが出来るだろう。
しかし、油断は禁物である。ある事実が確定級の事柄だったとしたら、事前準備は必要不可欠である。
誰もが望んだ魔術学校の入学。もちろんメリーもこの学校に熱望しているのだから、むやみやたら問題を作り出す気は学校側にはさらさらない。
皆に健全な学校生活を送ってほしいと教員一同こころから望んでいる。彼女の存在は学校には少々荷が重すぎるのである。
しかし、事前何十回にも及んだ会談には、国の責任者や魔術関係者が大勢参加していた。彼らからすれば、メリーはまさに国の宝。必ず保護したいものと考えている。
されどもメリーは第一線の魔術師になって魔獣と立ち向かっていく姿は想像できない。彼女はあくまでどこかで細々と魔術師をしながら一生を終えたいのである。
ここで意見の食い違いが起きている。いずれどちらかが妥協せざるを得ない展開が訪れるであろう。
彼女の意志はまさに鋼鉄の柱。誰にも曲げることのできない一本の太い太い意志である。しかし国としても彼女の存在を無視するわけにはいかない。
ここで彼女と国と魔術業界の直接対決が決定した。彼女がのほほんと学校に入学した裏ではこのような大事件が息を続けていたのである。
スローライフが勝つか、はたまた国の第一線として活躍する英雄になるのか。どれは神すらわからない至上の命題。




