ヨムの不信感
ヨムは少年なのに少年なのに少女のようなかわいさを兼ね備えた少年でもある。
イーレットに弟子入りしたのがまだ4歳の頃。村にイーレットが遊びに来ていたこともあって彼女にとある町の商店で出会った。
ヨムは世間体を気にして自分の本当にしたいことが出来ないでいた。周りの目が気になって秘めている力を見つけることが出来なかったのだ。
自分自身は他人があってのものであり、同時に自分があってのものである。自分がいなくても他人がいなくても成り立たない。
こうした当たり前の事さえ人間は必要がなくなれば簡単に忘れてしまう。不要なものほど奥の方に追いやられる。
他人から自己を自覚しなければ本当の意味で自分を理解しているとは言えないし、自分自身でも同様だ。
他者と自身が存在しなければ自己を理解することは難しく、本来すべきだった真実も風と共に飛散していく。
そして風に流された自分は価値のない人間だと思い込む。自信を少しずつ失っていき、自分からも他者からも忘れ去られる。
ヨムは幼い頃から周囲の大人たちが自己を忘れているのを見て危機感を覚えていた。それと同時に自分のことをよく知ろうと思った。
彼は当時は3歳。とても3歳とは思えない洞察力だ。
初めにヨムは村人に自分の存在の意義を尋ねた。当然村人は幼児の驚異的な行為に腰が抜けたのだが、親切に応えた。
「両親はきっと子供が欲しかったんだよ」
「ヨムくんは両親が本当に大切に育ててくれているからいい
「そうだな」
「僕はヨムくんは立派な学者か研究者になれると思っているよ」
「俺は断然魔術師だと思うぜ。案外いい勘持っているみたいだし」
「ヨムくんにそんな危険な職業は教えないでよ」
「いや、つい大事だと思ったから」
「皆さん、ありがとうございます。皆さんからの意見は大変有意義な時間になりました。これからもよろしくお願いします」
「うん」
「おう」
「随分丁寧な返事だな」
ヨムは非常に礼儀正しい人間だ。何事にも忠実で小さなことでも手を抜かない人格者だ。また、大人にも引けを取らない知識を持っている。
彼の努力に裏打ちされた知識は足りない経験を補っていたのだが限界が近くなると自分に自信が持てなくなった。
その時魔術師イーレットがひょこっと出現して、彼にこう問いかけた。
「君の知識量すごいな」
イーレットが感心しきったようにヨムに問うた。
「弟子にならないか?」
「まさかイーレットさんは僕に何かしようとしているんじゃないですか?」
ヨムは熱烈なイーレットの願望を見抜いていた。
「そういうわけではない。私は人のある程度の実力は見てわかるんだ。君の知識量と洞察力はすごい」
「僕に下心でもあるんじゃないんですか?」
ヨムは半信半疑にイーレットを疑った。
「いくら私でもそんなことはしない」
「僕にはわかります。あなたは僕に利用価値があって弟子にしようとしているのですね」
「僕にはわかります。あなたは私に子守になってほしいのですね。でもお断りします。私には先客がいるので」
ひたすらにイーレットを受け付けない心に従ったヨム。
「僕にはわかります......」
(疑心暗鬼の最たる例だ。彼に人を信じるという文字はないのか?)
「私は今日初めてここに来たの。君をどこか悪いところに連れていくという訳ではないから安心してついてきてくれ」
イーレットは自分は悪い人ではないと明らかにするため、言葉で安心させようとした。
しかしヨムの前では無用に終わった。
「ついてきてくれって。絶対何かしようとしているでしょう。僕にはわかります。あなたが強欲だということが」
「僕と一緒にピクニックのついでに襲うつもりですか?」
「私の噂ってこんな感じだったのね」
イーレットの噂は良いものもあるが悪いものの方が多い。実際に悪いことをしているというのは嘘ではないとも解釈することはできるのだ。
「詳細を伝えますよ」
イーレットはヨムを押し切ろうとした。しかしヨムは拒む。
「勝手に話を進めないでください。今は私とあなただけで話をしているんです。何も急ぐ必要はないでしょう」
「じゃあ」
「じゃあではありません。イーレットさんの噂は聞いていますよ。あなたの弟子が結構な確率で被害にあっているのを」
「うっ」
イーレットはあっと驚いた。
「にやっ」
イーレットの顔を見てヨムは心のわだかまりが晴れたようだった。
「じゃあいいですよ。詳細を話してください」
(なんて子なんだ。ここまで人を信用していない人は見たことも会ったこともない。しかし、面白い子だ)
「3か月の特訓についてなのだが時間はある?」
「両親を説得してくるのでしばしお待ちをー」
そう言うとヨムは奥の方に進んでいった。
「お待たせしました。両親は承諾してくれました。期日を教えてください」
「一応10日後になっているのだが」
「わかりました、いいでしょう」
「おお、本当にいいのか?」
イーレットは信じられない気持である。
「いいでしょう。僕も腕がなまっているので」
「特訓と言っても私と君とだけではないよ。他にも君のような特徴のある子が一同に会して、皆で特訓するというもんだ」
「それを早くいってください。非常に大事なことなのですから」
「ごめんね」
彼はあからさまに悩んでいるポーズを取りながら熟考した。
「うーん。わかりました。やりましょう」
「ありがとう。これで私たちの仲間だ」
「なんか変におだててもらうのやめてもらっていいですか?」
ヨムはイーレットに不信感を持っている。疑いの念はまだ晴れていない。
「調子狂うので」
「ああすまんな」
イーレットはおだてたことに関して謝罪をした。
「10日後ですか。所持品は持っていくのでしょうか?」
「君の数日分の着替えと娯楽に関しても一応許可しているよ」
「ふっ」
ヨムは笑みを浮かべた。
「何か質問でも?」
イーレットが聞いた。
「あの長編SFまだ読んでいなかったので」
「へえそんなのも読んでいるんだ」
「読書は知恵の宝庫だと思っていまして、両親が私に推してからずっと読み続けているんです」
「私の書いた本、読んでくれた?」
「ああまだです」
「読め。そして感想をくれ」
イーレットにもそういうところはあるらしい。
「お願いね」
「わかりましたよ」
「じゃあ10日後、私が向かいに来るから両親によろしくね」
「ポンッ」
「ちょっとっ」
(いきなり話しかけてきてなんだよあの態度は)
ヨムは少し機嫌が悪くなった。
「まあいいや」




