前編
前編と後編で全2話です。エルフとエルフがいちゃいちゃしているだけの物語です。
「メリーちゃん」
彼女の名はメリーといい、とあるエルフ村で過ごしているしがないエルフだ。無邪気でかわいらしい笑みを時々さりげなくこぼす彼女は皆に好かれている。
エメラルドグリーンの瞳から覗く凛々しい瞳は、まるで1000カラットの宝石のような輝きを放っていた。
このエルフ村は村人全部で100人で構成されているエルフ族の村の中では比較的小さい。
しかし各々一人ひとりがほかの村に負けない確固たる志を持っていた。
事実、彼らは懸命に日常を歩み、心配事があれば村人でお互いに助け合ったり、協力してものを造ったりお互いに信頼がとれていて非の打ちどころがない。
だが、まったく悪いところがないという訳でもなく、懸命な働き者がたくさんいるので、革新的な技術を生み出すことを嫌う傾向にあった。
彼らは皆互いに切磋琢磨して日常に向き合っているのだが、漸進力はイマイチだ。
だがその中でもメリーはとびぬけた才能があった。彼女は幼い頃から才覚を表し、皆の尊敬の的になっていた。
彼女の母親でさえ彼女の恐るべき成長の速さに、もはや問いかける言葉はなかった。
記憶力然り、身体能力、魔法の適正までこの村史上一番の逸材と言っても過言ではないくらいのとんでもない才能を持って生まれてきた。
また、彼女の才覚は何もステータスだけではない。それだけでなく精神力や創造力も並外れており、彼女のひらめきが漸進力に劣るこの村全体に浸透しつつある。
そのおかげで、この村は少しづつ成長を遂げている。彼女の存在がこの村全体を押し上げる原動力になっているのだ。
それもあってメリーは村人みんなから愛されている。兄弟も両親も彼女を心から愛している。
近年は魔族の侵攻は激しく世の中は揺れているので家族や村人の中は悪くなっている。
だからこそ彼女らは皆で愛そうと誓った。この混沌とした世の中が終わるまで。
彼女の兄弟はエルフではあるが、彼女似ではなくどちらかというと父親似だ。
とすればメリーは母親似だということになるがそうではない。メリーは父親似も母親にも全く似ておらずメリー一本柱で存在しているように彼女似な人はこの村にはもっというとこの世界にはいないだろう。
このように、彼女に似た人物はこの世界におらず彼女の特異性はあらわなことになった。
「メリー、魔法の使い方教えてー」
メリーに語り掛けた彼女の名はメアリーである。名前は彼女に似ているようでなによりだ。
「わかったメアリー。さあ行くよ」
メリーは毎日メアリーに魔法を教えている。メアリーはかわいいのでさぞかし彼女も本望だろう。
彼女の扱う魔法は一言で言うと、美しい。端正がとれていて芸術作品として眺めることもできる代物だ。
彼女の得意技は特色に溢れていて様々なものがある。例えばドリームサンダー。
対象を100%でマヒさせ、追加で混乱させる魔法だ。
このような魔法は素人には到底使うことはできない。才覚に優れた人でもほぼ無理というくらいの魔法であり、彼女はそれを簡単に使いこなすことが出来る。しかもそれだけではない。
ハイパースラストという魔法も彼女の得意技の一つである。巨大な岩石も大木も一撃で粉々にする魔法だ。
基本的にはこのような魔法も一般人には対象外だ。これも彼女特異の魔法で一般的には使われない。
これらだけでは全く説明が足りず、これら以外にも多くの特異魔法を使うことが出来る。これも彼女の持つ才能なのかもしれない。
村人の中にはこのようなメリーの才能に嫉妬する人も当然現れる。しかし彼女の魔法を一度この目で見たひっきり彼女のことを認める。
それくらい彼女の魔法は美しいのだ。まるでハリウッド映画を見ているように、彼女の魔法に魅了される。
そんじゃそこらの芸術家では彼女の魔法を真似することもできないだろう。そう、断言するものもこの村だけでなく世界中にごまんといる。
このような才能を得て生まれて、もちろん彼女もおごり高ぶっていた時期はあったのだがその時期はとうに過ぎたのである。
特異な魔法を操るエルフとして、この村だけではなく世界中から期待されているのである。
一人で劇場を開くことが出来るとの異名で劇場エルフという名が通っている。
彼女はこの名前を嫌がっていたようだが両親が無断で了承したのである。彼女にとっての悪魔とは悪魔ではなく両親なのかもしれない。
「メアリー、私の魔法をよーく見ててね」
「はーい!」
彼女の周りに赤色のオーラが薄がかり彼女の瞳が光る。必殺技を手前だというのに劇場前の予告のような雰囲気を醸し出してくる。
「ビュイッ」
「ボオオオオオオオオオオオ」
「オオオオオオオオオ」
手のひらを前に突き出し風魔法を行使した。あたりの木々を大きく揺らしながら正面の岩石にめがけて強圧が吹き荒らす。
「ドオオオオオオオンッ」
強烈な風圧で正面の岩石は姿を現さなかった。岩石は完全に消滅してしまった。
「・・・・・」
姉の凄まじい魔法技術に妹のメアリーは息をのんだ。あれほどの頑丈な岩が一撃でなくなってしまったからだ。
「すごーい!」
「メリー姉ちゃんすごい!」
メアリーの返答に不思議そうな顔で顔を揺らしたところ、メアリーが目をキラキラさせていたので、メリーはあることを提案した。
「メアリーもやってみたら?」
内心は姉を尊敬している妹であるメアリーは彼女を提案を飲まない手はなかった。
「うん!」
メアリーは先ほどのメリーの姿勢や感覚を真似しようと試みようとしたが幼い彼女にはまだ実演には至らなかった。
「んんん!」
「できない!」
メアリーは姉に教えを乞うように目を輝かせた。
「まずはこうして、念じるの」
「魔法のイメージを頭の中に浮かべて、えい!」
風があたり一面に吹き荒れるようになり、メアリーは絶叫した。
「すごい!」
「やっぱり姉ちゃんにはかなわない」
「そんなこと言わないの。私だって昔からコツコツ続けてきたからできるようになったのよ。大丈夫、あなたもきっとできるようになるよ」
「ほんと?」
「本当。メアリーは才能があるからきっとできるよ」
メリーとメアリーの兄弟関係は非常に良好だ。姉の直々のアドバイスに心から喜んでいた。
「ありがとうメリー姉ちゃん。張り切ってきちゃった」
メリーは問いかけた。
「じゃあ、もう一度やる?」
メアリーは返答した。
「うん!」
このようにメリーは妹のメアリーの面倒を見ながら時には講師として彼女の才能開花を促している。
彼女のようなプロフェッショナルに才能までも認められている彼女は本当にすごいのだろう。
彼女の瞳は才能を見抜くことにも長けているのかもしれない。
「言い過ぎ!」
「ん?」
まさか私、神様の独り言も聞かれているなんてありえない。下界の人間が神の声を聞くことが出来るなんてまさか、いや彼女ならあり得るか。
「メリー姉ちゃん何?」
彼女らには決して我々の事を意識することはできない。なので実際にはメリーとメアリーには知覚されていないはずだ。感覚的なものだろうか。
「いや、何でもない」
彼女は一瞬我々の存在を知覚できたのかもしれないが、曖昧に答えるわけにもいかなかった。
「さあ、つづきよ」
さっきの出来事を頭の中から振り払うかのように彼女はメアリーに提案した。
「うん!」
嬉しそうにメアリーは応える。
神様の存在が下界の人間にばれでもしたら上位神に下界に降ろされるかもしれない。我々も十分注意しているのだが
余計な詮索はよせと上位神に言われたことがある。しかし私も彼女のことが気になるのだ。彼女なら魔族の侵攻を食い止められるのかもしれないと信じて。
「お母さんただいまー」
メアリーは自宅に帰った。母親がいつも通り出迎えた。
「おかえり」
「お父さんは?」
父親は毎日どこかしらに出かけており、最近は1万キロの彼方まで遠出して数日で帰ってくる。
「ああ、山で山菜採りでもしているんじゃない」
母親の返答に相槌をつくメリー。
「そう」
「ママー!」
メアリーは自宅に帰り母親に接触して機嫌がいい。
「メアリー何?」
母親はメアリーに尋ねてみた。
「ママ大好き!」
予想だにしない返答に戸惑いながらメリーの顔を見ると、一度自分の家事に戻った。
「きゃあっ」
メアリーは母親に無邪気な笑みを浮かべながら、抱き着いてきた。
「お母さんどうしたの?」
慌てながらも興味津々に母親に尋ねるメリー。メアリーの母親に対する愛は理解している。
「いいや何でもない」
ちょっとした災難を受けたかのようにピンピンとしている母親であった。
「そういえばメリー。魔術学校の結果、もうすぐ帰ってくるんでしょう?」
「どうなの。受かりそう?」
興味をそらすようにメリーの試験結果について尋ねた。
「たぶん受かってるよ。心配しなくてもいいよ」
「そう」
メリーは気を紛らわせようと話題を変えた。
「それよりメアリーの成長がすごくて、聞いてお母さん」
「聞いてやろうか」
家事に熱中していた母親だったが、すぐそばの長椅子に座った。
「ねえママ動かないで、このままでいて」
メリーは母親に対する愛情がメアリーの次に大きい。
「ママ―!」
メリーは机をはさんだ先から机の下を通って母親のいる反対側に行ってから、母親の座っている長椅子に座った。
「よっこらせっと」
「うーー!」
メアリーの感情は絶頂に達している。唸り声が証明しているのである。
「お母さん、隣いい?」
「うん。いつも座ってくるでしょう」
「うん」
悪げがなさそうに返答する彼女。迷惑をかけていないとは言い切れないのだが。
「メアリーがね、中級魔法を使えるようになったのよ」
「へえ、すごいね」
母親がメリーとメアリーの話をするとき、母親はあまり興味がなさそうに話す。
「普通は15歳で習得して早いくらいなのに3歳で使えたのよ」
メリーはメアリーのすごさを母親に知らせようと奮闘しているが、鉄壁の母親を落とせそうにはない。
「でもあなた1歳で習得してたじゃない」
メリーの圧倒的な才能に翻弄されて、メアリーの少し周りより秀でた才能くらいでは何も感じないようになっていた。
「そんな昔の話いいでしょ、ねえお母さん」
メリーの母親は昔話が多い。
「そうねそうね、お父さんの所に行って来なくていいの」
「そうだった!」
「お父さんの手伝いがあるんだった」
「行ってきます!」
メリーは慌てて家のドアを飛び出した。
「気を付けてね」
「メリー姉ちゃん、行ってらっしゃーい!」」
「急がなきゃ、遅れる!」
メリー家族の属する村は都市から離れていて、広大な平原が広がっている。
「お父さんだから許してくれるか、へへ」
エルフ村とは全く関係のない奥地まで進むと、目的地でもありそうな大山を見つけた。
3000メートル級の圧倒した光景に時を忘れたメリーだが、我を取り戻し目的地へと向かった。
「おう、メリーか。ちょうどよかった、ここ持っててくれ」
やがてメリーは父親と再会し、意見を交わした。
大きなバスケットにいっぱいに積まれた山菜は青緑色でおいしそうな見た目をしていた。中には珍しいものも含まれていた。
「うん」
「よっこらせ」
バスケットの片方の取っ手に手をかけ、協力して手押し車の場所まで運んだ。
「サンキューな」
「それで話しって」
「それなんだが、魔術学校の推薦状が届いてな。お前に本当に行きたいのか確認したんだ」
「ほんと?」
「俺が嘘をつくわけないだろ」
エルフ族は嘘をつくのが嫌いな傾向にある。母親の方はいつものように嘘を使うこと自体、とても珍しい。
「日付はその推薦状に書いてあるからちゃんと読めよ。それと遅刻せずに行けよ。今日も30分も遅刻したんだからな」
「悪かったよ、お父さん」
「無事に帰って来いよ!」
「当たり前じゃん」
「・・・ったく、甘えん坊なんだから。あんなのでもやっていけるのか?・・・」
「やったー!」
魔術学校は魔法を使う者にとっては憧れの的。どんな過程であれメリーは魔術学校に入学することが決まってうれしく思ったようだ。
「ただいま」
山菜狩りの山に到着したあたりで雨が降ってきた。実は二人で山菜を運んだときも雨が降っていたのでずぶ濡れだったのだ。
「どうしたの?」
「そんなずぶ濡れで」
帰りの雨は土砂降りだった。必死に防御魔法をかけて保湿していたのだが、完全には覆っていなかったらしく、気づいたのが自宅に戻ってからということだった。
「それより聞いてお母さん、あの魔術学校の推薦状もらえちゃった。これであの魔術学校に入れる」
「美しい花に囲まれていてあたり一面は豊かな草原に大きな湖があってその景色を一望できるあの魔術学校に私は入りたかったの」
「あの学校の敷地に佇む湖には普段見られない種類のものもいるらしいよ」
「そう。よかったわね」
メリーのマニアックな態度に度肝を抜かれたのか母親はただ返答することに終始していた。
「リアクション薄!」
「なんかないの?」
「おめでとうとか、私の子があんなところに入れたとか」
彼女は誰かに褒めてほしい年代に当たる。しかし母親のプライドがなかなか許さない。
「メリーだったら当たり前でしょう。いちいち気にしてたらきりがないでしょ」
「だよね」
結局母親の絶叫は聞けないまま、旅立つことになった。
3日後、メリーはメアリーと母親に別れを告げようと、ダイニングスペースに集まった。そこではメアリーの提案で小規模のパーティーが催された。
「ねえメリー姉ちゃん行っちゃうの?」
姉の突然の出立を受け止められない彼女そっと心づけたのがメリーだった。
「そうよ、メアリー。お姉ちゃんは3年他の所に住むことになるの」
「いちゃやだー!」
信じられないあまり言葉が片付かないらしい。
「お姉ちゃん?」
メリーは妹であるメアリーに別れを告げることが難しい。しかし勇気を振り絞って別れを告げる。
「大丈夫、私は必ず帰ってくるから心配しないで」
「ねえお姉ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
やがてメアリーの目には涙があふれ、こぼれだしていた。
「えーん!」
メアリーが泣き出してしまった。妹のメアリーにとっては姉のメリーは唯一の頼れる存在でそれは姉のメリーにとっても同様だ。
当然メリーも悲しかったのだが、泣きださなかった。それは妹であるメアリーに悲し涙を見せてしまうと姉として恥ずかしいからだ。
彼女も悲しかっただろうが、正味楽しさもあったことなのだろう。それ故に彼女も心の中にぐちゃぐちゃに交差した喜怒哀楽の感情が渦巻いていたことだろう。
母親は悲しさと少しばかりの期待を胸に娘であるメリーを送り出すことに元々決めていた。
いずれ来るであろう時期に直面して母親はためらっているのだが娘の笑顔を見てその気持ちは和らいだ。
娘への愛情をこのような形で受け取るとは思いもしなかっただろう。娘の成長をここまで見届けてきて、ついに彼女の旅立ちの時が訪れた。
唐突に母親が二人に聞こえるような声で話した。聞いてほしかったのだろう。
「マキュール魔術学校は数々の天才を生み出してきた名門だ。世界に名だたる企業が出資して世界の魔術レベルを大きく伸ばすためにつくられた研究機関でもあり教育機関でもある」
「そのため、きっとメリーの望む技術が得られるであろう。さあ、行ってこい」
「行ってきます!」
今度はしっかりと別れを告げることが出来たといってもよい結果を得ることができた。
「メリー姉ちゃん、またねー!」
「ぐすっ」
メアリーはメリーの旅立つ姿を目に焼き付け、今度は私もメリーのように魔術学校に入学して魔術師になるという夢を実現したいと考えるようになった。
「そんな大げさにしなくてもいいよ。ただ3年行って帰ってくるだけなんだから」
「3年って長いわよ。そんなことも知らなかったの?」
「いやいやいや、そういうことではなくて」
3人とも今どういう会話をしているのか分かってはいない。表面上、成り立つような会話をしているのである。
扉の前に立ち、手を振るメリー。それを見送る母親とメアリー。このエルフ村での9人目の魔術学校入学者ということになる。
「じゃあね」
「バタン」
扉は閉まった。ここで彼女の魔術学校編は幕を開ける。
ここエルフ村から魔術学校までは距離にして3000キロほどある。この世界は案外広いのである。
しかし、彼女にとっては軽い準備運動なのである。数々の魔法を操れる彼女は当然、俊敏性に特化した魔術も操ることができる。
アクセルという魔法を幾重にも重ねてスーパーアクセルという魔法に変換する。
アクセルという魔法は元々、俊敏性を2倍に引き上げる魔法なのだが、幾重にも重ねることによって2×2×2×・・・と倍数倍され最終的には本来の数百倍の俊敏性を発揮することが出来る。
これがスーパーアクセルという魔法である。他にもスーパーアタックレイズという特異魔法がある。
同じく、アタックレイズという魔法を幾重にも重ねて本来の数百倍の攻撃力を発揮することが出来る。
これも彼女の一つの能力である。その他にも多彩な魔法を操ることが出来るので、異名に真の魔法使いと呼ばれることもある。
これまで彼女には劇場のエルフ、真の魔法使いの異名を紹介した。しかしその他にも世界に様々な異名で囁かれている。
皆も聞いたことがあるのかもしれないが、有名になると様々な異名で呼ばれることがある。彼女はその標的になっているのだ。
しかし、彼女は内心恥ずかしいと思いながらもそれを受け入れているようだ。
ここまで彼女が優れていると誰もが欠点を思いつくことはないだろう。しかし彼女も完璧な人間いや、エルフとまでは言えないのだ。
もちろん彼女にも弱点があり、それは人を信頼しすぎることである。
それは当然人間にも当てはまるのかもしれないが、問題は彼女自身が強すぎることにある。
強すぎる彼女がひとつ小さな悪人によって騙されてしまうと、国が一つ滅ぶのかもしれないのだ。
流石に一国を滅ぼすなんてありえないと思うのかもしれないが、人は小さな過ちを赦しているのである。
よって強力な彼女がころっと騙されてしまうと、彼女にとっては小さなことなのかもしれないが、しがない人間にとってはとてつもなく大きなことで、それは国が滅亡することなのかもしれないのだ。
もちろん人間以外にもエルフもその損害をこうむることになるのかもしれない。
だから彼女にとっての悪人は世界にとっての敵なのである。
もちろん、皆はその事実を知っている。彼女も知っている。なので彼女に嘘をつかないし、彼女は騙されない。
しかし非常識な悪人が一度騙してしまうのかもしれない。もちろん彼は大罪人となり果てるのだが、問題は世界なのだ。
これから旅をすることで気を付けるべきは彼女ではなくて世界なのかもしれない。
旅に油断は禁物だ。彼女への対応を考えるべきは世界中の人類と魔族なのだ。
人間と魔族がお互いに協力して彼女への対応を心掛けないといけない。
強調したが、気を付けるべきなのは事実なのだ。それにそれは人間同士、魔族同士でも同様で、嘘は時に善であり、悪である。われわれ人間はそのことについて知っておかなくてはならないのだ。
彼女は特異魔法スーパーアクセルを用い、魔術学校まで3分ほどでたどり着いた。
メリーがそこに足を踏み入れた時、まるでその学校が祝福してくれたかのように、庭に咲いた花が一斉に満開した。
まるで満開の笑み、花バージョンといったような感じだ。
特に、魔術学校は歓迎の意志を持っていたわけではないのだが、花が祝福してくれたのだ。
神サイドでも一応確認はとってみたのだが、全く見当がつかない。なぜこのような現象が起こるのか神でさえもわからなかったのだ。
もちろん神全員をあたったわけではない。神全員に聞き取りをしてみると誰かわかるのかもしれないが、それは現実的ではないということでなしとされた。
とにかく彼女は世界に祝福されていることは間違いないのだ。問題なのはそこからどう転ぶのかだが。
「おはようございます、本学に入学できたことを誇りに思ってください」
「そしてその誇りを胸により豊かな生活を送っていきましょう」
学長らしき外見の人間が新入生の前に立ち、中身の若干濃い長い話をする。
「ありがとうございます。魔術師レモンさんからの祝辞でした」
学長ではなかった。魔術師は魔術学校の講師につく場合が多く、ほとんどが魔術学校の卒業生である。
「えっと、次は魔導士サイダーさんからの祝辞を述べていただきます」
先程の人の髪色は黄色だった、今度は水色みのかかった虹色である。
「おはようございます、サイダーです。本学入学おめでとうございます。本学での授業は決して生易しいものではありません。君たちをより高みへとご案内させていただきます」
「君たちの本学での活躍、心よりお待ちしております」
「魔導士サイダーさん。ありがとうございました」
「では、こちらで祝辞は終了させていただきます」
新入生の中にはこの式に疑問を呈すものも現れていた。
「随分堅苦しい入学式だな」
「し、聞こえたらどうする」
「大丈夫さ、聞こえていないでしょ」
「おいそこ、私語を慎みなさい!」
「ひいっ」
決して周りに聞こえない声で言葉を交わしていた彼らも、肝心な点を見落とした。仕草も考慮に入れるべきだったのだ。
バレてしまわないような立ち回りも重要であるという事実が彼らの教訓になった瞬間でもあった。
「では、最後に首席のメリーさんから挨拶があるそうです。どうぞ」
「ん?」
唐突過ぎるフリに恐怖すら感じたメリーだが、冷静に状況を確認し対処しようと心掛けた。
「・・・聞いていないんだけどー!!・・・」
「どうしましたか?」
「いないのですか?」
しかし対処法を知らない彼女にはどうすることもできなかった。
「ガヤガヤガヤガヤ」
「ドヤドヤドヤドヤ」
考えることはできる。しかし考えることしかできないのであった。
「・・・いやーどうしよー。推薦状とかじゃなかったの!?・・・」
「・・・名乗り出なければ入学取り消しとかないかな、これ?・・・」
ピンチはチャンスでもある。ここでメリーは発起すべきである。
「でも、このままじゃ私の評判が・・・」
「んー、しょうがない!」
「はい、私ここにいますよー!」
メリーは天然である。家族らから指摘されていて当人は知っていた。しかし見ないようにしていたのだった。
「・・・やっちゃったー!!・・・」
「・・・どうしよう、どうしよう・・・」
メリーはこのままではらちがあかないと考え、とりあえず自己紹介してみた。
「えー、私です」
大きな体育館には数秒間の沈黙ムードが漂いメリーは精神的大打撃を受け、よろめいてしまった。
「シーン」
「・・・やっちゃったー!!・・・」
「・・・マジこんなの初めてなんだけど!!・・・」
「メリーです。この学園に来ていい生活を送るよう頑張ります」
だが何とか体制を立て直し、最後まで締めくくることが出来たのだった。
「・・・これでいいの?・・・」
「・・・私やったよね?・・・」
「・・・ねえ誰か答えてよー!!・・・」
「はい、ありがとうございます。これで入学式を終わります」
メリーは精一杯ため息をついた。
「・・・はあ・・・」
幾時がたち、3名の大人がメリーに近づいて話しかけてきた。
「トコトコトコ」
「素晴らしい!!」
大人の中でも大きく時が進んだ人であった。
「あの、どなたですか?」
「こちら学長です。私は総長です」
「あ、こちら魔術の特任教授、イーレットです」
小柄な容姿だが、確固たる意志を秘めていたことをメリーは見破っていた。
やがて学長がメリーをほめちぎることに完全に移行した。空気が変わったのだ。学長が褒めちぎった。
「あなたの立ち振る舞い、素晴らしい!」
総長が学長の褒めに賛同した。
「ですよね、学長!」
「イーレットさんもどう思いますか?」
「魔術の才能は間違いなくあるでしょう!」
「間違いなく、何百年に一人の逸材です!」
「・・・もしかして私、励まされてる?・・・」
学長は宝石の中から宝石を探し出したときのような顔をして、メリーにメリー自身のすごさについて真剣に語りだした。
「あなたの実技試験、目を見張るものがありましたよ。はあ、驚きました。我々としても、ここまでの礼、見たことありません。あれほど正確な角度でお辞儀するとは、才能のある人の典型です!」
「本当ですか、イーレットさん!」
「うむ、間違いありません」
イーレットは言うまでもない事実に無言で頷いた。
「・・・私、そんなに目立ちたくないんだけどなー・・・」
「学長としても、メリーさんを歓迎します」
「・・・ほんとだったらうれしいけど・・・」
魔術学校は人間、エルフで構成されている。エルフは元来正直者で、人間に度々接触を図ったが、交わる機会が少なかった。
各々はエルフの存在を認めているものの、総合では人間はエルフのことを心からは認めていないという結論に帰着した。
正直者のエルフと人間では分かり合うことは難しいということだ。物事はそう簡単にはいかないようになっている。
しかし、学校に現れた一人のエルフ、メリーはおなじエルフなのだが、頭一つ抜けていた。学校の誰もが彼女の存在を観測すれば、瞬時に心を展開した。
エルフの誰もが夢見た、人間との共存。メリーは何事もなくそれを達成していたのだ。
誰であれエルフは特殊なものではない限り、人間との共存を望んでいる。そのためにエルフ族一丸となり趣向を凝らしているのだが、なかなかうまくはいかない。
そこに現れた天才エルフ、劇場のエルフの異名を持つメリーは人間を虜にし、共存関係を築けそうにあった。それだけで異常なのだが、彼女は魔術学校からも必要とされた。
魔術学校という場においてエルフ族と人間族のある種の共存関係が展開されつつあった。
もちろん、メリーはそのことについては何も知らない。皆が当たり前に知っている事実を彼女が知っていないということは何も不思議ではない。
非常識な彼女だからこそ、才能の使い方に気を張らなければならない。当然人間もそのことについては十分承知であるのだろう。
そこにもまた、エルフ族と人間族との共感を呼んでいるというのだ。なんと脅威なことであるのか。
昔からエルフが望んできては、望みが消えていった人間との共存をこうもたやすく成し遂げそうにする彼女。これこそまさに劇場のエルフである。
彼女はまさにハリウッド映画のように不可能なことを実現させているのだ。
目に見えるところ以外でも影響を与えるシンパシーを持っており、受ける側も同様のシンパシーを持っている。人間と同様のシンパシーを与えることのできるエルフは稀である。
劇場のエルフとはこのような面でも垣間見ることが出来る。外面だけでなく、内面もまさに劇場である。
彼女はエルフ族の期待の星なのだ。しかし、彼女は世間の評価を好いているわけではない。
流石に皆から期待されていやがる人間は少ないが、量と質が問題なのである。
彼女の名は世界中に知られているので、各々から少々の期待をとっても集めれば莫大な量になる。
その期待が彼女一人に集中するとしたら、恐ろしいことであることは言うまでもない。
しかし、悪い面だけではない。世界中から期待されるので少なからず期待のエネルギーが変換されることになる。
変換されたエネルギーがなんらかのエネルギーとして、彼女に伝達される。
期待されるから強くなる。強くなるから期待される。本人らは決して望んでいないのに自然的にこんなサイクルが生成される。
しかしメリーの望んでいることはスローライフである。彼女は豊かな自然の中、ゆったりとした生活をしていきたいのである。
彼女は周りの反応で自らの才能は自覚しているのだが、認めるわけにはいかない理由がある。理由としてはまさに彼女のモットーはスローライフだからである。
人生の先輩から話を聞けば、才能のある人はロクな人生を送っていないらしい。誰でもゆったりとした生活を望むのは言うまでもないだろう。
しかし周りから漏れ出す天才との声。これが彼女を少しずつ、真綿で首を絞めるようにゆっくりとじわじわと締め付けていく。もちろん当の本人は自覚していない。
なので、彼女は才能を自覚しているが、認めようとはしない。それは自分の存在を否定することになるからだ。
自分のアイデンティティーを保持するためには、認めようとしない努力も必要なのである。特に彼女は。
しかし彼女も活躍したいと思う気がさらさらないという訳ではない。できれば誰かの助けになりたいと心から思っている。
であるが彼女もエルフ族の望みを全く知らないわけではない。なんとなくそういうものが自分に向けられていることはわかっていはいた。認めようとはしないものの。
メリーは魔術学校に直列に繋がれている寮に部屋を借りているので、入学式を終えると部屋のベッドに真っ先に向かった。
「なにか思っていたのと違うな―」
魔術学校での予想だにしない人々の対応に驚かされたメリー。
「もっとわーっとした盛り上がりのある式だと思っていたんだけどなー」
「こんなんで大丈夫なんかな私」
想像とは180度違う結果であっても彼女は楽しむことをあきらめない。なぜなら彼女の夢はスローライフなのだから。
「プルルルル・・・」
寮でゴロゴロしているところ、メリーの部屋に一件の電話がかかってきた。
「電話だ」
そういってメリーは受話器を取り、耳をかざした。
「はい!」
「1学年3組の代表のセレンだ。この寮は10階建ての構造で1階と2階は学生の部屋になっていて3階に食堂、4階に図書室、5階に魔術訓練所、6階には大衆浴場が完備されている」
「7階から9階も学生の部屋で10階、最後にはお待ちかねのトレーニングルームが完備されているぞ。ちなみに俺はここに3時間入っているけどめちゃくちゃ気持ちいいぜ」
自分に酔った人に図々しさを感じてしまったメリー。
「はいはい」
そう返答した。
「お、なんか機嫌悪いのか?」
「いやいいですよ」
「そりゃよかった。それで明日の授業時間なんだが、10時に始業開始だから」
「そうですか、わかりました」
「でも気を抜いているとライバルに置いて行かれるぞ。図書館にはとても有益な情報の書いてある書籍に溢れているらしいんだ」
「それに月に一度、試験で学年全員の序列を決めるらしいんだ。そこで上位を取ると、天才魔術師、イーレットが週に一時間だけ家庭教師についてくれるらしいんだ」
「イーレットっつったら滅びかけの都市を何度も救ったという最強の魔術師だ。そんな人が教えてくれるだけで一大イベントなのだがもっとすごいのがある」
「なに?」
メリーは純粋に興味があり、聞いてみた。
「これぞ、魔術師試験免除の切符さ。通常、学校を卒業すると魔術師試験を受けて魔術師として働くことが出来るのだが、魔術師試験は超難関で倍率は100倍なんだ」
「魔術師志望が弱いという訳でもなく、むしろ魔術師志望は一般人の比べ物にならない実力を持っている中での倍率100倍だから恐ろしいだよ」
「でもそこまでして魔術師試験に通るメリットはあるの?」
「それは魔術師というのはとても価値のある職業だからだよ。魔術師は国から助成金が出て普通に働くだけでも飢えることはない。しかも皆から尊敬されているから恨まれることもなくむしろ気持ちいいからな」
「そんな職業なりたいに決まっているじゃん。この学校に入ったのも、魔術師志望になったのもすべて魔術師という切符を手に入れるためさ」
「へえ、いいこと知ったありがとうね」
「どうも」
「具体的に上位何パーセントが魔術師試験免除なの?」
「この制度は最近できたもので、才覚のある魔術師をたくさん生み出そうという企画の一つなんだ。だから明確な基準はないんだけど、基本的には上位10名~15名までかな」
「へえ、結構難しいのね」
「でも俺はやるぜ。必ず上位10名までの枠に入ってやる」
「頑張ってね。私も頑張るね」
「おう、お互いに頑張ろうぜ」
彼らは固い誓いを立てた。二人とも内心嬉しそうだった。
「じゃあな」
セレンの誠実な態度に惹かれたメリーだった。
「うん」
「プープープープー」
「ガチャ」
電話を切り、再び彼女はベッドに横になった。
「だいぶ厳格な学校だと思ってたけどそんな制度があるのね。ワクワクしてきたー!」
ベッドで寝転がりながら彼女は飛び上がった。2メートルくらい飛び上がってしまったが、案外頑丈な素材でできているベッドだから壊れなかった。
「やってやるぞー!」
メリーは久しぶりに興奮して歓喜の舞を自室で見せた。
「まずは図書館で魔術のこともっと知るぞー!」
彼女にとっては校舎体験は占め手である。彼女の心には少しの緊張と多くのドキドキが混じっていた。
「まずこの本にしようかな」
マキュール図書館に引けを取らない規模を誇るマキュール魔術学校図書館はあまりにも広い。
「・・・この本、私の知っていることしか書いてない・・・」
メリーの育った村にはこの図書館よりもはるかに高度な内容の書かれた本も珍しくなかった。
「じゃあ次!」
この図書館には数えられないほどの本がしまってある。メリーはより高度な本を探すことにした。
「・・・この本も・・・」
「・・・この本も・・・」
しかし図書館中を探してみたが、彼女の村より高度な本はあまり見つからない。
「・・・これも・・・」
「・・・あれも・・・」
メリーがため息をついたとき、ため息が館内に響き渡る気がした。
「・・・えーなんで私の知っている本しかないの!!・・・」
幾度となく調べてもメリーには知っていることしか書いていない。
「どうしたの?」
「なんか顔色悪い」
小柄なエルフが話しかけてきた。
「いや、大丈夫ですよ、ほら」
心配させないように返答するメリー。
「あなたも私と一緒ね」
同じような仲間である扱いを受けたメリーだが、どうも信じられない様子である。
「え?」
「ここの本、随分簡単な物で埋め尽くされている」
小さなエルフがぶっちゃけた。
「そうなんですね」
「いや、あなたも多分わかるはず」
「私、親に随分教え込まされただけですから」
「ここの本、一通り読んでみたけど、簡単な物しか置いていないみたい」
「あなたもそうなんでしょ」
小エルフがメリーに問いかけたところメリーが返事をした。
「はい」
「でもみんなすごい本って言っていましたよね」
「たぶんそれその人が大したことないだけ」
率直な感想がそのエルフからは高い頻度で生成される。
「だいぶストレートですね」
「私ストレートに言うことが得意なの」
「それ正直者ってことですよね」
「そうともいう」
独特な返しに内心ツッコミたい気持ちもあるのだがどうにか気持ちを抑えることに成功した。
「私の部屋に来て」
「え?」
唐突なお願いにメリーは一瞬戸惑いを隠せない様子だ。
メリーは困惑してエルフの顔を見つめた。
「私の部屋に案内するから来て」
「今からですか?」
「来て」
「今からはちょっと」
メリーは面倒ごとは避けていきたいと考えている。このエルフを面倒ごとを供給する者として定義した。
「来て」
「いや」
エルフの問いに拒否権を行使していくメリー。
「来て」
「・・・・・」
「来て来て来て来て来て来て」
エルフの推しに圧倒されたメリーは、仕方なくついていくことにした。
「わかりましたよ。来ればいいんでしょう」
「じゃあ今から行く。ちゃんとついてきて」
「ドタドタドタドタ」
そのエルフの部屋までひたすら校舎を進んでいく。やがて彼女の部屋の前にたどり着いた。
「ガチャ」
エルフはドアを開け、メリーを招待した。
「ドン」
エルフの部屋はメリーの部屋と遜色がなかった。同じだったのだ。
「これが私の部屋」
「へえ、クラスで違うんですね」
「クラスによって少し趣が異なるみたい。でも安心して。大部分は変わらないみたいだから」
「知りませんでした」
「ここに座って」
エルフは自分の部屋に招待で来た満足そうにしている。
「はい」
唐突に歌を熱唱したことはメリーにとって常識を覆されるような出来事だった。
「お友達ー歓迎かーい♪」
「私のお友達になってーありがとーう♪」
見たことがなかった。そう、メリーはそのエルフのようなあからさまな歓迎ムードに出会ったことがなかったのだ。
「へ?」
もちろん驚いただけではなくうれしさもあった。
「だからお友達になってありがとうっていってる」
「え?」
「歓迎するよ」
「ほら、水、ゴブリンの煮つけ」
フリーザ―からそれらしきものが出てきた。
「遠慮しないで。私なりの感謝の気持ちだから」
「感謝の気持ちなら受け取らなきゃいけないですよね」
「コクリ」
「パクッ」
一見鯖の煮つけに見えるものを口に入れてみた。
「どう?」
「おいしい?」
「美味しいです」
「よかったー!!」
「今日ゴブリン見つけた。それでつくってみた」
「ゴクッ」
平気でゴブリンを狩れるような実力であることは確かである。独特な感性もあるが、なにより独特過ぎる言葉遣いが気になる。
「明日も歓迎会しようか?」
「いいよいいよ。私、今日だけで満足した」
「えー。明日はオークの佃煮にしようかと思ったのに」
「へー」
「じゃあ本題に入るね」
エルフは急に様相を変えてまじめな話をした。
「今日のこと、内緒にしておいて」
「それで私と友達になって」
メリーとそのエルフは同族エルフなのではあるのでそのエルフは親近感を持ってるのだろうとメリーは考えた。
「そして私の探偵団に入らないか?」
エルフに押し切られそうになるメリー。
「でも私ちょっと御用が」
「入ろうよ探偵団。絶対面白い。うん、面白い」
「でも・・」
「面白い面白い面白い面白い・・・」
エルフはいつものように主張を通すまで引くつもりはないという意思表示をした。メリーは押し切られそうになった。
「うーん?」
「ちらっ」
そのエルフの顔を確認してもひたすらに面白いの一点張りだ。
「面白い面白い面白い面白い・・・」
「ちらっ」
「面白い面白い面白い面白い・・・」
そのエルフは本当の意味で止まることを知らないのであろうか。
「・・・もうなんなのよーあの人。私そんなに忙しくなりたくないのになんでおしつけてくるのよー・・・」
「・・・断ろうかな。でも断れる雰囲気じゃないし・・・」
必死に考えるメリー。しかしあのエルフは絶対にやめないだろう。
「・・・もうなんで私の周りには変な人がよってたかってくるのよー・・・」
「・・・もううんざりよー!!・・・」
時々あきらめそうになる。でもあきらめるなメリー。いつかきっと道は開ける。
「面白い面白い面白い面白い・・・」
「・・・なんかどんどん言葉のスピードが速くなってるんだけどー!・・・」
「面白い面白い面白い面白い・・・」
メリー。私からの願いだ。絶対にあきらめるな。己の意志を貫くといつかきっと道は開ける。
「わかったよー。入ればいいんでしょ入れば」
だめだったか。メリーでもあのエルフからは逃げられないか。
「それでこそ、友達」
「もう。それで何をすればいいの」
「用が出来たら連絡する。それまで待ってて」
エルフがメリーよりも一枚上手だったようだ。
「そう。じゃあまた今度ね」
「うん」
メリーは用をすまし自室に戻るためエルフの部屋を出た。
「ガチャ」
「・・・私のスローライフどうなるのー!!・・・」
「・・・てかあの人なに。意味わからないんだけどー・・・」
魔術学校は世界から魔術師志望が集う場所だ。魔術師はこの世界では最上位の職業として位置付けられており、それ故に競争が激しい業界でもある。
魔術師は国を安定させるために必須な職業で需要が高く、一度免許を取得すると、職に困ることがないと言われている。
それに職業カラーが良く、人気のある職業である。それ故にたくさんの志望者が少数の枠を狙って競い合う。
しかし近年、魔王復活による魔族侵攻の影響から、魔術師の数を大幅に増やさなければならなくなっている。
しかし国には予算がなく、魔術師の数を大きく増やせない。そこで国がとった策が魔術師の質の大幅引き上げだ。
全国の魔術学校に通達し、より才覚に溢れた人材を採っていこうという流れが出来つつある。その中の一つが魔術師試験の免除だ。
才覚に溢れた人やエルフの魔術師試験を免除することによって、いち早く戦力を増強させることが出来る。
国はそのような対策をとっているのである。しかしその策では問題がある。
この制度はそこまでの有用性はなく、応急措置にしかならないと専門家内では議論になっている。
所詮付け焼刃の対策では長くは持たない。根本的な解決には至っていないのだ。
このまま魔王の勢力が人間を上回れば、国の存続にかかわる大問題だというのだが、国に打つ手建てはほとんど残っていない。
この暗黒たる状況を打開する手が一つだけある。それは天才魔術師の養成だ。国の序列一位、マキュール魔術学校に在籍するイーレットのような魔術師が一人でも増えてくれれば、国としては大助かりというものである。
しかし皆が自分の身を顧みずに魔術師という存在になりたいとは言い難い。世間には自分の命を犠牲にする人も中にはいるが、大半は大事と考える方が自然だ。
どれもこれも現実的ではないことは言うまでもない。
となれば魔王が滅ぼされることを待つということになる。魔王は並大抵の人間が敵う相手ではない。天才魔術師イーレットでも足元にも及ばないだろう。
基本的には勇者という存在が魔王に立ち向かうことになる。だから勇者という存在は皆のあこがれの的なのだろう。
当然、メリーも圧倒的な能力を保持しているのだが、彼女の夢はあくまでスローライフ。彼女に期待するのは筋違いだ。
魔術師というのは平和を守るための最終兵器みたいなものだ。皆にはこの事実は知らされていない。皆が知らない方が戦力を獲得することが出来るのだから。
「ふああ」
メリーは予定通り朝に目を覚ますことが出来た。遅刻をすれば学校での評判が下がるかもしれないから気を抜くわけにはいかないのだ。
「朝か」
既に日は昇っていた。
「今日は確か10時始業だったかな。今は8時か」
「プルルルル」
朝からの電話は珍しい。メリーは電話に出た。言っていなかったのだがこの世界には電話がある。
「はい」
「今日オーク狩ってきたんだけど、見に来て」
電話の向こう側にはあのエルフがいた。今日も昨日と同じような感じだ。
「こんな朝早くからですか?」
「探偵団の仕事入ったよ」
昨日の御馳走をごちそうしてもらったのもあり断るのは悪いと思い、そのエルフの部屋に向かうことになった。
「ピンポン」
玄関の呼び鈴を鳴らす。
「ガチャ」
「さあはいって」
「ほら、オークの佃煮。召し上がれ」
すると唐突に何かから作った佃煮がフリーザーから姿を現した。メリーにはフリーザーとの仲介業者がそのエルフに見えている。
「これも探偵団のお仕事だよ」
探偵団にも様々な仕事があるらしい。分ったことはオークの討伐依頼を受けていることである。
「こんなお仕事あるの?」
モンスターを狩ったことのなかったメリーはまだ耐性がついていない。
「パク」
「どう、おいしい」
そのエルフは彼女の評価を知りたいようだ。
「案外うまいね」
その言葉を聞いて安心したような顔をした彼女はあたりを走り回った。
「そうでしょそうでしょ」
「魔法パウダーで出来上がり」
そう言って調味料コーナーから瓶のようなものを取り出してメリーに見せた。
「え?」
「その魔法パウダーって」
「私が魔法でつくったパウダー。見る?」
「ほー」
「そうそうこれこれ」
そのエルフは魔法パウダーと自称する物を手に取り笑みを浮かべながらそれを眺めた。
「これ、私の一番のお気に入りのパウダー」
「これを振りかけて作った佃煮、それ以外の調味料もほどほどに」
「魔法パウダーのつくり方って?」
その魔法パウダーなる物に興味深々なメリー。
「それ私だけの秘密」
考えもつかない返しであった。
「えー探偵団はお互いに秘密を隠してやっていけるの?」
「秘密を隠すのも仕事の一部」
「なにそれ」
「私の理論。反論求む」
反論を真剣に求めている様子にメリーは圧倒された。
「いいや反論はないんだけど、なんだか不思議だなーって」
「じゃあ教えなくてもいい」
安心しきった様子でそのエルフが吐露した。
「・・・ちぇっ教えてもらいたかったなー・・・」
そのエルフはある条件をメリーに提示した。
「私への信頼を獲得してからだったら教える」
「約束してくれる?」
約束を締結することがメリーの責務のような気がして彼女は承諾した。
「うん」
「ちょっと気になったんだけど、まさか呼んだのってオークの佃煮を食べさせるためだけに!?」
「コク」
「明日はバンパイアの炒めものをごちそうする。楽しみにしてて」
「帰りますよ」
一貫してメリーに興味津々のエルフだが、理由を突き止めることが出来ないメリー。
なぜこの小さなエルフはここまでにメリーに興味を持っているのか、同族エルフだからなのか、それともほかの理由があるのだろうか。
「またね」
と宣ってそのエルフが自室の扉を閉めた。
「ガチャ」
メリーは今日のオークの佃煮にご執心なようだ。
「・・・えええあの佃煮めっちゃ美味しかったんだけど!!・・・」
「・・・ホロホロととろける肉と油が特製スープが絡んで最高にうまかった・・・」
「まさかあの人、いやエルフは前世は料理長やってたんじゃないか?」
この時のあのエルフの夢は料理長だとメリーは考えていた。その後彼女の名前を聞いてから仲間として協力してから彼女の事を知るまで。
自室に戻った彼女にはあのエルフの存在が頭の大部分を占めていた。
「あの人なんか気になる。今度こそ教えてもらおう」
「ごめん、伝えるべきことあったこっちに来て」
どうやらそのエルフは伝え損ねたことがあるらしい。
「口頭で伝えてください」
もう一度彼女の部屋まで行くのは面倒だと思い、口頭での伝達を要求した。
「私たち探偵団のルール。電話越しで大事なことは言わない」
「そんな特殊なルールがあったの?」
ルール絶対主義の彼女は、まるでルールに縛られているような感じがする。
「いいからお願い」
「わかりました」
「助かった」
彼女の返答を待っていたかのようにそのエルフの声が和らいでいたような気がした。
「感謝する」
「・・・これで最後にしてほしいけど・・・」
この時のメリーの心の声は最後がいいというものだった。
「おお来たか、メンバー」
もう一度彼女の部屋を訪れたメリー。なぜだかわからないが久しぶりな気持ちがした。
「そういえば名前なんて言うの?」
「君に名前を教える義務はあるの?」
彼女は慎重だった。
「せっかく探偵団をつくったんだから記念にどう?」
「いいね」
「でしょ!」
メリーの提案はすんなり通った。
「私の名前はネヨという」
「よろしく、ネヨちゃん」
「うん」
彼女はメリーの挨拶に頷いた。
「私の名前はメリー」
「メリーね」
この部屋に来た目的を思いだした彼女はネヨに問いただした。
「ところで今回の件はどう?」
ネヨは問いに応えなければならず、仕方なく返答した。
「今回は新しい発見があった」
「そこでですか?」
「オークを狩っていた時、奥に操る者がいた。私、それを追ってたんだけど途中で見失った」
残念そうに話すエルフ。しかし今度は逃さないというような気迫も感じた。
「それは残念。その人物になにか特徴は?」
「ごく普通の背格好だったから、特徴といわれれば」
特徴のない者を探すことほど難しいことはない。
「なにかこう、大きな違いとか」
何か情報を得るためメリーは問うた。
「この学校の制服を着ていた」
少なくともどこかの学校の学生であることが判明した。
「それですよ。結構絞れてくるよね」
「でも制服は生徒以外の人物も着用可能」
確かに制服は学生以外も着ることが出来る。しかし好んで着るような者は少数である。
「でも結構有力な情報が手に入ったよね」
「うん」
「だったらミッション達成ね」
メリーはネヨを元気づけようと片方の手を握り空にかざした。
「でも何か引っかかる」
しかしメリーが拒む。
「どうして?」
「私の勘」
「そう・・」
「今日言いたかったのはそれ」
「ネヨちゃん!」
強制的にネヨの顔を見てこう言った。
「なに?」
「今日楽しかった。またね」
彼女はメリーの予想だにしない言葉に心を打たれてしまった。
「ポッ」
メリーは戦闘力だけではなくまんべんなく能力がずば抜けて高い。魔法技術然り、単純な身体能力も他のエルフと比べてけた違い。
しかし、能力にも様々な形があり、例えば人を虜にする能力もそれに含まれる。彼女は生まれつきの知性以外にも様々な能力を生まれながらにして会得していたのである。
ネヨというエルフは初め、魔術学校の図書館で情報収集をしていたのだが、気が付くと彼女の虜へと変貌していた。
ネヨは初め探偵団をつくる気はさらさらなかったのだが、彼女の発見で急遽探偵団を結成し、彼女と無理やり仲を取り持とうとした。
彼女自身も訳が分からずメリーの接していたのだが、その中で少しずつメリーのことを知りたくなり、より近づこうとしたのである。
その中でメリー自身もネヨの存在を信じるようになり、お互いに合った心の壁が今薄れて、はがれていく途中なのである。
誰よりも彼女を愛したいと思ったネヨが彼女に振りまく感情は異常だ。しかし彼女はそれを受け入れることが出来る器量を確かに持っている。
だからネヨは彼女により近づこうとした。彼女を信じたいとの感情がより肥大化してしまったのだ。
外見だけが美しいのではない。内面も美しく、それ以外も美しいのだ。目に見えないものも見えるものも美しく、もはや美しいという表現では言葉足らずなのだ。
人を虜にする能力を美しい以外の表現で表すとしたらという問いに帰着する問題なのかもしれない。それは何であろう。
可憐に咲く一輪の花のように、周りを虜にする能力もさながら劇場のエルフという名にふさわしい。
ネヨは彼女のこの世界に有るに難い美しさのようなものを内に秘めた確かなオーラに圧倒され、一瞬で心を奪われてしまった。
人見知りな彼女も、心を打ちぬかれてしまったならば、話は別である。彼女は自己管理能力が低く、一度芽生えた興味の対象に執着してしまう傾向にある。
そのため、これからも末永くメリーを愛し続けることになるであろう。まるで一人で劇場にやってきて、物語に引き込まれてしまったときのように。
ここまでこのような展開を予測できた人間やエルフは、きっといないのだろう。広大な世界を甘んじて、皆は目元の真実から目を背けているのである。
まさに灯台下暗しといったものだ。我々は目と鼻の先にある真実に限って、しばしば見落とすことになるのである。
女性でありながらメリーを一途に突き通そうとするネヨ。メリーは随分最近になって仲良くなった友人のネヨという近しい存在の恋でさえ、無自覚なのである。
そうなのだから、まさに無自覚エルフなのである。この異名は、しばしば同族のエルフ内で用いられる。
彼女は劇場のエルフであり、真の魔法使いであり、無自覚エルフである。時期が経つにつれ、彼女の異名は世界中で増殖していくのである。
一度その名を知れば、誰であれ自分のことであるので気になるものだ。しかしそれが無限に広がっていくとなれば話は別だ。
やがて実直にその名前を追うのがばからしくなって、彼女がその名を追うのをピタリとやめたのがつい最近のことである。
無限に増えていく噂を真剣に受け止めていると、いつか心の空しさに苛まれる。
自分はなぜ存在しているのか。世間は自分に何を望んでいるのか。でも私は自分のしたいような人生を送りたい。
彼女は最近、そのような独り言をベッドの中でうつつつぶやいている。きっと世間の期待に押しつぶされそうになったのだろう。
だから育ったエルフ村から遠くに離れようと思ったのだろう。なるべく遠くに行けば少しでも私の存在を知らない人がいるかもしれないと。
実際、それは半分当たりで半分外れである。確かに、現在彼女の在籍している魔術学校は年齢も若く、社会的な経験や知識はまだ未熟であるので、彼女の存在にあれこれと知らないのかもしれない。
しかし、彼女の存在はそんなレベルではないのだ。ものすごい才覚に恵まれ、幼き時期の達成した偉業は、魔術関係者や国の責任者から甚だしいくらいに知られている。
なぜなら彼女の偉業は凄まじいものだからである。いいや、凄まじいなんてそこらの人間でも使われる程度の言葉なので、彼女には不釣り合いである。
一般的には驚嘆されるレベルであるとされる上級魔法習得を、彼女はわずか3歳で達成した。普通の人間には不可能な代物であり、70代を越えてやっと会得する人間も珍しくない
天才魔術師のイーレットでさえ、上級魔法習得は若干17歳にして達成したのだが、3歳の彼女に比べれば赤子同然である。
実際には彼女の会得した年齢がより赤子というべき年齢に近かったわけだが。
また、彼女は幾重にも魔法をかけることが出来るので、もはや上級魔法よりもはるかに高いレベルにある。
彼女一人の存在が、上級魔法以上の魔法階級をつくるべきだという議論を作り出している。
魔術学校に彼女が入学したいという旨を学校側が受け取った際、学校は国や自治体、さらには数多の魔術関係者との数十回に及ぶ会談を行い、今後の対応を話し合った。
その結果、魔術学校は彼女を歓迎することになった。幸いなことにマキュール魔術学校に集まる生徒は優秀な者ばかりで、非常識な事をしでかす危険性は少ない。
万が一、彼女の存在が学校中で騒ぎになっても、教員らが束になれば何とかもみ消すことが出来るだろう。
しかし、油断は禁物である。ある事実が確定級の事柄だったとしたら、事前準備は必要不可欠である。
誰もが望んだ魔術学校の入学。もちろんメリーもこの学校に熱望しているのだから、むやみやたら問題を作り出す気は学校側にはさらさらない。
皆に健全な学校生活を送ってほしいと教員一同こころから望んでいる。彼女の存在は学校には少々荷が重すぎるのである。
しかし、事前何十回にも及んだ会談には、国の責任者や魔術関係者が大勢参加していた。彼らからすれば、メリーはまさに国の宝。必ず保護したいものと考えている。
されどもメリーは第一線の魔術師になって魔獣と立ち向かっていく姿は想像できない。彼女はあくまでどこかで細々と魔術師をしながら一生を終えたいのである。
ここで意見の食い違いが起きている。いずれどちらかが妥協せざるを得ない展開が訪れるであろう。
彼女の意志はまさに鋼鉄の柱。誰にも曲げることのできない一本の太い太い意志である。しかし国としても彼女の存在を無視するわけにはいかない。
ここで彼女と国と魔術業界の直接対決が決定した。彼女がのほほんと学校に入学した裏ではこのような大事件が息を続けていたのである。
スローライフが勝つか、はたまた国の第一線として活躍する英雄になるのか。どれは神すらわからない至上の命題。
「えー、あなた方は今回が初めての授業でしたっけ」
「では魔術の基礎をおさらいします」
「教科書の3ページを開いて」
「・・・あちゃー教科書忘れちゃった・・・」
彼女は天然だ。忘れ物も彼女の特性の一つである。
「すいません、教科書忘れちゃいました」
「シーン・・」
当然ながら初めから忘れ物をする者の登場に度肝抜かされた教師であった。
「・・・またこれなの。学校ってこんな感じなの?・・・」
「・・・いやー、お家に帰りたーい!!・・・」
絶体絶命とまではいかないがその前段階には入っているのかもしれない。繊細な彼女にはそこそこに効いているのだ。
「メリー、教科書あげる」
聞いたことのある声が彼女の頭の中に流れ始めた。
「その声は?」
「その声まさかネヨ?」
「私の奥義テレパシー。存分に味わって」
ネヨだったようだ。テレパシーを使える者は珍しい。
「でもここまで教科書持ってこさせるの悪いよ」
メリーは人の力を借りることは好きではない。助けを拒んでしまった。
「いや、私の奥義、転移魔法で送ってあげる。心はひとつ」
ネヨの心の中にある親切心の存在を彼女ははっきりと確信した。
「ありがとう。ネヨちゃんは転移魔法も使えるのね」
「じゃあ必殺、転移ー魔法ー!」
「プーーーーーィ」
これまでに聞いたことがない音に戸惑いながらも教室中に流れているので焦りが止まらない。
「なにこの音?」
「私の必殺奥義の転移魔法だけど」
しかしネヨは平気そうに魔法を続ける。
「この音なんか恥ずかしい」
「あと少し、大丈夫。私がついてる」
「あなたが出してる音なんでしょー」
メリーにそろそろ限界が迫っている。羞恥心の限界が。
「そこ、静かに!」
教師の堪忍袋が今切れてしまったことが確認できたようだ。
「すいません!」
「プーーーーーィ」
ひたすらに大きく恥ずかしい音が教室中に流れていく。
「ボンッ」
「あ、これが教科書ね」
ネヨはメリーの焦りを気にしない。彼女は使い勝手の悪い羞恥心というものは持ち合わせていないらしい。
「先生、教科書あります」
やっとこさメリーは教科書を手に入れることが出来た。
「大丈夫、代わりに読んでもらってるからいいよ」
途中からはわかっていたのだ。しかしこのまま何もしないわけにはいかなかったのだ。
「・・・あちゃーまたやらかした・・・」
「・・・私のここの評判が悪くなっていく・・・」
当初の目的であるスローライフからは遠ざかってしまったのかもしれない。しかしメリーは諦めない。
「教科書届いた?」
ネヨがメリーに問いかけた
「うん」
メリーがネヨの問いかけに相槌を打つ。
「ちょっといい?」
メリーにネヨについて知りたいことがあった。何処から監視していたのかというものだ。
「なに、メリー」
「なんで私が困ってることわかったの?」
「これが探偵団のお仕事。困ってる人助けること」
「そうじゃなくて何でわかったの?」
「探偵団で秘密は禁句。みんな情報共有を望んでいる」
ネヨの探偵団には事情があるのだろう。なにか狂気的なものを感じる。
「さっきは秘密保護大事とか言ってなかったっけ」
メリーがネヨに聞いてみた。
「これも探偵団のお仕事。仲間の詮索はしないこと」
「そうなの?」
はっきりとしない返答にメリーは不満げのある仕草を見せた。
「じゃあ私は行くよ」
「プツン」
これまで頭の中に流れていたネヨの声が途切れたのを機に彼女の意識は現実世界に戻った。
「・・・ネヨちゃん、ちょっと変なところあるけど中身は優しい女の子なのね・・・」
「さっきから私語が多いんじゃないか、メリー」
教師は先ほどから機嫌が悪い。
「イラッ」
「私だって用があって私語してるんだからいいでしょ」
メリーにも短期的な部分が垣間見える。天然であり短期的な側面も備えているという厄介な性格だ。
「・・・」
「・・おう」
教師は虚無感情に支配されていた。
「キンコンカンコン」
「これで終わりです。課題はオンラインで送る」
授業時間が終わると同時に真っ先に私語を開始した者がいた。
「終わったぜー」
「この学校の授業って案外簡単なんだな」
紹介する。この発言をした愚か者はリックである。魔術学校入学試験の上位だったからといって下位で入学したものを入学早々バカにしていた男だ。
しかしこのマキュール魔術学校は天下のマキュールというだけあって講師も授業も一流である。基礎をおろそかにするのはリスクがとても大きい。
リックは上位だけあって優秀な頭脳を持ち、数々の事件を彼の頭脳と魔法能力で解決してきた。なかなかバカに出来ない男だ。
もちろん彼は魔術師試験の免除を望んでこのマキュール魔術学校を志望して入学した。彼は魔術師に最短でなりたくてこの学校を選んだ。
魔術師というのはとても人気のある職業だ。彼も人気に釣られて志望した。彼には事情もあり、これが彼の魔術師への執念をより強くした。
彼には友人がいた。リックは友人に散々バカにされたのだ。お前の父親は何年も魔術師試験を受けて落ち続けている。俺の親父は30で魔術師になれたんだぞって。
あろうことか、友人に散々罵られた挙句に彼はリックを見捨てたのである。彼に散々罵られても真摯に彼に接していたリックを否定するように。
以降、リックは魔術師に対する執着が人一倍膨れ上がり、魔術師志望として猛特訓猛勉強の毎日だ。きっとあの日の復讐を果たしてやるといわんばかりに。
訓練によるストレスからか、リックは変わり果ててしまった。自分は魔術師になることだけが夢であり、それが彼の生きがいに変貌していたのだ。
もちろん、父親のことを全く考えていないわけではない。しかしリックは復讐心の方が圧倒的に彼の心に支配的だったのだ。
それゆえリックの心は真っ赤に染まって、魔術師試験一辺倒。訓練によるストレスや世の中に対する憤りが積み重なり、見違えてしまった。
彼も自分がおかしくなってしまったことはわかっている。周りの対応の変化で察している。
しかしそれでも彼は魔術師を目指し続けている。理由なんて何でもいい。どんなことが起きてもいい。自分が魔術師になりさえすればそれでいいのだと。
果たして魔術師に対する彼の熱望が、彼自身に際限なく魔術師としての情熱となって、彼の魔法の技術を押し上げる。
その結果、リックの魔法レベルは同年代においてはトップクラスに落ち着き、更なる高みへと歩みを進めている。
生まれつきの才能も当然影響しているだろうが、なにより彼の魔術師に対する異常なまでの執念がなにより彼を飛躍させた。
しかし、いくら魔術師として世間に名を挙げたとしても、彼自身や周りの友人や家族はその恩恵を受けられるとは限らない。
著名な人物や大金持ちの生活を我々のような庶民から覗いてみると、彼らの人生は一見充実しているように見えるのかもしれないが、現実はそうではないに違いない。
実際、一躍有名になった芸能人や俳優や有名企業の社長であれ、他人よりもはるかに幸せそうというには到底見えない。
もちろん、貧しいものと比べると、相対的には優れている部分もあるだろう。
しかし、重要なのは彼らの世間に及ぼした影響と与えた影響がうまくマッチングしていないという点にある
例えば、あなたは偶然自分がつくった映画が空前の大ヒットを叩きだした監督だったとしよう。彼らはきっと連日連夜自分の作品についてああでもないこうでもないと頭を振り絞っていたに違いない。
こうしてできた作品が映画の視聴者に届けられたとして、視聴者はたった1000円のチケットと少し割高なポップコーンなどを持って映画館に向かえば、彼らは1000円と食事代で監督が悩みに悩んだ作品を視聴することが出来てしまう。
もちろん、彼らにも利益は支払われる。ここで問題になるのは、監督が順当な利益を適切に受け取っているのかという論題だ。
単純に利益と言っても、お金も、愛情も、幸福も利益と言っても様々な物があり一概にこれだとは言い難い。
順当な利益は何もお金だけではないということだ。お金で愛は買えないし、幸福はいくらお金があっても自分を真に愛することが出来ない限り、決して得ることはできない。
このように、リックが魔術師になって全国で活躍できるようになったとしても、十分な収入と、魔術師という大層と高い地位のみだ。
これまで彼の捨ててきた時間と青春や家族や友人に対する愛情は、帰ってくることはないだろう。魔術師になったからといって、素晴らしい人生が保証されているとも言えないのが現状だ。
彼の魔術師への執念は彼をどのような場所へと誘うのだろう。地獄か天国か、それともそれ以外か。
しかしリックが何もすべてを捨てて魔術師に賭けているという訳ではない。彼も自分を見失いそうになった時はあった。
だが、もしも自分が昔とは違う人物になったとしても、自らの意志だけは悪魔に明け渡さないと誓っていた。
彼はどうやらすべての心を悪魔に奪わせなかった。彼の意志が悪魔からの誘惑を断固として拒んだのだ。
どうせ奪われるくらいなら奪わないと。こんな感情が彼の心の片隅に、悪魔のような彼別個の制御不能の意志が語り掛けてくる。
絶望的な苦痛を味わうくらいなら、いっそこの世界に盾突いて自分の意志を否定してほしい。悪魔が着実にリックから心を奪おうとしている。
だがそれを食い止めるリックが間違いなくそこにいる。彼自身が憎んだ地球の大地をしっかりと踏みしめて、世間を愛している。
莫大な量の悲しみと憎しみが交じり合うカオスな彼の心の中で、悪魔に魂を奪われながらも確かに彼は立っている。
リックはすべてを知っている。自分や世間に対する怒り、それによって離れていくかつての仲間。それにより加速する怒りや悲しみ。
止めどない怒りや悲しみで自分自身を例え愛せなかったとしても、世間を憎んでしまわないように。
されど世間に対する憎しみが完全になくなっているわけではなく、彼がどうにか抑え込んでいるのだ。
ある転換点を迎え、彼は悪魔へと変貌してしまうのかもしれないという恐怖に苛まれてるリック。
彼はすべてを知っている。世間の自分に対する評価も、心の中の悪魔も。怒りを止めることが出来ずに、すべてをぶち壊してしまうのかもしれない。
支配的な悪魔。魔法の復活によって、人間の心中に存在する悪魔がより活動を始めやすくなる。
彼の心中に潜む悪魔は、悪魔を所持している人間のそれよりもはるかに大きい。
もし彼が悪魔を開放してしまったら、身近な友人や家族にまで大きな影響を及ぼしてしまうのだろう。
頭でわかったところでどうしようもない。彼が選んだ人生をすべてなかったことにするわけにはいかず、彼は魔術師に絶対になるだろう。
絶対的な支配力を持つ魔王の復活は、悪魔に近い存在を悪魔と化す。だからこそ魔王の復活というのは恐ろしいのだ。
元々の肉体の能力に比例して悪魔の能力も大きくなる。リックは現時点でも魔術師の中間くらいの実力を持っているので、彼の悪魔化した悪魔はおそらく天才魔術師イーレット以上だろう。
そうなってくると、リックの悪魔化と魔族侵攻が重なってしまうと、イーレットが魔族に対抗する戦力として期待できず、だいぶ戦局は読みずらくなる。
イーレットの存在はマキュール魔術学校だけではなく、この国の安全を守る役割を果たしていた。
悪魔と化す魔術師はごくわずか。彼らは元々裕福な生まれの場合が多く、悪魔の付け入るスキがほとんどないのである。
しかし彼は例外で、随分楽勝に悪魔が侵入してしまった。
どうか魔族侵攻とリックや他の魔術師の悪魔化がなされないことを祈ることが、市民のできるわずかな事だろう。
「もう少し俺に見合った授業とかないのかよ」
「まあまあリック、次の授業3-4教室だぜ」
「ああ、そうだな」
メリーは災難な日を偶然引いてしまったみたいだ。今メリーは途方に暮れている途中である。
「・・・終わったー・・・」
「・・・初めからやらかして大丈夫だったかな、私・・・」
メリーが机でがっかりしている途中、少し大人びた少女が話しかけてきた。
「もしかしてメリーさん?」
「そうです」
「さっきの魔法ってまさかネヨちゃんの?」
ほんの1時間も経たない内に聞いた名前をこんなに早く聞くとは思わなかった彼女はネヨの異質さを痛感した。
「ネヨちゃんを知ってるの?」
「うん。ネヨちゃんの魔法ってちょっと特殊だよね。ちょっとどころじゃないのかもしれないけど」
「変なのは魔法だけじゃなくて、」
「でしょ。ネヨちゃんって変なのがスタンダードなのよ。いつも笑わせてくるから面白いのよ」
「さっきもオークの佃煮食べたのよね。味はおいしかったよ」
「メリー!」
頭の中にネヨの声が響き、メリーは意識を頭に集中した。
「どうしたの?」
「探偵団の秘密、ちゃんと守って」
秘密保持の重要性を説くネヨは仲間のメリーであっても掟破りを許さないのであった。
「なんかネヨちゃんのこと知ってるみたいだけど」
メリーも守っているつもりだったのだが、ネヨに指摘されたのでやぶっていたようだ。
「守って!」
「わかったちゃんと守るよ」
ミズがメリーの眼前に近づいていたのに気づいたメリー。
「何でもないよ。それよりネヨちゃんかわいいよね」
「そうよね!」
「ネヨちゃん?」
「私のことかわいいとかいうな」
「気にしてるの?」
「してない。探偵団の約束、仲間の詮索はしないこと」
「それ本気だったのね」
ネヨの探偵団は秘密保持も大事であり、秘密の共有も大事だ。
「この探偵団のモットー、秘密を守ること」
「わかったわ、メリー」
ネヨからの強い要請に断るわけにはいかなかったメリー。
「気を付けてよね」
「任せて!」
「ちょっと気になったんだけど、さっきからずっと窓の方見てるよね。何してるの?」
ミズはメリーの不審な様子に気づいてしまった。
「なんでもないなんでもない。ちょっとした趣味だよ!」
「・・・ああーバレたら絶対面倒だ。ネヨちゃんに叱られる・・・」
「・・・ここはどうにかごまかさないと・・・」
ここでメリーにある悪知恵が働いた。
「ああー!!」
「窓の向こうにUFOが見えてね。気になったの」
「へえー」
「・・・どうだ!・・・」
「いや全然見えないけど」
あまりにも幼稚な嘘に騙されるミズではなかった。
「・・・やっぱりだめかー!!・・・」
「・・・どうするどうする。このままでは・・・」
「もしかしてメリーさんネヨちゃんとテレパシーで会話してた?」
「・・・ばれた!?・・・」
「やっぱり。ネヨちゃんいつも気になった人に声かけてるの。ちょっと気になってついて行ったとき、ネヨちゃんがテレパシーを使っていたところを目撃して」
「会話の内容で探偵団で私と一緒に謎を解決しようとか言ってたっけ。とにかく私面白そうと思って彼女に探偵団に入れてって懇願したけど相手にされなかったの」
「そうなんだ」
ミズのマシンガントークは止まらない。
「聞いて聞いて。それで彼女が気になった人にところどころ話しかけていたんだけど、探偵団に入ってくれる人がなかなか見つからなくて。それで私が立候補したのも理由の一つなんだけど」
「へえー。そんな過去が」
「彼女の探偵団に入りたかったなー。私彼女のこととても気になるんだ」
「だったら私がお願いしてみるよ」
「ほんと?」
ミズは笑みを浮かべながらメリーの方を向いた。
「任せて!」
「そろそろ次の講義が始まるね。私7-3教室だから」
7-3教室はメリーの次受講する教室だ。
「わかった。連絡待ってる」
ミズは有難そうに連絡先を交換し自席に戻った。
「・・・どうにかして探偵団にあの人を入れてもらわなくちゃ。面白くなってきたー!!・・・」
メリーは心躍るような気持ちで校舎を歩いた。絶頂の気分だった。
「ガラッ」
「・・・うっいびつな雰囲気・・・」
「・・・この物々しい感じ何?・・・」
「・・・何か厳格な式場みたいな雰囲気・・・」
教室のドアを開けると前の教室とは全く違う雰囲気を醸し出していた。
「・・・ちょっと何の授業か聞いてみるか・・・」
「あの?」
メリーはその教室にいる学生に話を聞いた。
「はい」
「次の授業ってわかりますか?」
その学生は応えてくれた。
「はい。イーレット教授の魔術基本講座です」
「ありがとうございます」
「・・・はー。あのイーレットさんの授業って厳しいのかな・・・」
数分待ち続けると学生のような人が教師らしき態度で入ってきた。
「ガラッ」
彼女が入ってきて数分が経つが、これまでの物々しい雰囲気が一瞬で中和されたようだった。
「シーン・・」
「・・・」
「ん?」
その学生らしき教師のような者が漏らした声がこれだった。
「ちょっとみなさーん。授業始めますよー」
「シーン・・」
「・・・」
「ねえちょっと―。私が担当だよねー。ちょっとー」
「あの人イーレットさん?」
新入生にとっては魔術師イーレットに会うのは初めてである。
「ちょっとかわいいんだけど」
「でも百聞は一見に如かずだぞ。とりあえず授業受けてみようぜ」
噂を聞くだけで一度も会っていなかった学生は、その教師の外見を見て衝撃を受けた。
「教室あってたかな」
「うーん」
「やっぱりあってるな、7-3教室」
「はーい。皆さん講義始めますよー」
教師あるまじき外見と仕草に心を動かされたものは男だけではなかった。
「かわいい」
「かわいい」
「案外かわいいなあの先生」
「ほんとにあの天才魔術師イーレットか?」
「皆さん始めますよ。着席してください」
イーレットの注意を嬉しそうに聞く学生ら。
「はーい!」
「・・・何?・・・」
「・・・厳格な雰囲気だったのに急に朗らかな雰囲気に一変したんだけど・・・」
「コッコッコッ」
「カッカッカッ」
黒板に懸命に何かを書くイーレット。
「イーレットさんのあの筆運び、最高だぜー」
「彼氏いるのかな。講義終わりにちょっと聞いてみようぜ」
男性陣の中にはイーレットから目を奪われた者も大勢いた。
「ちょっとそこー静かに!」
イーレットの優しい注意は室内の者全員を安心させた。
「改めまして、ようこそマキュール魔術学校へ。そして、おめでとう。この学校は数多の魔術師志望者が定員数600を競い、あなたたちはその600名に選ばれたわけです」
「マキュール魔術学校は、カルバーテルの最高権威であり、世界に誇る魔術学校です」
「世界に誇るべき学校であるがために、講義は決して簡単ではありません。そう簡単には単位は差し上げないつもりです」
「もちろん、この学校の講師の中では簡単に単位を与える者もいらっしゃるようですが、私はそうではありません」
「しびれるー」
「さすがイーレットさん」
「ふっさすがイーレットだぜ」
男性陣の明らかな舐めた態度はイーレットを怒らせてしまった。
「私語は慎みなさい」
口調が完全に切り替わっていく。
「出て行ってください」
容赦のない勧告に室内の雰囲気はどんよりと変容した。
「え?」
「ほら早く。あなたたちに私を侮辱するほどの力はないでしょう。早く」
「くっ」
イーレットが厳しい教師である評判はあながち間違ってはいない。
「なんで俺たちが・・」
その様子を遠くから見ていた学生は、イーレットの恐ろしさを再認識した。
「イーレットさん、結構厳しいな」
「やっぱり評判通りの人なのかもな」
イーレットは若干17にして上級魔法を早くに習得した、いわば天才だ。難関と名高い魔術師試験に一発合格し、30にして国を脅かすほど強力な魔人をも葬ったほどの実力者だ。
天才であるが、女性でありながらも童顔なので周りの人間からは舐められやすい。
しかし、一度彼女になめた態度をとると彼女はそれを許さない。なぜなら一々許していると世間に魔術師イーレットは舐めてかかっていいヤツだと思われてしまうからである。
彼女も魔術師になってこの世界に少しでも貢献したいと思い魔術師になったのだが、所々で舐められていれば魔術師としての職務を全うできないと考え、このような体裁を保っている。
彼女の得意技はバーンフレイムという技であたり一面を炎で覆いつくして完全に焼き尽くす技だ。
決して彼女のような外見からは想像できない技を持つ。また、17歳で上級魔法を習得し、今現在は32歳。
32歳ではあるが外見は20台前半といった感じで、いかにも大人になり切っていない様子だ。
17から32までの15年間で、彼女の魔法技術は格段に進歩した。メリーの使う多重魔法をも用いることが出来る。
多重魔法と言っても、メリーのような数百倍の力を常時発動という訳でもなく、数倍の力を一時的に発動するといった体裁だ。
されども多重魔法は並みの魔術師では決して使うことのできない代物だ。誰でもマネできるレベルでは決してないということは強調しておくべきだろう。
上級魔法習得後、何十年にも及ぶ日々の研鑽を積み、やがて一流の魔術師になる。その時に多重魔法を無意識的に使えるようになっている。そのような感じだ。
なので魔術師イーレットはそれをたった30歳で使いこなせるようになったのだから、まさに天才だ。
彼女はやがて魔術師だけでなく、魔術業界で働きたい、魔術師をこの手で育てたいと思うようになり、ここマキュール魔術学校の教授として働くことになった。
近年、魔術師志望の数は徐々に減少し、やがて右肩下がりのグラフに変化を遂げることになると言われている。
数十年前までは魔術師志望の数も時代の進歩と共に、右肩上がりに推移していた。
ところが近年魔王復活による魔族侵攻により、魔術師志望の数はずっと横ばい。
もう少しで魔術師の数が激減すると言われている。なぜなら右肩下がりに転じるからだ。
イーレットはその危機感を掴み、魔術業界教育部門に努めたいとの信念でここマキュール学校に勤めている。
ここマキュール魔術学校を筆頭に、レルゼンズ魔術学校、ジュサン魔術学園が共同で将来有望な魔術師志望を引き上げて、有力な魔術師を育成しようという企画がなされている。
企画には、魔術師イーレット、魔術師ガリオン、魔術師アピール、魔術師ビクトル、魔導士サイダーなどが参加している。
どれも超一流魔術師であり、世界に名だたる人物だ。彼らが企画するのだから、才能のサイクツは全国で進んでいく。
「じゃっ始めよっか」
イーレットは切り替えようと気持ちを強制的に入れ替えた。
「いきなりニコニコしだしたぞ」
「どっちが本性なんだ」
「私はこのイーレットさんだと思うわ」
学生らはイーレットの恐ろしさを再認識したみたいだ。
「突然ですが質問です。魔術師とは何でしょう」
突然イーレットは直球に質問を投げかけてきた。
「なんだ簡単じゃないか」
「俺だったらわかるぜ、これこれこれだろ」
「いいや、これこれこれだ」
「それはわかる」
「しかし明確な定義なんてあるのか?」
中々正確な定義は出てこない。
「じゃあ、メリーさん」
「へ?」
イーレットの獲物はメリーだ。はじめから狙われていた。
「私ですか?」
「はい!」
「ニコッ」
イーレットの笑みは悪魔の変顔とまで例えられるといううわさもあながち間違っていないと自覚する瞬間だった。
「・・・なんでまた私なのよー・・・」
「・・・絶対に私に当てたいんでしょー・・・」
「あなたの実力、分らせてもらうわ」
「受けて立つよ、せんせー」
もちろんメリーも受けて立つつもりである。
「バチバチバチ」
二人のはざまに火花のような音が疑似的に出現したようだ。実際は存在しないのだが、そちらの方が状況に適当だからだ。
「えー、魔術師ってなんでしたっけ?」
メリーは逃げることにした。質問で荒を出す可能性が高いのであれば、知らないとした方がいいと判断したのである。
「シーン・・」
「・・・よし、みんなの前で発表させて私をこの学校の一躍有名人に仕立て上げるつもりだっただろうけど残念でしたー!!・・・」
メリーはその時歓喜の時を過ごした。しかし世の中は甘くなかった。
「・・・相手が悪かったですね。せんせー・・・」
「すばらしい!!」
「え?」
「魔術師にはこれといった定義はないのです。普通は魔術師の定義を自分の解釈に基づき、いい加減に言うところをあなたはまあ!」
この時の彼女の心はイーレット畜生である。
「・・・絶対私を追い込むつもりなのね、せんせー・・・」
「・・・でも私だって負けるつもりはないですよ・・・」
「皆さん、イーレットの名に懸けて、メリーさんのすばらしさを証明します」
彼女は一度咳ばらいをする。
「オッホン!」
「えー、メリーさんはこのマキュール魔術学校の入学試験において、学力試験、実技試験ともすばらしい成績でした」
「・・・これ以上言われては困る・・・」
彼女はちょっとした魔法を行使し状況を打開しようと考えた。そのために今、魔法をかけた。
「あー、イーレット先生の授業聞きたいなー」
「早く再開してくれないかなー」
授業から逃れられるの出ればこれほどメリーの望むことはないと考えるメリー。
「ちらっ」
「えー、メリーさんは・・」
イーレットはとことん追い込んでいく。彼女に妥協という文字はないのかもしれない。
「駄目だ、うんともすんともいわない。こうなったら」
「グピーーーー!!」
一匹の飛竜が校舎の前の校庭に降り立った。体長は数十メートルほどもある大型だ。
「なんだなんだ」
「まさか飛竜じゃないのか?」
「えっあんな魔物がなぜここに」
学生らは窓を開けて飛竜を観察した。
「ガラッ」
「ほんとだ」
「イーレットさん、飛竜ですよ!」
「お待ちください!」
一人の学生が手を挙げた。
「メリーさん!?」
「私にお任せください」
その学生とは、メリーだった。飛竜を追い払おうというのである。
「・・・よし、これでぎりぎりで負けて帰ってきたら何とかごまかせるだろう・・・」
「私が飛竜を追っ払います」
「本当ですか!」
その時のイーレットの顔は顔面蒼白状態となっていた。何も考えることが出来なかったのであろう。
「はい!」
「グオッ」
メリーは窓の淵に飛び乗り、飛竜めがけて両足を軸に一斉に飛び出した。その姿は離陸時の戦闘機のようで、疾風のごとくあたり一面に風をなびかせた。
メリーが学校の前に飛竜を出現させたのだが、その飛竜はまさに彼女のペットだ。
メリーの暮らしたエルフ村では、同種族だけでなく多種族と共に暮らしている。
暮らし方にも様々な形があるが、彼女の相棒の飛竜は彼女のペットという体裁になっている。
飛竜は優れた飛行能力を持ち戦闘能力にも優れているモンスターであるが、誰もが使役できるものではない。
エルフ族で使役するものに限定すればかなり少なく、世界全体で100人前後だと同族エルフ内では囁かれている。
相棒の飛竜の名はライス。名は食欲旺盛で活発な性格だから。ライスには食事が日常のビッグイベントとなっているのである。
名に反して驚愕の戦闘能力を秘めており、ひとたび激怒すれば世界に混沌を引き起こす、闇の飛竜として変化する。
必殺技には闇のブレスというものがある。並みの魔術師では決して対応することのできない闇属性の最上位魔法だ。
ライスは穏やかでとても優しい。しかし激怒してしまえば世界は絶望の淵へと落とされる。
これもメリーのペットだという。メリーはなんて恐ろしい生き物を飼っているのだろう。
いかんいかん。下界のものに干渉しないのが神としての定めだ。しかしどうしてもメリーのことだけは気になって仕方がないのだ。
「こい!」
メリーはその大きな飛竜に合図をする。
「グピーーーー!」
飛竜はメリーにアタックした。
「ドンッ」
その攻撃はメリーに接触し、メリーは空中で揺れる。
「ウワッ」
「・・・どうだ、迫真の演技!・・・」
「プッ」
しかし彼女の迫真の演技はイーレットには通用しなかった。彼女は完全に演技だと見抜いていた。
「・・・イーレットさん笑ってる!・・・」
「・・・じゃあこれならどうだ!・・・」
メリーは本気度を演出するために叫んだ。
「ウオオオオオオオ!」
「ハアッ」
しかしあるエルフが飛竜との行く手を拒んできた。
「メリー、助けに来た」
「ネヨ!」
その人物とはネヨであった。
「どうしたの」
「どうしたじゃなくて助けに来た。ついでに今日の御馳走にする」
「ごちそうにする!?」
「ちょっとまってこれは・・・」
「ひっさつー、ドリームサンダー」
ネヨはメリーの言うことを聞かず常時技を繰り出した。
「ゴロゴロゴロ」
「ピシャーッ」
「ドッパーン」
天から降り注ぐ雷がその飛竜に直撃してしまった。
「グピーーーー!」
「ん?」
しかし飛竜は全然ダメージを受けていない様子だ。
「グピーーーー!」
「まだ全然平気みたい」
「でも負けない」
ネヨは飛竜の頑丈さをもろともせずに立ち向かった。
「だからあの飛竜は・・」
メリーの言葉はネヨには届かない。ネヨはもう一度ドリームサンダーを出そうとした。
「グピーーーー!」
「ドドドドドドド!」
しかし飛竜は猛スピードでネヨに向かった。
「ネヨ!」
もしこの攻撃を受けたなら確実に命の保証はなくなるので、メリーは懸命に飛竜を止めた。
「ライス、従って。この人は私の友達なの。傷つけちゃダメ」
「わかった」
「グワングワングワン」
メリーは学校にあの強力な飛竜を呼んでしまったことを後悔した。
つい遊び心のつもりで呼んだ相棒の飛竜が、友達であるネヨに危害を加えてしまったのかもしれないと思うと、彼女の心にその時の記憶が重しとなってのしかかっていく。
あの時に戻れるのならと後悔するメリー。もしあの時に戻れるのなら必ず私は、と彼女は自問自答する。
後悔の念は長い間冷めないものだ。深くえぐられた傷ほど強く、そして長く我々の心を襲い続ける。
長い間苦しんだ記憶は、やがて自分に対する憎悪として向けられることになる。あの時なぜ私は僕はこうしなかったのかと自分自身を恨み続ける。
その恨みが社会への恨みへと変貌する。なぜ社会は私を苦しませ続けたのか。なぜ僕をこのまま放置し続けたのか、と。
純粋な彼女には相棒が友達を襲ったという事実は重すぎる。彼女はその後の授業はあまりにもつらく、途中早退することになった。
寮の自室に戻り、鍵をかけ机につく。顔をうつぶせて今日の事件について必死に忘れようとするメリー。どうしようもなかったんだ。自分にもどうしようもなかったんだ、と。
記憶のフラッシュバックはしばしば彼女の脳内に再生され続けた。忘れようとしても忘れられない記憶として彼女の記憶を上書きするくらいに流され続けている。
やがて玄関のベルが鳴った。苛まれ続けた彼女は鍵を開けることを拒んだが、訪問した人物はドアの前でこう言った。
「メリー、私。探偵団の使命」
「・・・」
「私のテレパシー、受け取ってくれた?」
「・・・」
「探偵団の団長の到着」
「・・・」
「メリー、何かあった?」
ネヨは今日のことを何も思っていない。大丈夫だから、飛竜に挑んだのだ。
メリーはネヨに取り返しのつかないことをしたと憂いている。しかしネヨはまるっきりメリーに大して恨んでもなんでもなかった。
思い返すと、メリーが襲われていたからネヨが助けただけで、ネヨが飛竜に殺されることは万が一にもなかったのだ。
なぜなら彼女は対戦相手の力量を見てから戦いを挑む。ネヨはメリーと戦っているのを見て、彼の力量を把握していたのだ。
飛竜のライスも同様、ネヨの実力を見切っていた。また、戦いの最中テレパシーを解していた。なので戦いで死ぬことはまるっきりなかったのである。
飛竜に単身で挑んだネヨもネヨである。いくら自身があるからと言ってメリーに何も言わずに立ち向かうなんて、誤解してくださいと言っているようなものである。
なにはともあれ、メリーは学校側を少し困らせるだけで、無用な心配をしていたのであった。
「開けて」
「・・・」
「開けて」
「・・・
「開けて開けて開けて開けて」
メリーは自分のしてしまったことにネヨに会えないらしい。
「・・・」
「開けて開けて開けて開けて」
しかしネヨは諦めない。
「・・・何?・・・」
「・・・何なの?・・・」
「・・・私がネヨを危険にさらせたのよ。なんでまだ仲良くしてくれるの?・・・」
「悪かった。私一人であんな危険なのに立ち向かった」
ドアの前で伝えるネヨ。メリーはなぜだかわからないが次第にドアを開こうという気持ちになった。