第97話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
大きな門の奥に広がるのは奥まで見通せない広さの庭、その庭の先には大きな屋敷の大きな扉。
馬車の後ろについて行くユウヒは、車列が止まるとバイクに座ったまま周囲を見渡す。住む世界が違うなと思う彼は、そもそも世界が違ったと眉を上げて苦笑を浮かべると、バイクから降りて屋敷を見上げる。
「お帰りなさいませ」
『おかえりなさいませ!』
「うむ、大事ないか?」
一方、ブレンブが馬車から降りると出迎えの人間が屋敷の扉を開き迎え入れ、中に入れば屋敷の使用人が総出でブレンブとイトベティエの二人を出迎え一斉に頭を下げていた。
その声に気が付いたユウヒは馬車の影から顔を出して状況を窺っており、その姿に笑みを浮かべた護衛の兵士は彼に声を掛け、この後の事について話しているようだ。
「いくつか問題が」
「ゆっくりするのはその話を聞いてからですね」
彼らが到着したのはリステラン家の本宅。リステラン伯爵領の中心でもあり普段なら伯爵が様々な仕事をこなす中心地、そんな場所であるからこそリステラン家にとって重要な情報はすべてこの邸宅に集まる。
ここに来るまでに知り得たことの他にも、面倒な問題は常日頃から掃いて捨てるほど集まるのが貴族と言うもの、小さく溜息を洩らすブレンブを見て微笑むイトベティエが言うように、帰って来たからとすぐゆっくりできるとは限らない様だ。
「そうだな、それと客人が居るので特別持成してくれ」
「貴賓としてですか……他家の方ですか?」
「……内密だ」
「はい……」
しかも今回は重要のお客を連れて来て居るわけで、普段以上に気が休まらないと言いたげなブレンブは、クスクスと笑う妻にジト目を向けると、不思議そうな表情を浮かべる初老のメイド長を指先で呼び寄せる。
主と召使である以上、常に一定の距離をとる事が必要であり、それは貴族に仕える者の礼儀であった。しかしその礼儀を無視しても今ここで伝えなければいけないことがあると、短い言動で示すブレンブに、本宅のメイド長は思わず息を飲むと、小さく身を屈めお辞儀すると音を立てずにブレンブに自らの頭を寄せる。
「魔法使いだ。本物のな」
「!?」
そして聞かされたのは驚くべき事であった。
「本当よ?」
驚き身を引いたメイド長は、思わず確認する様にイトベティエを見詰め、その事に怒ることなく肯定する、この場で最も長い付き合いである主の姿に、少し恥ずかしそうな仕草で頭を下げると考え込む。
これは一大事だと。
これが公爵家などであれば、珍しい客人で済むかもしれないが、リステラン家は伯爵家である。位で言えば中堅のように見られても、上と比べれば様々な面で大きな壁があるのがリステラン家の現実。そんな家に魔法使いが来訪するなど、その貴族家に仕える身としては全く笑えない。
「……最高の御持成しを準備いたします」
「……その辺についても話そう。とりあえずは普通に頼む」
「……はい?」
当然メイドとしては、主に恥をかかせないようにと最高の御持て成しをと思うのは当然であり、トルソラリス王国民であれば大半はそう答えるだろう。
しかし、そんな当然の反応に納得しながらも、困った様に笑うブレンブとイトベティエ。その姿に目を瞬かせるメイド長は、自らの答えが正解ではないと気が付き姿勢を正すと、胸中にもやもやとした感情を抱える。
「ユウヒ殿! 紹介したい!」
「あ、はーい!」
そんな感情を飲み込み彼女が目を向けた先には、暗い緑のポンチョを着てフードを深く被った男性が立っており、馬上の兵士に一声かけてこちらに歩いてくる姿は、どこにでもいる青年と言った印象を受けるのであった。
それから小一時間後、旅の疲れを癒すためにと風呂を勧められたユウヒは、丁寧に介添えを拒否して魔法で素早く体を綺麗にすると、早々に与えられた部屋へと避難していた。
普通で良いと言われても相手は特別なお客様、当然普通のラインも上がってくる。何かと世話を焼こうとしてくるメイドは伯爵家と言う事もあり美人揃い。大丈夫だとは思いつつもハニトラを警戒するユウヒとしては、なるべく接点は持ちたくないと言うのが本音である。
「どう思う?」
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普段から女性に対してある程度の危機感を持って対応する癖があるユウヒは、妙に丁寧すぎるメイドたちにより警戒心を上げてしまったようで、そんな彼の問いかけに精霊達は小首を傾げていた。
「対応がすごく丁寧なんだけど、貴族ってこんなものなのかな?」
<?>
「わかんないか、シャラハ達とはだいぶ対応が違うなと思ってさ」
違和感を持つ原因の一つは、最初に出会った砂の海の貴族がシャラハであるところにある。彼女はユウヒが魔法使いと理解しても、恐れより好奇心を優先していた。さらに彼女の実家に着いてからも対応は伯爵家ほど大げさではなかったのだ。
だがそれは当然と言えば当然で、シャラハの家は公爵家、しかも国境を守るような家であれば上から数えた方が早い身分である。仕える人々も伯爵家とは世界が違う。相手の機微を察し、適切に対応を変えることなど造作もなく、違和感を抱かせないように対応されていたことにユウヒ自身気が付いていないのだ。
勘の良いユウヒに気が付かれないのだからまさにプロである。
「やっぱ魔法使いは隠してた方が良いか、しかして舐められるのもめんどくさそうだよね」
<!!>
<!!!>
「いや、処さなく良いんだけど。丁度いい役職ってなかなか無いよね。社畜時代も役職無いだけで舐められたからなぁ」
伯爵家で感じたメイドたちの反応と感情に唸るユウヒは、早々に何か対策を打った方が良いかと考えるが、精霊達は実に過激である。
悩めるユウヒに処すかと少し嬉しそうに声を上げる精霊達は、過去を思い出すユウヒの感情を読み取り、怒りを示す者もいれば理解を示す者もいて、瞬き方も様々であるが、彼女達の声はやはり物騒なようで苦笑いを浮かべるユウヒ。
「人間と言うのはどこに行っても変わらないのかな」
世界は変われど人の在り方はそんなに変わらないと呟くユウヒは、程よい印象を模索する様に目を瞑り腕を胸の前で組む。
「一部の国は力こそパワーだったけど」
強い事が正義の国であれば、強そうな見た目にしているだけである程度舐められないであろうが、だからと言って問題が発生しないわけでは無い。それでも力強そうに見えると言うのは、舐められないためには必要な要素であろう。
「うーん、見た目もダメなのかな?」
<?>
そう言う意味では濃緑のポンチョと言う地味なユウヒの姿は、とても強そうに見えるとは言えないだろう。精霊から見ればユウヒの身に纏う魔力は十分強力で魅力的であるが、それは精霊だから分かるものであり、魔力を外に放出していなければ魔法士にだって早々気が付かれることはない。
「体中にトゲトゲ付けて頭もモヒカンにする?」
ならばわかりやすくと考えるユウヒであるが、彼が妄想した自分の姿は少々安直で、しかし実在した傭兵団の人間を手本にしていたりする。
≪!? ……!!!≫
「だめー? 威嚇的で良いと思ったんだけど、パフェ達に聞いたら色々案を出してくれそうなんだけどなぁ」
しかしその手本は精霊的に駄目だったのか、ユウヒの周囲に居た精霊だけでなく、外に居たのであろう精霊まで部屋に駆けつけて却下してくる始末。その強い拒絶の意思に驚くユウヒとしては、そんなに悪い発想ではなかったようで、ファッションセンスの良い友人たちを思い出しながら座っていたベッドに倒れ込む。
<……>
「鎧かぁ……重いし動きずらいし無いかなぁ?」
豪華な天街付きベッドの天井を見詰めながら精霊の声に耳を傾けるユウヒ。どうやら闇の精霊は鎧推しのようだが、動きを阻害される事にユウヒは眉をしかめて唸る。
大体の防御を【小盾】【大楯】に任せているユウヒとしては、なるべく身軽に動き回れる方が良い様だ。
「やっぱわかりやすい武器を携帯するのが一番か」
そうなってくるとやはり分かりやすく武器を携帯していた方が、周囲にも伝わりやすく良いと言う結論に至る。案は多い方が良いと毎回色々考えるが、大体いつも結論は無難なところに絞られるユウヒ。
「金属は全部バイクに使ったからどうしようかなぁ」
わかりやすい武器を頭の中で妄想するユウヒであるが、その材料は手に入らない状況である。どこの地域でも金属と言うのは需要が高く値段もそれなりに高い。特にここまでの道中、どこも水災害の影響から買い物一つ出来ず、またそれ以前に水樽には鉄が使われるため供給が少なくなっていて買い物ができたとしても買えたとは限らない。
目を瞑り、精霊達の話しを聞きながら唸るユウヒは、そのうち小さな寝息を洩らし始めるのであった。
一眠りして頭のすっきりしたユウヒが見た窓の外は赤く染まり、窓から見た赤く染まる庭の美しさに目を細めると彼のお腹が鳴る。
丁度そのタイミングで夕食の誘いを受けたユウヒは、軽い足取りでメイドさんの後に続いて食堂に向かう。到着した食堂はそれほど広いわけでもなく、しかし利用者が少ない事でテーブルが広く余っていた。
「お口に合いますか?」
「はい、美味しいです。干し肉以外のお肉は久しぶりに食べた気がします」
並べられた料理は肉料理が多く、久しぶりに新鮮な肉料理を口にしたユウヒは、濃いめに味付けされた謎の肉を噛みしめ笑みをこぼす。
異世界の料理にどんな肉が使われているのか、少しでも気になれば多少の躊躇もしようものだが、両親に連れられ様々な食材を食べて来たユウヒにとっては、毒でなければ大概なんでも食べられる。それが無くてもその肉は美味しい様だ。
「グラスシーブの肉だ。領の特産だからいっぱい食べてくれ」
「特産ですか」
グラスシープと言われる動物の肉であるらしいそれは、リステラン領の特産品であるらしく、ユウヒの純粋な言葉にブレンブは鼻を少し膨らませながら話すと、自らもグラスシープの肉を頬張る。
「魚料理と迷ったのだけど、魚が手に入らないみたいで」
そんな今日のメニューを選んだのはイトベティエ、本当であればサヘラからの聞き取りでスタールでもユウヒが好んで食べていたと言う魚料理を用意したかったようだが、魚自体が手に入らず断念したようだ。
若干の不安を感じていたイトベティエであるが、グラスシープの肉を喜んで食べているユウヒの姿にほっと息を吐いており、壁際で待機していたメイド達も嬉しいのかニコニコ顔である。
「魚はスタールで食べられましたから」
「家の魚も美味しいんですよ?」
「生け簀が地揺れで壊れるとはな、また金がかかる」
「実は生け簀を中心に領内でも水害が多少発生している様で、精霊様は何か言っていませんでしょうか?」
特別魚が好きというわけでもないユウヒは気にしてない様だが、リステラン家では魚も推しているようだ。
しかしその生け簀を中心に小規模な水害が発生しているらしく、地揺れで壊れたところに起きた水害によって生け簀は大きな被害を受けた様で、それは特別な客人に出す魚すら用意できないほどである。
イトベティエに目を向けるユウヒには、彼が問うより早く精霊達の騒がしい声が届く。
「む? ……?」
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<……?>
いつも通りのわちゃわちゃとした声の波に耳を傾けるユウヒは、野菜の炒め物を口に放り込みながら虚空を見詰め頷いて見せる。
ユウヒが何者か分からないものが見れば気でも狂っている様にしか見えないが、この場に彼が魔法使いと知らない者は居ない。箝口令が敷かれた上で伝えられた内容に、驚きの声が上がったが、ブレンブの言葉を疑うものは誰も居なかった。
魔法使いに苦手意識を持つブレンブの事を理解している使用人たちは、主の信用を得た魔法使いにまったく疑念を持っておらず、今も壁際でユウヒの様子をワクワクとした表情で見詰めている。魔法使いとは御伽噺でしか知らず、実際に目の前で見ることができるなど、一般人であれば一生縁が無くても珍しくないのだ。
それ故に使用人の様子は当然とも言え、教育が行き届かぬ気配に気が付いたブレンブは、何も言えず心の中で小さく溜息を洩らす。
「水位の影響で逆流してるんじゃないかだそうです」
「逆流ですか」
「バザールを中心にその一帯で宝玉の被害が出ている所為か、本来の水位が逆転している様で、その影響で水位や水脈がぐちゃぐちゃになっているみたいですね。……それって直せるの?」
食事を進めながら精霊達の説明を纏めたユウヒの回答に、ブレンブとイトベティエは険しい表情を浮かべる。
リステラン領や周辺の同じ気候帯の領には川が点在するが、トルソラリス王国全体で見るとその水はほとんどが地下水であり、その水脈は高低差によって網の目のように流れ、最後は砂海に流れ着く。
その緩やかな流れの一部で膨大な量の水が氾濫、地下水だけではなく地上部まで水で溢れたとなれば、水位が低い所に流れ出るのは当然で、その被害が出たのがリステラン領では特に低い場所にある生け簀周辺だったようだ。
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<……>
「あー元通りにはならないのね。そりゃそうか」
言われてみれば確かにともなる話であるが、距離を考えると普通は想定できないような現象。それによってできた傷跡は元通りと言うわけにはいかない様で、ユウヒの問いに答える青い精霊や茶色の精霊の声も困ったと言わんばかりに悩まし気である。
「むむむ、それでは枯れる井戸が出てくるかもしれんな」
「ええ、それも報告しておきましょう」
精霊と話すユウヒの言葉でハッと顔を上げたブレンブとイトベティエ、二人が思い当たったのは水脈の変化による井戸枯れ、川があっても村や街の水源のほとんどを井戸で賄っているトルソラリス王国で、井戸が枯れると言うのは死活問題である。
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二人の険しい表情を見ていたユウヒは、テーブルに置かれたスープ皿に目を向けると頷く。
「実際に水が引いてみないと精霊も分からないそうです。経験したことないならしょうがないよね」
<!>
スープを試食していた水の精霊曰く、水脈がぐちゃぐちゃになりすぎて通常の状態に戻った時にどんな変化が出るか今は分からないとのことだ。そんな精霊でも未経験で分からない事なら人にどうこう出来る問題じゃないと肩を竦めるユウヒに、その場に居合わせた者は全員が同意する様に頷く。
「ユウヒ様には助けられてばかりで、何とお礼を行ったらいいか」
「いえいえ、半分は精霊達のお願いを聞いてるだけなので」
無邪気な精霊達の行動理由は基本的にその地の安定と繋がっている。それ以外にも無邪気故に移り気に活動するが、彼女達のお願いを聞いていれば自ずとその地に住む人のためにもなっていく。
ユウヒも彼女達のお願いを聞いているだけなので、それで精霊以外からお礼を言われるのもしっくりこないと言った様子であるが、砂の海における魔法使いとは古来そう言うものなのである。
「たっぷり報酬は払うからな、今準備しているが明日には渡せるはずだ」
「お手柔らかに」
故にトルソラリス王国の貴族として、ユウヒにお礼をするのは当然なのだが、しっくりこないユウヒとしてはお手柔らかにと言うのは本音で、謙遜でも何でもない。
「金銭でしか払えないのが心苦しいですが」
「十分ですよ(爵位とか名誉がついてもいらないんだよね)」
<……>
それに、利権者や貴族のお礼と言うのは、善意半分計略半分で出来ていると言うのがユウヒの考えであり、なんだったら全部悪巧みで出来ているなんてことも多々あり得る話である。
どんな経験からそんな思考になるのか、敢えてここでは触れないが、それなりの経験をしてきているユウヒにとって、貴族や王家がやりがちなお礼は基本的に要らないものだ。そんな彼が嫌がるものは精霊にとっても悪であり、ユウヒの思考を読んだ精霊は、まるでメモを取るかのように頷き瞬くのであった。
いかがでしたでしょうか?
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目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




