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第94話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



 人が立ち両手を広げられるくらいには広い一人用のテントの中には、組み立て式の簡素なベッドだけが置かれている。


「流石は貴族用の避難所テント、ベッドも真面だな」


 貴族からしてみればふざけるなと怒り出しそうなほど簡素であるが、野宿に比べればずっと寝やすいと喜びベッドに座るユウヒは、微妙に硬いベッドを誤魔化す様に厚く敷かれた布の感触を楽しんでいる。


「ただまぁ……監視の目が多いこと」


 そんなユウヒの声は薄い布のテントの向こうに抜けていき、周囲を見回る兵士の耳に入っていた。盗み聞きをするつもりがあるわけでは無い兵士の耳には音として届いてもその意味は分からない程度であるが、彼等の位置を完全に把握しているユウヒとしてはあまり気持ちの良い配置では無い様だ。


「怪しい人間はいないみたいだけど」


 【探知】の魔法と金色の瞳を併用することで危険を未然に防ぐことが出来ているユウヒ、今その視界は大量の文字や図で埋められ、淡いランプの光で照らされたテントの中は見えていない。


「これはやっぱり遺物が警戒されているのかな?」


 ユウヒを中心に周囲を走査している【探知】によるレーダーには、少し離れた場所に置かれているバイクも映っているが、不思議とその周囲には人影が見当たらない。しかし一定の距離をとって必ず誰かが遺物を見張っているようだ。


 それは明らかな警戒の証であり、同じような対応をとられている者や人は存在しない辺り、特に注意されているようである。


「弄らなければいいかな」


 警戒されているだけなら問題ないと、三叉路オアシスでは荷物を漁ろうとする者が居た事で気にしていたユウヒは、視界を埋めていた様々な情報である文字や記号を消すと、一本の短い筒を取り出しテントの中央においてランプの灯を消す。正確にはユウヒが意識を向けた瞬間、ランプの灯は精霊の吐息で消えてしまう。


「ん? なんか騒がしいな」


 青く優しい光がテントの中に溢れ、ベッドに腰掛けたユウヒがバッグで枕を整え始めると、外から何やら話し声が聞こえてきた。


 異常なほど静かなテントの中に聞こえてくる音に違和感を感じたユウヒは、その声の主を思い浮かべ小首を傾げるとバッグを持って立ち上がり、布団代わりにするつもりのポンチョを頭から被って神秘的な光で満たされたテントの外に出る。





「救援物資か……」


 困った様に呟くのはブレンブ、貴族の為に用意されたテントはユウヒのテントの何倍も大きく、傍から見ただけでも普通のテントとは違うと理解させる装飾が凝らされていた。


 そんなテントの外にはブレンブやリステラン家の者達が集まり、その前には数人の騎士が立って話をしている。救援物資と呟くブレンブを騎士たちはじっと見つめていた。


「用意するのは構いませんが、時間が掛かると思うわよ?」


「少しでもいいので早めに何とかなりませんか」


「気持ちはわかりますが……ぁ」


「む? ユウヒ殿?」


 どうやら騎士たちはリステラン伯爵家に対して救援物資による支援を求めているようだが、急げと言われてすぐ出て来るものでもなく、何より彼等には重要な役目がある為、救助隊への救援が貴族の義務だとしても優先順位を繰り上げる気にはならない。


 それでもなお食い下がる騎士達は、イトベティエとブレンブの視線に思わず注意を逸らされ、その視線の先から歩いてくるユウヒを怪訝な表情で見詰める。彼らはユウヒが何者か知らない様だ。


「ん? 誰だ貴様は、リステラン伯爵は今大事な話を」


「我が家の客人だ。口は慎んで貰おう」


「はっ!? 失礼しました」


 見た目から平民のようにしか見えないユウヒ、汚れ一つ無いポンチョを見れば多少は位の高さも感じただろうが今は夜、篝火やランプの光が主たる光源ではそこまで確認する事が出来ない。


 しかしブレンブから客人と説明された上に口を慎めと言われれば、相手がただの平民ではないとすぐに理解出来る。その為、ユウヒに頭を下げずともブレンブと少し怒ったような表情のイトベティエには謝罪を入れて当然で、しかし未だにどこか訝しむ様な雰囲気のある騎士。


「あぁ、いえ気にしないでください。それより何か問題ですか?」


「あーいや、そのだな……」


 しかしそんな視線を向けられるユウヒは笑みを浮かべており、その妙な余裕が騎士を困惑させる。平民では無いが高貴な生まれと言った身形ではない、しかし火の光の下に現れたユウヒの姿は平民とも言い切れないからだ。


 それにブレンブと話すユウヒはずいぶんと親し気で、どこか伯爵が遠慮している様にも見えた事で余計に騎士たちは困惑する。


「支援物資をお願いされたとか?」


「……なんでわかるんだ」


「良くある話かなと? 確か領地は隣の隣でしたよね」


「そうだな」


 伯爵と気安く話し、聞き耳でも立てていたのではないかと思うほど勘が良く、威張るわけでもないが妙な余裕のある風貌。その掴みどころのないユウヒの雰囲気に、不思議と騎士達も背筋を伸ばす。


「陛下より近隣領地へ支援要請が出ていまして……」


 状況の理解に努めているユウヒに希望を見た騎士は、言葉使いを正してユウヒに説明を行う、彼はどこか探る様な視線をユウヒとブレンブ、そしてイトベティエに向ける。


「私たちは領に居なかったから今初めて聞いたの、魔伝も無かったから今頃は家の者達も悩んでいるのでしょう」


「上手くやってくれているとは思うが、ここで言われても一度戻らねば支援計画も立てられん」


「なるほど、連絡が出来ないとなると大変ですよね」


 トルソラリス王国にも電話の様に遠距離間で連絡をとる方法は存在するが、地球の様な現代社会とは違い気軽に利用できるものではない様で、国王から発布されたと言う指示を初めて知ったリステラン夫妻は困ったように話す。


 普通に考えればいきなり言われても移動中の貴族に支援物資を出す術はない。なので一度領地に戻って指示を出し、その上で支援物資を届けるのが道理であるが、指示を受けて来て居る騎士達も理解はしていても、彼等の独断で指示を無視する事も出来ない。


「一応、我々も移動型の魔伝は持って来ているのですが、予約ですぐには利用できません」


「それで困っていたのです」


「今はこれと言って支援できる物はないからな、あって村や街で貰ったものだが、それではな?」


「貴族の支援としては少々問題がありますね」


 彼らのやり取りに妙な気持ち悪さを感じて眉を顰めるユウヒ。


 当然騎士もブレンブも馬鹿ではない。道理の通らぬ行いをさせるよりも順序だてて準備した方が良いのは分かっている。しかし彼らの話す土俵は貴族社会と言う面倒な場所であり、常に陰湿な嫌がらせの応酬が絶えない世界であり、それは災害時であっても気を付けなければいけない。


「貴族も大変だな……水は? 水は足りてるの?」


 訝し気なユウヒに申し訳なさそうな苦笑を見せるイトベティエ、彼女の表情から何を読み取ったのか状況をなんとなく理解したユウヒは、酷く面倒だと言いたげな表情を浮かべるが、ふと眉を上げて問いかける。


「え、あ、いいえ全く足りていません。特に人の飲み水は用意する先から消えていくので」


「じゃそれでいいんじゃない? 貴族的には問題ある?」


「何の問題も、寧ろ現状では一番評価されるでしょう。しかしそれはもしかしなくともユウヒ様の」


「あるとこから持って行くのが一番じゃない?」


 水資源が常に重要視される乾いた地域であるトルソラリス王国、その国において飲み水を送る行為は十分な評価に値する行為であり、貴族が災害時に補給物資として送るものの中でも上位に位置する救援物資だ。


 当然イトベティエの頭の中にもユウヒに頼ると言う選択肢はあった。しかしここで頼るのは下策と言う気持ちもあり、それはブレンブも同様である。叶うならばどうしようもなくなった最後の最後に提案するような行為であるが、ユウヒはまったくそんな事を気にしていない。


 彼の頭の中には貴族間の問題などは無く、あるのは被災者に対する支援だけであり、自然災害の多い国の生まれとしてある意味当然の考え方である。その事がトルソラリス王国の上から数えた方が早い地位の者には理解出来ない様だ。


「それはそうだが、良いのか? この者達も上に知らせぬわけにはいかんぞ?」


 心配そうに問いかけるブレンブ、彼の不安はユウヒの存在がトルソラリス王国の貴族に知れ渡る事であり、その結果ユウヒの不興を買う可能性についてである。


「面倒事になったら逃げます」


「……むぅ」


 でもユウヒは別にこの国の人間ではなく、いざとなれば逃げればいい。良いのだが、ブレンブやイトベティエにとってそれが一番不味い結果である。


「ユウヒ様、それはもう脅しですわ」


 この場でそれを言い切ってしまうのは、彼が魔法使いである事を知っている貴族に対する最高の脅し文句であるが、ユウヒはそこのところをあまり理解してない様に小首を傾げた。


「あ、あの……この方はいったい?」


「知らぬ方が良い」


「わかりました!」


 一見逃げるだけならそれほど脅しにならないのではとも思われそうだが、魔法使いが寄り付かない国になど明日は無い、そう言われるほどに貴族や王族が恐れる言葉である。


 ユウヒが何者なのか、理解出来なくてもユウヒの言葉で顔を蒼くするブレンブの表情を見れば、ユウヒが何者か知ると言う事が危険な行為だと騎士もすぐに理解が及ぶ。


 騎士とは中々に微妙な立ち位置で、平民から見れば比較的近く憧れの象徴であるが、貴族から見れば扱い辛いがどうとでもなる様な相手である。後ろ盾に大貴族が居ない騎士とは、貴族同士のいざこざに巻き込まれぬように日々気を付けていなければ、長生きは出来ない仕事なのだ。


「お願いできますか? 当家から報酬も出します」


「え、あー……お手柔らかに」


「お主のセリフではないと思うんだが……」


 ただの平民と思っていた相手が、自分たちにとって特級の厄ネタだと理解し戦々恐々とする騎士を前に、ユウヒは困った様に笑い伯爵と談笑するのであった。





 気になる騒ぎが解決して改めてユウヒが寝床の枕を整えている頃、騎士団の中央に置かれたテントでは先ほどのやり取りについて説明がされていた。


「リステラン伯爵からの支援が決まりました」


「なに? ほんとか」


 簡潔に伝えられた内容に、緊急支援の部隊を纏める騎士団の団長は目を見開くと思わず聞き返す。


「はい、二回に分けて支援を快諾してもらいました」


「……どういう交渉をしたのだ。いやそれより一回目の支援は何時になる? 出来るだけ早い方が良いのだが」


 困惑を隠せない支援隊の団長である男性は、その言動から見るに断られると思っていた様で、しかし支援が決まったとなれば話は別だと思わず立ち上がった姿勢を正す。喜ばしい報告であるのにもかかわらず表情が優れない彼の表情を見るに、期待や想定した状況では無い様だ。


「それが……」


「む、やはり時間が掛かるか。リステラン伯爵は領を離れていたと聞くからな……」


 上司の言葉に対して困った様に表情を崩す男性に何故か嬉しそうな感情を滲ませる騎士団長、時間が掛かっても仕方ない、それは当然だろうと残念そうな言葉とは裏腹にその顔にはほっとした様な感情が見え隠れしていた。


 しかしその表情は直ぐに崩れ去る。


「それが明日なのです」


「……は?」


 まるで時が止まったかのように口を半開きにして固まる騎士団長を前に、リステラン伯爵やユウヒの話を聞いて来た騎士は、鎧の隙間から白木の板を取り出すとそこに書かれた文字を一度確認する。


 自分で説明しながらも少し不安になったようだ。


「むしろ今夜が良かったそうなのですが、こちらの受け入れ態勢がそれでは間に合わず」


「まてまて、ちょっとまて……それは今ある物資をと言う事か? それではかなり心許ないな」


 いったい何を緊急支援物資として用意するのか、貴族でも伯爵ともなればどんなに急いでいてもそれなりの物資を用意しなければ貴族としての矜持が示せない。もし草臥れた野菜やほんのちょっとの干し肉でも支援物資だと言って用意しようものなら、貴族社会で大笑いされてしまい、今後の活動の障害や問題になりかねない。


「いえ、その……大量の飲み水と言う事らしく、現在は急ぎで空の水樽を用意しています」


「……ん? いやいや、んんん?」


「そうなりますよね……」


 しかし提示して来たのは大量の水、しかも飲み水である。


 しかもコップ一杯の飲み水ではなく、支援される側も急に言われて困るくらいの飲み水を提示して来たと言うのだから、想定外すぎて説明を受けた騎士団長も致命的な思考の遅延を起こしてしまう。それでも必死に考える事を止めないのは、その役職に見合った胆力があるのか無いのか、報告に来た騎士も困った様にフードを外した頭を掻いて苦笑いを浮かべる


「当たり前だ。飲み水だぞ? 水の魔法士かとも思ったが飲み水は無理だろ。縦しんばそうだとしても水魔法士だけではないだろう……となると、リステラン伯爵は戦争でもしてきたのか? 準備に時間が掛かると言う事は水樽一つ二つじゃないだろ」


「はい、中樽で二十樽はいけると……」


「???????????」


 中樽二十個分の飲み水と言われて本格的に思考が停止する騎士団長。


 水の魔法士は水を生成することが出来る貴重な魔法士であり、学園から排出されれば貴族が挙って囲う優良人材だ。リステラン家にも魔法士は所属しているが今回の一行の中に水の魔法士はいない。


 また水の魔法士だからと言って、一人で飲み水を生み出す事が出来るのは相当に腕前の良い魔法士であり、そう言った人材は宮廷魔法士になるのが一般的である。そんな魔法士とてもじゃないが伯爵家程度の貴族が囲える人材ではなく、そうなると緊急で水を欲するなら複数の魔法士による協力魔法によって飲み水を確保するしかないが、それも現実的ではない。


 もし中樽ニ十個分の水を用意できる魔法士が居るとしたら、それは戦場に向かう準備と言ってもいい戦力である。ちょっと他領の街まで行くのに連れて行くような戦力ではなく、そんな戦力を連れて行くなど他領に攻め込むと言っているようなものだ。


 理解出来ない状況に困惑する騎士団長であるが、実際の戦力を知ってその正気は保てるのだろうか……。一方、思わぬ騒動を引き起こしたユウヒは夢の中、彼等を見ているのは闇の精霊、少し前までぎらぎらとした目をしていた彼女達はくすくすと楽しそうに笑っているのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 ユウヒの善意はある意味精霊の善意に似ているのかもしれません。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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