表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/125

第92話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



『おおおお……』


 地の底から響くような低い声がさざ波の様に広がっていく。その中心には牛乳を注ぐ女のようなポーズで水タンクを水樽に向かって傾けるユウヒ。


「……」


「満杯じゃ……」


「すげぇ……」


 小さな金属製のタンクから注がれる綺麗な水は止めどなく流れ、ユウヒがそのタンクから水を注ぐのを止めると周囲の人々は水樽の給水口を覗く。


 そこには満杯の透明な水が揺れており、覗いた人々はぼそりぼそりと感想を呟いて行き、その度にユウヒと水樽の間で目を彷徨わせる。ある意味当然と言えば当然の驚きで、いくら魔法や魔道具が普通の世界であっても、容積に何十倍も差があるのに小さなタンクで大きな空の樽を水で満たす光景など、そう簡単に信じられるものではない。


「神様じゃ」


 結論、神様認定である。


 ユウヒの隣で延々水が注がれる光景を見詰め続けていた街の長老は、限界まで見開かれた眼でユウヒを見上げ神だと呟き、その呟き声は周囲にさざ波の様に伝播していく。


 それほどまでに衝撃的な光景だった。あるがままを受け入れた以前の村と違い、この街はそれなりに知識人も多い。それ故に余計にユウヒの持つ魔道具の凄さを体感したようだ。いや、魔道具にそんな事が出来るはずがないという思考が、ユウヒを神に格上げしてしまったのかもしれない。


「水の神様じゃ」


「ただの魔道具ですよ」


 長老に水の神と呼ばれたユウヒは困ったように微笑み、念を押す様に魔道具だとツッコミを入れる。ここでしっかり言っておかなければ取り返しのつかないことになりそうだと感じたようだ。


「し、しかし有限なんじゃろ?」


「それはそうですね」


 震える声で問いかける長老に小さな水タンクを揺らして答えるユウヒ。


 宝玉は周囲から水を吸収しているだけで無限に水を作り出す装置ではない。しかし現在も稼働するウォーターアブソーブと水で満たされた周囲の状況を鑑みれば、街で必要とすると言う意味では十分すぎる量の綺麗な水を作り出せてしまうのだが、面倒になるのでそこには触れないユウヒ。


「こんなに沢山分けてもらって良いのか?」


 有限で貴重な飲み水を無償で提供するユウヒの行動が理解出来ないように困惑した表情浮かべ、本当に大丈夫なのかとユウヒの心配まで始める長老。


「また補充するだけなので構いませんよ?」


「神じゃ……」


 そして軽い調子で返事をするユウヒはまた神認定される。そのやり取りを見ている周囲の人間の中にはすでに膝をついて拝み始めているものまでいるが、街の避難民に囲まれるユウヒにそれを止める術はない。と言うか、想像以上の食い付きと反応に、彼は内心少し焦っても居た。


「長老、問題ないよ」


 見詰め合う長老とユウヒ、そこに女性の声が聞こえてくる。小さく涼やかで弱々しく、しかし意思のはっきりしていそうな女性は、問題ないと言ってカップの中の水に口を付けている。


 周囲から唾を飲み込む音が聞こえた。


「ほんにか?」


「うん、今までで一番きれいな水かも」


 女性が小さく短い杖を振るとカップの中の水は揺れて水滴が宙に浮かび上がる。どうやら彼女は魔法士の様で、問題ないと言うのは水の水質を調べていた結果のようだ。今までで一番きれいな水だと賞した彼女は宙に浮かせた水を飲み込む。


 どうやら、カップにたっぷりと注がれた水を誰かに譲る気は無い様だ。


「水の状態がわかるんですね」


「そうじゃそうじゃ、この子は珍しい水属性の魔法士じゃからな、助かっておる」


「いえ、このくらいしか出来ない落第生ですので……」


 落第生だと言って謙遜する女性に興味深そうな表情を浮かべるユウヒ。魔法士の中でも重宝される水の属性を扱える者は、トルソラリス王国では引く手数多の魔法士であるが、求められるのは水の生成、彼女にはその魔法が使えない様だ。


「いや十分すごいよ、飲み水が綺麗かどうかは大事な事だからね? 滝の水はどうなの?」


「見た目よりかなり汚いです。あれはそのまま飲んだら病気になります」


 しかしそれはトルソラリス王国での評価、場所が変われば評価も変わるしユウヒにとっては関係ない。どこか借り物と言う感覚のあるユウヒにとっては、どんな魔法も現実に存在するだけで価値がある。


 そんな水魔法を扱う女性曰く、滝によって齎される水は綺麗に見えてそうでは無い様だ。


「そうか、色々流されてきてるだろうからね」


「水源が可笑しなことになってるみたいです……」


 今回の水害の元となった宝玉の水は非常にきれいな水である。それ故に各地を満たし、押し流し、沈めた水の見た目は十分綺麗に見えるのだが、本来なら水の流れ込まない場所まで満たした水には様々な物質が溶け込んでいた。


<!>


「なるほど、バザール側のやばい水が合流しちゃってるのか」


 彼女達の街に流れ込んできた水もどこをどう流れて来たのか、本来の水源には無い変化が起きている。それはユウヒに着いて来た精霊も同意しており、精霊曰く、原因はバザールを含むクレーター内部の地質にある様だ。


「バザールか、まさかそんなことになっとるとはのぉ」


 給水を行う為の説明を行ったユウヒから、バザールの事についても聞かされた長老は、ユウヒの口からバザールの名前が出た事で、改めて感じた状況の悪さに思わず呻くように呟く。


「ほかの街とは分断されたままですか」


「街道が使えるようになったのはここ最近の事じゃからな、連絡を取り合うのはこれからじゃよ……お主らはまた随分と冒険するのぅ?」


 スタール同様にこの街もまた最近やっと街道が歩けるようになったばかり、それまでは避難所で震える毎日だったのだ。他所がどういった状況になっているかなど知る術がない。ある意味今回ユウヒ達が訪れた事は彼らにとって幸いだったのだろう。


 特にユウヒの給水支援は大きな影響を及ぼしている。


「ちょっと王都まで行かないといけなくて」


「そりゃ遠い道のりじゃな、途中の橋が無事なら良いんじゃが……」


「橋?」


 周囲では未だにユウヒを拝んでいる人間がいる中、過酷な道のりを王都まで向かうと聞いた長老は心からユウヒの旅の無事を祈るが近々の不安があるようで、その不安の一つが橋であった。


「橋と言っても丸太を何本か掛けただけの短い橋なんじゃが、それが無いと馬車は通れん」


「なるほど」


「そろそろ確認に行く?」


「そうじゃな、町長が動くのを待っても仕方ないかの」


 街道が通れるようになったとなれば、早めに確認しなければいけない橋は短くも重要な橋の様で、簡素な造りの橋を想像していたユウヒは町長に話になって首を傾げる。


「動かないんですか?」


「あやつは臆病者だからな」


 どうやらこの街の代表は臆病らしく、未だに街の復興作業が始まっていないのもその事が原因となっているらしい。しかし目の前で次々と満たされていく水樽を見た街の人々は、その目に生気を宿らせると自ら率先して動き出す。


 ポジティブな感情が呼び水となって動き出す楽しそうな街の人々を眺めながら、ユウヒは水を求める人々に大量の水を提供し続けるのであった。





 そんな列も数時間と掛からず終わりを迎え、村人の歓迎に苦笑を漏らしながらそそくさとその場を後にしたユウヒは、バイクを押しながらイトベティエ達の下へ戻っていた。


 ユウヒの姿を見付けるなり手を振るサヘラ、その隣にいた兵士は急に走り出す。


「ユウヒ様」


「おや? どうしました?」


 その理由は主を呼びに行くためであった。


 馬車の近くにバイクを停めて、ユウヒ用テントの場所を護衛兵士から聞いた彼は声を掛けられ後ろを振り向く。そこには妙ににこやかなイトベティエが立っており、その後ろでは護衛兵士の一人胸に手を当て敬礼をユウヒに送っている。


 状況は良くない様で、ユウヒの返事にイトベティエは大きな溜息を吐く。


「どうしましたじゃないですよもう、いきなり感謝の印だとか色々渡されたこっちの身にもなってくださいまし……」


「んん?」


「水を分けていらしたのでしょ?」


 イトベティエの言葉に状況が飲み込めないユウヒであったが、水を分けていた事について触れながら困った様に話す彼女の姿に全てを察したのかハッと顔を上げる。


「ああ、なるほど」


「一声かけて欲しかったですわ」


「何と言うか流れで」


 申し訳なさそうに頭を掻くユウヒに、兵士は指を指す。指が指されている先は荷物運搬用の馬車の側、そこには木箱一杯の野菜や加工食品が置いてあり、品質が良いわけでは無いが、非常時の今ではとても貴重な物資である。


 それらを持ってやってくる避難民に対応したのはイトベティエ、状況が分からぬままに感謝の印として押し付けるように食料を渡される彼女は困惑、貴族からの心証を良くしようとする一般市民は数いれど、心からの感謝を述べながら貢物を持ってくる者などそうはいない。


 おかしいとすぐに感じて聞けば返って来るユウヒの名前、何かを察して問い質せば判明するユウヒの行動、寧ろイトベティエ達が貴族と知らずにお礼を持ってきた者も居り、一時は軽い混乱すら起きていた。それもこれもユウヒが護衛で来た冒険者であるとあまりに簡単に説明したのが原因である。


「あまり情に流されることはお勧めしません」


「それはまぁそうなんでしょうけど、一応人は見ているつもりですよ?」


 困りはしても怒る要素が見当たらない事で、困ったような微妙な表情を浮かべてお説教をするイトベティエと申し訳なさそうに頭を掻くユウヒ。その姿に周囲からは小さな笑い声が洩れており、その笑いをこらえきれない者の中にはブレンブも含まれ和やかな空気を作り出している。


「そこは、信じますが……人は弱い生き物ですから」


 周囲の空気に気が付いたイトベティエは少し恥ずかしそうに頬を染めると、一番言っておきたかったことについて触れた。


 人は弱い、助けられ、甘える事が出来ると知れば際限なく他者に寄りかかり続ける。そうした人の持つ性質はどこで起きてもおかしくないのが人の集団だ。今回はその集団心理が良い方向に働いたようだが、イトベティエの言葉も尤もであり、ユウヒも理解しているのか頭を申し訳なさそうに下げる。


「わかりました。と言っても俺に出来るのは水の支援くらいですけど」


「……それは謙遜が過ぎますね」


「えー?」


 しかしそこにはどうしようもない齟齬があり、大した事をしていないと話すユウヒに、イトベティエだけでなく周囲に集まったブレンブや兵士、サヘラまでもが溜息を洩らすのであった。





 大きな滝の飛沫が風に乗って時折飛んでくる場所、どちらかと言えば気持ちい空気が勢いよく流れる場所でリステラン伯爵一行と、避難所から護衛としてついて来た街の人々は立ち尽くしていた。


「橋が……」


「これかぁ」


 距離にして5メートルほどであろうか、水の侵食によって作られた深い深い谷を渡る為の橋として並べられていた丸太は鉄砲水に流されたのか、地面に丸太の跡だけ残して綺麗になくなっている。


 真っ直ぐ落ち込む谷の深さは数十メートルはあり、底がどうなっているかを目で確認することが出来ない。


「丸太橋が落ちてしまったか、迂回ルートはかなり遠いぞ」


「王都までですよね? たぶん普段使う迂回ルートは水没してますので、一度東の領まで出ないといけないと思います」


「なに? そうなるとかなり厄介だな……」


 王都に向かうには橋を渡るのが一番近く、迂回ルートはずいぶんと遠回りになる。しかしその迂回ルートは水没しているだろうという街の女性魔法士の言葉にブレンブは驚き唸った。どうやら迂回ルートをさらに迂回するとなると、遠いとか言う以前の話になる様だ。


 トルソラリス王国において魔法士になると庶民より高い位を与えられ、貴族ともある程度普通に話す事が出来るのだが、それをしても何時もより言葉の丸いブレンブにイトベティエが笑みを浮かべている一方で、ユウヒは谷の底を覗きながら両目に光を灯らせていた。


「ねぇ、これって丸太じゃないと駄目なの?」


 街から橋までの護衛として付いて来た街の人々が、崖から落ちないか冷や冷やしながら見守る中、ユウヒは顔を上げて小首を傾げた。


「いえ、単純に丸太橋以外作る技術が無いと言うか、街でお金を出しているので……」


「領主が作ってくれたりしないの?」


「それは……」


 丸太を固定しただけの橋よりも石橋の方が頑丈で便利な事など誰だってわかる事で、丸太橋になっている理由は別にあると考えたユウヒであるが、答えはとても簡単でお金が無いからである。


 石橋を作るにも金と技術が必要になり、いくら損耗が激しい丸太橋であっても森林資源の多い領地と言う事もあって丸太橋は非常に経済的なのだ。それ故に管理上の選択として悪いというわけでは無い。


「ユウヒ殿それは無理な話だ」


「そうなの?」


「ここの領主は守銭奴だ。やるべき事業にも金を掛けん……まぁそろそろ交代時期かもしれんがな」


 しかしこの地の領主は良く言って倹約家、悪く言えば守銭奴、どちらかと言えば守銭奴の要素が強いのか、ブレンブの呆れたような言い草に街の者達は思わず視線を彷徨わせ、魔法士の女性は顔を顰めている。


 そんな領主の裏事情を何か知っているらしいブレンブの呟きに街の人たちは目を見開いて振り返り、どこか怠そうなしかめっ面を浮かべるブレンブに視線を向けられると慌てて顔を逸らす。それだけで領民の心情が伺える。


「あぁ、なんかあるんだ。それじゃ石橋作っても良いよね?」


「え? まぁその方が良いんですけど、何分ここは深いので普通の橋の何倍もお金が」


 そんな裏事情に対して興味のないユウヒは、彼にとって重要なところである誰が作っているのかと言う部分を理解すると立ち上がって笑みを浮かべた。


 石橋を掛けるなど誰が止めるのか、止めているのはお金が無いという現実だけである。思わずそう言いたい気持ちをぐっと抑えてもお金の話が口をついて洩れ出し、その言葉に周囲も頷き溜息を洩らす。


「ユウヒ殿、まさか……」


 鬱屈とした空気が満たされる中で一部で驚きの感情が洩れ出す。それは護衛隊長の男性、彼は前の村でユウヒの魔法を目の前で見ている。だからこそ気が付いたのだろうユウヒの違和感に、一方でもう一人目を見開くのが魔法士の女性。


「…………!?」


 魔法士である彼女は明確にユウヒの変化を感じていた。それは魔力、今までユウヒが遺物乗りで魔道具使いだと考えていた彼女は、目の前で膨大な魔力を身に纏い始めたユウヒに目を見開く。それは一般人どころか魔法士でも扱いきれるような魔力ではなく、さらに彼女は王都の魔法学校で魔法使いを見たことがある比較的若い魔法士である。


 ユウヒが何でなるか、分らないわけがない。



 いかがでしたでしょうか?


 丸太橋が無ければ石橋を作ったらいいじゃない。そんなユウヒの明日はどこへ。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ