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第91話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



「ここもかぁ」


 ユウヒが見詰める先には水の下に沈んだ町が広がっている。バザールを中心に広がる巨大なクレーターの山脈、その外側にはいくつもの窪地が点在し、人々はその窪地に定住地を作り続けた。


「伝統的な街造りが仇となったか……」


「伝統?」


「水の乏しい地域ほど水源を求めて低い場所を好むからな」


 古来トルソラリスにおいて最も珍重された資源は水である。少ないわけでは無いがすぐに流れてしまい枯れてしまう為、少しでも水が溜まる場所に人々は移り住んでいく、それは今存在する街づくりの基礎となっていた。


 高い山に降った水は低い場所へと流れ、流れの滞った場所に溜まり、そしてまた低い位置に流れて行く。その滞る場所には街が作られているのだが、今は高台から見下ろすユウヒ達の目の前で湖となってしまっている。


「なるほど、まぁ水が普段から少ない場所なら鉄砲水なんて考えないか」


「ここは川もある。考えていてこれなのだ……」


 トルソラリス王国の人間も馬鹿ではない、ある程度の増水に対する備えはしていた。しかしそれは彼らが想定できる程度の増水であり、想定外の状況にまで備えたものではない。


 得に目の前の街は大きく、永い水の浸蝕により川もあった。故に他の街よりかは備えもあったが、それでも町は水の底に沈んだのだ。これを想定が足りなかったと言ってしまうにはあまりに酷な話である。


「ここも高台に避難してますね」


「うむぅ」


「ん?」


 ここもまた水の進入により街から人は追い出され、本来であれば旅人の休憩所にされている街道を進んだ先に高台の広場には、数えきれないほど多くのテントが張られている。


 ユウヒの言葉に振り向き唸るブレンブは、思案顔で歩きだし、一方でユウヒは何か気になる物でも見つけたのか目を光らせ歩きだす。





 ユウヒと別れたブレンブは護衛の兵士を伴って街の代表と話しをしていた。


「場所はありますが、こちらもこの状況でして何もおもてなしは出来ません」


 自国は夕暮れ時、今日一晩休憩所に泊まる旨を伝えに来たようだが、恐縮しきりの代表は腰を曲げたまま困った表情でブレンブを見上げる。街の代表ともなればそれなりの家格であろうが、伯爵相手ともなれば緊張する程度の家格の様で、さらに今の街の状況を考えれば下手に相手を怒らせられない。


「構わん、大変なのは見ればわかる。変な気は使わんでいい」


「ありがとうございます」


 そのことはブレンブも重々承知している。それ故この場にユウヒを連れてこなかったのだ。見た目だけなら遺物使いのユウヒ、冒険者だと名乗ればそれはそのまま強力な戦力として相手に映り、街の代表達は今以上に恐縮し恐れ、最悪暴走しかねない。


「だが我々に変な手を出せば……わかっているな?」


「は、はい! もちろん貴族様にそんなことは」


「私達だけではない。同行する者達へもだ」


「はい! 肝に銘じて、皆にも言っておきます」


 しかもユウヒは魔法使い、見た目じゃわからない恐ろしい力の持ち主に対して下手に手を出せばどんな未来が待っているかブレンブにもわからない。万が一逆鱗に触れようものなら街道の街など一晩とかからず塵となりかねないのだ。


 良くないことを思い浮かべ背中が冷えるブレンブは、用心の為に念を押す。


「うむ」


「良かったですよ、少々優しすぎた気もしますが」


「言っておかないと後が面倒だ。相手は魔法使いだぞ? 避難民なんて怒らせたら終わりだ」


 すでに護衛兵士とサヘラにより宿泊地の準備は始められている。そこへ向かう道すがら、貴族としての振る舞いを褒められるブレンブは、楽しそうなイトベティエに対して眉を顰めた。


 その表情は照れ隠し、それと気疲れによるものであり、何かとマイナス思考が目立つブレンブは万が一のことを考えて思わず背中が震える。ユウヒの魔法はまだあまり見ていないが、それほど魔法に詳しくない彼からしてもユウヒの魔法は異常。盗賊を捕まえた際の光の魔法だって、使いようによっては直接相手を害する強力な武器となるだろうと彼は溜息を洩らした。


「そうですね……ところで急に仲良くなったようですが、何かありました?」


「……謝っただけだ」


 ユウヒに対する考えを口にするブレンブ、普段と変わらないように見えるが、言葉から感じる棘が随分と丸くなった事をイトベティエは感じ取り、その事を微笑ましく思う彼女の言葉にブレンブは頬を赤くする。


 大人になるほど謝罪は難しくなるもの、特にその謝罪が軽く優しく受け止められたとあっては自らの感情の幼さを恥じても仕方は無い。要は自分より年下に大人な対応をされて恥ずかしかったのだ。


「感想は?」


「めっちゃ良い奴だった」


 そしてそんな相手に対する感想は良い奴である。今までの事を考えれば余計に恥ずかしく、イトベティエに弄られるブレンブは頬だけでなく鼻まで熱くなるのを感じた。


「そうですか……」


「何がおかしい?」


 恥ずかしそう鼻息を洩らして歩くブレンブの横顔見詰めるイトベティエは声を殺す様に、しかし我慢できずか細く声を洩らしながら笑う。そんな彼女に夫は眉尻を下げて少し情けない顔で問いかける。


「可愛いなと思いまして、ええとても……ふふふふ」


「……むぅ」


 この二人、婚姻を申し出たのはブレンブであるが、プロポーズをしたのはイトベティエからである。貴族社会にしては珍しい両想いから始まった関係は、今も良好な関係を続けられているようだ。





 リステラン夫妻が、護衛兵士も口から砂糖を吐きそうな空間を作り出す一方で、バイクで街道を走りながら目的の場所へと向かうユウヒは、急に顔を顰めると小さく呟く。


「だれかがイチャイチャしてる気がする」


 どうやらどこかの忍者のように何らかの電波をキャッチした様で、彼は見上げる空に三人の黒装束忍者がサムズアップしている姿を幻視した。


「うーむ、素晴らしくでかい滝だな」


 何となく空の色にイラっとしたユウヒは、街道の先でバイクを停めると岸壁を見上げて思わず呟く。そこには高い位置から流れる大量の水によって滝が形成されており、剥き出しの真新しい岩盤を見るに昔からあった光景ではなさそうだ。


「素晴らしくなんかない!」


「ん?」


 日本でもなかなか見られない自然の絶景であるが、見る者にとっては同じようには映らないらしく、バイクを停めて見上げるユウヒの後ろからは、苛立ちをぶつける様な高い声が聞こえてくる。


「街を押し流した滝だぞ! どこが素晴らしいんだ!」


「それは、すまないな」


 声の主は小さな男の子、顔を真っ赤にして怒る彼曰く、目の前の滝は街を押し流した原因であり、どこにも素晴らしい要素などないと言う。知らない者からしたら自然の雄大さを感じても、直接的な被害を受けた住民からしたら悪魔そのものと言ってもいい、そう納得したユウヒ素直に謝るが、男の子はユウヒを睨み続ける。


 そんな二人の元に慌てて駆けてくる人影が一つ。


「あんた! すみません家の弟が……」


「いや、俺こそ悪かったな余計な事を言ってしまった」


 見た目から中学生か高校生くらいの女の子は、やって来るなり男の子の頭を強かに叩くと、声にならない声を洩らし頭を抱える男の子の頭を無理やり下げさせながら自らの頭も下げた。


「いえ、私もすごいとは思うんです。普段は湧き水が出なくなることもあるので」


 男の子が何を言っていたのかは遠くにいても聞こえていたのか、少女は首を横に振ると遠くても大きく見える崖の滝に目を向ける。


 どうやら元々は湧き水が流れている岸壁らしく、日によっては出なくなる事もあると言って滝を見上げる少女の顔は、言葉とは裏腹にどこか困っているように見え、ユウヒはその横顔に小首を傾げると、彼女に拘束されながら睨んでくる男の子に肩を竦めた。


「街の被害を聞いても?」


「みんな無事です。最近地揺れが多かったので、崖崩れが起きるかもしれないと避難はしていたんですよ」


 男の子の怒り様から最悪の事も考えたユウヒであるが、意外と街の住民には被害が出ていない様だ。だからこそ避難先は人で溢れており、窮屈な環境に突然現れた男を前に割く心の余裕がないのかもしれない。


 何をするにも余裕は大事と言う信条のユウヒから見れば、現状の避難所は実に危ういバランスに見えた。まだ日が沈むには時間のある避難所で、一晩不安を感じるよりはと空を見上げたユウヒは、少し居心地の悪そうな少女に問いかける。


「そうか、しかし街があれじゃな……ここも水には苦労してるのか?」


「はい、滝から水を汲もうとしてるんですけど、勢いがすごくて」


「あぁ確かに」


 周囲を見ればたくさん知り合いが居るとは言え、明らかに冒険者の男、しかも遺物にまで乗っているとなれば恐ろしく感じるもので、しかしあのまま男の子を噛みつかせたままにしていればもっと恐ろしい事になるかもしれない。


 そんな思いで走ってきた少女は、思ったほど怖くない柔らかな声に顔を上げると、質問に答えて行く。どうやらここでも水には苦労している様で、滝と言う大量の水があっても勢いが強く、そう簡単にはいかない様だ。


「何をするにも道具は水没してますし……あまり見たくもないですし」


 また水を汲みやすくする道具も無いことは無いが、それらは全て街と共に沈み、回収しようにも湖となった街にはあまり見たくないものがあると言う。


 その言葉に街へと目を向けるユウヒは、耳元に聞こえてくる水の精霊の囁き声で原因を理解する。住んでいた街が水に沈んだ光景など見ているだけで鬱屈とした気分になるが、それ以上に人的被害が無かったはずの街には無数の水死体が浮いてるようだ。


「バザールは完全に水没してたからなぁ……流されて来てるのか」


「え!?」


 その原因はバザール、クレーター周辺で見ても一番大きな街であるサンザバール領の領都、当然大きければ住んでる人の数も多く、商業の要衝となれば訪れる人の数も多い。そこが起点となる未曾有の人的災害は、避難民を大量に生み出したがその何倍、何十倍にも及ぶ死を生み出していた。


 その余波は、クレーター山脈の外にある隣領の街に水だけではなく様々な被害をもたらしている。その一つが水死体、バザールで溺れ死んだ者や、近くの村や街で鉄砲水に巻き込まれた者達が押し流されてきているのだ。


「バザールって、隣の領の街だろ? そこも同じなの?」


 突然の鉄砲水で被害を受けた隣領の住人達は、いったい何が起きているのか把握できるものは少なく、ここに住む人々もバザールの状況は全く理解していない。突然の大雨によって湧水が増水した程度に考えている者も少なくない。


 そんな状況でバザールの状況を聞かされたら、小さな男の子じゃなくても声を上げ驚くだろう。


「……バザールも水の底に沈んでいてね、見た限りここより酷いことになっていた。一部は船で逃げたようだが、どれだけ助かったのやら」


「なんでそんなことに……」


 なぜそうなったのか、当然ユウヒはある程度話すことはできる。宝玉の詳細や精霊からの報告、また宝玉に残る痕跡からある程度推察も出来るが、かといって目の前の少女が聞いて良い事でもない。


 ましてや絶句して言葉を失う男の子に聞かせて良い内容でもない。


「今一番の困りごとは水かな?」


 しかし気持ちを暗くさせたままにしておくのも、ユウヒとしては好ましくなく、故に出来る事に手を付ける為、俯く少女に問いかける。


「え? あ、はい。備蓄の食料はあるんですけど、水はずっと枯れたままだったのでどの樽も空で、今は滝の近くに桶を置いてそれで凌いでます」


 この街ではバザールに販売する水樽の制作を行っていた。作れば作るだけ売れる水樽特需に沸いたこの街では、森林資源の多い地域であることも幸いして伐採から製材、加工まで一括して行い少なくない富を稼ぐことに成功していた。


 しかし一方で樽に収めるべき水は枯れていたこともあって、貯蔵は多くない状況のようだ。


「そうか、水用の樽はある?」


「えっと、はい。それはたくさんあります。作れば作るだけ売れるからって、避難所には樽の作業場もあるので」


「避難所に?」


「街の中だとうるさいと言われたそうです」


 富を齎す水樽も、昼夜問わず作っていれば怒られもする様で、街の外に追いやられた水樽工房は普段使わない高台の避難所に新しく併設されており、避難所も作った水樽の一時保管所として利用されていた。


 ただしその中身は空だ。


 地揺れの影響の中でも作ることは出来れども売りに行くには危険で、行商なども事故を恐れて街に寄り付かなくなっていた。そんな在庫だけが溜まる中で起こったのが今回の水による災害、備蓄と乾いた水樽で溢れる避難所は、深刻な水不足の状態に陥っている。


「なるほどね。それは良かった」


「何が良いんだよ!」


 状況を把握して、手を差し伸べられそうだと笑みを浮かべるユウヒに、ようやく絶句した状態から復帰した男の子が噛みつく。今にも飛び掛からんばかりに目を吊り上げる男の子に、ユウヒは可笑しそうに笑い、その事がより男の子の怒りを助長する。


「こら!」


「だってこいつ馬鹿にしてるだろ!」


 年上の少女に怒られながらも反発する男の子は、どうしてもユウヒが彼らを馬鹿にしている様にしか見えない様で、しかしそれは彼らに余裕がない故に生まれる感情。その事について腹を立てるつもりのないユウヒは、子供たちのやり取りに目を細め、ふと自分がおじさん臭い事に気が付き、しかしまぁ良いかと微笑む。


「そんなわけないでしょ! ……すみません」


「いやいや、気にしてないよ。それより水用の樽を管理してる人紹介してほしいんだけど、良いかな?」


 怖いもの知らずの少年の暴走を必死に手と言葉で抑える少女は内心酷く焦っている。相手は見も知らぬ年上の男性であり、格好から傭兵か冒険者、さらに見た事もない遺物に乗って現れたのだ。普通の神経をしていたら自分から近づこうなどと思わない様な相手である。


 まだ怒鳴りつけてくる様な相手ではない事や、街の人の目の届く場所と言う事で多少心持は楽であるものの、出来る事ならこの場からさっさと立ち去りたいところだが、そうもいかなくなったことに背筋を震わせた。


「……え? はい、それは構わないですけど?」


 しかし言葉の意味を咀嚼するとキョトンとした表情を浮かべ、優しい笑みを浮かべるユウヒを見上げ目を瞬かせる。


 何のための案内なのか、頭の中でグルグルと思考が渦巻く彼女は、腰に男の子を装備しながら、遺物を押す変な男を避難所に併設された工房へと案内するのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 ユウヒは称号変な男を手に入れた!……割と前から持っていそうなのは秘密である。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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