第90話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
小さな草擦れの音が鳴る。しかしその音は前方から聴こえてくる焚火で生木がはぜる音よりずっと小さく、焚火の近くにいればまったく聞き取れない程度の音だ。
「……?」
「おかしい……」
「誰も居ない?」
しかしそれは焚火の前に人が居ればの話であって、誰も焚火の前に居なければ葉擦れの音など聴きようもなく。人が居ると思って焚火の周囲に忍び寄った影は、困惑した様に焚火の前に重ねられた荷物の山を見詰める。
ありえない、野宿するなら必ず不寝番は必要で、多少の仮眠やうとうとしていたとしてもその場からいなくなって良いわけがない。焚火の前に人が居ないのは異常、一つの異常に気が付けば次々とその他の異常にも気が付き始め、頭が理解するよりも早く心がざわつく。
それは虫の知らせだが、その知らせはあまりに遅かった。
「【マルチプル】【ハイファイヤフライ】」
「なっ!?」
閃光、焚火の紅い光が一瞬で塗り替えられるほどの真っ白な光が、襲撃者を飲み込み影すら消してしまう。真っ白な世界に驚いた声だけが存在する。
「くそ! 嵌められた!」
「卑怯者が」
「わぁ……ステレオタイプ」
真っ白な世界で悪態を吐く男達であるがどの口がそんなことを言うのか、人の寝込みを襲い金品を奪ってきた彼ら盗賊が言っていいようなセリフではなく。世界を白に染めたサングラスのユウヒも思わず呆れた声を洩らしてしまう。
それは致命的な隙。
「そこか!」
目が眩み姿が見えなくても、熟練の腕と耳をもってすれば声だけで位置が分かる。そしてそれを成すだけの力が魔法士の彼にはあった。故に勝負は一瞬で付くと思われたが、そこは相手があまりに悪い。
取り出した杖を真っ直ぐに伸ばした先に居るサングラス姿のユウヒは、微笑みながら何かを囁く魔法士の魔法が完成するのを待ち、杖により導かれた無数の石柱を無言で受け止める。
と言うより消した。
「ざぁんねん。【マルチプル】【ロックオン】【ロックボルト】」
ユウヒの前には、光に照らされても尚黒い一羽のカラスが羽ばたいており、石柱を消し去ると役目は終わったと言わんばかり飛び去る。
小馬鹿にしたような声で呟くユウヒは、どこでもある大きめの石を取り出したかと思うと複数の魔法を展開、砂岩であろう脆い石は複数の締め具に姿を変えると標的に向かって弧を描く様に飛び立つ。
向かう先には四人の男。
「はおっっ!?」
「が―――!?」
「ぐっ!?…………」
締め具は殺到する。
最初の締め具は、男の股間を持ち上げるように突き刺さり、そこから次々と鳩尾、顎、腰、裏太腿、脛、脚の甲へと突き刺さる。
刺さると言っても貫通するわけでもなく、もちろん血が出るわけでもない。ただし締め具の頭から衝突した一撃はあまりに重く、それぞれの部位に鉄パイプで殴られたような痛みが走り、悶絶してのたうち回る隙も与えず気絶して行く。一瞬にして態勢を崩され地面とキスすることとなった男達からは、最初の呻き声以外の声は聞こえてこない。
「一人足りない……先に逃げたのか」
先端から衝突していれば血を流すことになっていたかもしれない【ロックボルト】の魔法は、砂岩から作られたからかすでに粉砕しており、馬車の上から飛び降りたユウヒの足元を粉塵となって流れて行く。
その場に倒れた人数は一人襲撃を降りた事で四人しかおらず、想定した数より少ない事に小首を傾げたユウヒは、ずいぶんと遠くに離れている人間の反応に目を向けると、危険は無いとしてその索敵範囲を縮めて行く。
「なんて光だ。ユウヒ殿ご無事ですか!」
その間も周囲は光に溢れており、声が止んだことで出て来た護衛兵士がユウヒに呼びかける。
「あぁはいはい、【マルチプル】【グレードダウン】【ファイヤフライ】」
「おお、暗く」
声に気が付いたユウヒは、周囲を飛び交う魔法のホタルの力を弱める。辺り一帯を真っ白に染め上げていた原因は、スルビルの領主館でも披露した無数の魔法蛍。使い方によっては照明にもなる魔法は、周囲一帯の真っ白の染め上げる強力な目くらましにもなる便利魔法なのだった。
「こいつらか」
「うぅ……」
サングラスの必要がないくらいの光に変わった蛍、その灯りに照らされ現れた襲撃犯は革鎧と外套を身に纏った兵士であり、よく見ると外套は裏地が薄茶色である。
「ほら縛るぞ」
「はい!」
「……どこの所属かわかるかしら?」
その外套は砂漠での職務に携わる兵士に多く用いられる物で、それだけでは正確にどこの部隊の兵士であるか分からない。
「そうですね? あー所属は破ってますが、この装備だとオアシス警備辺りじゃないですかね」
その代わり兵士に支給される革鎧には部隊章などが取り付けられるものなのだが、それも破り取られている様で、それは盗賊落ちした兵士によく見られる身元を探られないための処置である
「所属の分かる物があれば何とでもなったでしょうけど、面倒ね」
「埋めときますか?」
所属が分かれば、彼等が行った罪の一部はその所属部隊が責任をもって支払う。要は討伐時の報酬などが増える事となる。冒険者や傭兵にとっては貴重な収入であり、貴族にとっては襲撃理由を探る為の情報であったり、他家への牽制材料となるのだが、彼等はそれを持ち合わせていない故に、待ち受ける未来はひどく狭まってしまう。
埋める。要は殺して土に埋めると言う事だ。盗賊の処理が面倒な時は良くとられる方法であり、証拠になりそうな物を後日報告するだけで多少の報酬を手にする事が出来る。
「ユウヒ様はどうしますか? どこかの街か村に連れて行けばマシな褒賞が出るかもしれませんが」
「あぁ……まぁ、お任せします」
「わかりました。埋めておいて」
「はっ!」
冒険者や傭兵などにとっては貴重さ収入、街に連れて行けばそれなりのお金にもなるし、街も犯罪奴隷による報酬が発生するのだが、貴族にとっては二束三文、討伐者が許すのであれば殺してしまった方が面倒も無い。
トルソラリス王国における貴族の対応としては普通である。だからと言って貴族に仕える一般市民にとっても普通だとは言い辛い。
「大丈夫?」
「は、はい……あまり慣れてなくて」
事実、伯爵について回っているはずのメイドであるサヘラは、暗闇の奥に引き摺られていく襲撃者から目を背けると蒼い顔で俯く。これから行われるであろう光景を想像してしまったようだ。
「まぁ気持ちの良いものじゃないよね」
「ユウヒ様は慣れてらっしゃるのですか?」
一方でユウヒは特に表情を変えておらず、サヘラの問いかけに対して困った様に肩を竦めた。
「慣れか、別に慣れちゃいないけど、切り替えは出来るつもりかな」
「切り替えですか」
「うん、それに初犯じゃないみたいだし」
見上げてくるサヘラに切り替えは出来ると言って襲撃者が引き摺られていった場所から蛍を呼び戻すユウヒ。彼の耳には精霊達の声で彼らが初犯じゃないことが伝えられる。
精霊の少ない砂の海とは言え、どこにでも精霊は存在し、人の営みに興味がある精霊は人の気配がする場所には足を延ばし、そこで見聞きしたことを決して忘れない。故に過去に行われた彼らの犯罪も、精霊の声を辿れば明確になるのである。
故に魔法使いは権力者から畏れられ、恐れられるのだ。
「……」
<……>
暗闇の奥に目を向け静かに目を細めるユウヒ、その姿からは彼の感情は何もわからず周囲は閉口し、呆れ、哀れみ、悲しみ、怒り、そう言った感情が混ざった感情を精霊が慰める。
「……(うちよりこっちの世界の方が優しいかもね。母さんならこの場で撃ち殺してるだろうし)」
しかしユウヒは特に落ち込むなどと言う暗い感情は抱いておらず、寧ろ実家の異常性を再確認して呆れているだけであった。彼の両親は地球の裏社会でも恐れられる傭兵集団のトップ、そして子連れで廻った戦場は数知れず、その子供がユウヒなのだ。彼は今の光景よりもずっと凄惨なものを見ている。
一人逃げた男は使い古されたカンテラを片手に息を切らせて斜面を下っていた。
「はぁはぁ……! 危なかった」
襲撃を降りた彼であるが、気になって襲撃の一部始終を遠くから見ていた様で、馬車周辺が真っ白に染まった後に聞こえてきた声、光が収まって倒れている仲間たちを思い出しその場に座り込む。
「いつか復讐してぇが今じゃねぇ……と言っても今は生きるだけでいっぱいいっぱいだけどな」
恨みはあるが力が足りないと言った様子の男は、また立ち上がると斜面を下り始める。その表情からは少しでも離れないと危険だという強迫的な感情が見て取れた。
「ん?」
カンテラに照らされた男の格好は、トルソラリス王国のオアシス警備隊にはよく見られる地味な色の皮鎧と布の外套と言った格好のようだ。男は何かを見つけたのか立ち止まると、少し考えた後向かう方向を変えてまた歩き出す。
翌日、念の為に早朝早くから出発したリステラン家一行は、開けた見通しの良い広場で少し早めの昼休憩をとっていた。軽めの昼食を摂ったユウヒは、バイクの上に寝転んで空を見上げていた。
「今日は暑いなぁ」
今日は暑い、何時にも増して陽射しがきつく感じる空を見上げるユウヒは、フードを深く被り砂避けとサングラスで防御力を高めている。そんなユウヒの様子に光の精霊は遠慮し、周囲は風と闇の精霊がうろちょろしていた。
<!>
「え? こんな日は闇ランプがお勧め? まだ作ってないからなぁ?」
そんな彼の耳元に忍び寄る闇の精霊は、日陰からユウヒに声をかけ、以前に教えた魔道具はこんな時に役に立つと言うが、色々やらなければならないことが多いユウヒは闇の精霊おすすめである闇のランプをまだ作れていない。
「材料が揃って安全な場所に付いたらだな」
<……>
また材料も揃っていないらしく、遠回しにしばらくは作れないと言うユウヒの返事に、闇の精霊は少し残念そうに翅を揺らすと、バイクの影に飛び降りて闇の精霊同士で何やら相談を始めるのだった。
「とりあえずこの護衛と説明終わらせないとな」
現在ユウヒはリステラン家の護衛中であり、その後は面倒な説明会の予定である。元々マルチタスクが苦手なユウヒは、特殊な状況でも無ければ予定は一つ一つ終わらせたい。終わらせたいと思っていても複数の予定が攻め寄せてくるのが社畜の定め、故に出来ないわけでは無い所がみそである。
「そのあとは……」
「ユウヒ殿」
「どうしました?」
王都での予定が終わった後のことについて頭を巡らせようとしたユウヒは、少し離れた場所で立ち止まり、かしこまった声色で声を掛けてきたブレンブに気が付き顔を上げた。
キョトンとした表情で顔を上げたユウヒが目を向けた先では、ブレンブが声と同じように妙に神妙な表情を浮かべ立っており、雰囲気を読んだユウヒは体を起こしてバイクから降りる。
「うむ、これまでの非礼をもう一度しっかり謝っておこうと思ってな」
「……いえいえ、その気持ちだけで十分ですよ」
砂避けのマスクを下ろしサングラスを外し笑みを浮かべるユウヒに対して少したじろぐブレンブは、腹に力を籠めると謝罪に来たと話し出す。
「いやしかしだな」
しかし謝罪相手のユウヒは飄々とした笑みを浮かべ気にした様子もなく、今までの非礼の数々を考えれば、その対応はあまりに不安になってしまう。まるで眼中に無いような対応であり、下手な貴族ならまたここで怒り出しそうな対応であった。
「気にしないでください。色々訳アリみたいですし? 気に喰わないこともあるでしょう」
だがユウヒは普通の人間とは違う。一部の事柄に関しては鈍い所もあるがそれ以外の事に関しては妙に勘が良い、故に感情を良く表に出しているブレンブが魔法使いに対して思う所があるのはすでに理解しており、その感情の種類もユウヒは何となくだが察していた。
どこか全てを見透かす様なユウヒの青と金の目に見詰められ自らの目を見開くブレンブは、震える背中に力を入れてまっすぐ背筋を伸ばすと口を開く。
「それは……私は魔法使いが嫌いなのだ。正確には魔法使い詐欺師がな」
「あぁそれはみんなそうじゃないですかね?」
「いや、むぅ……その所為で気が付かないうちに魔法使いと言う存在にも嫌悪感を持ってしまっていたようだ。すまない……」
「なるほど」
トルソラリス王国に住む住民にとって、共通して疎まれるほどに魔法使い詐欺は多い。それはそれだけ彼らにとって魔法使いが特別な存在である事が理由であり、それは同時に引っかかりやすさも関係していた。
一般市民がそう言った詐欺被害に遭うのは当然として、金持ちや貴族も良くこの詐欺に引っかかるのだ。特に何か強く成したい事がある者ほどそう言った詐欺に引っかかりやすく、小首を傾げるユウヒに俯きながら話すブレンブもまたそう言った詐欺にあった一人のようだ。
「詐欺師に人生を狂わされた者は多い、これからも私のような者に出会うだろう。私が言ってもなんだが、気を付けてくれ」
「そうですか……なるべく隠した方がよさそうですね」
魔法使いは畏れられ、崇められ、囲い込まれる様な存在である。様々な厄災の種になりかねないものの、魔法使いが齎す恩恵には様々な逸話が残っており、それらを求める人と言う生き物は恐れよりも利や欲望で動くものだ。
ユウヒに対して妙に突っかかるのはブレンブだけではない。彼の言葉にはこれまでの行動から説得力が感じられ、目を見詰めながら話を聞いていたユウヒが思案する様に返事を返すと、その言葉にブレンブは同意するように頷く。
頷いてはいるが、果たしてどこまで隠す事が出来るのか、ユウヒの周囲を舞う精霊達は楽しそうに鈴が鳴るような笑い声を洩らす。
「そうだな……。リステランに着いたら報酬はしっかり払う。これまでの迷惑料込みでな」
どこか揶揄うような精霊の笑い声の一方で、ブレンブはほっとした様に頷き、彼に出来る精一杯の贖罪を約束する。
「あはは、お手柔らかに……あとどのくらいかかるんですかね?」
「そうだな、回り道が無ければ三日でリステランの領都に着くが、回り道が必要だと5日ほど必要かもしれん」
ユウヒとしては過剰な謝礼は求めていない。過大な礼は時として思わぬ流れを生みかねない、彼はこれまでの経験からその事を学んでの発言だが、その事を知らない者からすれば謙虚な人間にしか見えない様だ。
これまでの自分を恥じるようなブレンブの笑みと、対照的な苦笑いのユウヒ。しかし確実にこれまでの関係は修復で来たようで、ユウヒの問いかけに答えるブレンブの表情は明るい。
「道は詳しいんですか?」
「これでも昔は商人だったからな、行商人が使う迂回ルートなどは頭に入っている」
「へぇ……」
嘗てとある理由から命を削って商人の道を歩んだブレンブには、王都までの道筋は常に頭の中にあり、地図が無くとも緊急時の迂回ルートは直ぐに導き出される。
純粋な感心に目を輝かせるユウヒに照れるブレンブは、憑き物が落ちたように明るい顔でこれからの予定について話し、ユウヒの質問に答えて行く。それは出発の時間まで続き、周囲を驚かせることになるのだった。
いかがでしたでしょうか?
蟠りが解ければ中が深まるのは必然なのか、周囲が訝しむ中一行はリステラン領に向けて進み続ける。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




