第9話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
砂漠の海に点在するオアシスは大半が国で管理され行商や旅人の宿泊地として機能している。危険な魔物や夜盗から身を守り、十分な水分補給が出来る場所が少ない砂の大地においてそれは必然とも言えた。そんな砂漠のオアシスは大抵どこも日が頭を出し始めると活動を始める。
「あんぎゃああああ!!?」
本来なら少しずつ活気が出てくるオアシスの朝、その空気を引き裂くような男の野太い叫び声が響き渡ったのはユウヒが一晩を過ごした岩穴オアシス。岩を突き破った湧水が侵食して出来たオアシスは、人の手で拡張されてぐるりと高い岩壁に囲まれ堅牢な砦となっている。
「ん?」
「あ? ジェギソンの旦那どうしただよ?」
その為か、突然朝から響いた叫び声は岩壁に囲まれたオアシス内を良く反響して、オアシスで休んでいた人々を混乱させた。その発生源は固い地面に倒れ伏すジェギソンのようで、突然の大声で目を開くユウヒの近くで倒れる彼を心配して駆け寄るバンストは、体を小刻みに痙攣させるジェギソンの姿に顔を顰める。
「バンスト止まりな!!」
「うぇお? な、なんだよアダ? いきなり大声上げて驚くだろ」
あと二歩でジェギソンに触れられるほどの場所まで近づいたバンストは、突然後ろから聞こえてきた鋭いアダの声に飛び上がるように驚き動きを止めた。戦闘中のような緊迫した鋭い声を上げたアダに振り返ったバンストは、彼女の険しい表情を見詰めると小首を傾げる。
「それ以上ユウヒ殿に近付くんじゃないよ」
地面に倒れるジェギソン、その近くにはユウヒが昨晩作った砂岩のベッドとそのベッドの上で起き上がるユウヒの姿が見て取れ、周囲のタープからは声を聞いた人間がぽつぽつと顔を出して様子を窺っており、遠く離れた場所からは警護兵が岩壁に反響した声の発生源を探している。
「んー? ……お前たちなんかやったな」
バッグを枕にしてポンチョのまま寝ていたユウヒは、枕もとに置いてある青白い光の洩れる金属製の筒を手に取ると周囲を見回し、地面に転がるジェギソンやバンストたちを見渡すと顔を顰めて虚空に声をかけた。
「ジェギソン!? 何があったのですか」
その間にも周囲には人が集まり、馬車から駆け降りてきたシャハラは時折痙攣するように手足が動くジェギソン見て声を上げると、彼から少し距離を置く周囲の人間に合わせて立ち止まるとユウヒやバンスト達に目を向ける。
「あー、悪いなぁ精霊達が不審者だと思って結界の出力弄ったみたいだ。んーよし、壊れてないな、お前らも離れろって」
「わわ、すごいよ今の結界」
どうやらジェギソンが大地とキスする原因となったのは、ユウヒの視線と言葉から精霊にある様で、その一端を担っているのか謝罪を口にした彼は、青く光る筒を押し縮めて光を消す。それはユウヒが地球から持ち込んだものの一つでずっと腰につけていた物であるが、その正体は結界を張る魔道具のようだ。
「そうなのかい? アタシは精霊達が警戒してたからバンストを止めたんだけど」
「うげっ!? マジかよ……マジでジェギソンの旦那なにしたんだよ」
ユウヒの作り出した不可視の結界によってジェギソンが気を失ったと理解したバンストは、ユウヒに不審な目を向けようとするも、隣のアダの言葉に震えると今度はジェギソンに何とも言えない表情を向ける。どうやらユウヒや魔法使いについての延長線で精霊についても色々な話を聞いた彼は、無邪気な彼女達に対する恐怖感が増しているようだ。
「ジェギソン! 起きなさいジェギソン!」
「ぐ……うあ? 俺は、なにが?」
ジェギソンの前に屈み、彼の体を突くユウヒの眠そうな視線を受けて同じように屈んだシャラハが、大きな声を掛けながらうつ伏せに倒れた彼の背中を叩くと、彼はすぐに苦しそうな呻き声を上げてよろよろ起き上がる。
「大丈夫か? 結界に攻撃とかしなかったか?」
「あ? ……あぁ、しました」
四つん這いで起き上がるジェギソンは、たっぷりと右頬に砂を付けた顔を周囲に巡らせると不思議そうに首を傾げ、そんな彼にユウヒが質問するとすべて思い出したのか素直に頷き、ばつの悪そうな表情で地面に目を向けた。そこには小型のナイフが抜き身で落ちている。
「この馬鹿!」
「すいやせん!? やけに硬い結界が張ってあってつい……そのあと目の前が真っ白になって」
「い、今のはどんな結界なんですか!?」
その場に居合わせた者達その瞬間、ジェギソンが何をしていたのか理解して頭を抱え、心配が怒りに相転移したシャラハはそのエネルギーを彼の後頭部に平手打ちと言う形で発散するのだった。どうやらユウヒの張っていた不可視の結界に気が付いた彼は、その結界が思いのほか硬かったことで手で触るだけでなくナイフまで使い結界の硬度を確認しようとしたらしい。
「これか? ちょっと広めの空間に半透明の壁を作って外部からの攻撃に対して軽い威嚇をする結界だよ」
「魔道具なんですか!? それはどこで?」
「手作りだよ」
しかしそこはユウヒの無駄に高性能な魔道具、ちょっと触る程度では硬いだけのバリアであるが、攻撃を加えられたと判断されればその限りではなく、しっかりとした反撃もしてくれるようで、チルはユウヒの説明に目を輝かせさらに手作りと言う言葉で声を失うほど感動に震える。
「いやいや、どこが軽い威嚇だよ」
しかしそんなチルへの説明に苦言を洩らすのは、その軽い反撃を受け気絶したジェギソン。彼はよろよろ立ち上がるとまだ体の動きが悪いのか、ふらつきながら軽いなんてレベルじゃなかったと、異常な威力だったと言外に語る。
「そこは精霊に文句言ってくれ、どうやら弱いショックに使う魔力に上乗せしたみたいだ」
「せ、せいれい?」
そこで出てくるのが精霊、心地よく狂うほどに膨大な魔力を持つ大好きなユウヒ、そんな彼に襲い掛かっている様にしか見えないジェギソンに気が付いた彼女達は、結界の機能である弱い【ショック】の魔法に自分たちの力を少し上乗せしたらしく、驚き周囲を見回すジェギソンには見えない彼女達はそれぞれ思い思いに威嚇の舞を見せていた。
「まぁ謝るつもりはないらしいけど、寝てる人の周りで刃物出すのは良くないってさ」
「それは、そうですわね……自業自得です。申し訳ありません」
声は聞こえないがユウヒには精霊たちの意思が直接伝わって来る。謝る気など毛頭ないと荒ぶる精霊たちの言葉を少しソフトに代弁するユウヒに、シャラハは申し訳なさそうに肩を落とすと、ユウヒの周囲を気にしながら小さく頭を下げる。
「あぁ俺は気にしてないからいいよ」
「ジェギソン!」
「う、申し訳ない」
自分は寝ていただけで友人が一騒動起こして申し訳ないと言った感情のユウヒは、謝ってもらうことなど無いと思っている様で、シャラハの謝罪に困った表情を浮かべると、さらに彼女から頭を叩かれ謝るジェギソンの姿に思わず苦笑いを洩らしてしまう。
「大丈夫だよ、まぁ出来れば男の野太い悲鳴で起こされるよりは女性の声で起こしてもらいたかったがな」
「ははは、違いないね」
一方で、寝ている人の近くで刃物を取り出すと言う行為は褒められたものでもないし、安全のために設置されたバリケードを興味本位で破壊しようと試みた様なものであるジェギソンは、改めて自分の軽率な行動に頭を抱えている様で、ユウヒの言葉に笑うことすら出来ず肩を小さく窄めて頭を下げ、そんな様子にアダは大きな笑い声を上げるとユウヒの言葉に同意するのであった。
砂の海に多く点在するオアシスは日の出とともに動き出す。日の出すぐはまだ肌寒く、しかしオアシスの水を使うために人は水場に向かう。オアシスの水を汚さないために用意された水を貯める大きな桝にはよく冷えた水が満たされ、そこから水を掬い取った人々排水溝の周りで水を使う。
「やあユウヒ殿、なにやら日の出から一悶着あったようだね」
ユウヒも良く冷えたオアシスの水を汲んで精霊に話を聞きながら顔を洗う。風の精霊がユウヒの濡れて垂れ下がった前髪を弄んでいると、そこへ褐色のスキンヘッドを輝かせるオアシスの警護隊長が姿を現す。どうやら朝の一悶着について事情を聞きに来たようだ。
「あー、俺が寝込みを襲われてると勘違いした子が刃物を持った仲間を鎮圧しまして」
「それは、よくわからんが状況次第じゃ誰でも勘違いするんじゃないかな」
「ですよねー」
ラフな格好の警護隊長に目を瞬かせたユウヒは、何をどう説明しようか少し悩む様に首を傾げると、精霊の話などをぼやかして簡単に説明するも、ジャノアの訝しげな表情と言葉に傍から見たら鎮圧されて当然とも言える状況を再認識して困った様に笑う。
「それで、このあとの予定をお聞きしても?」
特に機嫌の悪い様子でもないユウヒに眉を少し上げたジャノアは、今後の予定が気になるらしく少し小さな声で問い掛ける。周囲にはオアシスで一晩過ごした者達が思い思いに水を使っており、警護隊長としてはあまりユウヒの存在を吹聴するようなことはしたくないようだ。
「シャラハさんの帰国に一緒することになりました。あれですか? 危険人物の動向調査ですか?」
「そう言うわけでは、まぁある程度報告は必要ですので」
ジャノアの小声に合わせて返事を返すユウヒは、小声の理由を何となく察して問いかける。一瞬引き攣った口元が問い掛けの返事のようなもので、困った様に肩を竦めるユウヒに声を上ずらせるジャノアは、肩を落とすとつるつるの頭を撫でつけながら眉を八の字に歪めた。
「冗談ですよ、そう言えば俺も教えてほしい事があって」
「なんでしょう? 私にわかる事なら何なりと」
持て囃されると同時に畏れの対象でもあるらしい魔法使い、そんなユウヒを前に内心緊張しているジャノアは、ユウヒの笑みにほっと息を吐くと大げさに胸を張って見せる。
「昨日のワームの外皮と牙がまだ余ってるので、買い取ってくれそうな人いませんかね?」
「商人でしょうか? それならそうですね……今からご案内しましょうか?」
ユウヒの教えてほしい事は、素材の買い取り等をジャノア達オアシス警護兵でもやっているかと言うもので、どうやら彼らはそう言った買い取り等はやっていないのか、ユウヒの問いかけにすぐ商人の名を上げた。オアシスにはお店があるのか、それとも偶然オアシスに立ち寄っているのか、そこまで案内すると言うジャノア。
「え? お忙しいのでは?」
警護隊長ともなれば朝から何かと忙しいものなのではないかと、少し申し訳なさそうに彼の姿を見るユウヒ。
「ははは、オアシス警護隊長の仕事はそれほど多くないですよ」
「それじゃお願いします」
彼は布の服に足元はサンダルと、ラフと言ってもずいぶん簡素な出で立ちで、どうにも起き抜けの様な雰囲気を漂わせる。仕事で話しかけてきたわけでは無く、顔を洗いに来たついでに話しかけてきたのだと理解したユウヒは、彼の提案を快諾すると小走りで荷物を取りに戻るのであった。
一本の毛も無いジャノアが、その頭を水桶に突っ込むと言う豪快な洗顔を行った後、豪快に頭と顔をまとめて拭きながらユウヒを案内したのは、シャラハ達の借りたタープより幾分小さなタープがいくつも張られた一画。
「ほうぅこれは、本当にスローターワームが出たのですね」
「よくそれだけでわかりますね?」
そこには何台もの馬車が並び、大小様々な天幕がいくつも張られている。どうやらそれらは長期滞在者用なのか商人とはそう言うものなのか、生活感の漂う馬車の一つに案内されたユウヒは、ジャノアの口添えで少し使っただけの素材を査定してもらっていた。
「ははは、調べる道具は色々ありますのでな」
「へぇ」
円筒状のルーペらしきもので革の表面や層になった部分を見て、木槌のような道具でワームの牙を叩く恰幅の良い男性は、すぐに顔を上げるとユウヒの持ってきた素材から噂話を思い出しじっと見詰める目を細め、ユウヒの感心した様子に顔から力を抜き楽しそうに笑う。
「スローターワームの牙は武器や宝飾品など用途が多いですし、外皮は盾や鎧の表面装甲などに需要がありますのですぐ買い手もつきます」
「ふむふむ」
「全部で小銀7枚でどうでしょう?」
ワームの牙は使用用途が多くまたユウヒが持ってきた外皮は残った部分だけでも大きく使い勝手が良いのか小銀7枚と言う値段が付いた。小銀がどのくらいの価値なのか知らないユウヒの隣ではジャノアが無言で顎を扱いている。
「それで大丈夫ですか?」
「ええ、十分利益は出ます。特にこの牙は大きく傷も少ないのでどこでも売れそうですな」
じっと恰幅の良い商人の男性を見詰めていたユウヒは、顔から力を抜くといつもの覇気を感じない表情で小首を傾げて問いかけ、その言葉に笑みを浮かべる男性は十分な利益が見込める値段だと話す。
「わかりましたではそれで」
「少々お待ちください。すぐ用意しますので」
特に質問も交渉もすることなく了承するユウヒに益々笑みを深める男性は、皮や牙を馬車の一部を改造して作られているのであろう展開型の店先の机に置くと、足早に店の奥へと消える。
「交渉しなくて良かったのですかな?」
「特に悪意は感じなかったので、それに少しでも高く買ってもらおうと言う気も無かったですからね、荷物が売れたらいいなくらいで」
「ふむ、欲が無いのですなぁ」
嬉しそうな商人の背中を見送るユウヒに目を向けたジャノアは、じっと見つめながら交渉しなかったことについて不思議そうに問う。どうやらユウヒ行動は、高く買い取ってもらう気が元々なかったことと、相場が解らない状態で下手に交渉するよりも勘に任せた方が良いと思ったからのようだ。欲が無いと言われるユウヒは困った様に眉を寄せると、店の奥から小走りで戻って来る商人の男性に目向けた。
「あまり欲張っても良い事ないですから」
「確かにそうですな! 欲張っても良い儲けは出来ません。ユウヒ殿は商人と言った感じではないですが、冒険者か探索者と言ったところでしょうか?」
二人の話を聞いていたのであろう商人の男性は、ユウヒの言葉を全肯定すると机の上にそっと銀貨を載せた木製のトレー置く。小さな四角い銀貨が小銀と言われるものなのであろう、四角い銀貨の枚数を数えるユウヒは彼の問いかけに何と答えようか少し悩む。
「この方は魔法使い殿なのだよ、昨日のスローターワームを追い払ってくれたのも彼だ」
「なんと!? これはご無礼を」
しかし、彼が冒険者か旅人かで悩んでいる間にジャノアが代わりに魔法使いと紹介してしまう。
あまり騒がれたくないと思っていたユウヒであるが、それ以上に魔法使いと知らずに無礼を働く方がこの地の人々にとって大問題である。案の定ユウヒが魔法使いだと知った男性は目を皿のようにかっぴらくと、首が飛んでいくのではないかと思えるような速度で頭を下げ、周囲の人間も目を見開き固まるものが多数、しかしすぐに視線を逸らして何も聞いていないと言いたげに身を正す。
「特に無礼も無いですよ、普通でお願いします」
昨日から同じような事を何度も言っているなと、銀貨を数えていた手で頭を掻くユウヒは困った様に笑い、普通で頼むと男性に声を掛ける。
「ありがとうございます。こちら小銀貨7枚でございます」
「ありがとうございます」
ジャノアの紹介以降、周囲の人間は耳を澄ませており、商人の男性とのやり取りにほっと息を吐く。どうやら魔法使いと言う存在は、魔法士にとっては憧れの存在であるが、商人などからは畏れられる度合いが強く感じられ、その理由を聞こうかと思ったユウヒはその先に良い未来を感じられず早々にその場を後にする事を選ぶのであった。
いかがでしたでしょうか?
朝から精霊が一騒動起こし、その原因となった者は主に怒られ、ユウヒは砂の海のお金を手に入れる。慌ただしい彼らはシャラハの帰路へと歩きだす。そんなお話を次回もお楽しみください。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー