第89話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「ありがとうございました聖人様。このお礼は必ずお返ししますので何時でもまた来てくださいまし」
ユウヒの目の間には数十人の人間が頭を下げている。嬉しそうな避難民の一方でユウヒの笑みは引き攣っており、その視線はあちこちに彷徨う。よく見ると彼の周囲には精霊が集まり可笑しそうに笑っていた。
「……とりあえずは復興頑張ってください」
まさか早朝からお礼を言われるとは思っていなかったユウヒは、さらに何十人もの人が集まって来たことに気恥しさを感じている様で、大したことをしたつもりのない彼は代表してお礼を述べる老婆に困ったような表情で笑い掛ける。
「これだけやって頂けたのです。すぐ生活を再開して見せますとも、やれるねあんた達!!」
『おう!!』
老婆強し、どこからそんなドスの効いた声が出て来るのかと驚くユウヒを前に、鼓舞された避難民は一斉に声を上げるのであった。
「それじゃ」
「お気をつけて」
『せいじんさまー! おきをつけてー!』
騒がしくなる一団に小さく頭を下げるユウヒは、バイクに乗るとフードを被り、その姿を確認したイトベティエ達の馬車は移動を始める。どうやらユウヒを見送りに来た村人たちに気を利かせて待っていたようだ。
「……また新しい呼び名が増えてしまった」
「当然ですよ、この状況であんだけ飲み水を支援してるんですから」
ゆっくりバイクを進め始めたユウヒの隣に護衛の兵士が鱗馬を寄せると、すっかり定着してしまった聖人と言う呼び名に溜息を洩らすユウヒに笑いかける。最初は魔法使い相手に緊張していた彼らも、ユウヒの為人を見て心の壁を薄くすることが出来たようだ。
「しかもあんなガチガチの地面まで、感動しました!」
「まぁついでなので」
「「……」」
ユウヒを挟んで反対側に寄ってきた護衛兵士が言う様に、ユウヒは早朝からまた一騒動起こしていた。
ついでだと言うユウヒに驚き目を見合わせる兵士二人。彼らが驚くのは仕方ない。何故なら彼らの見る目の前でユウヒはぬかるんだ田舎道を舗装された石の道に変えてしまうと、避難民の声を聞いてついでとばかりに周囲一帯の地面を固く舗装してしまったのだ。
ただ地面を押し固めただけであればこれほど驚くことは無かったかもしれないが、しっかり水が効率的に流れる溝や全体的な傾斜も計算して舗装した辺り、完全にやり過ぎと言えるのだが、ユウヒにとってはついでの範疇であった。
「それでは少しスピードを上げます。最後尾の警戒お願いします」
「了解です」
馬車の中でブレンブが呆れ、イトベティエが笑い続けているなど知る由もないユウヒは、警護隊長の声に手を上げ答えると、ウォーターアブソーブを起動させ、離れて行く護衛兵士の後ろをほんのちょっとだけスピードを上げて走り始める。
ユウヒが高所の涼しい朝の空気を大きく吸っている頃、スタールの街に作られた臨時の復興集会所には悲しみに満ちた表情の女性が立っていた。
「悲しい知らせがあります」
椅子とテーブルが大量に置かれ、好きに使って良い布の屋根と簡単な壁だけの集会所に立つ女性の周りには、鎧や外套を身に纏った男女がたくさん集まっている。
「どうしたんですかい? 朝っぱらから」
悲しそうに話し出す女性に声を掛けるのは、ユウヒがスルビルを発ってすぐに出会った冒険者の男性、そして悲しそうな女性はそんな冒険者達と合流した女性騎士、元々部隊同士で交友があったのか、仲の良いい冒険者と騎士の部隊は特に別れることなく混ざり合う様に席につき、三叉路オアシスからユウヒを追いかけてきた女性騎士の言葉を待つ。
「魔法使いは王都へ発ちました」
そして呟くように小さな声で語る。彼女達が探していた魔法使いはすでにスタールを発ったのだと……。
どうやら魔法使いがスタールに居ることまでは突き止めていた彼女達であったが、スタールの復興作業を手伝っている間に目的の人物、もといユウヒに逃げられたようだ。
「そんな! いつの間に……」
「我々が復興作業を手伝っている間に、あっという間に決まったそうです」
「やっと見つけたと思ったのにねぇ……」
驚きの声が上がる中、騎士の女性は項垂れるように呟き、その姿に頬杖を突いた冒険者のリーダーは疲れた様に呟き大きく息を吸って吐く。彼女のその仕草に複雑な表情を浮かべた女性騎士は、ジト目で見詰めながら口を開くも、それより早く男性冒険者が振り向いて話し始める。
「姐さんが舌なめずりしてるからじゃないですかい?」
どうやらユウヒの居場所を確認したにもかかわらず、彼の元を訪ねなかったのは冒険者側のリーダーである女性に問題があったようで、彼女の部下は皆一様に頷いて見ていた。
「やっぱほら……綺麗な体で、会いたいじゃないか」
その理由は彼女の格好、復興作業を手伝っているうちに随分と汚れてしまった彼らは清潔を心がけても尚、髪は荒れて軋み、肌も荒れて誰も化粧などしていない。騎士たちはまだ多少マシな程度で、冒険者たちの装備はすっかり汚れている。その汚れは綺麗にするのに一日は掛かるだろう汚れ方だ。
そんな汚い姿で会いに行きたくない。それ故にすぐ会いに行かず、それが部下から舌なめずりと揶揄されている理由だった。
「そう言うとこ乙女よね」
「賛同したのはどこの誰だったかね?」
「……何のことかしら?」
また身嗜みを気にしたのは冒険者のリーダーだけではなく、騎士団の隊長もまた同様の様で、じゃれ合うようなツッコミに目を逸らすも、逸らした先では部下の男性騎士たちが何とも言えない表情で待ち構えている。
「どっちもどっちって事だよな」
「んだんだ」
逃げ場が無く表情を硬くする女性騎士を見上げる仲間たちは、騎士も冒険者も関係なく頷き合って、木製のジョッキに注がれた僅かにアルコールの香りがする弱い酒をぶつけ合う。そんな珍しい光景は周囲の注目の的であり、ひそひそと噂する声が聞こえてくる。
一方で、鬱憤が溜まっていそうなそれぞれのリーダーとは違って機嫌のよさそうな男女が二人、フードの奥で笑みを浮かべお互いに何やらこそこそと相談をしていた。そんな小さな声でも楽しそうな雰囲気は周囲に漏れており、圧を感じる視線に気が付くと二人そろって顔を上げる。
「……私たちは、まぁ結構充実してましたけど」
「あぁ、あれは素晴らしい魔法だった。痕跡を見ただけでも圧倒的差を感じて身が震えたよ」
「良いわね魔法士は」
彼らは冒険者である魔法士の二人、ユウヒの魔法を目の当たりにして惚れこんだ人間、と言うよりもユウヒの魔法を見て心が震えない魔法士はいないとも言えた。
そんな二人にとってはユウヒの魔法はその痕跡だけでも十分楽しめるスポットと言え、腕の良い魔法士ほど魔法の残滓には敏感で、スタールの外壁を囲む様に作られた魔法の石壁を見て回る二人は、傍から見ても非常に楽しそうであったとはこの場に居ない石切職人の談である。
「今日は植樹の手伝いに行ってきます!」
「聞いた話によると苗にも何かの魔法をかけているそうで、楽しみです!」
「……くっ!」
嫌味にも気が付かないほどテンションの高い二人は、それまで潜めていた声を大きくして今日の予定で盛り上がり始め、嫌味を洩らした女性騎士は部下から生温い視線を向けられ悔しそうに呻く。
ニコニコと笑みを浮かべ魔法談義に花を咲かせる二人に溜息を洩らす冒険者のリーダーは、その視線を女性騎士に目を向ける。
「おっかけるかい?」
そして短く問いかけるが、
「……職務放棄できるわけないでしょ」
「真面目だねぇ」
返ってくるのは悔し気だが真っ直ぐとした返答、この女性騎士はしっかりとした芯を持つ真面目な女性の様で、いくら趣味とは言え職務を放棄するつもりは無い様で、そんな女性に冒険者のリーダーは肩を竦め、その姿に周囲は微笑む。
何故なら真面目な彼女に付き合う彼女もまた真面目で、また人情を大事にすることを周囲は知っているからだ。
「良いんです。今日は残りの盗賊を捕まえますよ」
「面倒だねぇ」
しかし今日の予定を聞いて、脱力した様に突っ伏すと周囲からは苦笑が漏れ聞こえてくるのであった。
騎士と冒険者、それはあまり仲の良くない代名詞の様な関係にもかかわらず、妙に仲の良い彼らが盗賊の捕縛に動いている一方で、その日も馬車を走らせ日暮れを迎えたのはイトベティエ一行。
「盗賊ですか?」
今日の報告と明日の予定が話されるテーブルを囲む彼らは、ユウヒから盗賊と言う言葉を聞いて少し驚いた様子だ。
少数とは言え、護衛付きの貴族の馬車を襲う盗賊は少ない。少ないとは言え無いわけでは無いが、リスクはかなり高いため特別な理由がない限り珍しくはある。そしてイトベティエには思い当たる節が無く、彼女に目を向けられたブレンブも首を傾げた。
「はっきりとはまだ分からないですけど、付いて来てるんですよね」
「今も近くに?」
「ばか落ち着け」
スタールを出発してここまで何かを気にしていたユウヒであるが、どうやら遠くから後を着いてくる人影を気にしていた様で、今も近くにいるのかと焦る若い兵士は同僚に頭を押さえられ叱られている。
もし盗賊の接近に気が付いたことを悟られれば、警戒して引いてくれることは少なく、脅威度を上げる事で襲撃を行う人員を増員されることもある。油断してもらった方が対処しやすいのだ。
「今は少し離れた場所に集まってるみたいですね。今精霊達が見に行ってるみたいです」
盗賊なのかそれ以外なのかよく分からない人間達の居場所は、ユウヒの魔法によって常に補足されている。また精霊も協力している様で、それは正直その追跡者が可哀そうに思えるほど厳重な監視網であり、イトベティエもそう思ったのか引き攣った様に微笑む。
<!>
「あぁ盗賊みたいですけど、元兵士みたいですね」
「なに? どこの兵士だ」
その監視網は本格始動早々に力を発揮したらしく、風の精霊が数人ユウヒの後頭部に飛び込んでくると、わちゃわちゃと調べてきた情報を伝える。それはただ見てきただけの情報ではなく、精霊の情報網と連携した確度の高い情報だけを抽出した情報で、現代社会の本格的な調査会社も真っ蒼な精度だ。
ユウヒも苦笑いが思わず洩れている。
「この国の兵士の様ですけど、間違いない?」
<!!>
<!>
<?>
≪!!≫
「え?」
ユウヒの問いかけに対して風の精霊だけでは無く、彼女達に連れてこられた様々な色の精霊が一斉に話し始める。普通なら聞き取れない津波の様な精霊の意思は、ユウヒの魔法を通して整理され、ユウヒが認識できるもの以外も視界に次々と箇条書きで流れ込んで来る。
その情報を耳にし目で見て確認するユウヒは少し驚いたような声を洩らした。何やら気になる情報が齎されたようで、少し考え込む様に目を瞑るユウヒ。
「どうされたのですか?」
「いや、それが……本当に?」
<!>
「うーん」
どんな情報を耳にしたのか、短く問いかけるユウヒに少し赤身のある茶色の精霊は瞬いて答える。言葉以外のユウヒの意思を感じて人より深く相手の言葉を理解する精霊の返事は「是」であり、その返事にユウヒは眉を上げ、すぐに顰める。
一方、追跡者達は低木と岩に身を隠しながらユウヒ達を監視しており、自分たちがユウヒに気が付かれているなど思いもしていない。
「アイツだ……間違いねぇ」
「どうした?」
「俺は降りる」
それほどまでに隠密行動に自身がある彼等であるが、その中の一人は望遠鏡を手にユウヒの顔を確認すると、険しい表情で呟き急に降りると言い出す。
降りるとは、前提としてユウヒ達を襲うために彼らは集まっていると言う事であり、その襲撃を止めると言う事だ。そんなこと許されるわけもなく、それは当然降りると呟いた男も分かっている。下手すればその場で口封じもあり得るが、隠れている場所は割とユウヒ達に近く、襲撃者たちも音が出る様な行動は起こせない。その事をわかっていての行動のようだ。
「おいおい、ここまで来て何言ってる? 馬鹿かお前」
「馬鹿でもいいさ、あんな危険な野郎相手に出来るか」
暗がりで暗い色の服に暗い色の外套を身に纏う男達の会話を聞く限り、降りると言った人間は相手が危険な相手である事を知っている様で、野郎と言う事は危険な人物とは男の事のようだ。
「危険だぁ? あぁ、遺物乗りか」
危険な男と言われて遺物に乗っていた冒険者を思い浮かべる男は、馬鹿にしたような笑みを浮かべて笑う。トルソラリス王国の人間にとって人が乗るタイプの遺物は気味の悪いものと言う認識がある。それ故に遺物乗りを専門に襲う盗賊はそれほど多くない。むしろ大して金にも出来ないので嫌厭される相手だ。
「何だ怖気付いたか、この辺の遺物乗りなんてたかが知れてるさ」
「前に襲った奴なんてちょっと小突いただけで真面に動かせずに壊れたからな」
だがここにいる盗賊は以前にも遺物乗りを襲ったことがあるらしく、その成功経験から遺物乗りに対する警戒心は低く、今回も以前襲った遺物乗りと大して変わらないと思っているようだ。
「遺物もちいせぇしな、それに遺物が動かなきゃ雑魚なんだ。気にすんなって」
むしろ遺物の大きさから問題なんてないと高を括り、遺物乗り対する偏見が常識であるかのように笑うとニタニタとした笑みを浮かべている。
「そうだ、こっちには魔法士までいるんだからな、それに魔法士殺しもある」
特に彼らを増長させている理由は魔法士の存在、魔法を使う人間はそれほど多くないが、そのすべてが真っ当な人間と言うわけでは無い。むしろ派閥争いなどから身を崩す者はトルソラリス王国では多く、魔法士の盗賊なんて言うのも珍しい話ではない。
また彼等には秘密兵器もあるらしく、懐を手の平で叩く姿を見るに携帯型の武器のようだ。
「馬鹿が、俺は降りるあばよ!」
それでも尚、降りると言った男は頑なで、その場から逃げるように姿を消した。彼の戦力分析では絶対にかなわない相手であるらしく、その事に周囲の男達は苛立ちを深める。
「おい!」
「良い、殺すのは後でも出来る。今は奴らだ。行くなら今しかない」
息を潜めながらも声を荒げる男をリーダーなのであろう男が声で止めた。腰抜けよりも今は大事なことがあると前に目を向ける先では、テーブルやいすが片付けられ次々と灯りが消されていく。
「ちっ……わかった行こう」
小さな焚火とその前に座る一人だけの護衛兵、警戒心の無い貴族一行に舌なめずりする男は、小さく舌打ちをする男に呆れた表情を浮かべると、腰の得物を手でしっかり固定し動き出すのだった。
いかがでしたでしょうか?
盗賊が襲い掛かる事を知っているユウヒ達はどうするのか、次回もお楽しみに。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




