第88話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ブレンブが村の代表と交渉し、今日の宿営地を決めている頃、ユウヒは周囲の警戒を兼ねて避難民の中に紛れていた。
「この辺りは岩盤がしっかりしてるから助かったんだな」
村からの避難民とバザールからの避難民は綺麗に分かれているが、だからと言ってまったく交流が無いというわけではなさそうで、ユウヒの周りにも高台から低所の村を見下ろし項垂れている人やこれからについて話している人々が見受けられる。
「不幸中の幸いと言ったところだが、どれだけ被害が出たのか死んだのか……」
高台の地盤は巨大な一枚岩の様に頑丈で、鉄砲水で地面が抉られること無く助かったようだが、鉄砲水が通り過ぎた柔らかい地面はずいぶんと深くえぐられており、事後の損傷を見るだけでも村の被害が相当なものだったことが想像できた。
その想像がどの程度当てはまるのか、神妙な表情を浮かべるユウヒに精霊は囁くも、そんな声より大きな声が隣から聞こえる。
「半分だ」
「ん?」
その声は男性の声で短くはっきりとした声だが、深い悲しみとあきらめにも似た感情が声から伝わってくるようだ。
「村の人間は半分持ってかれた。たぶん今もあの泥と瓦礫の下か、もっと先まで流されたか」
「そうですか、これじゃ助けようがないよな」
男性は村の人間なのであろう、村の代表になっている男性より年上の中年ぐらいの彼は、背中を丸めて座り込んだままユウヒの疑問に答える。それは親切などと言った感情からの言葉ではなく、ただ誰かに聞いてもらいたいと言った助けを求める様な、後悔している人間の言葉であった。
「あぁ、なんでこんなことに……」
ユウヒの返事に顔を歪める男性は座ったまま体を深く丸めて体全体で俯く。
「大丈夫ですか? 顔色が随分悪いようですが」
「ちとな、腹ぁ下してよ……下の水を飲んだんだがどうもよくなかったみてぇで」
そんな男性の顔色は非常に悪く、よく見ると手はずっとお腹を押さえており、どうやら良くない水を飲んでお腹を壊しているようだ。体調不良により余計に心が下を向いていたらしい男性は、心配そうなユウヒの言葉に汗の滲む顔で苦笑いを浮かべて見せる。
「色々なものが混ざってるでしょうから煮沸しないと良くないですね」
「きれいな水もねぇし、使える薪も少なくてな、あんたら商人とかじゃないのか? なんか分けてもらえないか」
波のように押し寄せては引いて行く腹の痛みに耐えて少し楽になったのか、背中を少し伸ばして話す男性は、村に来た一団であろうとユウヒを見上げると、商人か何かだと思ったのか取引を求めた。
「商人ではないんですよ、俺も冒険者ですし」
「そうか……」
しかし元商人とは言えブレンブは貴族である。村人なんかが取引なんて求めようものなら無礼だと罰せられかねない相手であり、その事を話せば男性の体調はより悪くなりかねない。ユウヒ自身も冒険者であり、その事を聞いた男性は力なく項垂れた。
「あぁでも、水なら分けられますよ? 入れ物があれば」
「本当か!?」
しかしユウヒは唯の冒険者ではない。だいぶ頭のおかしい冒険者で魔法使いである。被災地での施しなど余計な争いを生むだけであまり推奨される行為ではない。大きな組織として行う救援ならまだしも、個人で行えば危険なことだってあるが、そこは魔法使いのユウヒ。
「ええ、俺の分なら」
「まってろ! 空の水樽ならいくらでもあるんだうっ! いたたた……」
精霊達からの囁き声で何とかならないかと言われてしまえば、何とかしてみようと思ってしまうお人好しな彼は、念の為にと持って来ていたバックの中の吸水装置を指先で確認すると、反対の手でよろめく男性を支える。
「とりあえず、これ飲んでください」
金色に光る目で男性を見詰めるユウヒは、小さな溜息を一つ洩らすとバッグの中から陶器の小瓶を一本取り出す。
「これは?」
「お腹の薬です」
小瓶の中身はお腹専用の回復薬、整腸作用と浄化効果があり、さらに損傷した胃壁などを迅速に修復する薬を男性に渡すユウヒ。そんな小瓶はスタールの代官所の一室に箱で置いてあり、年中腹痛に悩む代官が手放しでお墨付きを与えるほどに効果的な腹痛即時改善薬であった。
それから小一時間後、ユウヒを呼びに来たイトベティエ達が見た物は、
「これは、ユウヒ様?」
「あぁキャンプ地は決まりました?」
避難民により作られた長蛇の列と、その先端で容器のサイズからは考えられないほど大量の水を注ぐユウヒ。
「ええ、それで呼びに来たんですが……これは?」
妙に行儀よく一列に並ぶ避難民は、ユウヒから注がれる水を自前の容器で受け取ると彼を拝み列を離れ、また一人ユウヒを拝みながら容器を差し出し水を注いでも貰う。その普通の給水の様で普通ではないやり取りを前に、イトベティエとブレンブ、護衛の兵士までも目を丸くして驚いている。
「飲み水が欲しいって言うから分けてるとこです」
「分けているとおっしゃいますが、それは魔法ですか?」
先ずもっともおかしいのが給水している水の量、すでに何人もの避難民に水を分けているユウヒであるが、彼が持っている給水タンクより避難民が持ってくる水樽の方が明らかに大きいにも拘らず、一度も注ぎ足すことなく水樽を満たし続けている。
「これは宝玉をいくつか拝借して新しく作った水タンクです」
「宝玉!? なんちゅう危険なものを!!」
「その辺は解決済みですよ、じゃなければ使いませんって、はい次のひとー」
それを可能にしているのがウォーターアブソーブの大本となっている宝玉。現在進行形でトルソラリス王国に甚大な被害を与えている原因の宝玉は、ユウヒによって魔改造されて便利に使われている。
そんなものが目の前で使われていると言われれば、ブレンブでなくても叫んでいたであろう。
「ありがとうごさいます。ありがとうございます」
しかし、給水を終える度に拝まれるユウヒが膨大な魔力を使い全力で魔改造した宝玉が、元になった宝玉と同じ運命を辿るわけがない。
「危険はないのですか?」
「ええ、安全対策は二重三重に加えてますから。婆ちゃんこれだけで良いのか? まだ余裕あるから必要なら言いなよ?」
複数の宝玉を一つの宝玉にまとめ上げる事で高い耐久性を確保し、さらに内部空間の容量を減らし、余ったリソースで何重にも安全対策を施したことで無駄に耐久力の上がった宝玉。その安全性はアミールも太鼓判を押すであろうレベルであり、同時に呆れる性能である。
「ありがとうございます聖人様」
「冒険者だよ?」
よって、今もユウヒを聖人様と言って拝むお婆さんが危険な目に遭う事もない。
また、彼ら避難民と言う生き物は、通常行儀よく列を作る事など無く、イトベティエ達にとって給水するユウヒ以上に驚くべき状況であるが、彼等も当初は列を乱し我先にと水を求めていた。何故ならユウヒが持っているタンクはそれほど大きくなく、一人二人に給水して終わりと言った量にしか見えなかったからだ。
それがどうであろうか、列を乱しながらも水を注いで貰った人々はあまりにおかしい現実を直視することとなる。そう、いくら注いでも、注いでも、タンクから水が途切れることが無かったのだ。まるで餌を貰えると喜び勇んでやってきた犬が、想像の何十倍もの餌を与えられ腰が引けるように、人々は異常の前に閉口し、怯え、畏れ始めた。
「これに入れてくれ!」
「あんた欲張り過ぎだよ!」
その結果、ユウヒは奇跡を起こす聖人様だとあっという間に広がり、同時に畏れられたことにより、避難民が互いに注意し合うことで妙な団結力を生み出す事となったのだ。
「ばっか! みんなの分だよ! このくらい余裕だって言うから」
「いけるいける、全然余裕だよ」
「ほらあ!」
今も人の身長より大きな水樽を持ってきた腹下し男が奥さんに叱られているが、それを鍛えられた営業スマイルで受け止めるユウヒは何の問題も無いと言って列を指さす。
空間連結システムと言う、ユウヒ独自のちょっと危ない名前の技術によって、彼の隣に鎮座するバイク内部とタンクの中二つの宝玉の内部空間が共有されているのだが、このことが原因でユウヒの思った以上の容量を獲得した宝玉には、避難所を三度押し流し流す事が出来るだけの水が保管されている。
「ほらじゃないんだよ!」
「やめ、腹はやめ!?」
もしその事を知れば、イトベティエ達が再度恐れるであろう事はユウヒも理解しているので、あえて触れない。彼自身そんなことになるとは思っておらず、ここに来るまでの間におかしいと思って金色の右目で調べて初めて知った事である。
「騒がないでください危ないので」
「恥ずかしいことするでないよ!!」
「「……はぃ」」
そんなトンデモ魔法具であるが、現状役に立っているのでユウヒにとっては結果オーライと言ったところの様だ。
給水の列はそれからさらに二時間ほど続き、その間もユウヒの持つ小さめの給水タンクから水が途切れることは無く、その光景を目の当たりにした避難民は口々に奇跡を見たと噂し、その噂に乗ってユウヒと言う聖人の噂も広まっていくことになる。
「なるほど、そう言う魔道具なのですね」
「いやしかしだな、遺産や遺物級の魔道具をそんな簡単に……」
一方そんな聖人ユウヒは、夕食の席で困惑するイトベティエ達に宝玉改の説明を終えたようだが、説明を聞いた彼らは困惑した表情を隠せず、ブレンブはどんどんと崩れて行く自分の常識を必死に保とうとするも、自分でもそれは無理だと思っているのか頭を抱えている。
「帝国は量産してますよ?」
だがユウヒとしては、遺物の様な魔道具をすでに帝国と言う国が量産しているとあって、特に可笑しなことではないと言った感覚でいるらしく、その言葉には少し離れた席で食事を共にし聞いていた護衛の兵士達も頭を抱えた。
「それは、まぁ……いやいやまて、量産していると言う事はしっかりとした工房や工場があるからであってだな?」
思わず納得しそうになるブレンブであるが、彼が言う様に前提が全く違う。
一国が何かを作るのと個人が何か作るのとでは規模が違ってくるのは当然として、何より帝国が作れた物はユウヒも評価する様に欠陥品、ほぼ完成された形の魔道具を作れてしまうユウヒとの間には越えられない壁が明確にある。
「まぁそこは魔法で?」
「そんな便利な魔法があるか!」
「あなた、落ち着きなさいな」
第一、その完成品も複数の遺物級魔道具と並行して作られているのだ。その事を知っていれば誰だってツッコミを入れたくなって当然だが、ユウヒにとって魔法はそれほどまでに万能な技術である。
ユウヒ自身なんでもできる技術など早々ないと思っているのであろうが、そこはアミールから貰った力、神様がくれた力に出来ない事など無いと言う思い込みと言う深層心理が、彼の魔法の精度を高めているようだ。
「う、うむ……その魔道具は量産できるのか?」
努めて思考を放棄しているイトベティエに諫められ、浮いていた腰を椅子の上に下ろすブレンブは、組み立てテーブルを挟んだ対面に座るユウヒの問いかける。量産は出来るのものなのかと、それが出来るか出来ないかで脅威度は遥かに変り、対応にも差が出るので彼の心配は正しい。
「出来なくはないですけど面倒ですね」
「……面倒で済むのか」
「安心してください。他に作る気はないですよ、安全なのは俺が使うと言う前提もありますから、何でも使い方が悪ければ問題が出ます」
結果は量産可能、寧ろ面倒だと言う程度で可能と言う事にブレンブは乾いた咽で唾を飲み込むが、苦笑いを浮かべながら話すユウヒの言葉に複雑な表情を浮かべる。
「なら……よいのだが、あの光景を見たらな」
「そうですね……」
他国にその利益を流すくらいならば、と様々な思考を巡らせていたブレンブであるが、ユウヒの軽い言葉に毒気を抜かれたのか、強張っていた顔から力を抜いて小さく息を吐き、隣で引き攣りそうになる顔に微笑みを浮かべていたイトベティエも頬に手を添えながら困った様に呟く。
一方でユウヒは他の事が気になっているのか、チラチラと視線を彷徨わせながらテーブルの上の野菜炒めをフォークで刺す。
「何がしたかったのか、美味い」
大きめに切られた野菜は避難民が水のお礼にと持ってきたもので、その野菜を洗ったり調理するのにもユウヒの水は使われている。そんな野菜はユウヒの口にもあったらしく、不思議な食感の野菜と香辛料の香りにユウヒは自然と呟き、その言葉を聞いたサヘラは嬉しそうに微笑む。
「もっと食べてくださいね!」
「うん……」
そこに居るのは、どこにでも居そうな美味しそうに黙々と料理を食べる青年の姿、とても遺物級の魔道具をほいほい作ったり、街一つを災害から守る魔法を使う魔法使いには見えない。
「……(普通の青年なんだよなぁ? どう言う人生を歩めばこんな魔法使いになれるんだ)」
「……(……いけないいけない。あまりに可愛い表情を見せるから変な事を、でももう少し若かくて未婚の頃なら色々考えて迫ってたわね)」
「ん?」
いったいどこをどうすればこの様な人物が生まれるのか、思う疑問は同じでも感じる感想はまったく別の二人の視線に、ユウヒは不思議そうに目を瞬かせ、良く分からないと言った表情で見た事もない野菜の料理を堪能するのであった。
いかがでしたでしょうか?
認識のずれは妙な影響を及ぼしそうで、気にしてないユウヒは暖かい食事を楽しむ。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




