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第86話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



 宿の女将が少し寂しそうに溜息を吐く。


「寂しくなるねぇ」


「仕方ないでしょ? それに寂しくしてる暇はないんじゃない? 大丈夫?」


 何故なら休暇を貰っていた娘が仕事に戻るからだ。


「あんたに心配されるほど老いぼれちゃいないよ。しっかりやるんだよ」


「別に変わらないよ、ただ王都にはあまり行かないから少し楽しみかも」


 元々サヘラは、イトベティエが治療と視察の為にスタールを訪れている間に実家での休暇を認められていただけで、本来はリステラン家のメイドである。主が帰るならそれについて行くことは当たり前、呼び声が掛かれば宿より優先されるのがメイドの仕事であり、彼女の今の状態はメイドとしては珍しいほどの優遇であった。


 そんなリステラン家で優遇されているサヘラも、王都に行くことは少ないらしく、偶の帰省を終えると言うのに楽しそうである。


「王都ねぇ? 怖い事もあるんだろ? 気を付けな?」


「変なところいかないなら問題ないよ、寧ろ道中が少し心配なくらい。ほら水害がどのくらい影響してるか分からないでしょ?」


 田舎者にとって王都は危険な場所と言う印象が強く、特に貴族が起こす問題はスタール以上と言う事もあって、女の子の親は殊更心配するものだ。


 しかしそれも何が危険か知っていればいいだけの話で、むしろ水害の影響でどんな危険が待っているか分からない道中の方が危険だと溜息を洩らすサヘラ。彼女の言葉に女将も頷いている。


「そうだねぇ、そう言う意味じゃユウヒさんが護衛してくれるのは助かるわ。強いし遺物乗りだし」


「奥様も嬉しそうだったよ、ただ馬車でお話しできないのが問題とか言ってたかな」


 そんな心配な道中も、ユウヒが護衛について行くと言われればずいぶん気が楽になると言う母親に、こちらも嬉しそうなサヘラ。そんな彼女の主はユウヒが遺物で移動することに僅かな不満を持っている様で、魔法使いと話す機会が少しでも少なくなることに残念がっていると言う。


「……何者なんだろうね?」


「わかんない」


 冒険者で遺物乗りで魔法使いで街の英雄で、最近は林の復興にまで手を貸す男ユウヒ。考えれば考えるほどに何者なのか分からなくなる男性に、宿の母娘はそっくりな表情で首を傾げ合うのであった。





 噂をすればクシャミ、それが世界の共通する法則なのか、


「へっぷし!!」


<!!>

<!?>


 盛大なクシャミを放つユウヒは、目の前の精霊達をそのクシャミで吹き飛ばす。


「すまんすまん」


 何度となく同じことを繰り返しているにもかかわらず、毎回吹き飛ばされる精霊は抗議の声を上げるが、その声はどこか笑いを含んでおり、それは彼女達がわざと吹き飛ばされている可能性を示唆している。


「よし、これでいいな」


 そんな漫才の様なやり取りをしているユウヒが居るのは、浅林復興の小屋とスタールの住民に呼ばれ始めた苗木小屋、その周囲には無数の苗木が箱に入れられており、そのさらに外側には農耕組合が周囲を囲う様に柵を作っていた。


「ここは任せた。俺は先に行くから……まぁついて来そうなやつも居るけど」


 全ての準備を終えて最終確認を行ったユウヒは、この場に残り林の復興を見守る精霊達を激励するが、残る精霊はそれほど多く無さそうで、半数は迷っている様子だ。


<!!>

<!?>

<……?>


「なるほど、風の精霊ならどこにいても会いに来れるし、噂も流し放題か」


 それに残る精霊も寂しそうな様子はなく、何故なら風の精霊が居ればいつでもユウヒの噂も仲間の状況も伝わってくるからである。彼女達が寂しがる理由はどこにもない。


「こわいねぇ」


 だがそれは同時に精霊ネットワークにかかればユウヒのプライバシーなど無いと言う事だ。人が気付いていないだけで、地球でも同じなのかもしれないと思った瞬間ユウヒは何とも言えぬ恐怖を感じ思わず呟く。


<!?>


 ユウヒの感情が少し離れた事に気が付いた精霊は慌て始め、怖くないよーだいじょうぶだよーと一斉に声を上げるも、一般にその対応は多くの場面で逆効果である。


「あ、あのユウヒ様?」


「あ、どうもミンテさん。苗は全部そろったのであとはお願いします」


 精霊からじわじわと離れて行くユウヒの心を一時停止させたのは、農耕組合の代表であるミンテ。植林計画の調整の為に小屋を訪れた彼女は、ユウヒの姿を見つけて小走りでやって来たのかほんの少しだけ息が荒い。


 一方で随分と息が上がっているのが精霊達、予想外のユウヒの反応に慌てふためいた精霊達は、思わぬ人物のおかげでユウヒの遠ざかっていく心が持ち直したことにほっと息を吐き、同時にミンテに感謝の声を上げるのであった。


「は、はい! 大事に植えさせてもらいます!」


 ユウヒにしか聞こえない精霊の声はミンテを讃えており、知らぬところで好感度を上げる彼女はそんなこと知るわけもなく、思わず笑ってしまいそうになるユウヒはその感情が顔に出ないように堪えながら、忙しなく動く兎耳のミンテに微笑みかける。


「精霊達の為にも大きく育ててください。まぁちょっと魔法も掛けてるので、育ちが早いかもしれませんが」


「そんな魔法が!?」


「内緒です」


「は、はい!」


 ユウヒの言葉に一喜一憂するミンテの姿を見ていると、大規模な植林計画を任せて良いものか不安になりそうで、実際にスタール市民の間ではそう言った声も出ているようだ。しかし彼女を取り巻く精霊の姿を見ているユウヒは、若干の心配はあれど失敗することは無いだろうと言う感想を持った様で、彼女を見詰める彼の表情に不安は無い。


「あと、もし森の奥に入ることがあるならなんですけど」


 じゃれつく精霊に気が付いていないミンテを見詰めていたユウヒは、小さく頷くと彼女にある話を伝えることにする。それは彼の勘がこれまでのミンテと今の状況を見て大丈夫だと認識したからであった。


「森の奥ですか? 流石にそんな場所で行くことは無いと思いますけど」


 それは森の奥、正確に言うなら聖域について。


「そうですか? まぁそれならそれでいいんですけど、とある建物があると思うのでその一帯は荒らさないでください。精霊達が怒るので」


<!>

<!!>


「せ、精霊様がですか? そこはどんな場所なんでしょう?」


 スタールの森にあるのだから誰かしらには伝えておかないといけないだろうと考えていたユウヒは、何人かの候補の中に彼女も加え、その場で伝えるべき相手へと昇格させた。


 ユウヒの言葉に驚くミンテの周囲では、精霊達がユウヒの言葉に頷き微笑んでいる。精霊達もまたユウヒの選択に異を唱える事は無いようだ。


「建物一つと果樹園があるんですけど、聖域とかそんな感じなので」


「せ!? ……精霊のたまり場、そんなまさかこんな場所に? 本当ですか?」


 聖域と言う言葉から彼女は精霊のたまり場と言う場所を想起した。それはスタールに住む人々の認識とは少し違う、彼女の種族特有の認識であろうか、精霊達はその言葉に頷いて同意している。


「色々ありまして」


 精霊達が問題ないと頷くなら良いのだろうと、特に訂正することなく頷き色々あったのだと話す苦笑を漏らすユウヒ。


「そうですか、その事は他の方には?」


「まだ言ってないかな?」


「なんで私なんかに!?」


 そんなユウヒがまだ彼女以外に話してないと言う事実に驚くミンテであるが、そんなもの驚いて当然と言える。聖域などと言うものは限られた人にしか知らされない重要な場所であり、それはトルソラリス王国だけの話ではなく砂の海では誰しも知る常識なのだ。


 それをスタールの役職者の中でも下から数えた方が早いと、自分で思っているミンテに話したのだから彼女の心中は穏やかではない。


「いやぁ精霊達がお世話になりそうだし、困ったことがあった場合の避難所だとでも思ってもらって、今回の水害でも無事なくらいですから」


「ひぇ」


 しかしその考えは、彼女や多くの一般的な人の考え方であり、最も影響のある精霊の考え方ではなく、ユウヒの選択は人よりずっと精霊達の心に寄り添った考え方である。実際にユウヒがミンテに伝えた内容に反対する精霊はこの場にいない。この場に反対する者が居ないなら精霊は基本的にミンテを受け入れるであろう。


「まぁそんな身構えずに」


「……」


 だが目を回すミンテに身構えるなと言うのは無理な話である。聖域とは使い方次第で莫大な富を生み出し、国すら作れる原動力になり、また状況によっては戦争の火種になる存在なのだ。一般庶民でしかないミンテに怖がるなと言う方が無理な話である。


「別に聞かれたら話してしまって良いですし、その結果あの場所が荒れたとしてもまぁ仕方ないかなと」


「そう言うわけには……」


 だがユウヒにとって聖域は偶然できてしまった産物であり、精霊達と意思疎通をとる中でも大事な場所であるとは言え、人の営みによって無くなるのならばそれはそれで仕方ない。そう言う精霊の考えに沿ってユウヒも聖域を認識しており、そんな聖域で過ごす中で精霊とは何度も似たような話になり、その度に無くなったらまた別の場所作ればいいよねと言うところに落ち着くのだ。


 根本的なところで砂の海の住民とユウヒの思考は違っている。それは人と精霊の認識のずれと同じであった。


「荒らさないなら採取も利用も好きにしていいので、また戻って来るかは未知数ですし」


「はぁ?」


 それゆえにユウヒの言動は浮世離れして捉えられ、魔法使いと言う事も相まってミンテの中でより超然とした存在として見られる事になるのだった。


「あ、でもベッドは精霊達が寝てるから気を付けてくださいね」


<!>


 そんな聖域でも最も重要なのは、果樹園でも薬草園でもなくユウヒが寝るために作ったベッド。当初はシングルベッドであったが、精霊達が寝に来ると言う事で拡張され今ではクイーンサイズほどの大きさになっている。


 その重要性は精霊達の反応を見れば明らかであるが、ミンテにはそれが分からない。


「あの、いったいそこには何があるんです?」


 ユウヒの話は頭の上の大きな耳にしっかり入って来ているが、理解が追い付かない。彼女の知識と照らし合わせる事で、ある程度の理解は出来てもその程度、思わず困惑した表情で問いかけるも、


「んー? あれはもう家かな?」


<……!>


 返ってくるのは予想もしない様な返答ばかりなのだ。


「精霊のたまり場に、家?」


 この日、彼女は焦点の定まらない様な表情で農耕組合に戻ると、ぼーっとしながらも仕事を問題なく熟し、躓きそうになりながらも怪我一つなく家路につくのだが、その姿を見ていた人々は彼女に重責を押し付け過ぎたと慌て、普段彼女を小馬鹿にしている職員ですら心配になるほどであった。


 一晩寝て、ある程度ユウヒから聞いたことを自分の中で咀嚼することが出来た彼女は、周囲が妙に優しくなった気がして小首を傾げるのだが、それはまた別の話である。



 いかがでしたでしょうか?


 どこかのミームで見たような状態になったミンテ、思考が宇宙に飛び立つほどのショックを受ける彼女の明日に祝福を。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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