第84話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
早朝、スタールの外壁から出てほど近い恵みの浅林と呼ばれていた場所にユウヒの姿があった。
「よっこらせっと」
歳をとると思わず口から零れ出てしまう掛け声と共に持ち上げ立て掛けるのは大きな木。地面から少し浮いている横倒しの【大楯】には大量の木が載せられており、ユウヒはとても一人では抱えられそうにない木を両手で抱えて下ろし、崩れてこないよう丁寧に積み上げている。
傍から見て異常以外ない光景だが、全ては魔法が解決してくれていた。
「倒木はこのくらいで良いかな?」
そんな積み下ろし作業もこれで三往復目、積み上げられた木は全て鉄砲水で根こそぎ押し流された倒木である。
いくら空調機能付きのポンチョを着ていたとしても、重労働を行えば汗も掻く。バッグから取り出した柔らかそうな手拭いで顔の汗を拭うユウヒは、息を吐き積み上げた倒木を見上げ、そのまま周囲に目を向けるが彼が見渡す先には何もない。
遠くに森、反対側にスタールの外壁が小さく見えるだけでだだっ広い平地が広がっている。それは大量の水で樹々が押し流された後、大量の土砂が流れ込んだことで作り出された平坦な地面であり、樹々の根が抜けてできた穴も長期間水の下にあった事で完全に埋まってしまっていた。
「ただの倉庫だし、木組みに土壁で良いだろ」
恵み豊かな林が見る影もなく寂しい場所になってしまったが、これから林を作るのなら整地された様に平坦な土地は利点でもあろう。
そんな場所にユウヒは今から物置を建てる様で、倒木から折れて落ちていた手頃な枝を一本拾い上げると地面に物置の場所を描いていく。それなりに大きな物置を作るようだが形はシンプルだ。
「地面を固めて……【範囲指定】【プレス】」
地面に倉庫の形を掻き終えたユウヒは、自らの内側から魔力を汲み上げると地面を均等に押し固める。まるで巨大で平らな大岩を空から落としたように、定められた範囲がじわじわと数センチ沈降して行く。魔法が消えた後の地面は均一に均され、最初に描いた線の凹凸は消え、多少土の色が違う程度に残るだけだ。
「穴開け……【穿孔】、あとは合成魔法で」
続いて柱を立てるために穴をあけるための魔法が発動すると、地面に火花が走る。どうやら地面を焼き切る様に穴が開いたようで、ユウヒの合成魔法に反応した地面からは円柱の土塊が浮かび上がり、その代わりにと浮かび上がるいくつも倒木が穴の上へと移動して行く。
またその数本の倒木は移動する間に樹皮が剥がされ、均一に削られ、ほぞ穴が綺麗に開けられていた。ユウヒの妄想と膨大な魔力によって行使される合成魔法は、魔力の渦の中まるで大工魔法と言った方が良い光景を生み出している。
「調整、接合」
しかしその光景を見ている者は居ない。唯一精霊達が倉庫の組み立て作業を楽しそうに見ているが、不思議と周囲の景色が歪んで見えている。どうやら光と風の精霊が目隠しをしている様だが、それはユウヒが頼んだことではなく、彼女達の善意であった。
「窓は……いいか、土で壁を」
あっと言う間に柱が立ち、梁が通され、補強がされ、壁も屋根も綺麗に張られ、それはよく見ないと継ぎ目が分からないほどである。
その頃には精霊の目隠しを外れ、しばらくすれば突然現れた小屋に驚く者もあらわれるだろう。
「うん、まぁこんなもんだな」
<!>
満足気に出来上がったばかりの物置、と言うより納屋を見上げるユウヒと精霊。よく見ると周囲を舞い飛ぶ精霊は妙に上機嫌で、酒に酔ったように淡いピンクの燐光を洩らしてフラフラと舞っている。
どうやらユウヒの魔法によって撒き散らされた、高純度に活性化された魔力に当てられた様で、精霊の善意もこの精霊にとって嗜好品と言える高純度魔力に対するお礼のようだ。
まだまだユウヒの合成魔法は無駄が多いようである。
「お? 持ってきたか、それじゃそれを苗にしてしまおうか」
<!!>
また今回の納屋は精霊達の我儘をユウヒが聞き入れた結果作ることになっているわけで、当然我儘を言った精霊達は全面的に協力している。そんな我儘レディ代表である樹の精霊は、ユウヒに渡された布袋いっぱいに、森からの採取物を入れて戻って来ていたが、その姿は精霊が見えない者からしたらちょっとした恐怖で、布袋が勝手に浮かび飛んでくるなど夜に見たらちょっとしたホラーである。
ユウヒ特製の少し空飛ぶ袋から樹の種や小さな若芽などが取り出されている頃、スタールの代官所でじは小柄な女性が小動物のように小さく小刻みに震えていた。
「……あ、あの」
「どうでしょうか? こちらからも人は出すので」
震えの原因その一は、いつもお腹を押さえている手をテーブルの上で組み、組まれた手の上から鋭い視線を小柄な女性に送り、人手も出すからと何かをお願いしているガスター。その鋭い目付きはまるで猛禽類の様で、女性は喉を詰まらせる。
「え、えっと……」
「警備兵も付けるし今は魔物も少ない。どうだろうか?」
原因その二は、皮鎧がはち切れそうな大きく屈強な体で小柄な女性を見下ろし、お願いと言いながら腕を曲げて力を入れると上腕二頭筋が盛り上がり、血管が浮き出て威圧感が増していくセリム。その姿はまるで断れば筋肉で握り潰すとでも言って脅しているようだ。
だがそれは小柄な女性が感じた事で、事実とは全く異なる。ガスターもセリムも純粋にお願いしているだけなのだ。
「そ、その」
「ん?」
「む?」
ただ、何時もより真剣なので威圧感は半端ない。二人とも別ベクトルではあるが、お互いそれぞれの世界で日々戦っている戦士、一般的な人に比べてその経験が威圧感として洩れ出てしまう。
小柄な女性が思わず涙目になってしまっても仕方がない。
「先ずは現場を見てみないと、何とも言えなくて……」
「ならば明日にでも現場の確認行こう、朝一で大丈夫か?」
「あ、その、ッスゥーーー……」
さらにこの襟元を手で押さえて首どころか頬まで隠す小柄な女性は、所謂陰キャなどと揶揄される様なコミュニケーションに若干の問題があるタイプの人である。スタールでも表で光を浴びている代表のような二人を前に怯まないわけがなく、出来る事なら今お願いされている事も個人的には断りたいと思っていた。
しかし二人の魔王からは逃げられず、返す言葉が見つからない事で目があちこちに泳いで細く抜けるような呼吸音だけが聴こえてくる。
「駄目かしら?」
「だ、駄目ではないですけどぉ……植林をするにも人が」
そんな会議室の中で唯一の癒しは治療院長、いつも微笑みを浮かべ余裕を持って話す彼女はスタールでは人気のある女性であった。その影響力は、突然伝令兵が訪れてそのまま代官所まで連れてこられた農耕組合の代表である小柄な女性にも癒しの効果を発揮した様で、少しだけ落ち着いた表情を浮かべた彼女は、それでも逃げるように言葉を選ぶ。
「人も出す」
「あぅ」
しかし魔王ガスターに回り込まれ、女性は小さく声を洩らす。
尚、ガスターも長会議などで何度となく顔を合わせるので、彼女の怯え具合にも慣れているが、傷つかないわけでは無く、今もクスクス笑っているアネモネにジト目を向けている。
「お金も出すわよ? それに植林する苗は用意するから、あとは指示してくれたらいいわ。農耕組合の負担は少ないと思うの? どうかしら?」
そんな彼らが何を依頼しているのかと言えば、ユウヒに依頼された林復活の為の植林作業、その指揮を専門家である彼女に依頼しているのだ。いくら優秀とは言え植林など治療院長の専門外であり、それなら家格も低いくせに優秀なだけで代表をさせられていると、妙な揶揄をされるぐらいに優秀な彼女に頼むのが自然であった。
「……な、なんでこんな至れり尽くせりなんでしょうか? 逆に怖いですぅ」
至れり尽くせり、スタールの小さな農耕組合としてはあらゆる面で是が非でも受けたい仕事であるが、同時に恐ろしくもある。
「魔法使い、精霊からの依頼なのだ」
「え?」
そんな依頼の大本が魔法使いと精霊などと言われれば、誰だって驚きで表情筋がフリーズしてしまうだろう。まるでビデオテープの映像を一時停止させた様に固まる小柄な女性は長い耳だけをピクピク動かしている。
「浅林の被害が思った以上に酷いらしいのよ」
「失礼します」
アネモネの声に視線を動かす小柄な女性は、何か声を出す前に室内に入ってきた男性の声に片を小さく跳ねさせる。
会議室に入って来たのはツンツン頭の男性警備兵、ユウヒがスタールに来てから何かとお世話になっている兵士は、外で仕事をしていたのか首筋に汗が流れている。
「おお、どうだった」
「報告通り。浅林が無くなってますね」
「そうか……」
その仕事はユウヒから報告された恵みの浅林の詳細な調査で、警備隊長の問いかけに返事を返すツンツン頭の男性兵士は、残念そうな顔で視線を落とし、その姿に会議室の面々は暗い表情を浮かべた。
「無くなってる?」
そんな中で驚いて目が真ん丸になっているのは農耕組合の代表、驚き呟き周囲が頷く姿にじわじわと顔色が蒼くなっていく。それほど恵みの浅林はスタールにとって、農耕組合にとっても重要の場所であった。
「ああ、一本も樹が無い……いや訂正した方が良いか」
「え?」
「ん?」
樹が一本も生えてないと言われてショックを受けている代表に、ツンツン頭の兵士は訂正が必要だと言って、それまでの沈んだ表情から何とも言い表せない微妙な苦笑いを浮かべ、彼を見上げる会議室の面々は不思議そうに眉や首を傾げる。
「ユウヒ殿がすでに小屋を建てていたので、何もないわけでは無いかなと」
彼の訂正はユウヒの小屋について、調査に入るも林の境界が分からないほどに何もなくなった恵みの浅林に、驚きと絶望の表情を浮かべていた兵士達。しかし彼らはその中に立つ何かを見つけて声を上げると、見えてきたそれはユウヒの建てた小屋、二重三重の意味で驚いた感情が、今のツンツン頭の男性の表情である。
もうなんと行ったらいいか分からないと言った様子だ。
「あら、お手伝いしないと」
「いや、もうすでに建ってた。魔法なのか、遠目で見たけど立派な小屋に見えましたね」
何せ建築中ならまだわかるが、見つけた時には完全に小屋が出来上がっていたのだ。スタールの外壁から確認した時は小屋など見当たらなかった。近くに行けば樹の一本でも生えているのではと思えば、建っていたのは見た事もない小屋とユウヒの姿、兵士達もその光景には声を忘れて驚いたようだ。
「……彼は万能の魔法使いなのかしら?」
「……知らん」
ユウヒが小屋の建築許可を正式に貰ったのは今日の事、ずいぶん前から小屋を建てていたなら話は別だが、今朝許可を受けて建てたとなればいったいどれだけの早さで建てたのか、いくら魔法が使えるとは言え、彼等の常識でもあまりに早すぎる。
誰にともなく問いかけるアネモネは警備隊長に目を向けるも帰ってくる言葉はどこか抑揚が無くぶっきらぼうな声、セリムも顔にこそ出してないが驚いているようだ。
「作ることに特化しているのかしら? みんなが欲しがるわね」
いままでのユウヒが使う魔法や行動を見るに、物作り特化の魔法使いに思えてならないアネモネは、思わず本音の混ざった言葉が洩れ、すぐに自らの口元を押さえる。貴族なら誰もがその力を求めるであろう事は、彼女だけでなくその場に誰もが思い至る。
「余計なことはしてほしくないな」
「あら? それ私に言ってる?」
「苦労人としての一般論だ」
だが相手は魔法使い、藪を突いて蛇どころか恐竜が出てきそうな相手に対して不用意なアプローチは控えてほしいと思うのが、街を守る代官と言う比較的一般人の意見である。
「あらあら」
「えっと、私はどうしたら……」
ガスターの言葉の何かがツボに入ったのかコロコロと笑いだすアネモネ、また苦笑を漏らす隊長とツンツン頭兵士、それらの顔を見比べ視線を彷徨わせる農耕組合の代表は、不安で締まる喉を動かしか細い声を洩らすのであった。
それから小一時間後、彼女の姿は恵みの浅林跡地にあった。
「わぁ……」
「これは……」
その隣にはセリム、周囲には幾人かの兵士、そして彼女達が揃って見上げるのは二階建てくらいの高さがある見た事もない木造の小屋。もう少し装飾や窓が有れば立派な一軒家と言っても差し支えが無い出で立ちの小屋の中からは、人の気配がしている。
「おや? 警備隊長さんどうしました?」
「ああ、ユウヒ殿おはよう」
「おはようございます」
当然その気配の主はユウヒ、手拭いで濡れた手を拭きながら入り口から出てくると、小屋の前で呆けている人々に目を見開いて、すぐにセリムの姿に気が付いて声を掛けた。その姿はとてもリラックスしていて満足気な笑みを浮かべている。
「こちら農耕組合の代表でミンテ殿だ。今回の植樹で指揮をとってもらう事になった」
「そうなんですね! よろしくお願いします。代官所での会議の時にもいらっしゃいましたよね? 一応魔法使いのユウヒです」
「みみみ! ミンテ・ニンファです! よろしくお願いします!」
農耕組合の代表を務める小柄な女性の名前はミンテ・ニンファ、魔法使いを前に緊張が最高潮になっている彼女は、フレンドリーに話しかけてくるユウヒに目を白黒させると、腰を直角に曲げるような礼をしながら自己紹介を行う。
「こちらこそ。精霊達が結構好き勝手集めて来た苗ですけど、根の張りは良いと思うので」
すぐに勢いよく顔を上げるミンテに、ユウヒはどこか子供を見るような微笑みを浮かべて小屋の方を指し示す。小屋の外には根の部分を布で包んだ苗木が大量に並べられており、よく見ると小屋の中にも棚が作られ所狭しと苗木が保管されている。
「あ、あの……確認しても?」
その苗木は精霊監修の下でユウヒが魔法で種から育てたもので、素人でも元気がある苗木だと言うのがその枝ぶりから分かる。植物の事を深く理解している人が見れば尚更なのか、それまでの緊張はどこに行ったのかそわそわし始めるミンテ。
「どうぞどうぞ、まだ増やすのでミンテさんも必要な苗が有ったら言ってください。良いよね?」
<!!>
「えっと? はい、失礼します。わぁ……わぁ! おぉぉ……」
ユウヒの許可に目を輝かせ一歩踏み出したミンテであるが、ユウヒの言動に首を傾げると、すぐに相手が魔法使いであることを思い出して理解と緊張が込み上げてくる。しかしそれも一瞬、数歩進んだ先で屈んで苗木を調べ始める嬉しそうな声を上げ始めた。
宝玉の影響で異常に乾いた大地では久しく見ることが無かった瑞々しい植物、周囲に生える草木もそうであるが、ユウヒの用意した苗木はより一層瑞々しく力強く見える。
「あの?」
「む? どうかしたか?」
しゃがみ込んで覗き込み、横に素早くステップを踏んで次の苗木に、また覗き込むと長い耳を柔らかく揺らしてちいさな歓喜を洩らす。そんなミンテを見詰めていたユウヒは、短い鼻息と共に小さく肩を竦めるセリムに声を掛ける。
ユウヒにはずっと気になっていることがある様だ。
「ミンテさんの種族って聞いていいですか?」
それはミンテの種族、長く柔らかそうな耳はユウヒの知る人種であるセリム達と違い、またエルフやドワーフとも違う。
「あぁ彼女はハーフでな、確かコロ族と砂兎族だったか」
「あ、はい! どちらかというと砂兎の血が濃いみたいです。この辺りじゃ珍しいから気になりますよね」
頭の上でまっすぐ空に向かって伸びる耳は兎耳、それ以外は人と変わらないと思えばしゃがみ込むたびに揺れるお尻には丸くふさふさとした兎の尻尾、それは砂兎と言う種族の特徴のようだ。
「ああ、すみません。兎系統かなと思って」
長過ぎず、短いわけでもない兎耳が本当に兎耳か気になっていたユウヒは、明るい表情で振り返ったミンテに少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。コロ族と言うのがどういう種族か分からないが、知っている人からするとハーフであることが割と分かりやすい特徴がありそうなニュアンスで話すセリムとミンテ。
「いえいえ、良く聞かれるので気にしないでください」
しかしどちらもスタールでは珍しいらしく、良く聞かれるから気にしなくていいと笑うミンテ。その顔には緊張などすでに感じられない活き活きとした笑みが浮かんでいる。
「知り合いに兎族の子が居るんですけど、その子はもっと耳が垂れてたので」
初めて異世界ワールズダストを訪れた時に知り合った兎系獣人の事を思い出しながら話すユウヒは、まだ子供だった知り合いの兎獣人より小柄なミンテを見下ろしながら、その耳の形の違いに様々な想像を膨らませていた。
「え! 珍しいですね。うちの家系とは違うみたいですけど、私達警戒心が強いから人族と繋がりが薄いんですよね」
ミンテ曰く、彼女達兎系統の獣人は警戒心が強く、人前に姿を見せるのは珍しいと話し、その説明に周囲の兵士も同意する様に頷く。どうやらユウヒのような人の街で生活するミンテと言う女性はかなり珍しい存在らしく、小さく踵を浮かせる様に揺れる彼女の言葉にユウヒは好奇心をくすぐられる。
「そうなんだ、あの子は……人懐っこい可愛い子でしたよ」
地域が変われば常識も変わる。人懐っこく飛び跳ねてたかつての知り合いを思い出すユウヒは、新たな出会いに胸を膨らませ、ミンテの存在は今後の行動方針を大きく変える出会いであった。
いかがでしたでしょうか?
ところ変われば種族の性質も変わる。ユウヒの好奇心に火が……火は点いているので燃料透過かもしれません。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




