第81話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ユウヒの泊まる宿の一室。まだ日も昇らぬ早朝から何やら荷物を漁る音が聞こえる。
「いやぁすっかり忘れてたよね」
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その音の正体はユウヒ、少し慌てた様子で箱やら角材やら石やらを床に並べるており、何を忘れていたのか苦笑いを浮かべるユウヒの周りでは、早起きや夜更かしな精霊が不思議そうに漂う。
「解呪用魔道具、短時間充填じゃ失敗するかもと思ってまとめて作ってたけど、長い事充填させてたからすっかり変質してるよ」
彼が忘れていたのは呪いを解くための道具作り。イトベティエ伯爵夫人の体調不良の原因を見抜き依頼を受けて作っていた道具であるが、一番時間のかかる工程のまま放置された部品はすっかり出来上がってしまっていたようだ。
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「そうそう、早めに使おうと思ってたからたくさんまとめて作ってたけど、時間かけるならみんな成功するの当たり前なんだよね。構造的には特定の活性化した魔力溜め込むだけだから」
ユウヒも初めて作る物の為、多少の失敗を折り込む意味も込めて大量に作っていたようだが、それは短時間で終わらせると言う前提での失敗であり、時間があれば全部成功する程度の物のようだ。
木箱を見詰めるユウヒの両目には、様々な説明文と箱の表面に描かれる光の幾何学模様が見えており、箱を動かすと中から不安定に瞬く光の精霊が零れ出てくる。
一頻り確認を終えたユウヒは、箱の継ぎ目に魔力を流して蓋を開けた。瞬間、
「うっ……めっちゃ眩しい」
溢れる光は部屋を白く染め上げる。
箱の中から溢れる光の原因は、内側が真っ黒に塗られた箱に詰め込まれた白い玉。
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<♪>
箱を開けた事で溢れ出た光を浴びた光の精霊は歓声を上げ、とても気持ちよさそうに羽を伸ばしふ震える。その姿はまるでサウナから出てきて水風呂に入るサウナ―のようにリラックスしている。
「気持ちいいの? ……ぁ」
白く光る丸い石を摘まみ上げるユウヒはいつの間にかサングラス仕様のゴーグルを装着しており、そんな彼の体で影になった場所では闇の精霊が震えていた。どうやら闇の精霊には強すぎる光の様で、その姿は生まれたばかりで震える小鹿のようだ。
「大丈夫? ちょっと待っててね」
闇の精霊の囁く様な悲鳴に気が付いたユウヒは、床に置いていた木箱の蓋に合成魔法をかけて形を変質させていく。
「これをこうしてこうして」
高密度な魔力の中で形を変えて行く木箱の蓋は、次第に小さな鳥の巣箱になり、さらに材料箱から黒い石を取り出すと合成魔法でさらに加工して行く。
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「あぁありがとう。こうしてっと」
ユウヒが膝の上に置く右手の黒い石からは細い糸の様な霧が立ち上り、ゆっくり巣箱に纏わりつくが、闇の精霊がその右手に触れると霧は一気に吹き上がる。どうやら闇の精霊がユウヒの魔法をサポートしている様で、そんなことができるのは精霊が人の意思を読むことが出来るからだ。
「出来た! 入ってみて」
互いに意思相通が出来れば尚の事作業はスムーズに進み、あっと言う間に真っ黒な鳥の巣箱は出来上がる。よく見るとその表面には光る幾何学模様が浮かび上がっており、闇の精霊達は我先にと巣箱に入っていく。
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ぎゅうぎゅう詰めな巣箱の中であるが、存外居心地は良いようだ。
「うんうん、これをもっと小さく作って入れ物を作っておけばいいね」
光を寄せ付けない不思議な黒い巣箱を見詰めるユウヒは、さらに小さなものを作るつもりの様で、床に並べた材料を手に取って分けて行き、箱の中の白い石を分けて床に並べて行く。正直あまりに眩しいのでサングラス無しでは作業など何も出来ないだろう。
そんな感じでユウヒが早朝から慌てて依頼の解呪魔道具を仕上げているかと言うと、昨晩新たに依頼された内容が原因である。
「しっかし、王家に報告ねぇ? 一応護衛らしいけどそれだけじゃねぇよな、これ終わらせたらすぐ治療院に行かないとね」
依頼内容は宝玉の件を王家に報告するリステラン夫妻の護衛でだと言う。しかし勘の良いユウヒ、どうせそれだけでは終わらないであろう事は理解している。
白い石を入れるベースとなる箱を、解体した木箱と黒い石から作るユウヒは、慣れた手つきで魔法を使いながら小さく溜息を洩らす。
「何種類か作っておこうか、呪いも治療院の範疇なんだろうか?」
面倒事の気配を感じながらも、乗り掛かった舟なのでと言った表情を浮かべるユウヒは、物作りに集中することで気分を切り替える。大量の白い石は呪いを解く魔道具の中核部品であるらしく、その光を完全に封じ込めるのは闇の精霊が収まったシェルター巣箱に使われている技術のようだ。
「布の光封じにするか、まぁあって困ることはないだろ」
どうやら光封じと言うらしい黒加工は、布にも施すことができるらしく、植物の繊維で編まれた布を引っ張り出したユウヒは魔法士数人が一瞬で昏倒するような大量の魔力で布を凝った袋状に加工して行く。
「何せ呪いに詳しい闇の精霊と呪い払い詳しい光の精霊お墨付きだ。効き目はバッチリだよな」
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<!!>
ユウヒが作っている解呪の魔道具は、彼のゲームに侵された発想と、呪いの根源である闇のプロフェッショナルである闇精霊、それから呪い払いには不可欠な光を自在に扱う光の精霊監修の下っで作られた名品。
ユウヒの問いかけに元気よく声を上げる精霊を見る限り何ら問題はないようだ。
「光封じの籠は、ちょっとおしゃれにした方が貴族には良いのかな」
強力な光で呪いを払う石、もうすでに光の宝玉と言っても良い石を入れるのは光封じの籠と言うらしく。装飾など付けたところで効果には何の影響も無いが人、特に貴族と言うのはそう言う部分を殊更気にするものである。
「残ってるのは、布以外だと木材と蔦少々とウィードの核に石か」
布で作った光封じはすでに治療院用とユウヒの中では決まっている様で、それ以外の材料を漁ると床に並べながら想像を膨らませて行く。
「石燈籠風、寄木風、印籠風? 呪い払いの石はいっぱいあるからな、色々作ってみるか」
ただそこは日本人のユウヒ、頭にすぐ浮かぶのはどれも和風であってトルソラリス王国の意匠とは微妙に合わず、悩むユウヒは考える事を止めて全部作ることにしたようだ。それが良い方向に作用するかどうかは今のところ不明である。
次々と光る石を光封じの箱に収めて行くユウヒは、一番大きく手のひらに収まらない石を取り出すと目を輝かせた。
「ああそうだ! これバイクのヘッドライトに使おう」
どうやら新しい物作りの発想が降りてきたようだ。
「暗くなったら乗らなければ良いと思ってたけど、ライト有れば使えるからね」
現在ユウヒのバイクには、普通なら付いていそうなヘッドライトが付いていない。使うような状況にならなければ問題無いとか、【探知】の魔法と特殊な両目を併用したらいいじゃないなど考えていたユウヒであるが、思いついたら作る以外に選択肢はない。
「照明に使えると思う?」
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どうやら監修の光精霊曰く、照明に使っても特に問題はないようだ。
「ばっちり? 何か気を付けるとこある?」
むしろそれは良いアイデアだと言いたげな光精霊だが、巣箱の闇精霊は少し不安そうである。
<……! …! ……!!>
「ふんふん、使わないときは光封じに入れるのは同じと、切れたらまた再利用、あぁ完全に石が変質したら後の補充は楽なの、その時はお願いできる?」
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魔力を帯びた強力な光は、光封じに入れておかないと何れ石の光が消えてしまう。しかし一度光の石に変質した石は壊れない限り再利用は簡単だと言う光精霊、しかしそれは光精霊基準であって人基準ではない。しかし彼女達に頼れば簡単なため、精霊と共にあるユウヒにとっても同じことである。
「助かるぅ! それじゃ夜用のランプも作ろうかな」
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喜ぶユウヒに燥ぐ光の精霊達、膨れ上がる彼の想像力は予定を忘れて次々と作りたいものを増やして行く。新しい素材を前に暴走するのは何時もの事であるが、今の状態はどこか溢れる光に当てられているようだ。
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「え? 昼用の闇ランプ? なにそれ」
燥ぐユウヒ達を見上げていた巣箱の闇精霊達は、なにやら相談し始めると彼女達にしては珍しい大きな声を上げてユウヒの気を引く。予想外の所から齎された新たな発想の種に、ユウヒが正気を取り戻す時間が1時間延長されるのであった。
すっかり日が登った治療院の受付。
「こんにちは」
「いらっしゃいませユウヒ様、今日はどうされました?」
忙しく働く中でもユウヒの声が聴こえれば数人の受付職員が振り返り、一番近い場所の職員が対応する。軽い作業中ならその作業を中断して動く辺り、完全にユウヒは治療院で特別扱いであった。
「今日はちょっとイトベティエさんに用があって、会えますかね?」
「伯爵さまにですか? 少しお待ちください。えっと、応接室に案内お願いします」
普通なら冒険者が療養中の貴族に会いたいと言ってもすぐ会えるものではない。しかし受付の女性は何かしらの通達を受けているのであろう、少し驚きはしても淀みなく返答し、近くにいた同僚へと声を掛ける。
どこからどう見ても完全な特別扱い。ユウヒを知らない人間もその露骨な特別扱いに苛立ちを覚えるより何者なのかと気になる表情を浮かべ、知っている者は驚き、そして得意げに周囲へ情報を流布している。
「はい、ユウヒ様こちらです」
「あ、はい」
ひそひそとよく聞き取れない話し声があちこちから聞こえて来たことに小首を傾げるユウヒは、妙な噂話が広まっているなど知る由もないのであった。
「良くいらっしゃいました。ベッドの上でごめんなさいね」
待ち時間などほとんどなく、通されたのはイトベティエが療養する病室。普通なら一介の冒険者が通されるような場所ではなく、貴族間であっても無防備な姿を見せてしまう為に憚られる。しかし無防備な姿を見せる事は、相手に対して信頼を示すにはよく使われる手法でもあった。
「いえいえ」
「突然で少し驚きました。夫にも連絡したのですぐ来ると思います」
「申し訳ない」
「いいのよ、寧ろ直接来てもらってもいいくらいだわ。でも、サヘラに言ってくれたら治療院の面倒な手続きを通す必要なかったのよ?」
突然の来訪に驚いたと話すイトベティエは、申し訳なさそうに小さく頭を下げるユウヒに微笑みを浮かべ、すぐに不思議そうな表情で小首を傾げる。
なにせユウヒが泊まる宿にはサヘラが居るのだ。実家の手伝いを許可しているとは言え、伯爵家の客人を案内することは宿の手伝いより優先されることである。一声かければ受付での手続きなしで病室まで訪れる事が出来た筈だ。
「…………おお、そう言えば」
ユウヒは完全にサヘラ本来の職業を忘れていた。小首を傾げ視線を彷徨わせると、ぱっと目を見開いて驚きの声を上げる姿に、イトベティエは可笑しそうに笑うと背中を丸める。
「あの子が家のメイドって忘れてたのね」
「すっかり」
背中の痛みを我慢しながら思わず笑ってしまう彼女は、心底楽しそうに目を細めた。その姿は貴族らしいと言うよりどこにでもいる女性のようだ。
「それで? 今日は王都の件かしら? そんなに急ぐ必要はないのよ、私もあまり調子が良くなくて」
「それもあるんですけどこっちがメインですかね」
「それは?」
ガスターから王都への護衛について、詳しくは伯爵家から聞いてほしいと言われていたユウヒ、そのおかげで解呪用魔道具について思い出したのだ。イトベティエの問いかけに対して苦笑いを浮かべた彼は、組み紐が付けられた光沢のある赤の長細い印籠のような物をバックから取り出す。
「解呪用の魔道具です。光の精霊が言うには多用途仕様らしいですけど」
それは解呪用魔道具で、赤い琥珀の様な光沢のある表面にはウィードの核が使われている。また中に収められている解呪魔道具本体である光の石は解呪専用の魔道具と言うわけでは無いようだ。
「え!? もうできたのですか?」
「実はもっと早く出来てたはずなんですけど、このところのドタバタで忘れてて、申し訳ない」
「それは全然問題ないのだけど、それが?」
ユウヒの言葉に驚くイトベティエ、薬よりも魔道具の方が良いであろうとは聞いていた彼女は、その完成までに最低でも一月は掛かるものだと考えていた。何故なら普通の魔道具職人でも素材の厳選や調整に時間が掛かるものであり、魔法使いと言う特別な存在だと言う事を加味しても数日で完成するなど思っていなかったのだ。
それ故、王都への報告も急ぎはしていても体調を整えないといけないことから、出発はまだ先になると考えていたのである。
「ええ、自信作です。綺麗でしょ?」
「そうね、とても綺麗だわ」
そこに来てユウヒから渡される解呪用魔道具はまさに朗報。効き目は実際に使ってみないと分からないものの、ユウヒの言葉には確かな自信を感じ、手に取った滑らかな質感からは作り手のこだわりが感じられた。
しかし見た目からはどう使えば良いのか分からず、思わずユウヒを見上げるイトベティエ。彼女が何を言いたのか察したユウヒは一歩彼女に近付き説明しようと口を開くが、
「これを―――「イトベティエ!!」」
その声は蹴破られるような勢いで開いた扉の音と、彼女の名を呼ぶ怒号で掻き消される。
「無事か!?」
「あなた……お客様が居るのよ? わかるわよね」
現れたのはイトベティエの夫であるブレンブ・リステラン伯爵。一体何を聞いて来たのか、病室に飛び込むなり妻の無事を確認するが、その妻はニッコリと笑みを浮かべた額に青筋を浮かべており、その側ではユウヒが目を瞬かせている。
「むお!? 貴様! あ……いや、ユウヒ殿」
キョトンとした表情のユウヒを見たブレンブは思わず言葉を荒げるが、その隣で絶対零度の視線を向けてくるイトベティエの表情で一気に頭が冷め、声が尻すぼみに消えて行く。
「あなた?」
「すみません」
「ははは」
ブレンブ・リステラン、彼は世界を敵に回しても妻を最優先にする様な熱い男であるが、その感情の制御が実に甘い男である。普段はそれほど問題を起こすわけでは無いが、尽くユウヒとの相性が悪いようだ。
いかがでしたでしょうか?
間と相性が悪いブレンブに苦笑を漏らすユウヒが齎す魔道具の効果は如何に。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー