第79話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
場所は代官所の会議室。
「久しぶりの魚は中々美味だったな」
<♪>
前日の夕ご飯に引き続き、朝から川魚を堪能したユウヒは、思った以上に魚が美味だったことに満足しているらしく、ガスターを待っている間もその味を思い出し、今後の楽しみが出来たと笑みを浮かべている。その姿に水の精霊も嬉しそうに輝いていた。
「ただまぁもう少し身が大きくて脂がのっている方が好みではあるけど、それは贅沢な悩みだよな」
だが、人と言うのは欲張りなもので、常により良い物を求めてしまう。ユウヒもまた昨日今日食べた川魚に足りないものを感じて求めだしている。味は良かったがどうやら脂がのっていなかったようで、自ら呟きながらもその贅沢な思考に苦笑を浮かべるのだった。
<……>
「なるほど、時期も場所も悪いか」
そんなユウヒの呟きに反応するのは水の精霊、水の中を住処とする魚の事ならこの場で彼女達より詳しい者は居ないだろう。そんな彼女曰く、時期も場所も悪いのでその願いをすぐに叶えることは難しいようだ。
「北の寒い地方か……」
だが北の寒い地域ならその願いも叶えられると言う精霊に、ユウヒは窓の外に目を向け目を輝かせる。
「待たせてすまない」
今後の方針が欲望によって軌道修正されていそうなユウヒが精霊と話し合っていると、少し息を切らせたガスターが部屋に入ってきた。その様子に眉を少し上げて驚くユウヒは、ソファーから立ち上がる。
「あ、どうも。忙しいでしょうし、仕方ないですよ」
「忙しいと言えばそうなのだが、実はやりたい事もやれないのでそこまでではないんだ」
立ち上がるユウヒに座っていて良いと手で制するガスターは、慣れた手つきで部屋に備え付けの給仕道具で飲み物の準備を始める。
「ふむ?」
どうやら彼自身はそれほど忙しいわけでは無いが、人手はあまり足りて無さそうで、魔道具によって冷やされたお茶を前に笑うガスターに、お茶を受け取るユウヒは小首を傾げた。
「やりたい事をやる為と言うのが本題でね、いきなり本題に入るのは些か優雅さに欠けるのだが、貴族意外の人間にそう言うのは心証が良くないのでね」
貴族だけでなく、高貴な身分の人間と言うのは手間を尊ぶ気質を持ち合わせるもので、あまり手間を省くことを好まないものだ。ユウヒも経験上お偉方が話を早く進めることを嫌がる姿を見て来ているので、そう言うものなのだろうと頷くが、一方で商人などは話しが早い方が好まれたりもする。
「それは分かりますね。それで? 何をしてほしいんです?」
僅かなやり取り、その中で何か依頼したいのだろうなと察するユウヒは率直に問いかけた。
「うむ、スタール周辺はもうずいぶん水が引いているだろ? まぁまだ川がいくつか出来ているとは言え、そろそろ周辺調査に入りたいんだ」
「なるほど」
現在のスタール周辺は一時期のように水に満たされてはいないものの、本来あるはずがない川がいくつも流れ、街の周囲も湿地と見まごうばかりな状況である。しかしだからと言っていつまでも街に引きこもったところで状況は改善せず、さらに住民のストレスも溜まり続けてはいつ爆発してしまうか分からない。
「ただ、兵士も商工組合も人手が足りなくてな、冒険者まで借り出して復興作業を行っているところなんだ」
「ふんふん」
なるべく早く住民に前向きな知らせを出しておきたいガスターであるが、メイドの仕事を自ら率先して行わなければいけないくらいには人手不足である。ガスターが用意した冷たいお茶の不思議な香りを楽しむユウヒは、何となく彼が言いたい事を想像しながら軽い調子で頷く。
「しかも冒険者連中は怖くて外に出たくないと言い出している様でな、頼まれてくれないか?」
こんな時こそ冒険者と言う存在が役に立つ場面なのだが、そう上手くいかない様で、ユウヒの予想通りに話しは終わる。
「まぁ怖いでしょうね」
「うむ……」
誰だって今外に出て行くのは怖い。ユウヒだって魔法の力が無ければ引き籠って居たかっただろうと、冒険者の気持ちを理解している様に頷きながら呟き、その言葉にガスターも思わず頷いた。
当たり前だ、誰も経験したことが無い災害を前にして、最初に飛び出す人間なんて普通ならいない。動物だって最初に危険な場所へと赴くのは後が無い者だけで、最悪仲間に無理やり押されて崖下に落ちて行く。その最初の犠牲者になれと言っているのだから、頼む側も頼み辛い。
しかも相手は魔法使い、実はこの場にガスターしかいないのは、万が一魔法使いであるユウヒを怒らせてしまった場合に備えてでもある。
「ぐるっと様子を見てくれば良いんですよね?」
「ああ、基本的には街道の様子を重点的に頼む。何とか近隣の情報を手に入れたいんだ」
まるで心の内を見透かす様なユウヒの瞳、青と金の輝く瞳に見詰められるガスターは血の気が引いて行くのを感じていたが、特に何か問題視するそぶりも見せないユウヒの返答に、思わず感情が表に出て笑みを浮かべてしまう。代官として自らの感情を表に出すのは二流であるが、誰も彼を責める事は出来ないだろう。
「街に続く街道が使えるかどうかですね」
「そうだ、最悪は街道から外れて移動することになるが、今は北と南、あまり期待できないが西の山道だな」
スタールと近隣の街を結ぶ街道は三方に伸びており、連絡を取り合うならそれらの街道が使われることとなるだろう。また、街道を使わない方法もありはするものの、それは魔物の多い場所を一人二人で通る危険な強行軍であり、彼等が求めるような物資の運搬など到底無理である。
「とりあえずぐるっと回ってみます。口頭で知らせに来たら良いですよね?」
「うむ、代官所に直接頼む。焦らずともいいので確実にな」
短い話の中でもガスター達が求める情報が何となく理解出来たユウヒは、確認するように問いかけると返事を聞きながら立ち上がり、ポンチョの中で肩掛けバッグの位置を調整するとフードを被って身嗜みを整えて行く。
「まぁ一日で終わると思うので、サクッと言ってきます」
どうやらフードを外していたことで暑かったらしいユウヒは、エアコンのように体感温度を調整してくれる神様印のポンチョの中で息を吐くと、すぐ終わると言って気負う事のない軽い返事を残しガスター、それから話の途中から部屋のドア前で待機していた代官所職員にも目配せするとその場を後にする。
「なに?」
残された者達は何を言われたのか咀嚼するの時間が必要だったのか、驚いた表情で固まっていた。
「いま、一日と言ったか?」
「ええ、そのようですが……結構な範囲ですし、地面もぬかるんでいますので大変だと思うんですが」
背後の気配に振り返り、自分が今聞いた内容を確認するように呟くガスター。その問いかけに頷く職員の男性は、手に持った書類を抱きしめるように持ち直し、険しい表情で首を横に振る。
どうやら、とても一日では無理だと言いたい様だ。
「だよな? ……むぅ?」
男性職員の言動に頷くガスター、しかし相手は魔法使い、どんな隠し玉があるか分からないので困惑しながらも内心どこかワクワクする気持ちもあった。
「あ、お母さん」
ところ変わり宿屋、宿の玄関前に溜まった土砂を退かしていたサヘラは、ロビーに早歩きで入って来ると母親を見つけて声を上げていた。
「なんだい?」
「ユウヒ様が今日は晩御飯間に合わないかもって」
どうやら代官所から帰ってきたユウヒから伝言を受けた様で、それによるとユウヒは今日の晩御飯の時間に間に合わない可能性があると言う。
「どっか行ったのかい?」
「代官様からの依頼で街道の調査に行くって」
そんな伝言を残したユウヒは、部屋に戻ることなくすぐに調査へ出て行ったらしく、忙しない恩人に少し呆れが見える表情で溜息を洩らす女将、彼女としてはもっと宿でゆっくりしてもらいたい様だ。
「そりゃ大変だね、今日は戻ってこないかね?」
夕食時に間に合わないとなれば最悪今日のうちに帰って来れず野宿の可能性もある。特に今のスタール周辺は兵士も冒険者も二の足を踏むような状況だとスタールの街では噂されている為、そんな場所の調査ともなればそう簡単には終わらない、それは宿の女将にも容易に想像できた。
「戻って来るとは言ってたけど、遅くなるかもって」
「んー、一応夕飯は何か残しておくかね」
「その方が良いよね」
一方でユウヒから直接伝言を受けたサヘラは、ユウヒが説明する様子を思い出しながら少し怪訝そうに首を傾げる。どうやら伝言を残した彼の姿からは特に大変そうな印象は受けなかったようで、今日中に戻って来るとも言っていた様だ。
サヘラの言葉に女将は少し悩むと、簡単に食べられる物を残しておくことにするのだった。
一方、宿を後にして倉庫に寄ったユウヒはすでに街の外に出ていた。
「完全に顔パスになってしまっているな」
門を出るのも完全に顔パス、誰何されること無くどうぞどうぞとばかりに道は開かれ、通行の妨げになる物はすぐに動かされ、その後は胸に手を当てるトルソラリス王国の敬礼で見送られる始末。
ぺこぺこと会釈しながら通るユウヒは何ともむず痒いものを感じていた。
<!>
「そりゃいいことかもしれないけど? それでもバイクはめちゃ見られたな」
確かに楽であるが、やっぱりむず痒い様な妙な気恥しさを感じているユウヒは、同時にバイクに向けられる視線も感じていた。
「前より威圧感は減ったと思うんだけど」
ユウヒとしては、1号機よりずいぶんと大人しくなったと思っている2号機。しかし真っ黒で光沢の消されたボディは見る者の目を奪い、洗練された滑らかな走りは周囲を感嘆させる。また遺物と言えば臭い煩いと言った印象を持つスタールの住民にとって、ユウヒのバイクは異様であり同時に威容も感じさせていた。
「さて、先ずはここを右に曲がって山道から見に行くか」
南門も周りはスタールの住民が街道整備したことで比較的地面もぬかるんでいないが、少し進めば真面に歩ける状態ではない。バイクを走らせるユウヒは明らかに変わる地面の感触にバイクのタッチパネルを操作する。
「水吸収装置起動」
<!>
魔力を受けたタッチパネルは速やかに操作を受付てバイク内部の宝玉を起動させた。
「おお! 道が乾いて行く」
<!!>
宝玉が起動すると周囲の地面から速やかに水が抜けて行き、歪な轍は乾いてボロボロと崩れて行く。元々が砂の多いぬかるみ、乾いた場所をバイクが走れば振動でもサラサラと崩れてしまう。
「こんなすぐに乾くとか、制御されてなきゃ危ないわ」
走れば走っただけ地面が乾いてくがそれはバイクの周りだけ、バイクが過ぎ去ればまた周囲から水が沁み込んでゆっくりとぬかるんでいく。それほどに現在のスタール周辺は水で溢れていた。もしこれが制御されていない宝玉であれば、辺り一帯は乾いた大地に戻って問題は解決するが、同時に新しい水爆弾の完成である。
「スピード上げると間に合わないけど、ゆっくり走ってればぬかるみに嵌る事も無いな」
ユウヒも制限を掛けているからこそ安全に扱えている宝玉、水を吸う速度も抑えてあるので、あまり速く走ると水を吸うタイミングが合わずぬかるみに嵌ってしまう様だ。
<……?>
「ん? まだまだ容量は問題ないけど、あとで確認して排水しとくかね」
ゆっくりと言っても日本の法定速度程度には走っているユウヒに、精霊は宝玉の容量について問いかける。どこかそわそわした様子で問いかけてくる青色の精霊に小首を傾げるユウヒは、何となく何を言いたいのか察すると、あとで宝玉の排水をすることを約束した。
宝玉から排水される水はとてもきれいな水である。周囲に残った泥水とは違い、精霊も喜ぶ水質であった。
「遠くから見ても道が分からないくらい崩れてるな」
そんな約束を交わしながらゆっくり走る事一時間強、最初の調査場所である西の山道が見えてきたようだが、遠くから見てもわかるほどに山は鉄砲水で破壊され、崖崩れで地面がむき出しとなった山には道らしい道は見当たらない。
「とりあえず麓までこのまま行こう」
<!!>
しばらく精霊と共にあちこちに滝が出来ている茶色い山を見渡すと、ユウヒはそのふもとに向かってバイクを走らせる。
少し時は遡り、代官所の屋上。
「むむむむ」
「凄いですね。あれがユウヒ殿の遺物ですか」
望遠鏡片手にスタールの西に目を向けるのはガスターを筆頭に代官所職員や警備隊長に学者たち、彼等は皆ユウヒの遺物を調べるために屋上にやって来ていた。本来ならガスターがこっそり一人でユウヒの動向を調べるつもりだったが、街を走るユウヒのバイクに関する情報は駄々洩れであった。
「遺物を使う魔法使いは珍しいが、あんな遺物見たことが無いぞ」
「ドワーフの収集品にありそうな感じですが、あんな軽快に走る遺物は早々見ませんな」
「速さだけならドワーフの戦闘遺物にもっと速いものがあったはずだが、よくあのぬかるみを走れる」
西に向かってぬかるみを軽快に走るバイク、その姿に疑問を洩らすガスターに、周囲の兵士や学者が同じく望遠鏡片手に感想を呟く。その姿は遠目からカーレースを見ている車好き少年のようだ。
「本当ですな、我々にもああいう遺物があればもっとやれることの幅も広がるのですが」
「うちの鱗馬は湿地に向かぬからな」
無い物ねだりを思わずつぶやいてしまうセリムに、ガスターは肩を竦める。スタールで利用される鱗馬は乾燥した地域でも活躍できるように作られた品種であり、今のように湿地となったスタール周辺で使うには問題が多いようだ。
その後もユウヒの姿が見えなくなるまで屋上では楽し気かつ悩ましい声で騒がしく、その様子を見に来た女性職員に怒られるまで、ユウヒのバイクに対する品評は続くのであった。
いかがでしたでしょうか?
バイク2号は荒れた大地を突き進むが、その真価はまだ見せていないようだ。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




