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第78話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。





 ユウヒの持ち込む薬草の品質に治療院の院長が首を傾げている頃、商工組合の被害が大きく営業出来ていない様子を確認したユウヒは、今後の予定を考えながら宿に戻って来ていた。


「お、かなり綺麗になったな」


「あ! ユウヒ様おかえりなさい」


 宿の玄関に敷いてある足ふきでステップを踏む様に泥を落としたユウヒは、ロビーに足を踏み入れると驚いた様に声を上げ、その声にモップを持ったサヘラが顔を上げる。ロビーはずいぶんと綺麗になっており、テーブルやカウンターは磨きを掻けたのか照明の光を柔らかく反射していた。


「ただいま。また倉庫に居るので」


「はい、今日は食堂使えるようになったので来てくださいね」


「わかりました」


 パタパタと音を鳴らして駆けてくるサヘラは、当然と言いたげな表情でユウヒが背中から籠を下ろすのを手伝う。少し困った様に笑いながら籠を下ろすユウヒは、籠の中から数本の瓶を取り出すと食堂と言う言葉に少し嬉しそうに頷く。


 二人の様子は傍から見れば仲睦まじい夫婦の様で、カウンターの奥からユウヒの部屋の鍵を取り出し大きな籠を抱えるサヘラを遠目から見詰める若い男達の目からは、じわりと血涙があふれ出るのであった。


 ただ、少し勘違いを修正するならばサヘラの行動は宿屋の娘としての対応ではなく、自らの仕える主人の大事な客人に対する当然の対応であって、多少の好感はあれ、そこに色恋のようなものはあまりない。問題はあまりない・・・・・と言う所を男達が嗅ぎ取れてしまったところに問題があるのかもしれないが、当人たちにとってはどうでもいい話である。


「さて、さっそくコレを使ってバイクの最終調整だな」


<!>


 何せ今のユウヒの頭の中にはバイクの事しかなく、精霊と共にロビーから出て行く後姿をサヘラがニコニコと見送っていたとしても、そこから生まれる恋物語は無いのだ。





 宿のロビーで複数の若い男達が打ちひしがれていた日の夜、代官所の会議室には疲れが隠せない街の長達が集まっていた。


「以上で臨時長会議を終わります。お疲れ様でした」


 どうやら丁度会議が終わったところの様で、書き板を手に立つ司会の職員が頭を下げるとそれぞれの長もばらばらと頭を下げて息を吐く。


「ふぅ……」


「あらお疲れね?」


 疲れた表情を見せる中で変わらずニコニコと笑みを浮かべるのは治療院長、そのキナ臭くもある笑みを隣に向けた彼女は、ぐったりとした商工組合長に声を掛ける。声を掛けられた商工組合長はすぐには反応せずに間を置くと、面倒だと言わんばかりに顔を上げた。


「疲れもするさ、組合の仕事に区画整理が増えたんだ」


「良かったじゃない? 中央周りはごちゃごちゃしているから整理したいと言っていたじゃないの」


 地震から続く連日の異常事態に、浸水により壊れた倉庫の復旧工事、そこへ舞い込んだのはスタールの街の区画整理事業。多くの家屋が被害を受けた事で、いっそ街全体を綺麗に整理してしまおうと言う大規模な工事の責任者となった商工組合長は、楽しそうに笑い話すアネモネにジト目を向ける。


「そうは言うが、街全体の区画整理なんて想定しとらんぞ」


 スタールの街は昔から観光の街だったわけでは無い。過去様々な過程を通って現在は観光地となっているが、その過去の遺産は入り組んだ街並みとなって残っている。中には代官でも知らない建物、通路、地下道など多数存在する為、それらを綺麗に整理することを昔から商工組合長は提案していた。


「取り壊しだけでも一苦労よね」


「他人事だと思いおって」


 しかしそれは街の一部の話であり、一部だけであっても膨大なコストが掛かる。それが今回の災害によってその一部が必要なくなり、さらに災害時は国から補助金が出る為、その補助金を前提にする事で最小限の費用で最大限の効果を求めたのだ。


 しかし街全体となれば、一部の区画整理なんて比べ物にならないほど大変なのは目に見えている。確かに魅力的な計画ではあるが、それ以上に負担を考えると喜んでばかりはいられない様だ。


「他人事ですもの」


 尚、他人事だと笑うアネモネであるが、完全にそう言うわけにもいかない。


「区画整理が始まればお前さんのとこだって客が増えるぞ? 薬は足りるのか?」


「……ユウヒさんにお願いする量を増やさないといけないかしら」


 大きな工事には多くの人の手が必要になり、人が増えれば怪我人も増える。難しい工事、大規模な工事であればあるほど、事故が起きた際の怪我人は、その症状も量もともに増すであろう。そんなことは治療院長と言う肩書を持っている女性だ、分からないわけもなく、しかしそのどこか余裕ともとれる笑みの裏にはユウヒの存在があるようだ。


「負担を掛けるんじゃないよ」


「でも新鮮な薬草をいっぱい持って来てくれたのよ? 今日だってたくさん持って来てくれたわ」


 アネモネの言葉に頭を抱える商工組合長であったが、続く彼女の言葉に目を見開き勢いよく顔を上げる彼は、ニコニコとした治療院長の目を見て妙に悔しげな表情を浮かべた。


「その話は本当か?」


「あら気になる?」


 彼女の言葉を信じるなら、スタールの外は森まで行くことが可能なほど落ち着いてきていると言う事である。それは魔法使いが、と言う前提が入るのだがそれでもユウヒはいつも通り帰って来ており、彼ならば周囲の状況を調べることが可能と言う事だ。


「うむ、森まで行けていると言うなら依頼を出すか」


「依頼ですか?」


「冒険者組合にスタール周辺の広域調査を頼んだのだがな、復興系の依頼がいっぱいで無理だと断られたんだ」


 スタールの代官所も警備の兵士も大量の仕事で人員が割けず、そんな時の頼みの綱であるはずの冒険者も外の状況に尻込みしてしまい、外の調査依頼を受ける者は誰一人として居ない。そんな中で自ら外に出て薬草まで採取してくれているユウヒであれば、外の調査も受けてもらえるのではないかと、ガスターは冒険者組合に対する失望を隠せない顔に明るい表情を浮かべる。


「あら、あの貴族崩れの坊は?」


 遠回しに問いかけるアネモネであるが、彼女が言いたい事は減刑を引き合いに出した強制労働は出来ないのかという問いかけだ。


 スタールの街にはそれなりに罪人が居る為、彼等に与える罰の代わりの労働をさせる、そんなことはどこの国でもよくある事であり、特に貴族出身者であれば伝手も多く、面倒な仕事を押し付けるには打ってつけで、さらに今のスタールには空き巣犯と言う労働力も多い。


 頭の悪い空き巣の集まりを統率させる意味でも、最低限の知識を持っている貴族と言うのは便利である。


「いや、奴は逃げた」


「何ですって?」


 しかしその貴族の家柄であるジョー・ゲーコックは、災害のどさくさに紛れて牢から脱獄してしまったようだ。


「どう言うことだ」


「牢が水没していてな、そのどさくさに紛れて逃げたらしい。現在捜索中だが……」


 地下の牢屋に収監されていたゲーコックは腐っても貴族、少し知恵を廻せばどさくさに逃げる事など難しくはなかった。しかし逃げればもう貴族の世界に戻ることは難しく、普通の貴族なら減刑などの機会を待つものだが、彼にその可能性を考える余裕はなかったようだ。


「この状況じゃ難しいわね」


「こっちも限界いっぱいだ。出来ることしか出来んよ」


 会議が終わったと言うのにその場を動かないスタールの長たち、会議の内容は議事録に残るが、今の会話が議事録に残ることはなく、それ故にぽろぽろと本音が漏れ聞こえ、院長の視線に気が付いた警備隊長は言外に捕まえることは難しいと言って溜息を洩らす。


「…………」


「胃薬は増やさないわよ? あなたの体も限界なんだから、これ以上は毒にしかならないわ」


「うぐ……」


 誰も席を立たない事で不安そうに周囲を見渡す農業組合代表の女性は、お腹を押さえるガスターを心配そうに見詰めると、その視線を治療院長に向ける。彼女が何を言いたいのか察するアネモネは困った様に微笑み首を横に振ると、ストレスによる腹痛で苦しむガスターに止めを刺して楽しそうに笑うのであった。





「……ふふ、完成だ」


<!!!>


 ガスターが止めを刺された夜から二日後の宿屋倉庫内、そこには満足気に額の汗をぬぐうユウヒと色とりどりの精霊達が舞い踊る光景が広がっていた。すっかりきれいになった倉庫内の床は強く叩き締められ、その上には艶消しされた黒のバイクが鎮座している。


「大きさが一回りほど小さくなったけど、悪く無い仕上がりだろ?」


 モンスターバイクはどこに行ったのか、底に置かれたバイクは少々大型ではあるが地球で公道を走っても特に問題ないサイズに収まっていた。一方でそのボディはタイヤ部分以外全て金属の装甲で覆われ、流線型のボディは水中でも難なく走りそうな印象を感じさせる。


<!>


 その仕上がりには精霊も満足そうで、彼女達がバイクの上で飛び跳ねると黒いボディに薄らと幾何学模様が浮かび上がっては消えて行く。


「一号機は直線の性能は良かったけどコーナリングがな、今回は小回りが利く様に改良したし、小さくまとめた事で耐久性も上がり、完全に内部構造を密閉した事で耐水防水もばっちりで耐塵も完備」


<!!>


 ユウヒの説明に歓声を上げる精霊。以前より全体的に小さくなった印象のあるバイクであるが、その重量は以前と変わらず、内部空間の無駄を省きより高耐久に仕上げられた理由は、分解した際の損耗が思った以上に酷かったためだ。


「まぁ、一部装甲が弱くなっているけど、風の精霊のお墨付きがもらえる空力特性があるから走る分には問題ないだろ」


<!>


 また今回はタイヤを小さくしたことで余った樹脂を装甲に使う事で、ハンドル可動部も全てが覆われている。これにより水没しても何ら問題なく走行が可能であり。内部機構に砂や泥が入り込むことは無い。これは燃焼機関を用いない機構だからこそ出来る事であり、固定概念と箍が外れたユウヒの仕上げは精霊達も納得の作りとなっている。


「他は色々足りなかったから中途半端だけど、動力周りは強化できたし、走らせるのが楽しみだな」


 すでに走らせることができる状態であるユウヒ命名のバイク二号機。しかしまだまだ手を入れたいが入れられない部分があるのか少し不満そうにため息が洩れる。


「あとはこれか……」


<……>


 だが、そんな事よりもっと重要な装置がこのバイクには導入されており、バイクの座る場所であるシート前あたりに取り付けられたタッチパネルを触るユウヒは、魔力を流す事で起動した模様の一つを指先でつつく。


「それじゃ起動させるぞ?」


≪……≫


 指先でつつかれたタッチパネルには、『ウォーターアブソーブスタンバイ』という文字が浮かび上がり、ユウヒの視線に集まった精霊達は動きを揃えて頷いた。


 精霊の返事に頷いて答えたユウヒは、もう一度タッチパネルを人差し指でつつく。


「お、おお?」


 瞬間、倉庫内に立ち込めていた湿度は下がり、それは肌感覚で分かるほどに明確な違いであった。作業の為にポンチョを脱いでいるユウヒは、上半身もシャツ一枚で汗だくの状態であったが、急激な湿度の低下によて肌寒さすら感じ始め、一気に汗が引いて行く感触は疲れたユウヒに爽快感を与える。


「これはすごいな、ここまで急激に乾くものか」


<!?>


 バイク2号機に新しく搭載されたのは、スタールに流れ着いた宝玉である。しかしその宝玉はそのまま搭載されたわけでは無く、ユウヒによって魔改造が施された後の別物と言って良い物であり、その性能にはさしもの精霊も驚くばかりのようだ。


「あ、でも予定通り一定の湿度以下にはならないかな? どう?」


<!>


「問題なしだな」


 倉庫内に溜まっていた湿気があっと言う間に消えた様に感じるが、魔改造宝玉には危険なレベルまで湿度下がることが無いようにセーフティも導入されている様で、水精霊から伝えられる意思にユウヒは笑みを浮かべる。どうやらユウヒの箍が外れた割に問題が無い様で、やはり元となる物があるのと無いのとでは出来が違うのかもしれない。


「バイクの内蔵型の連動は、してるな」


 またバイクに搭載されている宝玉は連動する二つが存在し、片方は取り外し可能でもう片方はバイクから取り外すことが出来ない仕様である。


「これで走り回ってるうちに水が回収できるな」


 これにより様々な状況にも対応が出来るが、主な用途は走行中のぬかるみ対策であり、またきれいな水の確保を容易にするためだ。尚、精霊達に大量の水を吸収するつもりが無いと言いつつ、現在宝玉に溜め込める水量はちょっとした高層ビルの一日の使用量に匹敵するのだから、やはりユウヒの頭はネジが数本抜けているのであろう。


「範囲もそれほど広くないし、問題なさそうだ」


 それでも多少は自重しているのか、宝玉を中心に水を吸収する範囲はそれほど広くない様で、倉庫の入り口の隙間から見える外には、街灯の光を反射する水たまりやぬかるみが存在していた。


 そんな外の様子にほっと息を吐くユウヒの視界に人影が写る。


「あのー? ユウヒ様居ますか?」


「ん? どうしました?」


 来訪者はサヘラの様で、倉庫の扉を少し強めにノックした彼女の声にユウヒは小首を傾げながら返事を返すも、そろそろ夕食に時間だとお腹が告げたことで納得した様に顔を上げた。


「伝令の方が来てて、今大丈夫ですか?」


「あ、はい。どうぞどうぞ」


 しかし要件は違ったようで、なにやらユウヒに伝令兵が来ていると言う。その返事に少し肩透かしを感じるものの、伝令と言う事は緊急の用件だろうとすぐに扉を押し開いて客を招き入れる。


「あの」


「ありがとうございます!」


「ははは」


 招かれた伝令兵はサヘラに元気よく返事を返すと、苦笑いを洩らす彼女の隣に立ち胸を大きく張って敬礼をして見せた。


「失礼します! 伝令です! 代官ガスターより相談したいことがある為、明日朝、空いている時間で良いので代官所へ来てほしいとのことです!」


「相談……わかりました。明日の朝、そうですね朝食後に伺います」


 伝令内容は代官所への出頭、すでに慣れたものでユウヒは相談という言葉に少し不思議そうにしながらも、気負うことなく返事を返し、どこかそわそわした表情を見せるサヘラに目を向けると、朝食の後に伺う旨を伝令に伝える。ユウヒの勘は当たっていたのか、朝食後という言葉にサヘラは笑みを浮かべていた。


「了解しました! 失礼します!」


「……なんだかすごく張り切ってましたね」


「元気だったね」


 とても元気な伝令兵を見送った二人は、駆けて行く伝令兵の背中を見詰めながら目を瞬かせる。二人して驚くほどにその兵士は元気が良く、また表情も生き生きしており、駆けて行く足取りも随分と軽そうで、二人の意見には精霊も同意見なのか不思議そうに瞬く。


 しばし伝令兵を見送る二人であったが、サヘラは何かを思い出したかのような仕草でユウヒに目を向ける。


「あ、もうすぐ夕食です。大したものは無いんですけど、川魚が手に入ったので今日は魚料理です」


「お! それは嬉しいな」


 どうやら元々彼女は夕食の準備が整ったことを伝えに来たようで、川魚と言うワードに目を輝かせるユウヒにサヘラは嬉しそうの微笑む。


「ふふ、お待ちしております」


 スタールは美味しい川魚が食べられる事でも有名な観光地であり、その料理に期待していたところがあるユウヒの嬉しそうな表情は、宿の娘であるサヘラにとっても嬉しいことのようだ。


「……相談か、なんだろね」


<?>


 妙に足どりの軽いサヘラを見送ったユウヒは、宿に戻る為に荷物を片付けながら、伝令兵の事を思い出して肩に乗った精霊に問いかける。しかし茶色の精霊は分からないと言った様子で横に揺れると、そのまま肩から転がり落ちて行く。


 バイクの完成で気分の良いユウヒは、明日の朝いったいどんな話を聞かされるのか、若干の不安を感じていたのだが、そんな不安は夕食の川魚料理の美味しさですっかり消えてしまう程度であった。



 いかがでしたでしょうか?


 スタールに来た目的の一つである川魚を堪能したユウヒ、少しずつスタールに滞在する理由が無くなっていくユウヒの明日は……。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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