第76話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
スタールが大量の水に襲われた日、その日の内にはトルソラリス王国に仕掛けられたすべての宝玉が爆発し、国境に忍び込んでいた帝国軍が持っていた宝玉もまたすべて同じ道をたどった。
「本隊全体での損耗率は2割と言ったところですね」
「輜重兵が持って行かれたのではもう戦いにはならんぞ」
そして現在は翌日早朝、夜通し他国の領内を違法に行軍した帝国の兵士達は蜘蛛の細い足のように伸びた帝国領内にて休息をとっていた。
その夜通しの行軍についてこられたのは一部であり、行軍中に宝玉の爆発が発生し輜重兵の大部分が行方不明、生き延びた者も物資を捨てて何とか生き残っただけであり、彼等にはもう戦う術はない。
「幸運なことに先遣隊は壊滅、帰るまでは持ちそうです」
「皮肉だな」
そんな彼らが戦いにならずとも生き残れると確信している理由は先遣隊の壊滅、輜重兵の大部分がその意味を無くしてしまった状況であっても、人が少なければ少ないほどその腹を満たす物資は少なくて済むのだ。皮肉だと吐き捨てる指揮官の声に覇気は無い。
「しかしこれで宝玉が兵器として使えると分かりました」
「馬鹿が、コストが合わん」
「……」
目に見えて覇気のない上司を励まそうと思ったのか、豪華な鎧兜を身に着けた若い男性は、宝玉の兵器転用について触れるが、彼等にとって宝玉はそう安く手に入る様なものではない様で、指摘され肩を落とす男性に周囲は苦笑を浮かべて目だけで慰め合う。
「失礼します! ドワーフ王国からの斥候が複数現れました」
どこか緩く疲れ切った空気が流れる場所に大きな声が乱入する。それは伝令兵の様で、緊急事態の報告に来たようだ。
蜘蛛の足のように伸びた帝国領は、その形故に周囲の国との国境が非常に近く、そこに軍が留まっているとなるとすぐに周辺国は慌ただしくなる。なにせ帝国の足と呼ばれる細長い領土は周辺諸国を食いちぎる様に戦い増やしてきた領土であり、帝国と言う国の性質上、休戦状態であってもいつまたその足を延ばし始めるか分からないのだ。
「……潮時でしょうな」
「くそ、これでは……いや良い、帰るぞ」
「はっ」
実際に戦う事は少なく、早く国境付近から軍を動かせと言った圧力でしかない。しかし世の中は弱肉強食、相手に戦えるだけの力が無いと分かれば喰われるのが常である。悪態を吐き捨てた指揮官が帰ると言って立ち上がると、帝国軍は慌ただしく隊列を整え、悠然と旗を上げてゆっくりとした足取りで帝国へと進みだすのであった。
一方場所は移り早朝のスタール、街を囲む外壁をさらに囲む様に作られた氷壁、その足元である外壁と氷壁の間をユウヒが歩いている。
「うむ、良い感じに硬いな」
氷壁の土台部分である土壁は見違えるほど立派な石壁に変わっており、その表面を掌で撫でるユウヒは満足気に頷く。どうやら朝から土壁を石壁に変える作業を行っていた様で、【飛翔】の魔法でぬかるみの上を歩きながら、土壁を魔法で石壁に変えると言う器用な事をしていたようだ。
「それにしても、まさか水が噴き出すとは思わなかった」
普通の魔法士が見たら頭を抱える様な事をやってのけるユウヒは、次の土壁に向かって歩きながら足元の状況に溜息を洩らす。足元はぬかるみと言ったが、実際は底なし沼の様な状況に近く、一歩足を踏み入れれば身動きが出来なくなる有様なのだ。
そんなぬかるみも、水の精霊と土の精霊が飛び跳ねて何かしているようなので、近々改善されるだろう。そんな様子に目を向けるユウヒは次の土壁までやってくると魔法を使いあっと言う間に土を石に変えてしまう。
「あとあと石材として切り出すと言っていたからあまり固くは仕上げられないけど、コンクリートくらいには固いしいいよね?」
ユウヒの魔法は全て彼のイメージ、妄想の力にってその効果を変え、使用する魔力の量でさらに強化される。普通の魔法士にとっては恐ろしい量でも、ユウヒにとっては小さじ一杯と言った感覚の魔力は、周囲の土壁を地球の日本でよく見るコンクリートほどの固さに揃えられているが、彼の作り出す石材は現代社会でもハイスペックな石材に仕上がっていた。
「氷壁部分も予定通りの溶け具合だし、あとは水が引いてくれたらな」
相槌を打つ石の精霊を頭に乗せたユウヒは、頭上から落ちてきた水の雫に顔を上げると、半分以上溶けた氷壁に小さな溜息を洩らす。壁の外はまだ水が引かない様だ。
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「ん? このあと? そうだな……変えてもらった部屋で水浸しの道具を整備してもいいし」
スタールの外縁をぐるりと歩きながら土壁を石壁に変えるユウヒ、遠くを見ればスタートだった北側の壁が見えており、昼にはまだまだ早い時間だが石壁作りの作業は終わりそうだ。
そんなユウヒの予定は、精霊が期待している様な精霊と遊ぶなどではなく、水浸しになった道具の整備である。スタールに滞在する間に増えた荷物は部屋と一緒に水浸し、それらを放っておけばいくら砂漠とは言えカビが生えてしまう。
「あ、その前にバイクだな。あれは一回ばらして作り直した方が早い気がするし」
だがそれ以上に大変なことになっているのが倉庫に置いていたモンスターバイクである。馬のように大きなバイクは完全に水没、様子を見に行った時の泥だらけな状態を思い出し歩くユウヒは、思わず口からため息が洩れ出す。どうやら修理では利かないほどに汚れてしまっている様だ。
「まさか宿の一階部分が水没するとは思わなかったよ。倉庫なんて一部損壊でしょ?」
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「気が付いた時にはダメだったか、バイクも上から下まで泥だらけだったよな……はぁ」
そんなバイクの状態をユウヒが知ったのは精霊の知らせによってであり、精霊達が気が付いた時にはユウヒの泊まる宿の一階部分は完全に水没、ユウヒの部屋も一階だったので荷物も逃れる事は出来ず、さらに低い場所にある馬車倉庫は一部倉庫が傾くほどの被害を受けていた。
ただでさえ水浸しになれば使い物にならないものが多く出るもので、特に通気性を最優先に考えられた建物が多いスタール、そこを襲った洪水から逃れる術は意志を持たぬバイクには無かった。
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「動かすのも怖いよ、別に防水対策なんてしてないしエアレスタイヤの隙間も泥で詰まってるし」
バイクもそこまで気密性を考えて作っておらず、汚れた状態で試運転など、どこに泥が入っているか分からず考えただけで恐ろしいと言った様子で呟くユウヒ。エアレスタイヤに至ってはすでに泥入りタイヤに変貌していた。
「先ずはバイクだな」
思い出せば思い出すほどに早く何とかしたいと言う気持ちが湧いてくるユウヒは、次の予定をバイクの修理、いや作り直しに決めたようだが、
「その前に倉庫を綺麗にして良いか聞いておかないと」
そのバイクをどうにかする前に倉庫を何とかしないと何も始まらないと思い出し、やりたい事の前に立ちふさがる問題の多さに肩を落とした彼は、揺れる頭の上で跳ねる石の精霊に慰められるのであった。
ユウヒが山積みの問題に頭を悩ませる一方で、街の人々も生活の再開で頭を悩ませていた。
「はぁ、腰に来るわ」
「お母さん少し休んだら?」
実際は考えるより行動しなければ始まらない状況で、頭より土砂を掻き出すことで酷使した腰の疲れに悩まされていた。一階を土砂に飲み込まれ水没してしまった宿の女将も、箒を手にしながら反対の手で腰を押さえて唸っている。
「何言ってんだい、休むのはアンタでしょうに? 病み上がりだよ?」
「私は全然大丈夫だよ」
一方で病み上がりのはずの娘であるサヘラは元気なようで、折れていた足は何の問題も無く軽快に動いていた。
「ほんとかねぇ?」
「ユウヒ様のお薬の効き目がおかしいんだよ、前より体調がいいくらい」
それもこれもユウヒの持ってきた薬が原因である。骨折を治せばいいだけの薬は、ユウヒの凝り性と精霊の悪乗りで強化され、その薬で強化されたサヘラは疲れ辛くなった体で楽しそうに床の土砂を押して外に掻き出す。
「ユウヒさんにゃ悪いことしたねぇ……」
「部屋一階だったもんね……」
何から何までよくしてくれるユウヒに頭が上がらないと言った様子の女将は、頬に手を当て小さく俯く。特に何も考えずにユウヒの泊まる部屋を1階にしたことを悔やんでいる様で、部屋の状態を確認したサヘラもしょんぼりとした表情で呟く。
「そっちもだけど、ほら倉庫の遺物? あれがもう完全に沈んじゃってたから」
「そういえば、ユウヒ様は遺物乗りだったんだよね」
「そうそう、馬より大きな遺物でね? それが泥だらけになってて、ユウヒ様も言葉を失ってたよ」
部屋の惨状もさることながら、女将が一番気にしているのが遺物と皆が呼ぶバイクの事についてだ。
女将として宿の状況はいの一番に確認しなければと、避難所から駆け付けてみれば宿は水没、倉庫も一部損壊、一つ一つ馬車庫を開いて確認して行く中で見たユウヒの遺物の悲惨な状況。思いだしただけで眩暈を感じそうな状況で、彼女より先に倉庫に来ていたユウヒの姿を思い出すと申し訳なさで胸が苦しくなる女将は、また一つ溜息を洩らす。
「遺物って高いんだよね?」
なにせ遺物は高い、本当に高い、それがこの世界の常識である。
「金貨が最低でもうん十枚、真面に動く物は千枚とか二千枚とかいるなんて、キャラバンの人達が言ってたね?」
「……どうしよう、補償とか」
もし補償とか言われた日には宿が傾き、下手すれば潰れかねないほど高価な品が遺物である。遺物が嫌われる理由はそんな補償関係の心配もあるのだ。
「ユウヒさんは大丈夫とは言ってたけどねぇ」
だがユウヒに補償を迫る気など全くない。何せ自分で作れるのだから、寧ろ作ることに喜びを感じるタイプの異常者である。壊れたら困ったと言いながら笑顔で修理するタイプの人間が、特にお金もかからない修理に補償を求めるだろうか、しかしユウヒの事をあまり知らない人間にとっては不安を感じてもしょうがない状況だ。
「だいぶ綺麗になりましたね?」
「あ、ユウヒ様」
そんな不安が頭の中を渦巻く二人に声を掛ける不安の元凶、朝一で確認した時よりずいぶんと綺麗になった宿のロビーカウンターにユウヒの表情は少し驚く様に明るく嬉しそうである。
「まだまだこれからだよ」
「大変ですね……ちょっと相談があるんですけど」
「そうだん?」
先ほどまでの話題の中心人物の登場に、若干ぎこちない笑みで受け答えする女将。彼女の表情に小首を傾げるユウヒだが、気にしないことにして相談を持ち掛ける。
「バイク、遺物を修理しないといけないんで倉庫を綺麗にしていいかなと」
「倉庫の掃除はもう少し待ってもらって良いですか? 先に宿内を綺麗にしないといけないので」
相談内容はバイクを置いている倉庫の掃除、倉庫の掃除も宿の人間の仕事であり、女将自身も早めに始めたい事ではあった。しかし宿の復旧作業にも優先順位と言うものがあり、気持ちでは優先して上げたくてもそう簡単な話ではない。
現在も宿では従業員総出で掃除やメンテナンスと言った復旧作業が行われており、その中でも倉庫は少し後回しにせざるを得なかった。
「許可貰えればこちらで綺麗にしますので」
「いいのかい?」
しかしユウヒの相談は、早く優先して倉庫を綺麗に掃除してくれ、と言うものではなく、勝手に掃除して良いかと言うものである。普通そんなことを言い出す客はスタールには居ない、居たとしても商人がさっさと次の街に行きたいからと壊れた倉庫の扉を開く様にするくらいで、倉庫の中の掃除など考えもしないだろう。
「はい、何だったら自分の使う範囲で倉庫も修理しときましょうか?」
「……そこまで頼めないよ」
しかし商人も現状では何もできず、困ったと言って避難所や無事な宿の部屋に引きこもるだけである。
そんな状況で倉庫の修理までやると言い出すユウヒに女将は思わず腰が引け、サヘラは驚いた様に目を瞬かせ、母親とユウヒの間で目を泳がせていた。
「それじゃ倒壊しないように補強だけしときます」
「それならまぁ、ねぇ?」
恐縮しきりの女将に苦笑を浮かべるユウヒは、本来なら交渉する立場が逆の様だが、巧みな話術で女将に譲歩を引き出させるとニッコリと笑生浮かべる。不安そうな宿の母娘二人には理解出来ないが、表情に出るほどにバイクを弄りたくてしょうがないようだ。
「それじゃ倉庫に居ますので、何かあれば言ってください」
「あぁうん……気を付けるんだよ!」
「はーい」
魔法の所為か気持ちの所為か、足どり軽く歩きだすユウヒは女将の声に振り替えると元気よく返事を返して土砂で汚れた宿の正面入り口から外に出て行く。
その後ろ姿を見送る母娘は、示し合わせた様に互いに見つめ合い小首を傾げる。
「ユウヒ様、凄いね」
「遺物を修理できるんだねぇ」
色々と驚きの情報が台風の様に過ぎ去って行き未だ混乱中の二人、何がどう凄いか説明しろと言われてもまだ情報を咀嚼しきれていなさそうなサヘラはただ凄いと呟き、一番気にしていた遺物を修理すると言う言葉に驚く女将。この世界の遺物使いは基本的に使うだけ、遺物を扱う職人でも完全に壊れた大型遺物を修理出来る者など数えるほど、一から作る人間などそれこそ国が囲う様な人種である。
だからこそ最初にバイクを作った時は、周囲が秘匿に必死になったのだ。そんな事気にもしてないユウヒは半壊した倉庫の扉を押し開くと、腰に手を当て悲惨な状況の倉庫を見渡し鼻息を洩らす。
「それじゃサクッと水洗いだな」
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若干の開き直った感があるユウヒは、ポンチョを風ではためかせると魔力を内から汲み上げる。その魔力に誘われ現れた精霊達は良く分からないが元気よく返事を返す。
「手伝ってくれるか、水を用意するから丸洗いにしようか!」
どこか可笑しなテンションを見せるユウヒは、楽しげに笑う精霊達と倉庫の掃除に取り掛かる。その為にまず用意する物は、現状スタールを一番苦しめている水であり、苦しめているだけあって元となる水は周囲にいくらでもある為、魔力の過剰供給で少し? やりすぎてしまうが、それはいつもの話ではあった。
いかがでしたでしょうか?
息つく暇なく復興に走り回るスタールの人々、その中で今度は何をやらかすのか、箍の緩みを感じる笑みのユウヒは手始めに大量の水を生み出したようですね。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




