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第75話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。





 日の落ちたトルソラリス王国、その南端に位置するサルベリス領スルビル。


「お父様」


「おお、どうした?」


 その街の領館には公爵令嬢、薄手の簡易なドレスを見に纏うシャラハが、書き板と丸めた羊皮紙を抱えて遅くまで仕事をしている父親の執務室に姿を現していた。


「水樹畑の報告がまとまりました」


「そうかありがとう、読ませてもらうよ」


 自らが夜遅くまで働いている事で、遅くまで起きている娘に強く言えないランシュードは、小さく溜息を洩らすと手に持ったペンを置いて羊皮紙を受け取る。


「洪水の方はどうですか?」


 複数枚を纏めて丸めてある羊皮紙を広げて読み出すランシュードに、シャラハは洪水について問いかける。


 そう、スタールを襲った災害は止まることなくより低い場所でへと南下、途中の様々な街や関所を薙ぎ倒しながらサルベリス公爵領にも多大な被害を及ぼしていた。その被害の調査と対応の為に今も二人は働き続けており、いつもなら娘の労働に苦言を洩らす父親も、思わぬ災害を前には口を噤まざるを得ない。


「それがな……隣領で随分と大きな鉄砲水が起きて街がいくつか飲まれたそうだ」


「そんな……」


 しかしスタールの代官ほど焦燥した雰囲気のないランシュード、寧ろ隣領で街が飲み込まれたと言う情報に心を強く痛めているほどで、どうやらサルベリス公爵領では壊滅的な被害は起きていない様だ。


「だがスルビルにはほぼ被害が無かったであろ?」


「ええ、街道が川になっている姿なんて始めて見ましたが、飲まれるほどでは」


 スルビルの街には今回の災害で目立った被害はなく、街道が川になったぐらいの様だが、スルビルに住む人々にとっては天変地異と変わらない災害である。しかしランシュードの元に届く話はどれもスルビルの現状が霞んで見える被害ばかりである。


「うむ、水樹畑の方がひどかったとか、緑木の植林地も冠水したのではないか?」


 かと言って全くなん問題も無いかと言えばそうでもなく、街道が川になった事で現在は通行止めになっており、また成長が早く材質にも問題が少ない事で様々な場所で利用されることが多い緑木の植林地には、大量の水が流れ込んで少なくない被害が出ている。


「はい、詳しい数字はそちらに書いていますが、樵夫が何名か流されてしまって怪我したそうです。水が流れ込んできて喜んでいたら足を取られ踏ん張りが効かず、砂海までずっと流されて体中打撲でいっぱいだったそうですよ、ふふふ」


「おいおい、笑ってやるのはかわいそうだろ」


 死人が出る様なことが無かったとは言え、普通に考えれば大事故でしかない緑木植林地の被害について話すシャラハ。しかし彼女は堪え切れずと言った様子で笑い出してしまい、その様子に驚くランシュードが少し訝し気な様子で注意するとシャラハは少し申し訳なさそうに頭を下げる。


「それが……ふふふ、あまりに嬉しくてしばらく水遊びしていたらしく、心配した親方さんに殴られたほうが重症だそうで」


「……まったく、何をやってるんだ」


 しかし彼女の話す内容を聞いたランシュードは、それまで感じていた娘への感情がどこかに飛んで行ってしまい、今度は困った様に頭を抱え始めた。どうやらシャラハが話した親方と言う人物は度々問題を起こす様で、何を思い出しているのか頭を抱えたランシュードは深い溜息を吐いている。


「枯れ始めたものや未成熟な緑木が倒れてしまったりと結構な被害も出てますが、まだ良い方だったのですね……」


 一方で苦笑を浮かべるシャラハは、父親の机から羊皮紙を一枚拾い上げて顔を顰めた。そこには隣領の被害状況がまとめられており、予想以上に酷い状況を見てシャラハは小さく呟く。


「うむ、スルビルが無事だった原因もわかっている」


「原因ですか?」


 原因、そう語るランシュードは背筋を伸ばして娘を見詰めるが、すぐに一枚の書類を手に取って難しい表情を浮かべる。


「三叉路オアシスに向かう途中に風の吹き溜まり峠があるだろ?」


「はい、よくウィードが溜まる峠ですよね」


 風の吹き溜まり峠とは奥まった特殊な地形によって風が渦巻き止まる場所、それはユウヒがスタールに向かう道中で冒険者に絡まれた場所だ。今回のウィード大量発生によって通行止めとなった峠は、ユウヒが通った後も冒険者によってウィードの駆除が続けられていた。


「うむ、あそこはウィードの死骸と砂溜りで道が塞がれるから定期的に砂掻きを行うんだが、基本的にそれしかない。緑木も少し生えていたがすっかり枯れてしまっていた」


「はい、今年に入った時点でもう枯れていたはずです」


 多少の植物が生えてはいたが、強い風が吹くたびに埋もれることで大きく成長できず、さらにウィードが積み重なる事で運よく根を張った樹々も大きくは育てず、今回の干ばつでそのほとんどが枯れてしまった寂しく危険な峠。


「…………あの辺は危ないから行くなと言っていたはずだが?」


「…………」


 本来そこは冒険者などの限られた人間や護衛を付けた人間しか立ち入ることが無く、シャラハは近付くこと事態を禁止されていたようだが、まるで見て来たかのように話す彼女は自らの失言に気が付くと、父から向けられるジト目から逃げるように顔を真横に向ける。


 どうやら彼女も風の吹き溜まり峠に興味がある様だ。


「はぁ、まぁその枯れ木しかない筈の峠にな、巨大な緑木が根を張っていた」


「……へ?」


「それも一本や二本ではない。一本の巨木を中心に幾本も根を地面に這わせているのだ」


 砂と風と魔物しか目立ったものが無い、曲がりくねった登り道から見下ろせる一際大きく凹んだ峠。その風の吹き溜まり峠には現在目を疑うような光景が広がっていると言うランシュード。


 峠にはその地形から大量の水が流れ込んできており、小さなダムを一時は形成するもすぐに決壊、本来ならスルビルは壊滅していた可能性が高かったのだが、それを守ったのが謎の緑木の大木群。


 峠は元々サルベリス公爵領にとって他領からの最短ルートと言う意味合いしかなく、それ以外では人々に害意を及ぼす厄介な土地で、近隣の他領も欲しがらない様な厄介な峠である。


「そんな、そんなことありえないですよ、あんな水の枯れた風の強い場所に……多少は水がある可能性を信じて根の深い低木の樹を植林するつもりでしたのに……ぁ」


 そんな厄介者を何とか有効活用できないかと言うのが、シャラハの思惑だったようで、最近も見に行っていたのだろう言い草に、ランシュードの目はじわじわと細くなって行き、彼女が気が付いた時には目の奥から鋭い眼光が洩れ出る様に細くなっていた。


「まったく」


「…………」


 しばしの間見詰め合い沈黙を堪能したシャラハはまた首を横に向けるが、その首は錆びた機械の様に動きが悪く、ランシュードは諦めた様に溜息を洩らす。何故なら彼女の姿は彼の人生を振り回し続ける妻の姿にそっくりなのだ。この先の事を考えると、無駄な注意は諦め安全な場所に誘導した方が早いと、彼に言葉を飲み込ませるのは毎度のことである。


「まぁその巨木が水を受け止めてしまっていてな、今も水を吸って成長しているそうだ」


 娘の今後の動きに注意する必要があると心の緒を締め直すランシュードは、再度峠の話に戻るが、やはりその話は信じる事が出来ない様なもので、乾いた大地に根を張り鉄砲水を受け止めるだけでも異常であるにも拘らず、水を急激に吸い上げ今も成長していると言う緑木。


「そんなことが……まさか」


「いやいや、彼に期待するのはわかるが流石に魔法使いとて万能ではない筈だ」


「……」


 そんな緑木の話など聞いたことが無いと俯くシャラハの脳裏には一人の人物の顔が浮かび上がるが、すぐにランシュードから否定される。何故ならランシュード自身、巨大な緑木の姿を見た時にそこを通ったであろう人物の後ろ姿を思い浮かべてしまったからだ。


 しかしそんなことはありえない。いくら魔法使いとは言え万能であるわけがなく、ユウヒの使う魔法や技術の先に巨樹を生み出す何かを想像できなかった。それ故に否定の言葉を使ったランシュードであるが、しかし疑念が残るのも事実である。


「魔女の目撃情報もある。そちらの線も考えている」


「魔女ですか……」


 そんな疑念を払うために口にしたのが、魔法使いと並ぶ異常な存在である魔女。人の目から隠れるようにして生活すると言われる魔女は、植物を用いた様々な技術に長けていると言われ、時折街に買い出しに出てくる特徴的な服装は、魔法使いよりもまだ一般人にとって現実的な存在である。


「……とりあえずはスルビルが無事でよかったとしておこう。水も街道が川になるぐらいには流れて来ているからな」


 そんな可笑しな人間が引き起こす可笑しな事態は深く考えても仕方ない、そう言いたげに話しを切ったランシュードは、現状を前向きに考えようと小さく笑う。実際問題これまで干ばつで苦しんでいたところに降って湧いた大量の水である。多少荒々しくもあったが、これによりこれまでどうにもならなかった問題はほぼ全て解決するのだ。


「そうですね、水が引いたら街道を整備しないと、砂で街道の一部が埋まっているそうですし」


「うむ、これからが大変だな」


 急激な衰退の後の奇跡で歓喜が満ちるサルベリス公爵領、スルビルの館で微笑み合う親子であるが、果たして何の問題も無く生活が元に戻るのか、それは神にもわからない。少なくともやることが多くて大変なのは確かである。





 一方で、大変な事しか起きてないスタールの代官所の一室は張り詰めた空気で満たされていた。


 居合わせているのは三人、苦笑いのユウヒとお腹を押さえたガスター、その隣には難しい表情で宝玉を見詰めるガスターの側近でもある男性秘書。


「そんな馬鹿な……」


「大変なことになりましたな」


「ええい、他人事ではないのだぞ!」


「十分驚いています」


 ユウヒから宝玉の秘密を伝えられたのであろう顔の蒼いガスターは、どこか他人事のように聞こえる秘書の言葉に苛立つも、彼の言葉と顔色に口を噤むと大きく息を吸ってすぐに吐く。秘書の顔も十分に蒼いようだ。


「本当に、本当にその宝玉は帝国製なのか?」


「ええ、帝国製の量産宝玉ですね。こっちは遺物ですけど、そっちは現代で作られたものです」


 彼らが最も気にしているのは宝玉の大半が帝国製であると言う事、嘘であってほしいと、否定してほしいと言う感情のまま呟いたガスターの言葉は、無慈悲なユウヒによって現実だと押し潰される。


「遺物を作り出したというのか、しかもそれが王国に埋設されて……」


 彼らが否定したくなるのも仕方はなく、遺物の複製などと言うのはドワーフの専売特許であり、それでも全く同じような物を作り出せたと言う話は聞かない。それがどうだろうか、目の前には見た目も性能もほぼ変わらない遺物の複製品が存在し、しかも帝国がそれを成し、さらには王国への攻撃に使われたのだ。


 最悪のシナリオを考えれば、ガスターじゃなくても顔を蒼くするし、お腹の痛みに顔を歪めるであろう。


「と言っても欠陥品ですけどね? 耐用年数が短くばらつきが酷いし、安全装置が無いので際限なく周囲の水を吸います。多少制御できますが、本来の用途としては使えません」


「本来の用途?」


 一通り簡潔に説明された内容を聞けば同じものの様に思える宝玉、しかし詳しく知るユウヒにとっては欠陥品以外の何物でもない。詳細を省いて聞かされていたガスターは秘書と一緒に首を傾げた。


「そうですね、これは空気中の水分を一定以下に調整し、零れたり溢れたりする無駄な水を吸収するものです。要は閉じられた空間の空気環境などを整える目的の遺物ですね」


「これが」


「同時に綺麗な水をためておけるので、循環させることで水が制限された場所でも補給なしに長期間活動できます」


 宝玉本来の機能は宇宙船と言う閉鎖された過酷な環境を正常に維持管理する機械の一つであり、大地から水を根こそぎ奪い取るような干ばつ製造機でも無ければ、突然爆発して広範囲に水害を引き起こす爆弾でもない。その本来の用途を説明されたガスターは、宝玉をじっと見詰めると、遥か古代で宝玉が利用されていた状況を思い浮かべ目を細める。


「なるほど、過酷な地域で活動するには必須ですね。我々人種はこの広い巨人の砂場に根を張っているとは言え、実際にはその2割も解明できていない。古代文明はこの地全てを手にしていたと聞きます。しかしどうしてそんなことがわかるのですか?」


 現在砂の海に住む人々は、この地の2割も解明できていないと言うガスター。しかしそれは少しでも人族を良く見せようと言う見栄から零れだした言葉であり、いいとこ1割と言うのが実際のところである。


 一方で古代文明は、この砂の海を余すことなく活用していたと言う文献が遺跡から見つかっており、古代人については今も様々な国の考古学者が調べているのだが、いろいろと知ることができるユウヒとしては、その程度の規模ではないだろうなと、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


 何せ宇宙船用である。とてもそんなことを彼らに説明できない。


「え、あー……まぁ精霊達が調べて来てくれるので」


「精霊ですか……」


 全ての罪? を精霊に擦り付けるユウヒ。


 周囲の精霊達は突然の事に驚くが、彼女達もまた今の人族を見て来ているのだ。遺物一つで右往左往する彼らが、ユウヒの教えてくれた内容を受け止められるとは到底思えず、仕方ないなと言わんばかりに点滅する様に輝くと、楽しそうに笑い声を上げるのであった。



 いかがでしたでしょうか?


  ユウヒの足跡によって救われたスルビル、一方で救われないガスターの胃、そしてユウヒは何を思うのか、次回もお楽しみに


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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