第73話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
朝から災害に見舞われたスタールの街の空はじわじわと透き通る様な青を赤く色付かせていた。
「日が落ちて来たな」
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低くなって行く日に目を向けたユウヒは、赤い日と同じ丸でもひんやりとして透明な膝の上の宝玉を見詰めると、少し納得がいかない表情を浮かべてバッグに仕舞う。そのそばでは精霊達がゆったりと宙を漂っており、心なしか草臥れた様に瞬いている。
「水も少し引いたか?」
その様子を見て微笑むユウヒは、ゆっくり立ち上がると外壁の縁に登って周囲を見渡す。低くはなってもまだまだ乾いた大地が見当たらないスタール周辺、ユウヒが作った壁には今も水が流れ打ち付けており、壁を撤去するには早そうだ。
「うーん、街の中が随分水没しちゃったな」
<……>
壁の外を見回していたユウヒは、くるりと踵を返すと今度は壁の内側を見渡すために反対の縁へと昇り、篝火が焚かれ始めた水浸しのスタールに小さく唸り呟き、その呟きに集まってきた精霊達も心配そうである。
「見た感じ街の人はまだ避難したままみたいだな」
スタールの街を動き回っているのは、ほとんどが兵士や冒険者、よく見ると篝火の光を反射する鎧を着た騎士然とした人々もいるが、その中に住民の姿は見えず、火事場泥棒も息を潜めている様だ。
「俺はどうしようかな? 今晩ここで明かしてもいいんだけど」
じっくり街を見渡したユウヒは、その水没してしまって移動するのも一苦労する様な街の様子に眉を寄せて呟く。宿に帰っても人が居なくなっていそうであるし、部屋も無事か分からない、最悪の状態を想定すると外壁の上で一晩過ごすのもやぶさかではないと言った様子だ。それほどにユウヒは疲れていた。
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「うん、明日は体バキバキになってそうだけど。荷物も多いしな?」
心配そうに気遣うのは白く明るい精霊、彼女の声に顔をそちらに向けたユウヒは、苦笑を浮かべると荷物と口にして視線を外壁中央に向ける。そこには水晶で出来た三つの山が出来上がっており、ユウヒの疲労の原因の半分はその山三つ分の宝玉調査の為であった。
「こんなに流れ着いてるとは思わないよね」
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<!!>
「そっちで把握していたより多いの?」
呆れた様子のユウヒに、精霊達は思い思いに声を上げ、それによると水を精霊を筆頭に調べていた宝玉より明らかに量が多いらしく、ユウヒは訝し気に首を傾げた。何故なら彼女達は把握している量に比べて多いと言ったのだ。その把握とはいつの段階で行ったものなのか、彼女達の誘導する様な意思を感じたユウヒは、しかしその囁き声に悪意を感じない事に苦笑を漏らす。
要は彼女達の悪意のない善意や、無邪気な行動に振り回されたと言う事であり、そう言うところが人に畏れられる部分なのであろうと理解したからだ。
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<!!!>
「おや、どうしたんだいそんなに急いで? あまり良い知らせじゃないなら聞きたくないなぁ」
だからと言って彼女達を咎める気は無いユウヒは、空高くから急降下してきた精霊に目を向けると、嫌そうな表情で彼女達を見詰める。慌てて飛んできた様子の精霊を見れば、その理由に面倒な気配を感じると言うもので、聞きたく無さそうにしているユウヒに気が付いた風の精霊は彼の前で忙しなく動いて瞬き、普通の人には聞こえない大きな声を上げ始めた。
<……!!>
<!?>
どんなに耳を塞いでも聞こえる様な大声で叫ぶ精霊達、その話はユウヒの予想通りに面倒事であり緊急事態であり、同時に聞かされたところでどうする事も出来ない内容でだった。しかし精霊にとっては困り事であり、今すぐどうこうと言った問題ではなさそうだが、ユウヒに聞かせておくことで、万が一の時は手伝ってもらおうという魂胆である。
「はぁ……? いやなんだろう、帝国ってどれだけこの国潰したいんだ?」
しかしその行動には悪意はない。すべてはユウヒを信頼しての行動だ。
「そんなにバチバチにやり合ってるのか?」
そんな話の内容とは、現在進行形で撤退中の帝国軍が残していった置き土産による大規模な水の爆発。それによて帝国との国境と緩衝地帯が完全に崩落したことと、トルソラリス王国と帝国それぞれの国境沿いでも同じように水の爆発が起きて大地が吹き飛んだというもので、聞かされただけでは想像も出来ず、慌てる精霊の言葉では余計に想像が難しい。
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「知らないか」
しかし、ちょっとした砂嵐で街が半壊しても困ったね? ぐらいで済ませそうな精霊が慌てているのだから、大袈裟すぎるくらいに考えてもいいのではないか、そう漠然と思考するユウヒは、どれだけ帝国はトルソラリス王国が嫌いで、どれだけトルソラリス王家は一部の貴族から嫌われているのかと、思わず顔を顰める。
真剣に今後の予定の変更を考えるユウヒの耳に人の気配が近づいて来た。それは少し息の上がった人の息遣いと固い物がぶつかり合う音であった。
「ユウヒ殿!」
「おや?」
現れたのは兵士の集団。その先頭には警備隊長の姿があった。
「ご無事でしたか……これは?」
「えーっと警備隊長の、セリムさん?」
遠くからではわからなかったユウヒとその周囲の状況、驚きの声を洩らしたセリムは、どこか気の抜けたユウヒの問いかけに苦笑を浮かべて頷く。
「はいそうです。それでこれは?」
名前を覚えてもらえていてほっとする反面、まだしっかりとは覚えてもらえてない気配に肩を落とすセリムは、そんな事より気になる目の前の水晶玉について問いかけた。何せ遠くからユウヒの様子を確認していたものの、彼等の持つ望遠鏡では透明度の高い水晶玉の詳細までは把握できず、それが目の前で見てみれば予想以上に異常な光景だったのだ。
「これはね、今回の水不足と地震と洪水の原因」
「は?」
様々な想像を巡らせる兵士達は、覇気も無くするりとユウヒの口から出て来た思わぬ内容に驚きを隠せず、砂避けとフードを外しているユウヒの緩い笑みと水晶の山を見比べながら、今耳から入ってきた言葉の意味を咀嚼して行く。
「これが全部の原因」
「本当に、これが? この水害の原因?」
精霊から聞いた内容と右目を使って調べた宝玉の詳細、それらを擦り合わせてわかる範囲で状況を理解したユウヒは、何故水害を起こしたかについては不明瞭であれ、どうやって事を成したかについてはかなり詳細に理解しており、今回の水害発生原因が宝玉であると十分に自信を持っている。
「うん、これが原因。ただ2種類あるんだよね、詳しくは代官さんと内密の方が良いかも」
「……わかりました。準備いたします」
一方でトルソラリス王国にとっての問題は、何故水害を起こす必要があったのか、そして起こした人物についてであろう。それに関してもある程度情報を持っているユウヒは、今ここで話せるような内容ではないと言う。その言葉に何かを察したセリムは、険しい表情で頷く。
「あと申し訳ないんですけど、これって運んでもらえたりします? 全部抱えてこの街の中を歩くのも面倒だなと」
「お任せください。手荒に扱わない方が良いのでしょうか?」
全ての原因である宝玉、その運搬をこれ幸いと申し訳なさそうにお願いするユウヒに対して、セリムは特に気にする様子もなく即座に引き受ける。しかし、話の流れから目の前の水晶玉が魔道具、引き起こされた事象を考えれば発掘品であると察した彼は、少しだけ引けた腰でユウヒに問いかけた。
「全部壊れてるから大丈夫じゃないですかね? 修理して再利用するなら問題あるかもですけど、詳しいことがわからないうちは使わないことをお勧めします」
察しの良い兵士は、セリム同様に腰が引けており、察しの悪い兵士は特に気にした様子もなく、運搬の為に麻袋を広げようとしていた。そんな彼らに肩を竦めながら問題ないだろうと話すユウヒは、現状でも無理やり使う事が可能であると匂わせた事で、察しの悪い兵士も身体を硬直させる。
「その説明も?」
「後ほど」
「わかりました」
中途半端に使える壊れかけの魔道具は危険である。それは兵士にとって常識で、戦時において中途半端に壊れた魔法具は敵より厄介だと教えられていた。なんだったらしっかり壊してしまった方が良いとされる場合もあり、ユウヒから問題ないと言われてもついつい及び腰になってしまう。
詳しい説明が聞けると知りほっとするセリムは、不安そうにしている兵士に活を入れると、大量の魔道具運搬を指示するのだが、その兵士も実におっかなびっくりと言った様子で作業を始め、周囲で見守る精霊達からクスクスと笑われるのであった。
スタールを囲う外壁の上で兵士達がおっかなびっくり大きな水晶玉を持ち上げている頃、商工組合では倉庫に侵入してきた土砂の清掃を行っていた。
「なんとか間に合いましたね」
「そうだな、これをまた元に戻すのを考えたくないが」
その中には職員に混ざって商工組合長の姿もあった。上を見上げ呟く男性職員に頷いて同じく倉庫の天井を見上げる組合長。彼らの視線の先には、急ごしらえのロープ張りで倉庫上部に引き上げられた商品の数々、想定外の事態にも焦らず指示を出した組合長のおかげで倉庫内の商品にはほぼ被害が無かった。
「その前に修繕が必要でしょうね……抜けますかね?」
一方で、いくつも並ぶ倉庫は全てスタールに侵入してきた水と土砂の被害を受けており、地盤のしっかりした場所に建っていた事で倒壊は免れたが、土砂は倉庫の壁を押し流し、荷物搬入用の大きな扉を引きちぎってしまった。
「あれもあったな、まったくこんな経験は初めてだよ」
「組合長でも経験したことないんですね」
水の引いた倉庫内から土砂を掻き出す女性職員たちに混ざって、壁に刺さった扉を引き抜こうと綱引きをしているのは力自慢の男性職員。ぐるりと見まわせば目を覆いたくなるような被害、被害、被害、これがまだ数棟あるのだから思わず溜息が洩れてしまったとしても誰も咎めない。
組合長はこの組合で最も年齢も上であり、経験も長い、しかしその長い経験の中に今回と類似の経験は存在しないようだ。
「この辺りでこんな災害が起きるわけがないんだよ、地質的にも水はすぐに地下に浸透してしまうからね」
組合長が言う様に、スタール近隣どころかトルソラリス王国内で今回の様な災害が起きる場所なんてほぼ無い。かなり限定的な状況や範囲であれば鉄砲水などの災害を起こす地域もあるが、今日の経験はそんな生易しいものでは無く、組合長は死人が出ることも覚悟したほどで、その中には自分の死の可能性も含まれていた。
「その割に水の街なんて呼ばれてますよね」
「帯水層が云々と学者に聞いたことがあるが、許容量を越えればこうもなるさ。地震が起きるとその辺も変わると聞いたこともあるが、偉い学者の先生が考える世界だよ」
「我々にはあまり関係ない世界ですか、かと言ってこんなに水浸しになるなら、色々考えておかないといけない様な気もしますね」
水の街と呼ばれる観光地スタール、しかしそれは周辺の環境が特異であり、トルソラリス王国の中でも多くの地下水が流れ込んでくる複雑な地形の奇跡である。それは長い年月によって形成された奇跡的なバランスで成り立っているだけで、均衡を崩されれば脆く崩れてしまってもおかしくはない。
実際問題、ユウヒの願いに応える精霊の存在が無ければ、現在のスタールはより深刻な状況になっていたであろう。しかしユウヒが森に聖域を作った事、スタールの街を守る形で魔法を展開した事、それ故スタールに上質で膨大な活性魔力が渦巻いていると言う条件が揃い、精霊はスタールを起点に聖域を含んだ地域の安定化を急いでいる。
スタールに住む住民、彼らはとても運が良かったのだ。
「今回のは特別だろう、あの方の助けが無ければ今頃街自体が無くなっていたでしょうから」
「魔法使い様の事ですか? 何が起きてるか良く分かってないんですよね……どうせなら完全に防いでほしかったですよ」
その幸運を理解している組合長は、倉庫の大きな出入り口の向こうに見える外壁に目を向け、代官所の屋上から見えた外套をはためかせた魔法使いの姿を思い浮かべる。一方で男性職員は杖にした箒の柄に顎をつきながら出入り口に目を向けると、しかめっ面で思わず不満を吐き出す。
「そうか、明日の朝一で外壁の上に登って一周してくると良い。見ておくべき光景だ、私もまだ外壁からは見てないんだがね」
「はぁ?」
彼はまだ知らないのだ。商工組合からでは外壁が邪魔でその向こう側で何が起きているかなど解らない。組合長は代官所に寄ったついでに氷の壁を見ており、その威容に改めて魔法使いと言う生き物の恐ろしさを感じて体が勝手にふるえたのだ。しかしその畏れは経験しておくべき経験だと、魔法使いを再認識するためには必要なことだと考えている様だ。
一方そんな恐ろしい魔法使いはと言うと、
「ぴちぴちぱちゃぱちゃ」
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ぐずぐずにぬかるんだ地面の上、正確には水面を楽しそうに歩いていた。
多くの住民が避難し、さらに暗くなって来たことで人が居ないのを良い事に、【飛翔】の魔法を絶妙にコントロールしての疑似水上歩行。その後ろに続くのはこちらも楽しく水面を跳ねる楽しそうな精霊達。
「水の上を歩くのも面白いな、コントロールが難しいけど」
難しいと言うが、本来なら空を自由に飛び回る為の魔法で態々水面歩行をしているのだ。魔法士にとっては樹々をなぎ倒すような突風を起こす魔法で玩具の風車を丁度良く回す様な物である。難しい程度の認識で済む様なコントロール技術ではない。
「みんなも楽しそうなことで」
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何をどうしてそんなコントロール能力を身に着けたのか、それはひとえにその膨大な魔力があってこそだろう。また、ユウヒが無駄に魔法を使えば使うほどに周辺環境の活性化魔力濃度は改善され、集まる精霊によって自然環境の安定化に利用されていく。
「確かに砂漠や乾燥した地域では滅多にない現象なのかな」
そんなことになっているなど気にも留めていないユウヒは、精霊ですら珍しいと言う水浸しの街に目を向けると、唸る様に呟き目の前の惨状に顔を顰める。
本来なら水捌けの良い地面は、水をあっと言う間に地面の奥へと流し乾くはずであるが、田んぼとまではいかないが随分とぬかるんだままの地面は非常に珍しい。
「帯水層のキャパオーバーなんだろうけど……もしかしてまだ水って増え続けてるの?」
その原因は、あまりに大量の水が流れ込んだことによる地面内部に保有できる水量が限界を超えた為である。それでも今ほどの状況になるのには、継続して水が流れ込んで来る必要があった。
<……?>
「今調べてるのか、でも調べる前はまだ収まってなかったんだよな?」
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流れ込む水の量が落ち着いて来たことで水の精霊達も再度状況を調べに行っている様で、水の精霊以外にも風の精霊を中心に被害状況や災害の進行状況が調べられている。それでも調べ始める前はまだまだ水が流れ込んできていた為、水が完全に止まったとは思えず、ユウヒは水面を歩きながら空を見上げた。
「それじゃしばらくは水も引かなそうだな、氷壁も補強が必要かな……」
氷壁は壊さない限りしばらくは維持されるが、氷結効果が切れてしまっているので完全とも言いず、念の為にと思うなら再度氷結作用を付与した方が安全である。一からすべてを作り上げるには膨大な魔力と集中力、また補助を重ねがけする必要があるが、土台がすでにある場合はその限りではなく、ユウヒの呟く姿を見る限り割と片手間でやってしまいそうだ。
「お、ここからは水がなさそうだ、代官さんはまだ居るかな?」
そんな今後の対応をつらつらと考えていれば、いつの間にか代官所の近くまでたどり着いており、足元のぬかるみが無くなった一段高い道に足を着いたユウヒは、篝火の焚かれた坂道を見上げると、報告相手であるガスターがまだ居る事を願うのであった。
いかがでしたでしょうか?
不穏な宝玉の秘密を引っ提げ代官所に赴くユウヒ、果たしてガスターの胃は耐えられるのか、次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




