第70話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
精霊達が嬉々として語る地域の特性による建物の違いと歴史に感慨深く頷くユウヒは、その思考の半分でこれから使う魔法の設計図を組み立てていた。
「【広域化】【ダブルマジック】……むむむむ」
守るべきスタールの街は大きな壁に囲まれ、最大の直径が3キロメートルに満たない歪な円形の都市である。水の精霊が説明した水の脅威から街を守る様な壁を作るには相当な材料が必要となる為、材料を集める魔法もより広域に影響を及ぼす必要がある。
ユウヒが先ず選択したのは補助魔法、事前に使っておくことでその後に使う魔法を強化するもので、大量の魔力を用いる事で単体の魔法でもある程度調整できるが、より大きく繊細に魔法を使う場合は補助魔法として別に使っておく方が良いようだ。
「範囲内に大型の生体反応なし、外縁部に人類無し、周辺に人類無し、魔物無し、小動物……見なかったことにする」
集中して行くと同時に表情から感情が消えて行くユウヒ、その双眸は深い青と黄金色に輝きだす。
【探知】の魔法により映し出される周辺の情報は町全体どころかその周辺にまで及び、次々と魔法効果範囲の安全確認がなされていく。街を囲む様に表示される緩やかな楕円は魔法の効果範囲、その周辺に人影は無く、魔物も立て続けに起きている地震に怯え隠れてしまっていた。
<……>
多少のネズミや小鳥と言った反応を見なかったことにしたユウヒがさらに魔力を練り上げると、傍に寄って来た風の精霊が激しく瞬き注意を促す。
「むむむ? 水が来たか……」
見開かれた眼で正面遠くを見詰めるユウヒ、その視界は一部が拡大され、低い丘の向こうから大量の水によって押し出された空気が粉塵となって現れ、ユウヒの頬に感じる風も湿度を増しているように感じられた。
「いそげいそげ…………我らを守れ【ディグ】【土壁】」
急げ、そう言う割には抑揚のない声で呟くユウヒは両の手をゆっくり持ち上げると左右に広げながら魔法を使用。その瞬間、目の前に広がる外壁の向こうの広大な土地が鋭利に切り裂かれ、切り裂かれた土は空を舞う無数のドローンのように高速で街を囲み、あと言う間に地面の盛り上がりと混ざり合い土壁を作り上げる。
しかしその高さは心もとなく、スタールの外壁と同じ高さを見せたのは等間隔で並ぶ柱だけであった。
<!!?>
「我は氷原、幾度の戦場にて無敗、ただ愚直に守護する氷の砦、我が罪よ疾く型となせ【氷の乙女の大結界】」
その低い壁に慌てる精霊達、特に水の精霊はそれでは間に合わないことを理解しており必死にユウヒへ声を掛けるが、彼の口からは次なる魔法の言葉が囁くように零れ落ちる。
一言、一言、世界に産み落とされるのは、ただ出来の良いゲームだとばかり思っていた場所、忘れられた世界の残滓、相互に関わり合う事で足りないものを補完し維持し続けた異世界の理は、ユウヒの膨大な魔力を元に再現された。
周囲は急激に冷え始める。
<クスクスクス>
<アハハハハハハハ!!>
ユウヒの影から飛び出す四つの声、嘲る様な、狂ったような、恨む様な、祝福する様なそんな笑い声を洩らす少女は、左右に広がると土壁の上を滑る様に飛び去り、彼女達が通った場所では空気中の水分が凍結、酷暑のスタールに雪の様な粉が舞い散り始めた。
<!?!?!?>
「大丈夫、うちの子だから……効果は出たけど、やっぱり長くはもたないか」
精霊に近いが全く違う何かに怯える精霊達であるが、ユウヒの言葉によって余計に驚く。ユウヒが使った魔法は人柱として捧げられた乙女の力を使う事で巨大な氷の結界を生み出す魔法。本来なら下準備に大変な労力が必要だが全ては魔力でごり押し、しかしその魔法を完全な形で再現する事は出来ない様だ。
「ごめんね、何となくそんな気はしてたんだけど」
<……ふふふ>
あっと言う間に土壁を一蹴してきた美しき氷の乙女スニールコンパニオン。ユウヒの肩に手を添え頬をすり寄らせる彼女達の体はすでに半壊している。その状態はユウヒにとって想定内の様で、魔法を使う中でそうなると感覚的にとらえていたようだ。
「どうにもこの神様対策みたいな空気? が影響してるみたいだな」
四人の少女はユウヒに擦り寄るとそのまま溶けるように姿を消し、ユウヒの中へと戻っていく。どうやらアミールたちの目が届かなくなっている異常は、スニールコンパニオンを顕現させることにも影響している様で、困った様に頭を掻くユウヒは迫りくる水の塊に目を向ける。
「さて、どうなるかな」
すでに街道には高さ2メートルの水のカベが迫っており、よく見ると地平線のあちこちから同じような水の塊が吹き出し、洪水となって大地を蹂躙していた。
「君! 避難指示が出ている! すぐに……なんだこれは!?」
「あ」
<!?>
種の仕込みは終わったと外壁の外を見渡すユウヒであるが、そんなところに一人の兵士が顔を出す。どうやら下から登って来たらしい彼は、外壁の上に一人立つユウヒに注意を促すが、迫りくる水の音と粉塵に思わず驚きの声を上げた。
どうやらユウヒについては、兵士の間でも完全な周知は出来ていなかったようだ。
「これは、いったい……」
「すぐ逃げてください。アレが来ますから」
アレと言って指差しながら逃げるように促すユウヒ、しかし余りに理不尽で暴力的な光景に男性兵士は呆けてしまっている。それも仕方ないだろう、本来乾いた大地である街道が川となり、地面は捲れ上がり、風圧で大小様々な石が吹き飛ばされ、林に目を向ければ乾いた地面ごと樹が押し流され、畑があった場所には巨大な四角錐の大穴まで出来ているのだ。
「あれ? ……なんだあれは」
驚かない方が無理である。特に今まで見た事のない水量の土石流に男性は目を見開く。
「水ですね」
「水?」
それは水、あっと言う間に嵩を増した水の壁は、遠目であるがすでに4メートルほどまでに成長している。
「ここは私に任せてすぐ逃げてください。守るつもりですが万が一もありますから、せめて反対の壁まで行ってもらえれば私も安心です」
「あ、お……いやいやまて、君はどうする」
守ると決めた以上ユウヒにこの場から逃げ出すと言う選択肢は無く、万が一を考えるならすぐにでも避難してほしいと思うユウヒ。彼自身、目の前の水を完全に防ぎきる自信はなく、それ故に色々問題のあったスニールコンパニオンまで出動させたのだ。もっと巨大な魔法も使おうと思えば使えるであろうユウヒであるが、魔法による二次災害を考えるとギリギリ安全な魔法が大結界であった。
「あー……警備隊長か治療院長か代官さんに聞いてください。ユウヒと言います」
「う、お、え?」
「とりあえず私はここから移動できないので、ほらほら早く、他の人にもこのこと知らせないと、壁の外に出ちゃう人が居るかもしれないですよ?」
「たしかに……俺は行くが君は外に出るんじゃないぞ!」
一方で警備兵には目の前の人間が何を言っているのか半分ほどしか理解出来ていなかった。しかし彼がここから逃げず守ると口にしている以上は味方である。困った様に笑い危険の最前線に立ち続けるというユウヒの姿に、兵士は謎の畏怖を感じると震える手を握り締めて一言残して走り始める。
「はいはーい」
小さく手を振って男性兵士を見送るユウヒは、小さく息を吐くと外に目を向けて迫りくる鉄砲水を見詰めた。
「うおおおおお! 緊急事態だ!」
「熱いねぇ」
<……!>
遠くから聞こえてくる男性兵士の声に少し呆れ気味の声を洩らすユウヒは、精霊の予想通りに流れてくる水の塊によって押されて吹き付け始める風に目を細め、砂避けを鼻の上まで上げる彼の周囲では、精霊達が気合を入れるように瞬きユウヒと同じ様に勢いよく流れてくる水に目を向けている。
「来たか」
そして土石流となった鉄砲水は壁の材料を得るためにも掘られた遊水地に足を踏み入れた。
「第一弾、結構深いだろ? 頑張って掘ったんだ」
穴に飛び込む水は底に到達すると大きく水を跳ね上げ水柱を上げる。いったいどれだけの水量がこの一瞬で注がれたのか、穴を満たし続ける水は渦を作り暴れ続け、しかしそんな一瞬では大きな穴は満たせない。
「おう、もう壁まで来たか……横にも広がってるな」
しかし飛び出す事が出来る水は、四角錐の壁面を駆け上りユウヒが作り上げた背の低い土壁にぶつかり押し戻される。その間にも水は止めどなく流れ込み、進路を邪魔された水は柔軟にその進行方向を広げ周囲一帯を水の底に沈めて行く。
「林が水浸しだ」
スタールの街からしばらく歩かないといけない林は完全に水没してしまい、乾いた大地に根を張り切れていない樹々は水の圧力に負け押し流されている。ただの水ならそんなことは無いのであろうが、まず水量が異常であり、その中には大小様々な石も混ざり、根で踏ん張った樹も一部は圧し折られ横倒しになって流れていた。
「あぁもう遊水地がいっぱいか、洪水なんてレベルじゃないぞ?」
<…………>
林の惨状に目を向けている間に遊水地はいっぱいになっている。よく見ると大きな穴の底には大きな岩が嵌っており、用意した壁に打ち付けている鉄砲水には軽いものしか混ざってない様だ。それでもその水量は脅威であり、街道から横に広がって嵩が減っていた水は時間と共にまた水嵩を上げている。
「いったい何が原因でこんなことに……お! 凍り始めたぞ」
<!!>
嵩を増し始めた水は到頭ユウヒが用意した土壁を越え……られなかった。
壁の上部から越えようとした水は突然凍り付き、周囲の水も伝播する様に凍り始めた。その不思議な光景に精霊達は驚き思わず体から発する光の光量を上げる。
「これが氷の乙女の呪いだよ、触れた者は凍り付き、その身がそのまま城や砦を守る氷の壁になるんだ。よく地獄の壁とか門とか呼ばれてたな」
それまで土壁はただ水を受け止めるだけだったにもかかわらず、一度水がその壁を越えようとした瞬間から土壁に接触していた水は一斉に凍りつき、その氷を越えようとする水は尽く凍てついて行く。
壁を越えようとする何かをトリガーに発動する氷の乙女の呪い。本来の使い方は壁を越えようとする魔物や人間を凍らせて壁の建材にしてしまうという、なんともえげつない結界魔法。使用者側からしたら強力な守りの結界であり祝福だが、相対する側にとってはまさに地獄、何せ人も魔物も水も土も砂も、魔法すらも呪いの力が続く間は全て凍てつかせるのだ。
「水がぶつかればそのまま凍って氷の壁になるわけだ」
今も勢いよくぶつかってくる水は凍り付き、新しい壁になってスタールの街の浸水を防いでいる。
「ゲームだとこの壁の裏からアイスショック使って氷の散弾にするんだよ、ガチで嫌われるコンボなんだよね」
<……?>
尚、クロモリオンラインと言うゲーム内で地獄と呼ばれていた理由は、壁の二次利用の所為であった。壁を越えようとした仲間が凍り付き、その体は後ろから粉砕されて氷と肉片の礫となって降り注ぐ。ゲーム設定をリアルにしているとまさに地獄絵図である。
その地獄絵図はゲームを経験した人間にしか分からず、異世界の人間も精霊も想像が出来ない恐ろしい人間の所業であった。
「とりあえず上手くいってるな、反対側はどうなってるかな?」
<!!>
<!!!!>
そんな嘗ての愚かな行為を思い出すユウヒは、脱線していた思考を戻して風の精霊に問いかける。離れた場所の状況を知りたい場合は風の精霊に問いかけるのが一番早い、【探知】の魔法では解らない詳しい話が聞けるのだ。多少その声は子供っぽく内容に纏まりが無いが、精霊の説明の解読はユウヒも慣れたものである。
「なるほど、やっぱ傾斜の関係で裏から回り込むことは無かったか」
スタールの街は中央が大きな丘になっており、その周囲は平地が広がり、平地も僅かに北から南に向かって下る様に傾斜となり、その地形で住民の住み分けなどが行われていた。それ故に勢い良く流れ込んだ水が飛び越えようとするのは北側ばかりで、受け流された水は壁をなぞる様に左右へと別れそのままさらに海抜の低い方へと流れて行っている。
「問題は水が行った先だよなぁ……三叉路オアシスまでは助けらんないよなぁ」
比較的高地にあるスタールより低く、水が向かう方向にあるのは三叉路オアシス。元々オアシスを形成できる地形の関係上、鉄砲水には弱く、ユウヒが今から何かしたところでその被害は変わらないであろう。
ため息交じりに呟くユウヒは、自らの手の短さに何とも言えない表情を浮かべ、ずいぶんと遠く感じるスタールまでの道程を心配する。
「サルベリスも大丈夫だろうか? 峠は滝になるんじゃないかなぁ」
スルビルの街からスタールまでの道は緩急あれどほぼ全て上り坂であった。それは流れ込む水を邪魔する物が少ないと言う事であり、特にウィードが溜まっていた峠なんかは崖であり、そこまで到達した水は滝となって砂地を抉り甚大な被害を与えかねない。流石にその先でどんな災害が起きるかは、ユウヒも全く想像が出来ないようだ。
「いやぁそれにしても、これ絶対危険物だろ」
スルビルがあるであろう方角に目を向けていたユウヒは、無事を祈りつつまた水が流れ込んでくる場所に目を向ける。そこはひどい惨状で、街道周辺の起伏はすでに平らに均され、これまでなかった道が出来上がり、水底は複雑に抉られ常に形を変えていた。
その惨状にユウヒは今回の災害の原因を、アミールから任された目的の危険物だろうと断定する。
「水量は世界樹を超えてんじゃないかな?」
何せすでに水量で言えば以前に竜山脈の向こうで見つけた危険物の一つである世界樹の解放時を越えていてもおかしくないのだ。
本来は危険物ではなかった試作量産型世界樹、しかしある危険物をと融合することによって一国の水と魔力を全て吸い上げてしまう事になった。今回もそう言った危険物や世界樹が関わっており、崩壊、その結果が目の前の水ではないか、そんな以前と似たような状況では無いかと考えるユウヒ。
「似たようなもんなのか、でも爆発後じゃ探すの大変そうだな」
勘の囁きこそないが、面倒なことには違いないだろうと思うユウヒは外壁の縁に座り込んで溜息を吐く。
<…………>
<???>
<……>
<!>
一方で、今回の原因を知ってそうだが明確に説明できてない水の精霊を中心に纏まり団子となるカラフルな精霊達、彼女達は互いに情報を交換し、相談し始めると何かを決めた様に同調し輝き一斉に飛び立つのであった。
一方でスタールの最も高い場所に集まっていた人々は、街の周囲で起きている惨状と思いもよらぬ結果に意識を手放す寸前で必死に呆けていた。
「これは、現実なのか?」
「何と言う……」
彼らが見渡すスタールの街は水没した大地で辛うじて氷の壁に守られ孤立していた。
ガスターは目の前の光景が現実とは思えず、痛む胃の事も忘れて立ち尽くし、その隣では警備隊長のセリムが部下と共に周囲を見渡し小さく呟く。
「はは、これが魔法使い……怒らせてはいけないと、漠然とそう考えていたが、これは、もう……」
今まで生きてきて見たこともない膨大な水が大地を押し流し均し抉る姿に心底驚くと同時に、その中でぽつりと孤立する様にスタールの街を完全に守って見せた魔法使いの魔法。
警備隊長からユウヒが街を守るために動いていると聞いたガスターであったが、これから起こる事態を彼の想像の範疇に収めて考えていた。結果は自分の予想など塵芥の様なものであったと打ちのめされただけ、迫りくる脅威もその脅威から街を守る魔法も全てが予想を軽々と飛び越えたのだ。
「認識が、しかし……彼の指示を聞いて動いた自分を褒めたくなりますな」
それはガスターだけではなくセリムも同様である。恐ろしい存在だのなんだの言われる魔法使い、その力を理解したつもりでいたが、その認識自体が甘く間違いだったと思わず呟く彼は、同時にユウヒの言葉を信じて行動を起こした自分に対して自傷気味な笑みを浮かべた。
「英断だよ、聞いてなかったら……」
くつくつと笑い声を洩らすセリム、その姿に苦笑を漏らすガスターは目の前の光景を見渡し小さく呟くと、自分ならどう行動していただろうかと考え、震える手を誤魔化す様に石の手摺へ押し付ける。
「なんてこった!? 山道の連中も帰って来ていてよかったぜ」
一方で周囲の兵士達は状況把握の為に望遠鏡を覗きながら書き板にメモを取っていた。その時、西の山道方面を見ていたツンツン頭の男性兵士が声を上げた。振り返った人々は、ツンツン頭の兵士が見る方向で崩れ行く山を見て目を見開く、なにせ山の標高が変わるほどの崩壊、遅れて聞こえる大きな地響きに兵士達の顔色は真っ蒼になって行く。
「いったい何が起きていると思う」
「分かりません。しかし、自然現象と言ってしまうのは愚かな考えでしょうな」
精霊の怒り、そう一言で終わらせられたらどれだけ楽であったか、しかし精霊は人を助けるために奔走しているという。ならばただの自然現象、そんなわけがないと表情を険しくするセリムに、ガスターはより険しく顔を顰めて考え込む。
「だからと言って、人に出来ることかこれ?」
「……さぁ?」
いくら考えても結論は出ない。
肩を竦めるセリムに溜息を洩らしたガスターは、状況は理解したと歩きだし、チラリと北北東の外壁に目を向けて代官所の屋上を後にするのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒの魔法が水を受け止めスタールを守り、壁だけでなくお偉方の肝も冷やす。次回もお楽しみに
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー