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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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68/149

第68話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。





<……!>

<……!!>

<???>

<……、……!!>


 遠くどこかで声が聞こえる。慌てる声。叫び声。困惑する声。逃げるように促す声。白と黒の微睡の中で彼女達は一様に彼の名を呼んで飛び立つ。


「う、うう……」


 それは夢、眠りが浅いのか、なんか意味があるのか、時に人の眠りを妨げるそれによってユウヒは魘されていた。小さな呻き声に気が付いたのは闇色の精霊、彼女はふわりと飛び上がる屋内庭園の片隅に置かれたベッドの上に着地、そこで眠るユウヒにするりと近付くと頬を撫でる。


「まぶしい」


<!>


 心配そうに見詰める闇色の精霊、そんな彼女が見詰めるユウヒのおでこに光り輝く真白な精霊が着地した。普通の人には見えない彼女達の放つ光も、魔力を見通せる左目を持つユウヒには眩しく映り、呆れる闇色の精霊の前でユウヒは顔を顰めて不満を口にするが、光の精霊は楽しげに笑うだけである。


「あさか、朝にしては暗い様な……」


 眩しさに朝の訪れを感じたユウヒであるが、目を開けてガラス窓の外を見ても外はまだまだ暗い。深い森の奥とは言え、とても朝だと言えるような光景ではない。要はまだ夜である。


「なにかあった?」


 ほんの僅か、遠くに見える樹々の縁が白んでいる様にも見えなくもない様子に首を傾げるユウヒは、傍に集まっている精霊に向かって不思議そうに問いかけた。


<!>


「うなされてた? ……何か夢を見ていた様な、あれは水の精霊かな」


 どうやら魘されていた自覚がないようで、無理やり起こされた所為か数舜前まで見ていた夢の内容も朧げの様だ。しかし断片的な記憶の中で彼は瑞々しい精霊達の声を聞いたような、姿を見た様な、そんな呟きを洩らして顔を顰める。


「何かあったのか、帰ってくるかもしれないな」


<?>


ユウヒの勘は異常の一言では片づけられないものがあり、それは彼の出自に関係していた。


「でも、なんだか嫌な予感がする。二度寝は止めた方がよさそうだ」


 しかし今そんなことは関係なく、関係あるのは水の精霊の夢を思い出すと嫌な予感が込み上げてくることである。そろそろ帰ってくると思うと同時に、まるで不安が背中を撫でて行くような感覚に、ユウヒは小さくやる気無さげに溜息を洩らした。


「灯りを頼めるかな?」


<!!>


 本当ならそのまま二度寝に移行したい気持ち一杯のユウヒであるが、そのまま寝ても気持ち良く寝れそうにないと、そばで心配そうに弱く瞬く叱りの精霊に声を掛ける。





 元気いっぱい跳び上がった光の精霊が部屋中のランプにご機嫌な灯りを灯したことで、ユウヒが両目を抑えて叫ぶことになっている頃、同じくらい明るい仕事部屋では大きなモニターを前にアミールが小さく息を吐く様に唸っていた。


「アミール様お茶を淹れました。少しご休憩……アミール様?」


「……ちょっとこれを見てくれないかしら」


「はい」


 いつも仕事中は少し難しい表情を浮かべることが多いアミールであるが、今のように目を細めてモニターを睨む姿は珍しい。ユウヒは気軽に接するが彼女も女神であり、その所作は自然と美しく整えられるが、彼女がサポ子さんに指差して見せる先にはその所作を崩すに十分な何かがあるようだ。


 女神であり管理神であるとは言え、その中でも彼女はまだまだ若いのである。


「数時間前からなんだけど、おかしいわよね?」


「精霊の動向ですか、何かしてますね。精査します」


 それだけまだ経験が浅い彼女は、世界一つを管理する中であまり見ない動きに顔を顰めていた様で、その動きとは精霊達の動きであり、場所は砂の海の一画、そこに映し出されている情報によると精霊が一部組織立って動いていることがわかるようだ。


「お願いね、この辺で一瞬だけユウヒさんの反応が合ったのよ」


「流石アミール様、私では見逃してしまうような反応も、相手がユウヒ様となると違いますね」


 丸い球体の中に様々な機能を搭載しているサポ子さんの周りにはいくつも薄いホログラムが浮かび上がり、精霊の動きの理由を調べている様だが、アミールの言葉に驚きその作業の手を緩め、しかしすぐに激しくホログラムを点滅させると驚きの声を洩らす。


「ぐぐ、偶然です!」


 どうやらサポ子さんは精査中にユウヒの反応を確認出来なかったようで、アミールの言葉に驚きさらに精密な調査を実施、結果ほんのコンマ秒ほどの反応を確認してアミールを称賛し多様だが、称賛される彼女はあっと言う間に顔を茹蛸にするのだった。


 そんな精査作業もほんの数分、精査完了と共にホログラムは畳まれていき、一枚だけ残ったホログラムと共にアミールへと向き直るサポ子さん、ホログラムには少し残念そうな顔が浮かんでいる。


「……精査完了しました。ユウヒ様の反応は拡散していて位置特定には至りませんでした」


「そっちはいいの! (もうすでに何回も調べたんだから……)」


 どうやらアミールが確認した反応を元にユウヒの詳細な位置の特定を試みたようだが、その調査は失敗した様で、顔を赤くするアミールは頬を膨らませるも、彼女もまた何度となく調べて失敗した者だったようだ。


「……水の精霊が特異な動きを見せていますね、ユウヒさんの反応があった周辺も精霊の動きが活性化しています。何かされたのでしょう。それにしても砂の海の精霊が活性化している事は良い傾向ですね」


 そんな彼女達に思われるユウヒ、どうやら彼の行動が精霊達の動きに関係している事は筒抜けの様で、しかしその行動はアミールたちの仕事に大きく貢献する者でもある。


「ええ、うまく行けば神の目の不全も改善するかもしれませんね」


 精霊とは常に世界の安定のために行動する存在であり、彼女達が強くなればなるほどその地は安定化して行く、時には精霊達の活動で大雨や地震、火山の噴火などと言った様々な災害が発生するが、それは星の活動においては正常な変化であり、世界の為にも良い変化だ。


「ユウヒ様の影響でしょうか?」


「……ありえないとは言えません。むしろありえます。乙女様もそんなことを以前匂わせて行ったので」


 そう言った好転反応が見られなかった砂の海で、最近になって精霊の活性化が見られる。竜山脈を挟んだお隣と比べればまだまだ微々たるものであるが、砂の海だけで考えると非常に大きな変化で、その中心には時折ユウヒの反応が顔を出していた。


 神の目を遮り、精霊の行動を制限してしまう砂の海で精霊を活性化させるのは容易ではなく、その一助となっているのが魔法使いの存在。その魔法使いを越える効果を示すユウヒであるが、どうやらその効果の原因にはどこかで楽しそうに観察日記を書いている乙女が関与している様で、アミールは小さく溜息を洩らす。


「お母さまとは呼んであげなくていいのですか?」


「恐れ多くて……」


 管理神ですら畏れる乙女とはアミールからすると実の母親と言ってもいい存在であり、度々アミールにお母さん呼びを求めてくるのだが、どうにもこの母娘の気持ちはすれ違ってばかりの様だ。


「喜ぶと思うんですが」


「それはそれで問題もあるのよね……」


 いったい彼女が乙女を母と呼びたくない理由はどこにあるのか、小首を傾げるサポ子さんに微笑むアミールは、モニターに映る水の精霊が集団で動くラインを手でなぞりながら息を吐くと、反対の手は自然と画面を操作してそこに思い人の痕跡を求めるのであった。





 一方、女神の指先ではユウヒが脚を止めていた。


「ん? おー……なんだか精霊が良く飛んでるなぁ」


 何か指先で肩をつつかれる様な感覚に空を見上げるユウヒは、その視界の中を勢いよく北へ飛んでいく精霊の集団に気が付き嫌そうに呟く。普段ならユウヒの存在に気が付いた精霊が一人二人寄り道するが、今日は脇目もふらずに北へと向かって跳び去っていく。


 それはユウヒの目に明確な異常として映った。


「大忙しかぁ、悪い予感しかしねぇなぁ」


 いつもの治療院事務所の入り口前で立ち止まっていたユウヒは、深く静かに溜息を洩らすと、心底嫌そうにやる気ない顔で俯き頭を掻く。しかしじわじわと近付く嫌な予感から逃げたところで意味はない、そう自分に言い聞かせるユウヒは背筋を伸ばしてビジネス向けの表情を浮かべ事務所の入り口を潜る。


「こんにちわー!」


 暑さに合わせた構造なのか、スタールの建物の入り口の間口が広く扉は開けたまま固定しやすい構造となっており、そんな入り口に足を踏み入れたユウヒの挨拶にカウンターの女性は勢いよく顔を上げて見せた。


「いらっしゃいませユウヒ様! 今日はずいぶん早いですが……?」


 跳ね上げカウンターを下ろして足早に出て来た受付の女性は、いつもと違う時間帯に訪れたユウヒに嬉しそうな半面、少し不思議そうに小首を傾げる。男ならコロッと騙されそうな女性の仕草に、ユウヒは苦笑を浮かべながら背中の籠を揺らす。


「薬の方を持ってきたから確認してもらえるかな?」


「まぁ! すぐに準備いたします! 少々お待ちください」


「はい」


 ここの所、多量の薬草を納品している優秀で善良で院長の評価も高い冒険者ユウヒ、あわよくばと言った感情を隠す女性の魂胆が透けて見えてしまう彼は、薬だと言って女性に笑いかける。その言葉に対する反応は劇的で、それまで覆い隠していた魂胆はどこかに跳んでいき、すっかり治療院の職員の顔になった女性は一つ頭を下げるとユウヒを残して駆け出していく。


「ユウヒ殿」


「あれ? えっと、警備隊長さん」


 ほっと小さく息を吐くユウヒ、そんな彼に後ろから声を掛けて来たのは偶然この場に居合わせた警備隊長。腰に一本剣を差し、背中に盾を担ぐ姿は警備隊の一般的な装備と変わらず、違うのは服装が他の兵士より少しだけ質が良い程度である。


「セリムです」


「あ、はい。セリムさん、何か御用で?」


 しかし面識故に誰だか分かったユウヒは、初めてその名を聞いて小さく会釈すると不思議そうに小首を傾げた。正直フレンドリーに会話する中でもない為、話しかけてくるからには何か要件があるはず、そう身構えるユウヒであるが、セリムの表情を見上げる彼はその硬い表情に疑問と不安を感じる。


「はぁ、その……何といえばいいか」


「んぬ?」


 突然現れるタイプの警察や兵士などにあまり良い印象の無いユウヒは、何を言われるのかと少し身構えるが、当の警備隊長が何とも言い辛そうにしている事でその不安は消えていき、唯々疑問だけが残って思わず変な声を洩らしてしまう。


「実はサンザバールの領都へ続く道が全て不通となってしまって、何か良いお考えは無いかと……いや申し訳ない。今のは聞かなかったことにして下さい」


 偶然にも居合わせた魔法使いユウヒ、何か相談するならこれほどいいタイミングは無いと思ったままに行動を起こしたセリム、しかし事前に相談内容を考えていなかった彼は考えが纏まらないまま話始め、そのふわっとした相談内容を恥じて申し訳なさそうに忘れてくれと頭を下げる。


「あぁすごく困ってる感じですか」


「まぁその、そうなのです」


 頭を下げるセリムの姿に周囲の兵士がざわめく中、詳しい内容は分からないものの、突然相談してくるくらいには困っているのだと理解するユウヒ。あまり面識のない人から突然話しかけられ、ふわっとした相談をされるなど、大抵の人間は困惑し距離を放したくなるものである。


 しかし、ユウヒは精霊の居なくなった静かで騒がしい周囲に目を向け、ずっと感じていた嫌な予感の急激な増大に目を細めると、いつもとは違う冷たさを感じる表情でセリムを見上げた。


「そうですか……可及的速やかに撤退させてください。たぶん今も街道で作業しているのでしょ?」


「え? ええ、早く復旧しなければ領都からの指示も貰えず困るので」


 これまでセリムが見て来たユウヒは、やる気無さげな顔だったり、微笑んでいたり、困った表情を浮かべていたりと温和な印象の青年である。しかし今のユウヒの表情からは歴戦の戦士の様な印象を受け、その言葉使いは柔らかいものの、鋭く冷たい刃物のような迫力を伴い自然とセリムの背筋を伸ばす。


「今すぐ撤退指示出せます?」


「可能です」


 明確な意思をもって問うている、ユウヒの言葉はセリムにそう感じさせ、彼が返す返事も戦場で使うような効率的で明確な言葉使いへと変わっていく。


セリムはユウヒと話すこの場に戦場の空気を感じ始めていた。


「じゃあそうしてください。朝から精霊達が騒がしい、俺も嫌な予感がすごくします」


「……!? ありがとうございます!」


 この場でユウヒが魔法使いであると知っているのはセリムのみ、それ以外の者達は知っていても噂程度の内容しか知らず、それ故にユウヒの言葉に反感を覚える兵士もいる様で周囲和ざわつく。しかし魔法使いだと分かっているセリムにとって、彼の迷う事のない言葉は命令にも感じられ、同時に極めて危機的状況の襲来を予感させた。


「火球を上げろ! 全軍に即時撤退を指示しろ!」


「え?」


 火球、それは狼煙の一種であり、音と炎によって広い範囲に展開した部隊へと一斉に同じ指示を出す軍事行動である。一般に緊急性が高い状況に置いて用いられるもので、使われる状況は一般に戦時であって災害復旧時に使われることは少ない。


「動け!」


「はい!!」


 それ故に一瞬の戸惑いを見せる兵士達であるが、短く大きな声によって指示されると慌てて兵士達は駆け出す。火球が使われる時は緊急時、行う側も受け取る側も迅速に動かなくては意味がない、それ故に兵士は思考より先に体が動くよう訓練を繰り返すのである。


「ユウヒ様、準備が出来ましたのでこちらに……え!?」


 指示を出して息を吐くセリム、彼がユウヒに何か声を掛けようと振り返ったタイミングで、丁度受付の女性がユウヒに準備完了の知らせの為に姿を現す。しかしユウヒは何も言わずに女性の手を取り、手を取られた女性は驚きの声を上げて顔を赤く染める。


 急に女性の手を取り引いて傍に寄らせるなど、いったい何事かと周囲が息を飲んだ瞬間、ユウヒは体の奥から魔力を汲み上げ、


「【大楯】座って、地震が来る」


 巨大な楯を作り出す魔法と共に地震が来ると呟き女性をその場に座らせる。


「え?―――――!?」


 何の抵抗も出来ずにその場に座らされた女性が疑問の声を落とした瞬間、地面が大きく揺れ、その衝撃に声にならない声を上げる女性は、頭上の大楯に手を添えて片膝をつくユウヒにしがみ付く。


<!!!!!!!>


「知らせがおそいよ【マルチプル】」


 突き飛ばされる様な衝撃に治療院の職員は転倒し、座っていた来院者も滑るように床へと倒れ込み、一瞬遅れて悲鳴が方々から上がる。以前の自信と比べ物にならない大きく気持ち悪い揺れにあちこちで悲鳴が上がる中、悲鳴に混じってユウヒの耳に水の精霊の声が届く。その声は【地震が危ない】と言う内容で、少し遅い知らせに思わずツッコミを入れるユウヒは新たに魔法を使い始める。


<……>


「まぁありがと、弱き者を守れ【小盾】」


 それは小盾の魔法、付加強化魔法によって展開数を急増させた小盾は、しょんぼりする水の精霊を指先で撫でるユウヒの意思に従い飛んでいき、自ら身を守れぬ者に迫る頭上からの脅威を打ち払う。


「ぐっ! ぬお!? 盾を使え! 頭を守れ!」


「うわあああ!?」


 一方、捕まる場所が一切ない場所で地震に翻弄されるのはセリムや外に待機していた兵士達、地面の揺れに翻弄されてコロコロと地面を転がる彼らは、背中の盾を引き抜くと必死に頭を守り野太い悲鳴を上げるのであった。


 この日スタールを襲った揺れは、日本の震度で震度5強、地震大国ほどの耐震建築がなされていない街では致命的な揺れであるが、幸い崩れかけの家から避難していた者が多く、人的被害は思ったより少ない結果となる。が、少ないだけで怪我人の増加は抑えられてはいない。

 いかがでしたでしょうか?


 水の精霊が戻って来たようですが、一緒に地震も引き連れて来たようです。一体何が起きたのか、そして水の精霊はユウヒに何を伝えるのか、次回もお楽しみに。


 それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー

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