第67話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「これがマンジャの花か、ふわっとしててどっかで見たことある様な花だな」
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ここはユウヒがちょっと勢いをつけすぎて暴走した結果出来上がった森の聖域に建つ屋内庭園、急成長で収穫していた薬草類も現在は十分な株が確保できてるため魔法の力を弱めた花壇に植えられ、ユウヒが向き合っている強い魔法の掛けられた花壇には今回必要となった種類の薬草が花を咲かせている。
「綺麗だが怪しくもある……まぁそこは効果を聞いたせいかもしれないけど」
細やかなフリルのように縁が広がる漏斗状の花、その花弁全体に鎮痛剤の材料となる猛毒を含まれており、一口食べようものなら錯乱し発狂すると言われ、そんな毒も分量を間違わなければ鎮痛剤となり様々な痛みの軽減や加工次第では麻酔にもなると言う。
そう言った精霊の説明に耳を傾けながら花を突くユウヒは、小さく唸りながら右目を仄かに明るく瞬かせる。
「とりあえず先ずは少量でやって行こうか? 大量に作るのはそれからだ」
美しくも怪しい花を観賞し終えたユウヒは、すでに摘まれた花が用意された作業机に向かうと木製のピンセットで花を摘まむ。視界には無数の情報が流れ消えてを繰り返し、次第に必要な情報だけが映し出されていく。
「まず最初にフツクサの抽出液と混ぜるんだったな」
ユウヒは木製ピンセットで抓んだマンジャの花を、ガラス質の鋭利なナイフで必要なだけ切っていく。分量を調整しやすく細かく切り終えると、今度は底が平らなフラスコに満たされた薄緑色の液体を、メモリが刻まれたビーカーに注いでいく。それらの実験器具はユウヒが作った物で、よく見ると部屋の隅に失敗作が割と大きな箱に山と詰め込まれている辺り、苦労して作り上げたようだ。
「しかし、人が死ぬレベルの毒草を使うとはなぁ? でも鎮痛剤って言っても麻酔みたいなもんだからありえるのか」
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「一番有害じゃないのが花だから花を使うわけね」
今回は使うものが猛毒とあってか、口元を大きく覆う布地を巻いているユウヒは、慎重に花弁の欠片をフツクサの抽出液に入れては小さく振ってじっと金色の目で見詰める事を繰り返し、精霊からの説明に納得した様に頷く。
マンジャと言う植物は全体に複数の有毒物質が含まれる植物であり、三流暗殺者と一流暗殺者が好む毒である。これらを好む三流暗殺者や素人は自滅することが多い辺りその毒性の強さと厄介さが窺い知れる。
「それ以外はどうしようか? 何か使えるかな?」
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その中でも花に含まれる毒成分はほとんど一種類に偏っており、鎮痛剤に使うのはその神経系に作用する毒である。
そうなると余るのがそれ以外の枝葉や根、どれも複数の毒を含む為その扱いが難しく、大抵の採取者は自生しているマンジャの花だけを切り取り慎重に持ち帰り、それ以外はそのまま残す。そもそもにして自生環境が限られ、かつ危険と言う事で栽培する者は居ない。故にそれ以外の部位の扱いに困る様なのはユウヒの様な物好きくらいである。
「とりあえず、各成分に分けて抽出だけしとこかな」
そんな物好きのユウヒには神様から貰った魔法の力がある。汎用性には欠けるが、こと物を作ることに関しては奇跡すら起こす魔法によって、各種毒成分の抽出を試みるつもりのユウヒ、マンジャの花を見ていた右目の視界に花壇のマンジャ全体を入れると、毒成分の表記が一気に視界を埋めて行く。
<……?>
「いやいやいや、誰も毒殺しないよ……俺を何だと思ってるんだ君たち」
毒を抽出する時は右目の再調整が必要そうだと苦笑を漏らすユウヒに、そっと傍に寄って来た精霊が物騒な声を掛けてくる。どうやらユウヒが誰かを毒殺しようと考えていると思ったらしい精霊、いや精霊達は、ユウヒが毒を使う代わりを申し出てきたようだ。
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「だから代わりに処すとか言わないの、精霊がそんな事言ったら洒落にならんて」
彼女達の言葉は善意100%であり、代わりに処すかと聞かれたらしいユウヒは危険物から離れると精霊達と向き合って言い聞かせる。彼女達は無垢な子供の様な存在であり行動原理は善意だが、結果が良い事だけで終わるとは限らず、それ故に人々は精霊と言う存在と、曲がりなりにもそれらをコントロールできてしまう魔法使いを畏れるのだ。
≪…………≫
「ほんとほんと、そんな相手は居ないよ。毒だって何に使えるかわからないし、面白い効果もあるし物は使いようだよ」
そんな中で、今にも暴走して人類に裁定を下しそうな精霊達と言葉を交わして言い聞かせる事が出来ているユウヒがどれだけ異常か、砂の海の人々は今の光景を全て見えていたとしても理解することはできないだろう。
「……たまに物騒なんだよなぁ」
大体にして非日常を日常としているユウヒには、とんでも無い事をしている認識が無く、小さい頃の妹や少し暴走気味な友人、またちっさな子供に対応する時と大した違いを感じて無いのだから、そこは精霊とあまり変わらない気すらする。少なくともこの光景を視ているどっかの乙女は大笑いしている事だろう。
一方で笑う事が出来な人間もいる。それは尤も大きな地震があったサンザバール領の首都バザール、街の中心を巨大な商店街で構成するトルソラリス王国における商業の要衝となる街であるが、現在その街は酷い有様となっていた。
「くそ! なんなんだこの地震は!」
「怪我人の対応が追い付いていません。また各施設の倒壊も進んでいます」
巨大な地震の後に何度も小さな揺れが続き、商店街の道を覆っていた屋根はすべて倒壊、背の高いバザール特有の建築物も傾き、小さな揺れが起きる度に倒壊してしまう建物が増えて行く。それに伴い怪我人の数も増加、スタール以上に大きな治療院も今では室内だけではなく屋外にまで怪我人用のベッド置いており、戦時の野戦病院の方がまだ真面だと言われる様な状況である。
「揺れの原因はわからんのか」
「現在も調査中ですが、地震の影響で遅々として進んでおりません」
そんな地震に苛立ちを隠せないでいるのはサンザバール領主のバシール、明らかに可笑しな揺れ方に自然現象ではないと見た彼であるが、調査しようにも揺れ続ける状況ではその調査も真面にできない。今必要とされている事は被害者の救出と治療、また安全な場所の確保である。
「くそ、隣領に連絡して応援を呼べないのか」
「それが……」
災害時に領地持ち貴族同士が協力することはよく事であるが、ドロドロとした貴族社会の人間としては出来れば利用したくないのも事実、しかし今はそんなことを言っていられる様な状況ではないと、苦しそうに呟くバシール。だがその言葉に男性執事は汗の流れる額をハンカチで拭きながら小さく声を絞り出すように話し出す。
「どうした?」
「同盟関係にある領は、我々とあまり変わらない状況の様です」
「なん、だと?」
訝し気に問いかけるバシールは、執事の言葉に言葉を失い目を見開く。
スタールでも揺れを感じた地震の震源はバザールのように思われたが、実際はほぼ同時に多数の領地、とくに領都周辺で発生しており、バシールが同盟を結んでいる貴族の領地は全て同じような状況にあると言う。
「まさかそんな広範囲で地震が発生しているのか!?」
「はっ、そのようです」
「何故だ……王都は?」
全容は明らかになっていたいが故に言葉を濁しながら話す執事に、驚きの声を上げるバシール。頷く執事を見上げていた彼は、蒼ざめた顔を俯かせるとハッと目を見開き、心配そうに顔を上げて執事を見詰め問いかける。
今の今まで自分の領地の事だけを気にしていたバシール、それはあまりに揺れが酷かったことで自分の領地が揺れの中心だと思ったいたからであり、また遠方と連絡が取れる魔道具もそう多くは配備されていない為、ようやっと今情報が集まり始めた段階と言う事もその思い違いを生み出していた。
「王都は揺れこそしているようですが、それほど激しくは揺れていない為、避難も一部だけの様です。王も城にいるようです」
「そうか……」
そんな集まり始めた情報の中には王都に関するものもあり、確認する様に羊皮紙に視線を向けながら話す執事曰く、王都もまた揺れたようだがその被害は小さく、国王も特に非難していると言う事はないようだ。
「あそこは?」
国王と王都の状況にほっと息を吐くバシールは、少し心に余裕が生まれたのか執事に短い言葉で問いかける。知らぬ者が聞けば何の事だか分からない問いかけも、執事には十分理解出来る様で一つ頷く。
「サルベリス公爵領はほぼ揺れていないと聞いております」
「……いったい何が起きていると言うのだ。予兆なども無かったであろう」
バシールが複雑な、どちらかと言えば忌々しげな表情で問いかけたのはサルベリス公爵領について、どうやらサルベリスは今回の地震で被害を受けていない様で、その事に険しい表情を浮かべるバシールは、磨かれたような光沢がある椅子の肘置きの先を強く握りながら、体を仰け反らせ天井を見上げ呟く。
「はい。あと施設の倒壊が激しく研究所への立ち入りが出来なくなっております」
「なに? 装置は?」
誰にと言ったわけでもない呟きに、執事は頷き肯定すると、手元の羊皮紙を見ながら研究所と言う施設に関して報告する。どんな研究をしている場所なのか、体を起こしたバシールは少しだけ心配そうな表情で装置と口にした。
「そちらは稼働しております」
「流石は遺物か、ならばそちらで何かあったわけでは無いか、遺物は壊れれば動かなくなるからな」
バシールが心配した装置とは遺物の事であり、壊れた遺物は動かなくなると言うのは、トルソラリス王国で遺物を扱う者にとっては常識である。今回の大地震も装置に原因があるのかとふと考えたバシールであるが、彼の考えでは装置が壊れず稼働しているのなら除外していい話のようだ。
「水を吸い過ぎましたでしょうか?」
「水が無くなって地震など起こるわけないだろ」
「そうですか……」
サンザバール子爵家が所有している遺物は水を吸い上げる遺物であり、現在も水不足の中サンザバール家に富を与え続けている重要な遺物である。しかしそれは公にはなっておらず、厳重な警備体制によって多少怪しまれることはあれど、致命的な問題になる様な情報は流れていない。
執事の心配に対して苛立たし気な声を上げるバシールは、遺物について詳しいのか何の心配もいらないと言って首元を緩め息を吐く。
「水か、喉が渇いた」
「はい、すぐにお持ちいたします」
少し落ち着いて来たことでのどの渇きを認識したバシールの言葉に一礼して踵を返す執事、小さな足音を鳴らし部屋から出て行く執事の背中を見送るバシールは、また肘置きを強く握ると大きく息を吸い込む。
「くそ、計画が進まんではないか」
背筋が伸びるほどに大きく息を吸ったバシールは、今度は深く息を吐いて睨むような表情で悪態を洩らすのであった。
悪態を洩らしてもやらなければいけないことは時間とともに増えて行くサンザバール、その領都の端にある研究所併設の建物の中では、バシールの息子が椅子に座って何やら報告を受けてほくそ笑んでいた。
「父上は問題ないようだな」
「はい、困惑するばかりで、装置についても報告を鵜呑みにしています」
彼の名はマリク・サンザバール、バシールの唯一の息子であり彼の予定ではシャラハを娶る男でもある。家族と言う事もあって信頼されているマリクであるが、彼の思惑と父親の思惑は道を同じくとしておらず、彼は彼の思惑に沿って行動していた。
「元々父上はあれにあまり興味が無かったからな……」
「心中お察しします」
父親からの信頼によってサンザバールにおける遺物の管理を一手に担い、常に良好な結果だけを報告し続けている彼は、愚かな父の姿を思い出し溜息を洩らす。バシールが遺物の安全性を問題視していない理由はここにあるのだ。
「ふん、こんな国では仕方ないさ……だからこその帝国なのだ」
「しかし今回の暴走と地震の原因はその帝国製の宝玉ではと言う話も」
信頼する息子の報告を疑う父など居らず、その曇った目を利用するマリクはどうやら帝国と通じている様で、しかし今回の地震はその帝国から手に入れた宝玉が原因と言う声も上がっているという。
「所長か?」
「いえ、魔道具技師たちからですが」
「技師と言っても三級以下だろ、当てにならん」
しかし、その問題視する声は遺物管理の責任者からではなく、その下で働く魔道具技師からであり、彼等の声はマリクにとって信用に値するものではなかった。それも彼らが様々な問題から魔道具技師の道から外れた落伍者たちばかりであり、彼等に求められるのは機械のように決まった動きを正確に行うことだけだからである。
「そうですか……」
「それよりも装置を止める目途は?」
マリクの言葉に不安を隠せない男性は、椅子に座り壊れた建物が目立つ外に目を向けたまま話す主を見上げ表情を険しくして目を閉じた。
「何をしても止まりません。もう壊すしかないのではという話も出ています」
「……そうか」
彼らの持つ遺物は完全に暴走状態となっており、その起動状態を止める事が出来なくなっていた、安全に停止させるという段階は疾うに超えてしまい、もはや壊して止める以外に手は無くなっている様だ。
「少しずつ壊していく方法もあります」
しかしそれでも物が物、貴重な古代文明の遺産である稼働する遺物をそう易々と壊せるものなど居らず、問題となっている場所や復旧可能な場所を少しずつ壊して行き、最小限の被害で修めようというのが大半の者の考えである。
「多少残ったところで新しく作る事など出来ないのだろ?」
「それは」
「ならいっそ派手に壊してしまえ、父上には暴走と爆発の危険があった為に仕方なかったとでも言っておく」
しかし、遺物管理の最高権力者の判断は違うようで、停止するまで壊してしまうのであれば完全に破壊するのと変わらないと言うマリク。呆れと不快感が入り混じった表情で溜息を洩らす彼は、どうでもよさそうに吐いて捨て足を組みなおす。
「しかしそれでは評価が」
「構わん、ここまで来ればもうサルベリス家が終わるのも時間の問題だ、多少状況は変わるだろうが水が無ければ死に行くだけさ……それにすでに」
どうやら彼の計画は順調に進んでいるらしく、その遺物の効果が無くなったところで行動に支障はないようだ。むしろ壊れてしまった方が良いとすら取れる彼の笑う姿に、報告を続ける男性の表情は険しさが増していく。
「……」
楽し気に笑みを浮かべ、見晴らしの良い部屋の窓から眼下に広がるバザールの変わり果てた街並みを見詰めるマリク。その鳶色の目にはいったい何が映っているのか、薄ら寒いものを感じる男性は、自分たちが行おうとしている計画に一抹の不安を抱き始めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
地震の影響はあちこちに及び、大変なことになっていますが気にしてない人間は気にしないものなのか、次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー