表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/149

第66話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。





 ユウヒが薬草を売り終わって帰った治療院では、地震の影響が明確に数字として表れ始めていた。それは運び込まれる怪我人の人数である。


「想定よりずいぶんと怪我人が多いですね……あぁ」


 しかしそれは予想を大きく上回る人数の様で、その理由に院長はすぐに気が付くと書き板を片手に報告を行っていた女性に確認する様な表情で目を向けた。


「盗賊被害者が重なったのもありますが、家屋の倒壊が想定をはるかに超えています」


 院長の予想は正しかったのか、女性の報告を困った表情で頷きながら聞いて行く。実は怪我人の中には地震によって怪我をした住民だけではなく、偶然スタールに向かっていた一団も含まれていたのだ。彼らは盗賊に襲われながらもなんとか逃げる事に成功したところに地震の被害を受けたのだった。


 また、住民の怪我人も予想より多くなっているらしく、続々と増えている理由に倒壊した家屋がある。スタールにはあまり大きな家屋は無くその構造上、多少の地震が発生しても完全倒壊することは無いと思われていたが、地盤が悪くなっており一部では陥没した穴に向かって地滑りを起こす様に崩れていた。


「陥没、水不足の所為ですか……備蓄を全部出すしかないですね」


「大丈夫でしょうか?」


 スタール周辺は地下水が豊富で、湧き上がる湧水池が観光名所の一つだ。そんな地下水が枯れた事で起きていた陥没は、地震によってさらに広がりを見せ、被害のさらなる拡大を予測する院長は薬剤などの備蓄品を全て放出することを決める。


「今は大丈夫でしょうけど……街で暇そうにしている人たちにお使いを頼めないかしらね?」


「聞いてみます」


 魔物の大規模な侵攻や突発的に発生する戦などの為にも常に備蓄は用意されており、その備蓄を使う時は本当の緊急事態の時で、地震も緊急事態と言えばそうなのだが、どうしてもその使用には躊躇してしまっても仕方ない。不安な表情を見せる女性に苦笑を浮かべる院長は、誰とは言わずに暇をしている人と呟き、すぐに察した女性は真剣な表情で頷き走り出す。


「まぁ、治療に関しては問題ないでしょう。なにせユウヒ殿の支援がもらえるのですから」


 緊急事態に備えて常に余裕を持って当たる事にしている院長は、異常な地震を前にしても臆することなく微笑みを浮かべている。その心に余裕を与える存在の一つはユウヒ、彼からの贈り物である箱の蓋を開けた彼女は、その中身に困った様に笑う。


「魔法使いと言うのは、恐ろしいですね」


 すでに一度確認して一人で驚愕していた彼女は、箱の中に入った紙を手にとってその使用方法に真剣な表情を浮かべ、魔法使いの恐ろしさ、と言うよりもユウヒと言う魔法使いの恐ろしさを再認識する。


「ふふふ、ユウヒさんを普通の魔法使いと考えては駄目ですよね。あの方は特別です……まるで神の使いのように」


 箱の中にはたくさんの治療薬の原液が収められており、紙に書かれた使用方法を見るに百倍に薄めてもある程度の治療効果が認められるようで、その規格外の薬品を前にユウヒの事を神の使いと評する院長の名はアネモネ、古くから続く名家であるフォフィスン家の実質最高権力者であった。


「神ですか、神はお怒りなのでしょうか?」


「さて? あの子が調べているようですがこの地震の原因がなんなのか、少し楽しみになってきました」


 そんな独り言は丁度木簡を手に戻ってきた女性に聞かれてしまい、神と言う言葉だけ聞こえていた彼女は不安そうに呟く。自然現象の一部を精霊の怒りと呼ぶ彼女達にとって、神はもっと恐ろしい何かであり、その怒りを買ってしまったのではないかと思うだけで肩が震える女性に、アネモネはいつもの調子で楽しそうに笑う。


「……」


 その様子にどこか釈然としない表情を浮かべる女性は、貴族も一目を置く名家の最高権力者から要請書のサインをもらうのであった。





 一方その頃、一度宿に戻って荷物を置いて来たユウヒは、軽くなった編み籠を揺らしながら森の道なき道を迷うことなく歩いていた。


「少し暗くなって来たか、今日は森でお泊りだな」


<!!>


 最近ではユウヒが出入りしている事で多少の道が出来ているが、毎回違うルートを歩く所為で大した違いはない。そんな森でお泊りだと呟くユウヒに、今日の案内役の精霊は嬉しそうに瞬く。


「今回は量産品だからちょっと大変かもしれないな、効果に関しては大量生産したら落ち着いたものになると、思う」


<?>


 そんな上機嫌な精霊と違いユウヒの表情はどこか悩まし気である。その理由は治療院に卸す予定の薬品について、いくつかは治療院と商工組合に売却したが、あまりの高品質な商品に満足な金銭を払う事が出来ないと言う状況に、買い手側が困ると言う結果に至ってしまったのだった。


「でも、あまりに効果が高いものを大量に流通させてもよくないからな、クロモリオンラインでも最高品質のポーション出品しまくったらそれを当然だと思われて随分と荒れたからな、生産者からも怒られるし良い事なしなのを思い出したよ」


 過去の失敗を思い出し溜息を吐くユウヒ、しかしこの男、大半の高品質治療薬をプレゼントと言う形で院長に押し付けているのである。それが百倍に薄めても一応使えると言う治療薬の詰まった箱であり、若干の後ろ暗さにユウヒ何とも言えない湿った笑みを浮かべた。


「自分用は関係ないけどね!」


 今後の治療薬製造の方針を決めたユウヒは、気分を切り替えるように大きな声を上げて倒木を軽いステップで飛び越え、空中を跳ねるように歩く彼を精霊が楽しそうに追従する。


「とりあえずお願いされたのが接骨薬と外傷薬と鎮痛剤と胃薬か」


 地面に着地して歩きだすユウヒが今回依頼されたのは、一般的な品質の接骨薬や外傷や手術用の薬や補助薬品。高品質な薬も薄めれば使えるとは言え、しっかり調整された薬には劣る為、精霊のささやきと言うアドバイスを聞きながら頭の中で予定を巡らせるユウヒ。


「強力な薬は胃が荒れるのは異世界も一緒なんだな、俺が作ったやつも最初の低品質品は副作用多かったし」


<!!>


 品質度返しで効果効能を引き上げた薬と言うのは、この世界でも一般に流通することがある。それは必要に迫られた結果であり、そう言った薬品は副作用が強く日本でも扱われる薬品のように胃が荒れたりするため、大抵補助する薬を複数利用して治療に使われていた。


「外傷薬は血止め程度でも良いとか言ってたね、でも綺麗に治る様に……いやいやこう言う考えが面倒事を呼ぶんだよ」


<……>


 しかしそう言った補助の為に使われる薬品は効果をほどほどに調整される。それは余計な副作用を減らすための処置であり、どんなに高品質な物を使ってもうまく噛みあわないと有効な治療には至らない。バッグの中で僅かに揺れる見本として貰って来た薬の存在を意識するユウヒは、自らの欲望を抑え込み自らの暴走癖を律する。


「でも副作用を消すために何度も何度も試行錯誤をするの、楽しいんだよね」


<…………>


 その珍しい姿には、まだ短い付き合いであるが思わず驚く精霊達、しかしすぐに揺るぎそうになる彼の姿に周囲に集まって来ていた森の精霊達は呆れた様に瞬く。


「そんな呆れなくても……より良いものを求めるのは人の性だよ」


 周囲の精霊達が動きを揃えて瞬き、ぽろぽろと呆れの感情を洩らす事にしょんぼりとした表情を浮かべるユウヒは、どこか使い慣れた印象を感じる言葉を呟き視線を前方に向け歩く速度を上げる。


「胃薬はオトレモを少し加工するとして、外傷薬は自分用のやつの簡易版で」


 軽い足取りで木の根を足場に跳んで歩くユウヒは、余計な思考を切り替え今日の予定に集中し始めた。


「入れ物はなんちゃって陶器製にするか、後は鎮痛剤か」


 なるべく見本に近い物を作る方法を精霊のアドバイスも聞きながら考えるユウヒは、鎮痛剤と言う新しい薬に使える素材が思い浮かばない様で小首を傾げる。


「ミヤツは使うとして、他に何かない?」


 アドバイスを求める声に対して精霊達はバラバラに瞬き始め、その姿に目を向けるユウヒ。ただでさえ薬草の少なくなった森で優先するべきは一般的な薬に使える薬草であり、今まで彼は自らの欲望を抑えてそれ以外の物はなるべく後回しにしていたのだ。


<……?>

<!!>

<!>


「そっちに良い薬草があるのか」


 いくつかのグループに分かれ、ばらけてまたいくつかのグループを作りを繰り返し瞬き続ける精霊達、しばらくして意見がまとまったのであろう彼女達は、ユウヒの服を抓み引っ張り、その背中を押す。これからすぐにその薬草の下まで案内してくれるらしい精霊に笑みを浮かべたユウヒは、彼女達が連れて行こうとする先に目を向ける。


「まだ残ってるかな」


<!>


 聖域へ向かう比較的歩きやすいルートである周囲より、少し狭く感じる樹々の先に目的の物はあるらしく、ユウヒの不安に精霊は大丈夫だと言った様子で輝く。


「まぁ時間はあるし、頑張りますか!」


≪!!≫


 若干の不安がないでもないが、今日は帰る必要もないからと開き直るユウヒは、気合を入れて精霊の示すまだ見ぬ薄暗い森の奥へと足を踏み入れるのであった。





 ユウヒが森を飛び跳ねながら目的の薬草を探している頃、街の外縁部の一画に存在する兵舎の作戦会議室では、街の警備兵の長である警備隊長が大きな溜息を洩らしていた。


「まいったな、まさか街道が通れんとは」


 木簡を片手に溜息を吐いていた警備隊長は、いかつい顔で困った様に呟くと、左右対称に歪んだ眉を揉み解し街道の状況が書かれた木簡を大きなテーブルにそっと置く。


「あれから地震が起きていて復旧作業もままなりません。仮復旧すら無理です」


「こんな場所の地面が裂けるとはな、これだけ酷いと他の道も駄目だろう」


 木簡には領都へと向かう街道の途中で大きな地割れが発生していて、とてもじゃないが通行できる状況ではないと記されていた。またその木簡を持ってきたのは目の前で立っている男性の様で、大きな揺れの後も頻発する地震により、仮の復旧作業すら出来ないと言う言葉に警備隊長は唸る様に呟き、彼の予想では他のルートも絶望的のようだ。


「そろそろほかの街道からも第一報が届くかと……」


「伝令! 西方ルート、山で崖崩れが発生! 通行不能! 現在復旧計画立てるも地震により被害拡大の為予測不可! 以上!」


 そんな別ルートに関する報告は噂をした瞬間に届き、その内容はまさに絶望的な内容で、目を瞬かせた会議室の二人は思わず顔を手で覆い天井を見上げる。


「…………」

「…………」


「あ、あの……」


 声を忘れた様に無言で天井を見上げゆっくりと顔から手を拭う様に離す二人、その姿に戸惑う伝令の兵士は、何か返事を貰えないかと思わず姿勢を崩して声を掛けた。本来ならすぐに帰るか、返事を貰って退出をするのが伝令なのだが、二人の異様な雰囲気には声を掛けずにいられなかったようだ。


「あぁご苦労……他に何か聞いてないか?」


 伝令に声を掛けられたことで気を持ち直した警備隊長は、伝令兵としての行動を注意することなく労うと、少し考えるように俯いた後何かほかに情報は無いか問いかける。本来であれば命令されたこと以外を伝令兵が話す事は褒められた行動ではない。


「それが、魔物の動きがいつもと違うかもしれないと言う報告があったようで、安全の為に撤退も視野に入れているかと」


「魔物も地震が来れば驚くか……水枯れに地震に魔物か、次は何が来るか」


 しかし今は非常時、少しでも情報が欲しい側としてはそんなことを気にしている状況ではなかった。実際に報告できるほどの確度が無い情報でも、集まる情報と合わせて整理して行けば見えて来るものもある、しかし今のところは無限にも感じる被害の拡大しか予想できない。


「そう言うのは妙な事を引き寄せてしまいますよ?」


「分かってはいるのだがな、一気に解決する方法は無いか」


 思わずごちる警備隊長に、報告に来た兵士も伝令兵も苦笑いを浮かべてしまう。不安な未来を口にすれば、本当に良くないことが起きると言うのは兵士でなくてもよく言われる話であり、それは警備隊長であっても当然知っているが、知っていても尚、口に出さずにいられないほど彼はストレスが溜めている様だ。


「本部との連絡が取れないと動きも執り辛いですからね」


「これも浪費貧乏領主が予算を出さないからだ」


「せめて通話魔道具でもあれば違ったでしょうが」


 仕事を忘れてすっかり話し合いに参加している伝令兵の言葉に、警備隊長は領主に対する不平不満を洩らし、その不満はその場の誰かしらが注意することがないほどの事実である。普通の警備部隊であるなら、街の警備所には標準で設置されることとなっている通信用の魔道具、それすら無い状況の不味さを再認識した三人は、まるで示し合わせてい居たかのように同じタイミングで溜息を洩らす。


「……何に金を使っているのか、今は樽やら水やらの特需で潤ってんだろうに……うぅむ、魔法使いが何とかしてくれんもんか」


 いったい何にお金を使えば、末端ではあるが防衛上非常に重要な警備兵の装備が標準以下に成り下がるのか、特に今は特需でサンザバール領に大量の資金が流入していて、それでも改善されないのだからもう魔法使いに頼るしかないのではないかと思えてくる警備隊長。


「ははは、そんなおとぎ話みたいなこと無いですよ」


「おとぎ話か、そうだよなー……そのはずだったんだよなぁ」


 思わず零れ出た魔法使いと言う言葉に笑いが零れる室内、一般人から見れば魔法使いが人々を救う、そんな話は御伽噺の世界である。今まで警備隊長もそう思っていたであろうが、ユウヒと出会ってしまったからにはもうそんな気楽に考えられない。改めて長会議での話し合いを思い出す彼の口からは思わずと言った様子でため息が洩れ出る。


「とりあえず今の報告まとめて代官所に出しておいてくれ」


「了解です」


 伝令に来た兵士と報告に来た兵士は尚もあり得ない空想話に花を咲かせているが、その姿を見ていた警備隊長は彼らが話す内容に強ち間違ってないなと、眉頭をハの字に上げて笑みを浮かべ指示を出す。


「俺はちょっと南門に行ってくる」


「南門ですか」


「あっちに王都の騎士団が来ているらしくてな、駐留の手続きとか慌ただしいらしい、俺が行った方が早いから、ついでに何かあった時に手伝ってもらうよう話してくる」


 そんな警備隊長は重く感じる体を両手で押し上げるようにして立つと、南門に出かけると声を掛けて机の側に置いてある少し長めのショートソードを手に取る。剣を腰の剣帯に差しながら話す警備隊長曰く、現在スタールの街に王都の騎士団が来ているらしく、正式に駐留の為の手続きを行っている様だ。


「王都の……この街に何かあるんですかね」


「……知らん」


 王都の騎士団はいくつも存在するのだが、どこの団も街の警備隊なんかと比べるまでも無く練度が高く、魔法士も複数人所属している関係上緊急時の対応力も比較にならない。


 そんな騎士団が何故急にスタールに現れたのか、通り過ぎる事はあっても駐留などと言う滅多にない状況に若い兵士の二人は驚き思わず問いかけるが、そんなことはこっちが聞きたいと言った様子でぞんざいに返事を返す警備隊長。彼もまた警備隊長と言う役職の中では若い方であり、最近ガスターに勧められた胃薬を使い始めた苦労人でもある。



 いかがでしたでしょうか?


 災害に災害が重なって窮地に追いやられるスタール、一方でどこか楽しそうなユウヒは森で一夜を明かすつもりの様です。一体スタールはどうなってしまうのか、次回もお楽しみに。


 それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ