第65話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
精霊が水枯れの問題解決に動いていると言うのはよっぽど衝撃的だったのか、会議が再開されるまでに幾分時間を要し、その間会議室はずいぶんと静かであった。
「では纏めます。薬草供給の件は引き続き商工組合にまかせ、新たに水関係でユウヒ殿の報告を待ち、担当は治療院に任せます」
そんな会議も一通り終わったらしく、まとめを代官秘書が周囲を見渡しながら話している。
「……」
「ふふふ」
薬草供給については商工組合っが引き続き周辺の街や領に購入を持ち掛ける事になった様で、当然その購入の相手にはユウヒも含まれる。しかし彼の納品先は商工組合だけではなく、今までと変わらず治療院も含まれ、さらに今回の話し合いで水の精霊に関する報告は治療院が担当することになった様で、商工組合長は治療院長の勝ち誇った表情を静かに睨む。
「陥没被害に関しては採土の強化をお願いします。採土許可の木簡は帰りにでも、あと盗賊被害の対処もありますので、手が足りない場合は冒険者組合に依頼してください」
「うむ……」
ぴくぴくと動く商工組合長の眉に苦笑いを浮かべるガスターの視線は、逃げるように警備隊長に向けられる。
依然として街の中も外も陥没被害が広がっており、その穴を埋める作業は街の警備隊によって行われ、警備隊はまったく手が足りていない。そこに来て最近急激に盗賊被害が広がっているらしく、冒険者を頼れと言われて空白となった席にちらりと目を向けた警備隊長は、ため息交じりに頷くと眉間に皺を寄せた。
「それから冒険者組合に関しては代官所から人を出して臨時の責任者を置きます」
そんな空白の席に座っていたゲーコックは、この場で完全に冒険者組合の代理責任者ではなくなったようで、代理人が代官所から派遣されるようだが、その説明にガスターは苦々しい表情を浮かべる。何せ今のスタールには仕事が多い、余剰人員など居らず常に人手不足の状況で、さらに人員を割かれることに周囲も同情を禁じ得ず、お腹を摩るガスターに生暖かい視線を向けていた。
「農耕組合からの提案にあった薬草の栽培については治療院の方でまとめてください」
「はぁい、あとでお話しましょうね?」
「は、はい!」
また薬草不足には別のアプローチも提案されたようで、別の領や街では行われている薬草栽培を提案したのは農耕組合、組合と言っても支店であり小さな組織からは若い女性が会議に出席しており、院長の視線に肩を震え上がらせている。
「脅すな」
「脅してないわよ失礼ね」
農耕組合と治療院との間には震えるに足る立場の違いがあるのか、それとも単純に院長が怖いのか、商業組合長のツッコミに頬を膨らませて怒る彼女の姿からはそう言った恐ろしさは感じられない。
「……」
小柄な女性が縮こまってさらに小さく見え、何をそんなに怯えているのかと不思議そうに見詰めるユウヒ、彼は視線に気が付くと振り返り、振り返った先にいるガスターに小首を傾げる。
「それから……」
「うむ、もう一度確認するのだがユウヒ殿」
「はい」
何か言いたげな視線に不思議そうな表情を浮かべるユウヒは、もう一度確認したいと言う言葉に体をガスターに向けて頷く。
「我々は精霊の怒りを買っていないのだろうか? 民の中には此度の干ばつが精霊の怒りではないかと言う声もあるのだ」
ガスターが聞きたかったことはこの場の人間の総意である様で、ガスターの問いかけ頷いたり喉を慣らすスタールの人々はユウヒに目を向け、それはリステラン夫妻も同様で、特に夫の顔色が悪い。
「あー」
<!?>
大規模な自然現象が起きると大抵が精霊の怒りだとされるのが、スタールだけではなくトルソラリス王国の一般的な反応であり、それは他国であっても同様であろう。しかし当の精霊から言わせれば何でそうなるんだと言いたいようで、驚いた様に机の上で激しく瞬く姿をユウヒは目を細めて見下ろす。
「何も怒ってませんよ?」
<……>
人は精霊と意思疎通など出来ないのが普通であるが、今はここにはユウヒと言う魔法使いがいる。言外に口添えをと言った様子を見せているガスターは、簡潔なユウヒの返事に目を瞬かせ、会議室の面々も同様に困惑した様子を見せる。
何故なら彼らは今回の水不足を精霊にかかわる事件だと思っている節があり、違うと言われても信じ切れずにいる。
「ん? あぁ水不足は、精霊の怒りじゃないです。何でも水が来なくて精霊も困っているらしく、俺も手伝ってはいるんですけど、今は報告待ちなんで」
「そ、そうか……」
しかし困っているのは水の精霊も同様であり、改めて現状に対する精霊の動向を聞いて少し納得した様に頷くガスター。しかし完全に理解したと言った様子ではなく、疑問を飲み込んだと言った感じで、その様子に肩を竦めるユウヒを見ていた院長は可笑しそうに小さく笑っている。
『…………』
「それに、今は精霊が殆ど街に居ないですから彼女達が街全体に何かしていると言う事も無いと思います」
だが笑っているのは院長だけであり、真剣な表情や不安そうに唸る面々を見渡したユウヒは、付け加える様に精霊があまり街にいないと話す。実際今もユウヒの前に居るのは机の上の精霊だけであり、たまに風の精霊が窓から飛び込んできて様子を見てまたどこかに飛び立つだけ、森に行けばたくさんいるが街ではその姿をあまり見ない。
「え?」
何でもないかのように話すユウヒの言葉を理解するまでに、ガスター数秒を必要とし、思わず声を洩らす彼の周囲では驚いた表情のまま固まるスタールの重鎮たち、その中には院長の姿もあり、いつもの余裕がある雰囲気が嘘のようである。
何故か会議が延長された事でユウヒは一人先に退席していた。
「責任者はたいへんだねぇ」
何やらユウヒには聞かせられない様な会議もある様で、疲れた表情の面々を思い出しユウヒは小さく呟く。かつてユウヒも会社勤めで疲れ切った社会人の姿を見て来たが、会議室の光景はその時の空気に似ていた。
「次は治療院だけど、薬草についてかぁ……水が戻ってくれば一気に変わるんだろうけどね」
<……>
背中の籠を少し揺らしてその中の重心を確認するユウヒは、会議の時にも言われた薬草について思いを馳せるが、全ては水の問題がどうにかなれば解決できるため、彼から率先して何かするつもりはないようだ。だからと言って彼が暴走しない保証にはならず、森の薬草園を思い浮かべる風の精霊はユウヒの側で怪しく瞬く。
「一次報告くらいほしい所だよね」
<……>
しかし何か改善するにも暗躍するにも水が無ければ始まらない。ユウヒの報告を求める声に同意する様に精霊はゆっくり瞬く、しかしすぐに水の精霊を擁護する様に飛び回り瞬く風の精霊の様子にユウヒは微笑んだ。
「そうかぁ、水の子は真面目なんだねぇ……社畜時代にも居たよ、きっかり全部作るまでがんばる子」
風の精霊曰く、水の精霊は真面目で一度始めた行動は終わるまであきらめず続けるのだと言う。生真面目と言っても良い性質があるらしい水精霊についての説明に頷くユウヒは、肯定的にとらえながらも、経験上そう言った性格には注意が必要だと言いたげな表情で呟く。
「俺が辞める前には誰も残ってなかったけど、全部ベテラン(笑)のパワハラが原因と言う……ふぅ、ある意味良かったのかもな」
どんどん暗くなるユウヒの表情に慌てる風の精霊は、ユウヒの心から溢れる感情に驚くと慰めるように彼の頭に着地した。どうやら会社員時代ユウヒの真面目な後輩達はパワハラの餌食になってしまったようで、彼が会社を辞める事となった事件前には全て辞めてしまっていた様だ。
それはそれで、後輩たちがドーム被害者にならなかったのだから、ある意味よかったのかもしれないと自虐的に笑うユウヒ。
「今って、自由だな……」
<!>
<!!>
ユウヒから溢れる負の感情は周囲の精霊を呼び寄せてしまったのか、あちこちで走り回る精霊はいつの間にか集まって来ており、会社員時代と違う自由な今に思わず涙がにじむユウヒの周囲で優しく輝いている。
「ありがとう、やっぱ人間自分の心に従うべきだよ……とりあえず過去は忘れる事にして、治療院が見えて来たけど……今日も忙しそうだな」
精霊にはユウヒの過去に何があったかなど解らない。しかしその感情は誰よりも良く分かる彼女達の声に、ユウヒは微笑み目尻を拭うと治療院の正門に目を向けて苦笑を漏らす。今日も治療院は利用者が多く、人の少ない道を歩くユウヒはいつもの入り口に向かうのであった。
向かった先は当然薬草管理室。
「今日もありがとうございます」
「……」
治療院の事務所棟ではすでに顔パスとなっているユウヒ、3部屋からなる薬草管理部の一番手前の何時もの部屋に足を踏み入れた彼は、慣れた手つきであっという間に薬草を広げていた。ただ、いつもより少ない薬草を前に、薬草管理士の目はいつもより鋭くなっている。
「すまないな、今日はちょっと別の用事があって荷物が多かったんだ」
「いえいえいえいえ!? すごく助かります!」
今日は荷物が多い所為で薬草の量は少なく、申し訳なさそうに頭を下げるユウヒに周囲の女性達は慌て始める。何せ無理を言っているのは彼女達の方であり、満足に報酬が出せない治療院に連日上質な薬草を持ってくるユウヒには何の落ち度もない。
「そうですよ! ユウヒ様が居なければこの部屋はきっと薬草の匂いが消えて埃臭くなってました!」
「そう言ってもらえると助かる」
それでも気になるのはユウヒの気質なのか、それとも日本人の気質なのか、彼は申し訳なさそうに眉尻を下ろしている。
「それよりどんな御用があったんですか?」
新鮮な薬草の香りが戻って来たらしい薬草管理室を見回すユウヒに、若い女性が何気なく問いかけ、チラリと籠の中の木箱に目を向けた。いつも薬草でいっぱいの編み籠の中にはいくつか10㎝四方の木箱が収められており、女性はその事が気になっている様だ。
「こら!」
「あいた!?」
「すみません余計な詮索を」
しかしそれは完全に余計な詮索であり、あえて触れないようにする話題である。特に相手は魔法使いと言う事もあって、どこに聞いてはいけない話題が潜んでいるかわからない。
「気にしないよ、ちょっと貴族さんの病気を治す特別な治療道具を用意してるんだ」
「貴族?」
先輩に頭を叩かれて目尻に涙をにじませる女性は、ユウヒの貴族と言う言葉に頭を抑えながらキョトンとした表情を浮かべ、
「リステラン様のことかな? ……あ」
「……」
また余計な事を口にしてそのまま頭を後ろから無造作に掴まれ顔を蒼くする。
「詳しくは話せないけどね、助けた相手だからついでだよ」
「ついで……」
「……難病をついで、ですか」
口は災いの元とはよく言ったもので、背後を振り返り無言で睨まれる若い女性は涙目で声にならない悲鳴を洩らしており、言外に正解だと話すユウヒの言葉に、薬草の選別の手を止めていた薬草管理士の女性達は、呆れと感心が半々の声を洩らす。
「魔法使いってやっぱり見てる世界がちがうんですね」
「そうかな……ん? これは」
「どうしま……?」
魔法使いの見えている世界は一体どうなっているんだと、治療院でも治す事が出来ない難病をついでに治すつもりだと言うユウヒは、困り顔を急に真剣に引き締め天井を見上げる。いつものやる気無さげな柔らかい表情が鋭く引き締められ、そのギャップに驚く女性はユウヒに声を掛けるが、その言葉はすぐに違和感で噤まれた。
「あれ? なんだかフラフラします」
「え? 揺れてる?」
急に周囲の女性達はふらつきを覚え、戸惑た声を洩らす。薬品を扱う関係上、彼女達は稀に薬品の誤吸引で眩暈を起こす事もあるが、今はそんな状況ではなく原因はすぐにわかる。
「地震か、この感じは結構良いのが来そうだな」
それは地震、地震大国日本出身のユウヒはすぐに眩暈の様な揺れが地震だと察し、彼が手を机の上に置いた瞬間大きく横にずれるような揺れが発生した。
「え!?」
「きゃあ!?」
「おっと、机の下に隠れた方が良いよ」
突然の揺れに転倒する者、テーブルにしがみ付く者、ユウヒに抱き着くように倒れ込む者、慣れた様に女性の体を受け止め床に座らせるユウヒは、揺れの中でも特に慌てることなく大きなテーブルの下に隠れるように促す。
「は、はい! 貴方達早く!」
「きゃあ!?」
「ひぃ!?」
大きな横揺れから小刻みな揺れ、そしてさらに大きな横揺れへと変わる地震に悲鳴を上げながら、床を這うようにしてテーブルの下に隠れる女性達、服が汚れる事も気にせず必死に動く女性達を他所に、自分の足にしがみ付く女性の腕を解くユウヒ。
「ほらほらお隠れ……震度3いや4ちょっとくらいかな?」
女性を大きなテーブルの下に押し込んだユウヒは、女性達が入ってもまだ余裕があるテーブルの上に手を置きながら地震の揺れを吟味する。
「ユウヒ様もお早く!」
「あぁ大丈夫大丈夫、気にしないで隠れてていいからおっと?」
一向にテーブルの下へと隠れようとしないユウヒに叫ぶ女性。しかし全くその声を気にした様子も無く微笑むユウヒは、揺れに重心を合わせながら周囲の様子を見渡す。地球でも日本人の異常性と言われる習性をいかんなく発揮しているユウヒは、小さくなる揺れにそろそろ終わるかなと顔を上げるが、すぐにまた大きく揺さぶられる。
『きゃあああ!?』
「変な揺れだな? ずるずるとズレるような……」
揺れを終わりを感じていたのは女性達も同様であったのか、再度強く揺れ出すとテーブルの下から悲鳴が上がった。日本でも味わったことが無い妙な揺れに首を傾げるユウヒは、異世界の揺れはこんなものなのかと、確認する様に精霊に目を向けるも、
≪!?!?!?≫
そこでは盛大に慌てる精霊の姿があり、ユウヒはその姿を眺めながら精霊も地震で驚くんだなと、どこか斜め上の関心を示すのであった。
いかがでしたでしょうか?
日本人のユウヒも少し驚く大きな地震、果たしてその地震は何を引き起こすのか、次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




