第63話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
突然話を遮られると、どこまで話したかわからなくなることは良くある話、大体少し遡ったあたりから話し始めるのであろうが、それよりも気になることがあるのかユウヒに声を掛けたイトベティエはニッコリと微笑みかける。
「一つずつ話を進めていきましょうか」
「あ、はい」
美人の笑みには謎の迫力があるなと、どうでも良い事を考えていたユウヒは、彼女の提案に短く答えて頭を切り替えた。
「そうですね。先ずユウヒ殿はなぜ代官所に?」
「え?」
一つずつと言われ何を聞かれるのか想定したユウヒであるが、勘が外れたのか想定した確率が低かったのか、少し意外そうな表情で声を洩らす。
「すみません少し気になったので、言えないのであれば構いません」
「なるほど、なんだか最近よく襲われることがあって、それが冒険者組合の指示だったらしく、俺も良く分からないんですけど」
イトベティエは単純に重要な話の前に気掛かりな事を解決しておきたいと言った程度の考えだったが、返答は思ったより深刻な内容で思わず目を見開き瞬かせる。
何せ襲われるなど、治安の悪い地域ならまだしも観光地と言う事で警備兵も多いスタールの街中では中々聞かない話、ましてやそれが公平な判断が求められる冒険者組合からの指示であればなおさら驚いてもおかしくはない。
「襲われたですか?」
「宿が襲われた時のですか?」
「あぁ、巻き込んじゃったみたいなんだよね」
宿での一件はユウヒに対する妨害の一部であるが、まさかそれ以上の事が起きていたなど知らなかったサヘラは、当時の事を思い出して蒼い顔でユウヒに問いかける。申し訳なさそうに頷くユウヒとサヘラを見詰めるイトベティエは驚き目を見開くと、どこか不満そうにサヘラを見詰めた。
「聞いてませんよ」
「す、すみません!」
「!!?」
どうやら宿が冒険者に襲われたと言う話をイトベティエにはしてなかったようで、慌てて頭を下げるサヘラを見て小さく溜息を吐く彼女は、そっと夫の太腿に手を置くとそのまま柔らかい夫の腿肉を掴んで捻る。
「怒ってはいません。怪我はなかったのですか?」
どうやらその報告を止めていたのはブレンブだったようで、なぜバレたのか分からない彼は痛みと恐怖で悶え、その様子に全てを察したユウヒは眉を上げてため息を洩らす。
「ユウヒ様があっと言う間に倒してしまったので、ほとんど何の被害も無いです。床とかが傷ついてお母さんがカンカンでしたけど」
「すまないな、もう少しうまく蹴散らせばよかった」
夫婦と言う関係性への好感度を下げるユウヒは、サヘラの説明に耳を傾けると隣に立つ彼女を見上げて申し訳なさそうに頭を掻く。魔法無しでもユウヒの実力はその辺の冒険者に十分対応できるが、安全の為に慢心せず魔法を使っている。しかし下手に強い魔法を使えば周囲への被害が出る為、人の多い場所や街などでは最小限の魔法使用を心がけており、まだその辺りの技術が足りず完全に相手を圧倒することは出来ていない。
「いえいえいえいえ!?」
友人や知り合いからストイックと言われることもあるユウヒであるが、それは理想としている人たちの姿があまりに先にあるからでもある。それ故に彼の発言が他者を慌てさせたり呆れさせたりと言う事は良くある話だ。
「どうも俺が薬草を採って来るのが気に喰わない感じで、なんだったらイトベティエさんを襲ったのも俺が原因だと冒険者組合の人に言われましたね」
「なんだと!!」
「あなた、そんなわけないでしょ」
より良い結果を求める姿は時に妙な敵愾心を他者に与えることがあり、妨害を受ける事は昔からよくある事であまり気にしていないユウヒは、代官所で聞いた話をイトベティエに説明する。それはブレンブの敵愾心を燃え上がらせたようだが、妻に太ももを軽く叩かれて浮いたお尻をソファーに戻されてしまう。
「いやしかしだな、魔物に襲わせて助けて報奨金を寄こせという冒険者などいくらでもいるだろ!」
肉付きの良い体をソファーに戻されたブレンブはそれでも諦めず食いつく。実際に冒険者や傭兵の中には貴族を様々な方法で襲わせ、そこを助けて報奨金をせしめるなどと言う事を起こす者達もいる。
「あなた……それなら最初から要求してくるでしょうに」
「それは、あれだ……なんでだ?」
「はぁ」
だがもしそうならば、助けた時点で報酬の話が出てもおかしくは無いのだが、ユウヒの頭の中には報酬云々の考えが全くなかったので、焦れたイトベティエが先に動いて宿まで来ているのだ。故にブレンブの言葉は完全な言い掛かりであり、それは自身ですらよく考えると疑問に思うほどである。
「マッチポンプか、そう言う事って多いの?」
「たまにあるとは、聞きますけど……」
一方でこの世界のそう言った事件について疎いユウヒは、サヘラから偶にあると聞いて小さく俯きがちに目を閉じると、神妙な表情で顎に手を添え考え込む。
「なるほど、人助けもやりづらいな……あの時もある意味疑われてたかもしれないわけだ」
「疑いませんよ、状況的にもサヘラからの報告を聞いてもユウヒ殿を疑う事はありえません」
日本人らしいと言えばいいのだろうか、困っている人を助けると言う行為にあまり疑問を持たないユウヒは、異世界の事情に何とも言えない声で呟き、しかし外国として考えれば、助けた時点で疑われていてもおかしくはないかと肩を落とすも、イトベティエはその言葉を否定する。
「そう言ってもらえると助けた甲斐があるかな」
「ぐぬぬ」
「……その件でも代官所に呼ばれたと言う事ですか」
イトベティエが知る限り、ユウヒのもつ個人の戦力はリステラン家の護衛を一瞬で無力化するに十分なものがあるわけで、もし貴族を害することも厭わない人間であればそんな回りくどい事はしないだろう。サヘラから聞いている為人を考えてもブレンブの考えはとても肯定できるものではなかった。
「今日もそれで呼ばれたんで、また呼ぶなら連絡くださいと言っておいたんですけど、呼ばれるの早かったみたいです」
悔しそうな声を洩らすブレンブに視線を向けないように話すユウヒは、思ったより早く連絡が来たことに驚いているらしく少し困った様に笑う。大体行動が早い相手は先々を見据える事が出来るやり手か、もしくは相当に焦っている人間だと社畜時代に学んでいるユウヒは少しめんどくさそうだ。
「長会議ですか、私も出席できるか聞いてみようかしら」
「え?」
そんな様子を見つめていたイトベティエは少し考え込むと出席しようかと呟き、その言葉に誰よりも早くブレンブが疑問の声を洩らす。
「私たちを襲ったと言われてるのでしょ? 他人事じゃありませんし、なんだか良い様に使われるのは癪です」
「確かに」
驚き声を洩らすブレンブであるが、どうにも良い様に利用されているとしか思えないユウヒの話を聞いたイトベティエは、腹立たしさ半分面白さ半分と言った様子で呟き、その言葉には夫も同意せざるを得ない。だがユウヒは、彼女の言葉には黒いものを感じて思わずイトベティエの顔をジト目で見詰める。
「それよりもだ! 妻をジロジロ見ていた件に関しての釈明はないのか!?」
「うるさい!」
「ぐぅっ……」
そんなジト目に興奮して見せるブレンブであるが、その行動はイトベティエによってすぐ押しとどめられてしまう。腿を強かに叩かれたブレンブは呻きながらも、顔を上げると困った様に苦笑いを浮かべるユウヒを睨む。
「あぁ、視線が不快であったなら申し訳ない。あまり見慣れないものが見えてちょっと気になって」
「見慣れない?」
ブレンブがずっと気にしていたユウヒの視線、その視線はずっとイトベティエに向けられており、困った様に眉を顰めるサヘラはユウヒに目を向けるが、彼が見慣れない物と口にして思わず訝し気な表情で問いかける。
「ええ……」
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サヘラの問いかけに頷くユウヒは、視線を自らの膝の上に向けるとそこで寛いでいる闇色の精霊に目で問いかけ、その問いかけに彼女は強い意志を示す様に瞬く。
「呪いと言うものを見るのは初めてで」
「は?」
暗く光る闇の精霊はその性質から人の負の感情などに敏感であり、呪いもまた彼女達の目によく映るものだ。ユウヒが見詰めるイトベティエからは、地球でもよく見るようになった不活性魔力にも似た気配を感じ、しかしそれとは明確に違う魔力の動きに目を凝らす。
「呪い、ですか……。失礼を承知で聞きます」
「はい?」
不活性魔力も大量に集まれば呪いとなり周囲の人間に様々な悪影響を与える。しかしそれらと違い明確に意思を持って害を及ぼす呪いは、寄り集まった不活性魔力より粘性を感じさせるような雰囲気をユウヒに見せていた。そんな呪いと言うユウヒの発言に、何か覚えがあるのか目を細めるイトベティエはじっとユウヒを見詰め問いかける。
「ユウヒ殿は魔法使いですね」
「「え!?」」
魔法使いではないのかと、その言葉にユウヒは驚き眉を上げると困った様に笑みを浮かべ、サヘラとブレンブは驚きの声を上げた。
「あぁはい。一応治療院の院長さんからも自信を持って魔法使いだと言って良いとお墨付きをもらいましたので、魔法使いで良いと思います」
魔法使いとしての自信が少しは芽生えてきたユウヒ、しかしその説明をする度に周囲が身構える事にはまだ慣れない彼は、驚き固まる視線を受けながら院長からのお墨付きをもらったと笑い話し、その言葉にイトベティエは真剣な表情で頷いた。
「階級、いえ……どの程度精霊を感じられるのでしょうか?」
これまでの事で疑いを持っていた彼女はユウヒの目を見て、そしてユウヒが呪いが見えると言った事で、彼が魔法使いである確信を持ったようだ。イトベティエは階級と口にするもすぐに言い換え、精霊についてユウヒに確認する。
何故ならば、砂の海において魔法使いの実力は精霊との関係性でほぼすべてが決まるのだ。故に精霊の声をどの程度聞く事が出来るかで、相手の階級を決める事が出来る、のだがそれは魔法士や学者が決めた指針でしかなく魔法使い本人たちにとってその階級は意味あるものではない。
「感じる? んー? ここに居ますよ、この子は闇の精霊かな? あたってる? この子が呪い臭いって言うので、じろじろ見てしまいました。申し訳ない」
「「…………??」」
イトベティエの問いかけに対してユウヒはキョトンとした表情を浮かべると、膝の上で虚空を掬うように持ち上げてここに居ると言う。胸の高さまで持ち上げた両手を見詰めるサヘラとブレンブはじっと見詰めるも何も見えない故に訝しげな顔で首を捻るが、ユウヒの左目には確かに手の上で楽しそうに跳ねる闇色の精霊が見えている。
「なんて、あぁ……不躾なのはこちらでした」
魔法使いでなければユウヒの言う事が正しいかどうかわからない。故に世間は魔法使いと自称する者を先ず詐欺師と思い、本物の魔法使いをその目に見えなくしてしまう。しかし優れた魔法士には、いくつか判別する方法を持つもので、ユウヒに対して様々な想いを抱いていたイトベティエは、ユウヒの手の中に集中する純粋な力に気が付いて思わず肩を落として俯いてしまう。
「あの、普通にお願いします。魔法使いですが特別扱いされるような者じゃないので」
「……そうですね、でもびっくりしました。高位の魔法使いに会える事など無いもので」
砂の海の魔法士にとって魔法使いは神にも等しく、運が良ければ会う事が叶うと言う事もあってか魔法使いを神聖視する者は多い。そこまでの思想は持ち合わせていないものの、彼女もまた優れた魔法士であるが故に、目の前のユウヒがどれだけ希少な存在か理解出来てしまったようだ。
「はぁ? ……あ、それで腰の痛みについてですけど」
砂の海で魔法使いを正しく理解出来ている人間は、高位の魔法士や専門とする学者、また国の上層部の上澄みくらいなもので、それ以外の者達にとって魔法使いはおとぎ話の延長でしかない。
またユウヒにとってもイトベティエが考えている特別な感覚はなく、感動に打ち震える彼女に困惑の声を洩らすと、考える事を止めて腰の呪いについて問いかける。
「え? あ、はい。これは呪いなのですか?」
いろいろな衝撃でスルーされかけていた呪い、ユウヒの掌の上でご満悦な闇の精霊曰く、イトベティエの腰を蝕んでいるのは呪いであり、それは闇の精霊が嫌う匂いを発しているらしく、ご満悦であるが不快そうに瞬く闇の精霊を見下ろすユウヒは小さく頷く。
「みたいなので、詳しく視ても……いいですか?」
必死に闇の精霊を見ようと目を凝らすサヘラの一方で、視ても良いかという言葉に顔を上げて睨みだすブレンブ、その視線を気にして申し訳なさそうに小首を傾げるユウヒの姿に、眉を吊り上げるイトベティエ。
「貴方、ステイ!」
「うっ!?」
ユウヒが魔法使い、しかもその中でも上澄み中の上澄みである高位の魔法使いだと知ってしまったイトベティエにとって、夫の嫉妬心など些末なものであり、これまでになく鋭い口調で注意されたブレンブは目を見開くと、疲れ切って空腹で雨に打たれる子犬の様にしょぼくれた表情を浮かべ肩を落とすのであった。
いかがでしたでしょうか?
呪いの匂いはどんな匂いがするのか、少し不機嫌そうな闇の精霊の声に耳を傾けたユウヒはどうするのか、次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




