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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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第62話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。





 思わずユウヒに手を出してしまった治療院長が恥ずかしそうに頬を赤らめてから数十分後、院長室に戻った彼女は大事そうにミヤツの鉢植えを机の上に置いていた。


「院長、予算を勝手に動かさないで下さいよ」


 ルミエーラにずっと付き添っていたローブの女性は、ニコニコとした顔でミヤツの葉を撫でる上司に愚痴を零す。愚痴を零したくなるほどに治療院の予算は常にギリギリで運営されている。


「足りない分は纏めて報告書にしておいて」


「ええそれはしますけど」


 一方で、特に困った様子も申し訳なさそうな表情も見せないルミエーラは、軽い調子で報告書の提出を指示すると、きょろきょろと周囲を見渡す。どうやら鉢植えを置く場所をどこにするか悩んでいる様だ。


 その様子にジト目を向ける女性は、不満気に溜息を洩らすも、彼女の様子にくすくすと笑い声を洩らすルミエーラ。


「確認したら私が補填しておくから」


「良いんですか?」


 私が補填しておく、そう言われた事で目を見開く女性は心配そうに問いかける。何故ならこの補填はルミエーラ個人の資産から補填すると言う意味であり、確認する様に問いかける言葉にニッコリと笑みを浮かべる院長は、言い間違いなどではなく本当にそのつもりのようだ。


「もっと良い物貰ったからね」


 何故そこまでしてくれるのか、院長と言う役職についているとは言え薬草の購入費用はそう安くはない。それでも彼女が自身の資産を切り崩す理由は、治療院の為と言うわけではなく、ユウヒから貰った植木鉢のお礼と言った面が大きい。


「それですか、確かにミヤツの鉢植えなんて珍しいですから、枯らさないようにしないと」


「これを枯らすなんて、とんでもない怠け者ね」


 魔法使い、その希少な人物からの贈り物、またミヤツと言う珍しさ、様々な角度から院長の喜ぶ理由を考える女性は少し納得すると枯らさないようにと呟くが、その言葉に振り返ったルミエーラは、肩を竦めながら苦笑交じりに怠け者と言う言葉を使う。


「怠け者ですか?」


「この鉢植え、魔女の鉢植えより高性能よ? 僅かに精霊の気配を感じるし、遺産と言われても疑わないわ」


 キョトンとした女性を見てくすくすと笑う院長は、指先で鉢植えの縁をなぞりながら説明する。ユウヒが嬉々として持ってきた鉢植えがただの鉢植えなわけがない。


「発掘品級ですか……」


 彼の事を知らない人なら気が付きもしないであろうが、院長は勘も目も良いようで、すぐに鉢植えがただの鉢植えではないと見破り、その所為でユウヒから受け取る時も笑みが引き攣ってしまっていた。問題の鉢植えは魔道具、魔道具だと見抜いた院長は詳しく調べれば調べるほどに心の中で表情を引きつらせ、説明する今も苦笑を浮かべている。


「流石は魔法使いね」


 発掘品級と言われるのは魔道具の中でも最高級品、一歩間違えれば国宝とされてもおかしくない品に付けられるランクであり、古代の超文明に並ぶ技術のことだ。そんな物をほいほいと他人に譲渡する人間など会った事が無い彼女達は、鉢植えを見詰めながらしばらくため息が止まらないのであった。





 遠回しに変人扱いされているユウヒ、そんな扱いを受ければ当然の様に風が鼻を擽る。


「へっくしょん!」


「大丈夫ですか?」


 そして放たれるクシャミ、咄嗟に体ごと横を向いたユウヒが盛大に洩らしたクシャミに驚くのは宿屋の娘のサヘラ、彼女はすぐにエプロンのポケットからハンカチを取り出すとユウヒに手渡す。


「え? ああどうも……風の精霊かな?」


<!?>


 あまりに無駄のない動きでエプロンからハンカチを取り出すサヘラに驚くユウヒは、お礼を言いながらハンカチを受け取り手と鼻を拭うと、小首を傾げて側の精霊に目を向ける。拭い終わったのを確認するとすぐにそのハンカチを持って行くサヘラ、その動きは洗練された物を感じさせ、感動すら覚えるユウヒの隣では風の精霊が無実を訴えていた。


「噂ですか、確かにユウヒ様の噂はされてそうですよね」


「そうなの?」


 クシャミで風の精霊と言えば噂話、どこに行っても伝わるその言い換えに目を瞬かせるサヘラは、少し考えそれも仕方ない事だろうとユウヒを見詰める。何か心当たりがありそうなサヘラの言葉にそっと振り向くユウヒ。


「実は当家の奥様が来ていまして、ユウヒ様にお会いできないかと」


 現在ユウヒが居るのは宿の自室、そんな場所に何故サヘラが居るのかと言えば彼女の個人的な行動でもありそうだが、それ以上に仕える貴族家がユウヒを訪ねて来ているための様だ。


「とうけ?ああ、あの時の怪我してた貴族の人」


「そうですそうです、改めてお礼にと」


 ユウヒはつい先ほど帰って来たばかりであり、カウンターで挨拶を交わしたサヘラはそのままユウヒの部屋に着いて来たのである。その際にユウヒの持つ背中の籠を運ぶ運ばないで若干の問答になったのはどうでもいい話であり、そのやり取りを見た一部の男性に殺意が芽生えたのはもっとどうでもいい話だ。


「わざわざ言ってくれたら行くのに、怪我とか体調とか悪いんでしょ? 大丈夫なの?」


 それよりも彼女の口ぶりから分かる通り、ユウヒにお礼を言う為だけに貴族が宿に訪ねて来て、しかもユウヒが帰ってくるのを待っているというのだから驚いてもしょうがない。


 並みの貴族ならそんなことしないし、待たせたら不敬だと怒り出すのがスタールを利用する貴族の一般的な姿である。ただ、高位の貴族であればあるほど、敬意を払う必要がある時に躊躇しない。


「ええ、足はもう良くなっていますが腰の怪我はあまり良くなってないんです……」


 そんなトルソラリス王国の貴族である雇い主が来ていると言うサヘラは、ユウヒが心配そうに顔を顰める姿に微笑むと、少し困った様に頬を手で押さえテ話す。


「ふーん? ……荷物片づけたらすぐ行くよ、カウンターに行けばいい?」


 サヘラの表情が気になったのか、それとも彼の勘が何かを囁いたのか、少し考えるように声を洩らしたユウヒはニッコリ笑みを浮かべてどうしたらいいか問いかけ、


「あ、はい。ロビーでお話し出来るように整えておりますので」


「了解!」


 サヘラの返答に元気よく答えると、部屋を退出しながらもチラチラと視線を向けてくるサヘラを背に、籠の中身を取り出しては床に敷いた風呂敷の上に一つ一つ並べて行くのであった。





 日に日に物が増えて行くユウヒは、一通り整理しておかないといけない物を出し終えると、そのまま鞄だけ置いてロビーカウンターに戻り、すぐにサヘラの案内を受けていた。


「こちらです。奥様、ユウヒ様をお連れしました」


 連れてこられたのはロビーの奥に衝立で作られた一画、その中に入ると二人の男女がソファーに座ってカップを口に付けている。その姿に覚えのあるユウヒは、ほんの僅かな光を右目に灯す。


「ありがとう、ほらあなた」


「お、うむ! 良く来てくれたユウヒ殿、私はブレンブ・リステラン伯爵である。此度の助力には深く感謝する」


 慌ててカップを置く男性と違い落ち着いた様子でカップをソーサーの上置く女性は、ゆっくりと立ち上がりながら男性の肘を持ち上げる。ソファーの入り口側に座る男性は表情を引き締めると立ち上がりながら自己紹介を始め、魔物を蹴散らして自分たちを救助したユウヒにお礼を言って小さく頭を下げた。


「あぁいえ、偶然通りがかっただけですので、助けられてよかったです」


「妻のイトベティエです。サヘラの怪我まで治していただいたと聞いております。ただでさえ薬品不足の現状で手を尽くしてくださり感謝に耐えません。お代は必ず支払いますのでご安心ください」


 本当に偶然、何か理由があったわけでもなく通り掛けに助けただけでお礼も期待していなかったユウヒは、少し困った様に笑みを浮かべて見せ、その姿に隣の女性が頭を下げて自己紹介と礼を述べる。その姿はとても洗練されており、落ち着いた様子からは威厳の様なものが感じられ、ユウヒは少し不思議そうに目を瞬かせた。


「いえいえ、もうお代は貰っているので気になさらないでください。それより体調が悪いと聞いていたのですが大丈夫ですか? あまり無理はしないでください」


 しかしすぐにイトベティエが何を言ったのか理解すると手と顔を横に振って拒否し、すでにお礼は貰っているからと伝え、先ほどから気にしている二人の容体について触れる。ブレンブに目立った怪我は無さそうだが、イトベティエに関してはずいぶんと具合が悪そうで、それはユウヒがぱっと見で心配になる状態のようだ。


「そうだぞ、今日も私だけでよかっ「あなた」はぃ……」


 そんなユウヒの返答に彼女が反応を示すより早く、ブレンブが振り向き顔を顰め話し始めるも、その言葉は困ったような表情のイトベティエの短い言葉によって遮られる。それだけで二人の関係性が計り知れ、最初に感じた違和感が解消されるユウヒ。


「恩に報いるは貴族として当然です。街道で助けてもらった件もサヘラの治療費も我が家が払うべきものです。すでに貰ったというお代と言うものもどうかお気になさらず」


「いやまぁ気にするなと言うのは無理な気もしますけど……?」


 何かを理解した様に頷くユウヒの横顔を苦笑交じりの顔で見詰めるサヘラは、イトベティエの言葉に深く頷く。サヘラの怪我を治したことでその家族からお礼を貰うのは当然、しかし同時にサヘラはリステラン伯爵家の使用人でもあり、怪我をしたのはその仕事に従事していた時である。彼女の治療費を払うのはリステラン伯爵家であり、救助に対してお礼をしないなど貴族の誇りが許さない。


「ほらもう座りなさい」


「まったくあなたは、失礼しますね」


「ユウヒ様もどうぞ」


「ああ、はい。ありがとう」


 イトベティエの強い視線に、思わず後退ってしまいそうになるユウヒの様子を横目で見ていたブレンブは、何かに気が付き妻の体をそっと支え座るように促す。そんな夫の姿に困った様に微笑むイトベティエは、ユウヒに一声かけて三人掛けのソファーに支えられながらゆっくりと座る。そんな様子を右目で見詰めるユウヒも、サヘラに促され一人用のソファーに腰掛けるが、その視線をイトベティエから離さない。


「それでは今回の事について改めてのお礼と謝礼についてお話をさせていただきます」


「あ、はい」


 大手企業の優秀な社長秘書の様な雰囲気を感じるイトベティエに見詰められ、逃げられなさそうだと察したユウヒは、とりあえず相手が満足する様に対応することを決めつつ、視界に表示される文字を追いかけるのであった。


 それから数十分、貴族家として義務やそれに伴い最低でも払うべき報酬について説明され、金銭的謝礼が決まって一息吐くユウヒ。彼の前には睨む様な表情を浮かべるブレンブの顔があった。


「君は、不躾とは思わんのかね」


「貴方!」


 ブレンブの変化にはイトベティエも気が付いており、時折彼の行動を抑える様子を見せていた。ここまで説明をイトベティエに任せて黙していたブレンブであるが、気に喰わないことがあるのかユウヒに不躾だと言って妻に声を荒げさせるが、その言葉を改める気は無い様だ。


「だがな、自分の妻をこうもジロジロと見られて何も言わんのは男として」


「夜会などではよくある事でしょうに……」


 それは妻を見るユウヒの目が気に喰わないと言うものである。貴族の夜会でも見目の良い女性は好色な目で見られる事が多く、胸を張れば溢れそうで曲線の美しい腰回りを持つイトベティエもそう言った視線に晒されることは多い。そのため、ブレンブが気にするユウヒの視線も見られる本人はあまり気にしてはいないのだが、夫にとっては我慢できない事のようだ。


「いやしかし相手は冒険者で」


 何せ相手は庶民でも低い地位にあると言って良い冒険者、野蛮で粗野な人間が貴族と同じ席に、などと考えるのがトルソラリス王国のステレオタイプな貴族像であり、残念なことにそれほど間違いとも言えない。


 しかしその言葉は、トルソラリス王国の伝統的な貴族にとっては完全な地雷である。


「あなた?」


「っ……」


 それまで強く温かい笑みを浮かべていたイトベティエ、夫の失言に口角を下ろすと見開いた目でじっと見詰め、ブレンブは息を飲んで固まってしまう。


「ユウヒ様、あまり女性の体を凝視するのは……」


 一方、サヘラもブレンブの言う不躾な視線が気になっていた様で、そっと耳打ちするのだがユウヒは小さく肩を跳ねさせると、気が付かれない程度に灯っていた瞳の光を消す。


「俺そんなに見てた? あぁ……すみません。体を視てたと言えば見てたんですけど、ちょっと気になることがあって」


 キョトンとした表情でサヘラを見上げるユウヒ、彼女はその問いかけに困った様に頷く。その様子にばつの悪そうな表情を浮かべるユウヒは、イトベティエに目を向けると頭を下げて謝罪する。ユウヒは確かにイトベティエの体を見ていたのだが、その目に好色な色などはなく、その事が気になっていたのか視線を向けられていた本人も、不快と言うよりは違和感の方が強かったようだ。


 だがそんな説明で理解を示す事が出来るほどブレンブは冷静ではなく。


「き、気になるだと!?」


「あなた!」


 顔を真っ赤にして立ち上がるブレンブは、掴みかからんと曲げた膝を妻に強打されそのままソファーに沈み込み俯く。あまりに強引な行動にユウヒは驚くがサヘラは苦笑を浮かべるだけな辺り、割とある事のようだ。


「ええ、ちょっとイトベティエさん? の体調不良について聞きたいんですけど」


「「「え?」」」


 少し驚きはしたものの、日頃からもっと過激な夫婦のスキンシップを目にしているユウヒはそれ以上気にしないことにして、今最も気になっている事について問いかける。その思わぬ問いかけに三人は全く同じように驚きの声を洩らす。


「伝令失礼します! ユウヒ殿に連絡です!」


『え?』


 しかしその驚きは思わぬ声によって三人分から四人分に変わってしまう。声の主は伝令兵、軍隊などで緊急の要件を伝える為に派遣される兵士である。特にトルソラリス王国では絶対に伝えないといけない要件などを扱う時にも広く使われる手段だ。


「明日、3の鐘が鳴りましたら代官所に来てください。長会議への出席を求めます。以上! 失礼しました」


「おぉ……3の鐘?」


 突然とは言え落ち着いた様子のリステラン夫妻とサヘラに対して、ユウヒは良く分からない様子でキョトンとしている。代官所に来てくれと言う内容は何とか頭に入ったようだが、3の鐘が解らないらしく首を傾げた。


「昼食後くらいです」


「なるほど理解」


 日に何度か鳴るスタールの鐘は鳴らす回数でその意味が変わり、三度鐘を鳴らすの3の鐘は午後の仕事始めを意味し、この鐘がなると人々は休憩を終えて働き始め、ゆったりとした人々は次の鐘が鳴る前に動いだす。


 何となく時間を13時くらいだろうと予測するユウヒが理解を示すと、話の続きをしようと口を開こうとしたユウヒがどこまで話したか悩み始めるのであった。



いかがでしたでしょうか?


 話を途中で止められると会話の線路が行方不明になりますよね、そんなユウヒは呼ばれた代官所で何を聞くのか、そして彼が気になる事とは、次回もお楽しみに。


 それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー

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