第61話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
代官所を足早に後にしたユウヒは、日が暮れぬうちにと魔法の力も使って駆け足で治療院に向かっていた。背中の籠の中に入った薬草は、いくら新鮮で特別丁寧に梱包されているとは言え、時間が過ぎれば萎れもする。
「なんだか人が増えた気がするね?」
少しでも鮮度の良い薬草を渡すために駆けるユウヒは、街の様子に目を向けると不思議そうに呟く。ユウヒがスタールにやってきた頃は特に人が少ないタイミングだったのか、ずいぶんと人が増えた様に感じられる光景に周囲を飛び交う精霊も楽しそうだ。
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「人が多いと楽しいのか」
どこからか勢いよく飛んできた空色の精霊は、ユウヒのつぶやきを聞いたのか楽し気に話しかけてくる。彼女の声に耳を傾けるユウヒは、前を向いて走りながら機嫌の良い精霊の声に微笑みを浮かべ、ズレた口元の砂避けの位置を直す。
そんな調子でいつもより賑やかな街を見渡しながら走っているとすぐに治療院の事務所棟が見えてくる。
「まぁ寂しいよりはいいのかな、こんにちわー」
事務所の入り口を潜る前に周囲をもう一度見渡したユウヒは、街同様に人が多い治療院に眉を寄せると、それでも寂しいよりはいいのかなと呟きながらフードを下ろすと、事務所の奥まで聞こえるように大きな声をかけ入り口の扉を潜る。
「はい、ああ! ユウヒ様いらっしゃいませ」
「どうも、また薬草持ってきました」
ユウヒの声に顔を上げた事務所の職員は、カウンターの向こう側から誰が来たのか確認すると、何気なく向けた表情を笑顔に変えて立ち上りユウヒを迎えた。すっかり治療院の職員に顔を覚えられたユウヒは、背中の籠を揺らしながら砂避けを下ろすと笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。すぐに場所を用意しますので少々お待ちください」
「はい」
普段ならカウンターの向こう側から出てくることが無い受付の女性達は、相手がユウヒだと分かると慌ただしく動き始め、その様子に事務所を訪ねて来ていた他の客も興味深そうに様子を窺っていた。
「ユウヒ様が来られました!」
どう見ても特別扱いを受ける人間の登場に周囲がざわめく中、事務所の奥に大きな声でユウヒの名前を叫ぶ女性職員、目敏いものはその名前を忘れないように書き板に書き込み、そんな注目を集める状況にユウヒは困った様に苦笑いを浮かべるのであった。
慌てた様子でユウヒを迎え入れる事務職員の女性達の様子を見て、一部の男性客の目に殺意が宿っている頃、治療院の事務所棟の一室では治療院の長である院長が使い慣れない机の上で書類に目を通していた。
「失礼します」
「なにかあったの?」
事務所棟の中でも奥まった場所にある一室であるが、騒がしい気配は伝わって来ているらしく、部屋を訪ねてきた女性に開口一番何があったのか問いかけて書類から手を離す院長。
「ユウヒ様が来られました」
「まあまあ! それではさっそく伺いましょうね」
彼女はユウヒの来訪を知ると花開く様に笑みを浮かべ、書類を適当にまとめてインク壺に蓋をすると勢いよく立ち上がり、皺の寄ったローブを手で叩き伸ばして埃をたてる。
「本当に直接行くんですか?」
楽し気に立ち上がり、服の乱れを鏡の前で確認する院長の後ろを通る女性は、窓を開けると振り返ってどこか困った様に小首を傾げ確認する様に問いかけた。
「時間が勿体ないでしょぅ? 本当ならもっと早く来て貰えたのでしょうし」
宙に舞う埃がキラキラと太陽の光を反射する窓辺、その光の柱の向こうで振り返った院長は一歩前に出ると光の中で屈託のない笑みを浮かべ、時間がもったいないと言うがすぐに表情を曇らせた。
「代官所ですか」
「ふふふ、それに早く胃薬を調合して上げないとあの子のお腹に穴が開いてしまいます」
本当であればもっと早くにユウヒは治療院を訪れていたはずだ、その為に院長は事務所棟に来ていたのだが、その時間が随分と遅れ、聞けば代官所がユウヒを連れて行ったと聞いては、院長の米神に血管の一本や二本浮き出ると言うものである。そんな感情を笑顔で覆い隠す彼女は、すぐに苦笑を漏らすと代官の心配を口にして部屋の外へと歩きだすのであった。
一方その頃、薬草管理室では前日と似たような、それ以上の光景が広がっていた。
「おおお!」
「今日もすごいですね!」
薬草管理室の壁にある多数の棚の中には、以前より多少マシ程度に薬草が収められており、そのほとんどがユウヒの納品物である。今日もそこに追加できるであろう薬草や生薬が作業机の上に所狭しと並べられ、薬草管理士の女性達は流行りものを見る若い少女の様に燥ぎ目を輝かせていた。
「今日は薬草管理士さんだけなんですね」
そんな薬草管理室内には昨日の様に治療士の姿は無く、その代わり薬草管理士の人数が増えている。
「はい、なんでも今日は怪我人が多いらしくて、薬も作ってもらった先から持って行かれてるそうです」
どうやらユウヒに対応できるほど暇ではないらしい治療士、そんな治療士が忙しいと言う事はそれだけ治療を必要とする人間が増えていると言う事であり、あまり喜ばしい状況ではない。さらに現在は薬不足であり、作った先から薬が無くなる状況においてユウヒの納品は救いであり、依頼を断らないといけない事務員にとっても心の救いとなっていた。
「人が増えたからかなぁ?」
「そう言えば人が増えましたよね」
「なんでかしらね?」
かといって忙しくなって嬉しいわけでもない薬草管理士の女性達は、急に忙しくなったことを人が増えた所為ではないかと話しながらも、人が増えた理由についてはわからないらしく、部屋の出入り口近くからも不思議そうな声が聞こえてきて、ユウヒも彼女達の言葉に考え込む。
「このオトレモすごく大きい!」
「まぁとても太くて固くて新鮮ですね」
そんな雑談をしながらもユウヒから渡された籠から納品物を取り出す手は止めない薬草管理士の女性達、籠の一番下にまで到達したのか、底に敷き詰める様に入れられた胃薬の元を取り出すとその大きさに思わず声を上げ、一人の女性は手に取ると指先でオトレモと言われる草の根を優しく撫でて頬を染める。
「ですよね! ……院長!?」
「うふふ、これならあの子も元気になるでしょう」
そんな女性の正体は院長、そっと気配を消して室内に入って来た彼女は、自然と会話に混ざりながらユウヒの籠を覗き込んでいたようだ。彼女にとって一番の獲物は胃薬の元となるオトレモの根、実際にユウヒが収穫してきた根を見てみれば予想を大きく上回る上物、つい気配を消すのを忘れてしまったようだ。
「いんちょう?」
「あ、スタール治療院の責任者で「ルミエーラよ」……院長」
驚く薬草管理士の女性達と呆れた表情で出入り口の扉前に立つローブの女性、とても若く見える院長と呼ばれる女性の出現にキョトンとした表情を浮かべるユウヒ。そんなユウヒの姿に慌てた薬剤管理士は手に持ったオトレモを机に置くと慌てて院長の紹介を始めるが、その説明は院長本人から声を挟まれ中断し、そんな声の主に薬草管理士の女性は困った様に表情を引きつらせる。
「自己紹介は自分でするものよ? 初めましてユウヒさんですね?」
「はじめまして、ユウヒです」
自己紹介は自分でするものと言う持論を披露するが、トルソラリス王国では一般に最上位者は部下などに紹介させることが多い。最近ではそう言った古い考えを否定する者も増えて来ているが、まだまだ斬新な考え方なのか周囲は困った様に微笑み、そんな部屋の状況に小首を傾げるユウヒは綺麗な手をした院長と握手を交わす。
「スタールの治療院で院長をやっています、ルミーエラ・スピルデンと言います。薬草の件には深く感謝を」
「あぁいえ、ついでなので」
軽く握手を交わすつもりが全く放してくれない院長、彼女の名前はルミーエラ・スビルデンと言うらしく、深く感謝していると言いながら握手するユウヒの手を両手で包むと撫で始め、ニコニコとした笑みを浮かべて見詰めてくる彼女にユウヒは何か危険な気配を感じて表情を引きつらせる。
「うふふ、良き目をしています。それに薬草採取の腕も良いようですね」
「まぁええ……」
じっとユウヒの瞳を見詰める院長は一向に手を離す気が無いのか撫で続け、出入り口の扉前で待機していた女性は頭を抱えると静かに院長に近付く。
「精霊達が手伝ってくれるのですか?」
「え?」
背後から胴に手を回され強制的にユウヒから距離をとらされる院長は、名残惜しそうにユウヒの手を離すと小首を傾げながら精霊と口にする。その瞬間誰かが疑問の声を洩らす。
「魔法使いなのでしょ?」
『ええ!?』
無言で目を瞬かせるユウヒに、ルミエーラは不思議そうに問いかけ、その言葉の意味を理解した薬草管理士の女性達は目を見開き驚愕の声を上げた。そんな驚きの中でも手に持った薬草や生薬を手放さないのは流石である。
「警備兵長からそう聞いたのですが、違いました?」
「ああ、そう言う……。まぁそうですね、たぶん魔法使いの様な何かです」
そんなプロの薬草管理士の女性達が見比べる二人の顔、不思議そうに小首を傾げるルミエーラの一方で、ユウヒは少し目を細めこちらも少し不思議そうであるが、回答を得ると理解した様に頷き、ツンツン頭の警備兵の姿を思い出しながら雑に問いかけを肯定した。
「ふふふ、変な言い回しですこと」
「やぁあまり自信がないというか、自分で名乗って良いものか解らないですし」
あまりに可笑しな返答を聞いて目を見開いたルミエーラは、何かが琴線に触れたのかコロコロと笑い始め、少女の様な微笑みでどこか困ったようなユウヒの表情を見詰めると、またおかしそうに笑い声を洩らす。
「でも精霊の声が聞こえるのでしょ? なら魔法使いで良いのでなくって? それだけ上質な魔力を身に纏っているだけでも十分ですもの」
「そんなものですか」
一頻りユウヒに笑わされたルミエーラは、柔らかな笑みに戻ると目尻に溢れた涙をゆったりとした袖で拭いながらユウヒに問いかけ、静かに頷く姿を確認すると魔法使いだと名乗って問題ないと言う。どうやら彼女にはユウヒの魔力の質が解るらしく、精霊と対話できなくてもそれだけで十分魔法使いだと名乗って問題ないと言い、そんな言葉にユウヒはどこか呆れにも似た感情を洩らす。
「そんなものよ、みんな魔法使いと聞いたら急に身構えるけど、本人たちはそれほど固く考えてないもの……良い色」
「まぁ騒ぎにならないならそれでいいんですけど」
人によって対応が随分と変わる魔法使いと言うものが良く分からなくなるユウヒは、ミヤツの葉を手に取ってどこか寂しそうに話すルミエーラを見詰めると、その表情から何か感じ取ったのかそれ以上は考えないことにして肩を竦める。実際に騒がしくされるよりは気軽に考えてもらった方が、ユウヒにとってずっと良いのである。
「貴女たちも身構えちゃだめよ? そういうことするから魔法使いも魔女も逃げるんだから」
「は、はい」
『……』
だからと言ってすぐに対応を変えられるわけも無く、ルミエーラの言葉に返事や頷いて見せる薬草管理士の女性達であるが、その表情は自然と強張ってしまう。しかし彼女達から悪い感情は感じられず、申し訳なさそうに眉尻を下げる院長に、ユウヒは苦笑を浮かべるのであった。
「これだけ良い物が揃えられるとそうですね、買い取り予算を増やしておきますので好きなだけ買っておいてね? オトレモは全部買い取っておいて」
「本当ですか!」
「やった!」
そんな苦笑いを向けられたルミエーラは、少し考え込む様にオトレモを撫でると薬草管理士の女性に振り返り指示を出す。その言葉に薬草管理士の女性達は嬉しそうな笑みを浮かべ、院長の後ろではローブの女性が頭を小さく抱える。
「あー商工組合の分はとっておきたいんですが」
「あら、義理堅いのね……残念」
しかし好きなだけ買って良いと言われても籠の中身は限られており、オトレモは商工組合にも持って行きたいと考えているユウヒの言葉に女性達は少し残念そうな表情を浮かべ、ルミエーラは少し膨れると残念だと呟き、綺麗なのに不思議と幼く感じる表情を浮かべた。
「それじゃこれをプレゼントしますよ」
「え、なになに? プレゼント?」
どうにも商工組合と相性の悪そうなルミエーラは、ユウヒがプレゼントだと言うと膨れ面が嘘だったかの様に笑顔を浮かべる。なにやらゴソゴソと鞄を漁るユウヒの背を見るルミエーラの表情は子供の様で、その姿に周囲からはため息が漏れ聞こえた。
「どうぞ」
荷物が多いのか奥に入れていたのか、少し時間が掛かってユウヒが鞄から取り出したのは布に包まれた鉢植え。
「あらあら! ミヤツの樹の鉢植えなんて珍しい」
「そうなんですか?」
両手で抱えるほどの大きさの鉢植えには小さなミヤツの樹が植えられており、薬草園で育った薬草や樹の様に瑞々しく元気である。机の上に置かれた鉢植えは珍しいものであるのか、薬草管理士は驚いた表情を浮かべてルミエーラは楽しそうに声を上げて燥ぐ。
「ええ、この辺りは本来ならまだミヤツの生育に向かない地域ですからね」
ユウヒが採取してきたミヤツの樹になる葉は消炎効果や細胞に働きかける効能があり、薬剤師や治療士にとっては切っても切り離せない薬草である。しかしミヤツの樹が生育する場所はスタールよりさらに北であり、スタールでミヤツの葉が採取できるのは深い森とその周辺に人が入れる林があるからこそで、草原では環境が合わず育たない。
「ちょっと特別な鉢植え何でその辺は大丈夫だと思います。環境が合わないのであれば地植えは出来ないと思いますけど」
「そうなの? ふむむ、ふーむ……こんな良いもの貰って良いのかしら」
それは街の中であっても同様であり、普通なら鉢植えにして育てたところで大半は枯れてしまう為、誰も試みる事も無いのだがそこは精霊が太鼓判を押したユウヒ謹製の鉢植え、ただの鉢植えではない。事実鉢植えを調べた院長の頬は笑みを浮かべるも若干引き攣っている。
「試しに用意した物なので、気に入って貰えたらそれでいいですよ」
いったい何がどう解ったのか、ユウヒが持ってきた鉢植えが魔道具であることを見抜いたルミエーラに、まったく損得勘定無しの善意を見せるユウヒはニコニコとした笑みを浮かべており、周囲を漂う精霊達も無邪気に瞬く。
「ユウヒさん、あなたとっても良い子なのね」
「そうですかね?」
まるで幼い子供の様に無邪気な善意を向けられるルミエーラは、たじろぎそうになる体を抑え込み、思わず生唾を飲み込むとユウヒに一歩近づいて声を掛け、キョトンとした表情で満足そうに笑みを浮かべる彼の頭を自然と撫でるのであった。
いかがでしたでしょうか?
太くて固い立派な根っこを納品したユウヒは頭を撫でられ褒められて様です。私も、褒められたいな……次回もお楽しみに!
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




