第6話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
砂漠の気候は変動が激しい、異世界ワールズダストの天候もまた似たような変動を示すが幾分その温度変化は緩やかなようにも感じられる空の下、神様印の高性能マントを身に纏ったユウヒは肩掛け鞄に大きな皮と牙を引っ掛けて岩の道を重そうな足取りで歩いている。
「あー疲れた。材料があれば素材入れる用の大袋も作るのに、ここまで袋の素材になりそうな物が何もないとか砂漠ぱねぇなぁ」
肩掛け鞄に引っ掛けてはいるものの、不安定な荷物はユウヒの体力を思った以上に消費した様で、若干持ってきたことを後悔している様だ。またスローターワームを追い返した場所からオアシスを目指す道中は岩ばかりで、皮を入れて運ぶ大袋を作れるような繊維質の物を見かける事も無かった。
「お? 明らかな人工物の門がある。あれがオアシスの入り口かな?」
見渡す場所は岩と砂ばかり、ユウヒの魔法を用いれば立派な資材になったとしても袋を作る材料にはなりそうになく、動物もスローターワームの影響か気配はあれど姿を見せる事がない。そんな道も終着点が見えてきたようで、岩と木で作られた門を見上げるユウヒはほっと息を吐く。
「こんにちわぁ」
「誰だ!」
門の外には誰も居らず、人が出入りできるくらいの扉を門の隣に見つけたユウヒは木製のドアを叩いて呼びかけ、呼びかけて数秒で誰何の声がかかり大きめのドアは内側から押し開かれる。
「旅の者なんですけど、ここってオアシスですかね? 休憩をとりたくて」
「あぁそうだが、ずいぶん軽装だしなんだその背中のやつは」
中から出て来たのは二人の兵士、肌の出ない服の上に革鎧を装備した男性は腰に剣と手に槍を持っていた。先に出て来た男性はユウヒの説明に頷くも、少し疑い深そうな目でユウヒの軽装を問う。
「これですか? これは向こうで出たスローターワームの外皮と牙です。オアシスに向かっていたので追い返したんですけど、その戦利品ですね」
「ワーム?」
肩から下げたバッグに引っ掛ける様にして持つスローターワームの外皮、見れば何かの皮だと分ってもワームの皮だとはすぐに判別は出来そうになく、ユウヒの返事を聞いた男性も判別できないのか眉を顰める。しかしそれ以上にワームと言う部分が気になったのか、少し首を傾げるとユウヒの姿を頭から足元まで何度も往復する様に見始めた。
「おまえな、冗談ならもっと面白い事言えよ? スローターワーム追い返すとかどこの軍が来たんだよ」
いったい何が気になったのか、太陽の影に入り始めた門前で目を凝らす男性兵士。だが彼がその理由を話すより早く、前に出てきた同僚が大きな声を上げながら、ユウヒを小馬鹿にするような目で睨む。彼の言い分は割と真っ当なものであり、突然現れた人間が一人でスローターワームを追い返したなど、ワームの事を多少知っていればすぐに嘘だと理解できる。
「え? 軍? でも少し前に通った貴族様がワーム追い返した魔法使いが来るかもとか言ってたぞ?」
ある意味正しい対応とも言えるが、前提としてそう言った人間がやって来ると言う話があったのならば話は違ってくると言うもの、どうやらユウヒを訝し気に見ていた男性曰く、貴族の一行がワームを倒した魔法使いが後からやってくるかもしれないと伝言を残していた様だ。
「おまあほか! そんなの嘘に決まってるだろ! スローターワーム知らねぇのか? あんなデカブツ一人でどうこう出来るわけねえ! 軍の魔法士隊が全力攻撃して退けるレベルだぞ?」
「え? そうなのか?」
そんな話があったと知っていても尚、ユウヒが怪しい人物でありワームを倒せるわけが無いと声を荒げる同僚男性に、ユウヒを訝し気に見ていた男性は眉尻を下げると困った様に肩を落とす。
「うーん、確かにあのでかさわなぁ……」
「そんな嘘ついて何するつもりだ? ちょっと詳しく話を聞こうじゃないか、ん? ほらどうしたほら」
ユウヒも彼らの言い分は理解できなくもないと腕を胸の前で組んで困った様に首を傾げるが、そんな彼に向かって槍を持つ手を変えた同僚男性は革鎧の下に着た裾の長い布の服のポケット引っ張り開き、澄ました顔で何度もユウヒに目配せして見せる。
「おま、またそうやって……ばれたら今度こそやばいって」
「うーん? なんの事だ? ほれはやくしろよオアシスに入りたいんだろ?」
「……なるほど、袖の下ってやつか」
どうやら彼はポケットの中にお金、所謂賄賂を入れろと言っているらしく、呆れた男性兵士の言葉に同僚の男性は惚けた様に視線を逸らしポケット揺らし続けた。そんな姿を見れば勘の良いユウヒが理解できないわけもなく、呆れと感心が見て取れる表情で頷く。
「わかってるじゃないか? ほれほれさっさと入れろ」
「いくら入れたらいいんだ?」
さっさとポケットにお金を入れろとさらに強く忙しなくポケットの口を広げて揺らす男性、ユウヒ自身こういったやり取りは初めてと言うわけでもなく、両親に連れられた異国の地では面倒事を回避するために賄賂を渡したことも何度かある。そう言った経験もあり、彼が諦めた様に口を開くと、ポケットを揺らす男性の後ろから金額を問う声が聞こえる。
「そりゃ銀貨の二、三枚……わぁ」
そう、後ろから……。ユウヒはポケットを揺らす男性の前に立っており、キョトンとした表情で顔を見上げ、その視線を追い掛けた袖の下男は視線の先を見る為に振り返り、絶望で言葉を失ってしまう。
「そうやってお前は私腹を肥やしていたわけか」
「あ、あぁ……たい、ちょ」
彼の後ろに立って金額を聞いたのは頭にターバンを巻いた屈強な大男、どうやら彼らの上司であるらしく、鬼のような形相から聞こえてくる声はとても落ち着いた声で、その事が余計に男性の恐怖を煽り震える身体からは真面な声が出てこない。
「あとでゆっくり話を聞こうか、それともこのまま軍本部に手紙付きで直送してやろうか?」
「ひぃ……」
「うお!? うわぁ気絶しちまったよ」
筋肉の軋む音が聞こえてきそうなほど膨れ上がっていく上半身の筋肉、どう言う原理なのか興味深そうな表情を浮かべるユウヒの前で、袖の下男は気を失い倒れ、同僚の男性は驚きと呆れで表情を歪めて槍の石突で突いて意識確認を始める。
「馬鹿が、それで魔法使い殿、詳しい話を聞きたいのは私も一緒なのだが、温かいお茶を用意するので話を聞かせてもらえないだろうか?」
「ええ、まぁ良いですけど……この辺は袖の下が普通なんですかね?」
筋骨隆々という言葉がよく似合うターバンの男性は、槍の石突で仲間を突く男性の頭を叩くと指で連れて行くように指示しながらユウヒの前に歩み出た。大男の接近に目を瞬かせるユウヒは、想像していたのとだいぶ違う丁寧な対応に身構えると、苦笑を浮かべる大男に小首を傾げながら気になっていたことを問いかける。
「そうですな、普通に懲罰ものですな」
「なるほど」
どうやらこの世界でも袖の下は褒められた行為では無いらしく、オアシスの門を守る兵士が行えばしっかり罰が下るようだ。
倒れた門番とそれを嫌そうに引き摺って行く同僚兵士の代わりの兵士は、いつでも動けるよう待機していた様で、すぐに詰所から出て来てユウヒに会釈すると門の周りを確認してまわる。会釈を返してそんな様子を見ながら大男に奥へ案内されたユウヒは、五人も入れば窮屈に感じる様な部屋で椅子に座りお茶から昇る湯気を見詰めていた。
「いやぁ申し訳ない! なにぶんここは辺境の末端、人員も都ほど厳選されないものでしてな、オアシスの駐屯兵の質もお察しと言うもんで」
湯気の向こうで屈託のない笑みを浮かべる大男はターバンを脱ぐと、そこから出てきた光沢のある日に焼けた地肌を叩き軽快な音を鳴らし申し訳なさそうに頭を下げる。どうやらユウヒが見つけたオアシスは辺境に位置しているらしく、王都からも遠いと言う事もあって兵の質があまりよろしくないようだ。
「はぁ? 割とある話なんですか?」
「お恥ずかしい話です。まぁ見つけたら再教育送りですけどね」
だからと言って門番が賄賂を求めて良いわけも無く、見つかればその場で叱られそのまま有無を言わさず都の練兵所送りとなり、新人に混ざっての再教育が行われるようで、ユウヒの問いかけに答える男性は大きな背中を丸め頭を掻くと、少し怒ったように眉を顰めて鼻息を洩らす。
「へぇ厳しいんだな」
「こんなもん甘い方ですわ、厳しい土地で生き抜くには心構えが大事ですからな!」
「あーそれは確かに」
木製のコップに注がれたお茶を口に付けるユウヒは、再教育と言う言葉に目を丸くし、厳しいようで優しくもある異世界兵士の事情に興味深く頷くと、厳しい土地を生き抜くにはまだ甘いと言う男性の言葉を聞き、空から見渡した茶色い大地を思い出しもう一度納得した様に頷く。
「おっと、自己紹介遅れましたが岩穴オアシスの警護隊長を務めるジャノア・バックと言います。魔法使い殿のお名前を聞いても?」
「あー、ユウヒです。別に偉くもなんともない? と思うので普通でお願いします」
そんな厳しい土地の辺境で働くオアシスの警護隊長は、ジャノア・バックと言う小麦色に焼けた肌と光り輝くスキンヘッドが特徴の男性で、如何にも力ですべて解決しそうな肉体を持っているのにもかかわらず終始腰が低い。そんな彼の言葉に日本人らしいと言えばいいのか社畜らしいと言えば良いのか、相手に合わせてさらに腰が低くなるユウヒ。
「でも魔法使いなのでしょ?」
「それはまぁそうですけど、この辺だと魔法使いは偉いんですか?」
腰の低くなるユウヒに合わせてさらに腰が低くなっていくジャノアは、殊更に魔法使いと言う部分に触れる。どうやら彼らの常識では魔法使いとは偉いらしく、また偉ぶって問題ない様な人種のようだ。
「そりゃもう、魔法士でも軍に入ればちょっと上から階級から始まりますからな……ユウヒさんはこの辺の方ではないんで?」
また、巨竜山脈の向こうでも存在する魔法士と呼ばれる魔法を扱う人々も、軍に入ると最初から身分が優遇されているらしい。土地柄なのであろう価値観に少し戸惑うユウヒを見詰めるジャノアは、小首を傾げながらどこか恐る恐ると言った様子で出身について触れる。
「前居た場所ではそんな扱い受けなかったので」
「そんな国もあるんですなぁ?」
アルディスと出会い、精霊や兎神や蛇神と言った個性豊かな出会いがあった地がある意味ユウヒにとって魔法使いとなった出身地とも言え、そこでは確かに魔法士が専門の教育を受けているが大きな格差を感じることは無かった。
「ところで何で俺が魔法使いだと思ったんです?」
「それは先に到着した貴族様がですな、緑の外套を着た魔法使いがスローターワームを退けたから、後で来るかもしれないと、お礼を言いたいから逃げられないように引き留めといてくれと頼まれ……あ」
なにやらユウヒとジャノアとの間で齟齬がありそうな魔法使いと言う存在に関する常識、その齟齬を埋めようと言う問いかけによって、ユウヒがここに呼ばれた理由が判明する。どうやらユウヒが助けたお嬢様一行は、彼が逃げないように警護隊に足止めを要求していたようだ。
「そこ言っちゃだめなやつなのでは?」
「あはは……申し訳ない」
偉くて威張ってもおかしくない相手を足止めするのだから、その事を相手に知られたら不味いのは当然と言えば当然で、最悪強行突破されかねない。そんな嫌な予感に乾いた笑いを洩らすジャノアにユウヒは呆れた表情を浮かべ肩を竦める。
「失礼、魔法使いの方が来られたと聞いたのですが入ってもよろしいか?」
「あー……」
特に暴れる気配の無いユウヒにほっと胸をなでおろしたのも束の間、閉められた木製の扉の向こうからノックする音と何者かの声が聞こえ、間の悪さに思わず頬が引きつってしまうジャノア。
「別に良いですよ? とって食われるわけでもないんでしょ?」
「そりゃまぁ、どうぞ! 鍵は掛かってませんから!」
魔法使いに対する扱いの違和感がどこから生まれているものなのか、それを知るためにも貴族と話すのは悪い選択ではない。そう考えつつも面倒な貴族たちを思い出すユウヒは念のために問いかけ、問いかけをそのまま受け取ったジャノアは汗ばむ頭を撫でると扉の向こうに大きな声をかける。
「失礼する」
「こんばんわ。……貴方がスローターワームを退けた魔法使い、でいいのかしら?」
扉を開けて入って来たのは二人、先導して入ってきた男性は短く入室の断りを告げ、その後ろから前に進み出る女性は小さく会釈しユウヒを見詰める。時刻はすでに日の落ち始めた時間帯、室内に置かれたランプと男性が持つランプの光に照らされた女性は、挨拶も短くユウヒをじっと見つめたかと思うと、ポンチョに目を向けて微笑み問いかけた。
「あー大体あってるかな? そちらは馬車と馬でワームと追いかけっこしていた方々ですか?」
岩場を駆ける馬車の中から見えたユウヒの姿はほとんどがくすんだ緑色のポンチョだけであり、顔など見れてはいない。その為か、どこか確認する様な問いかけとなった女性に対して、ユウヒはあの場に居たことがわかるような返事を心掛ける。
「ええ、中々にハードな追いかけっこで、途中棄権も出来そうになかったので助けてもらえて感謝しかありません」
彼の気遣いは女性にも届いたらしく、どこかほっとした笑みを浮かべるとユウヒの言葉遊びに合わせる様な返事を返して深く頭を下げる女性。その後ろでは護衛も兼ねているのであろう、御者をしていたジェギソンがランプを片手に浅く頭を下げるが、空いた手は腰に佩いた剣に添えられている。
「それならよかった。あ、魔法使いっぽいユウヒと言います」
「これは申し訳ありません。遅れましたが初めまして魔法使い様、わたくしはサルベリス公爵家のシャラハと申します。末永くお見知りおきを」
感謝してもらえていると理解したユウヒは、念のために隠して帯びていた魔力を引っ込ませると椅子に座ったまま頭を下げ魔法使いっぽいとどこか自信なさげな自己紹介を行う。その説明に眉を顰めるジェギソンの前で、馬車に乗っていた時よりも着飾った服の上から掛けた薄衣の裾をゆらす貴族の女性は、シャラハと名乗りユウヒに微笑みを浮かべる。
何でもない自己紹介のキャッチボール、しかしその言葉に違和感を感じるユウヒは、新たな地でのコミュニケーションに一抹の不安を感じながら、苦笑いを力でただの笑みに変えてシャラハと言う女性を見詰めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
貴族と言うものにあまり良い印象の無いユウヒであるが、オアシスで彼を引き留めた貴族シャハラはどんな女性なのか、次回も楽しんで貰えたら幸いです。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー