第58話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
オレンジ色に色付いた日の光が高台の治療院の壁を染める時間、その事務所の正面入り口から籠を背負って現れたユウヒの後ろには、複数の職員が付いて来ていた。
「それじゃこれで失礼します」
「ありがとうございました。あとそちらの書き板は差し上げます」
どうやら彼女達はお見送りに出て来たようで、その人数がそのままユウヒへの感謝の度合いを現している様だ。そんな見送りに少し恥ずかしそうなユウヒは、手に一枚の書き板を持っており、そこにはたくさんの文字が書き込まれている。
「ありがとうございます」
「いえいえこちらこそ、こんな素敵な提案をしていただき何とお礼を言ったらいいか」
貰えると聞いて笑みを浮かべるユウヒはなにやら提案を行ったようで、それは治療院の職員が満場一致で喜ぶような内容だったらしく、代表して治療士の女性が頭を下げると見送りの人々は同じように会釈してみせた。
「あはは、まぁ半分趣味みたいなものですし? お金貰えるならありがたい限りで」
その提案はユウヒにとっても困る様なものではなく、両者にとって困る事のない提案が出来た事で彼の表情も明るい。社畜時代にも様々な提案をお客相手に行ってきたユウヒにとって、三方良しは理想そのものである。
「あれだけのものを作れるのですから当然です。そちらについても何かご協力できないか考えておきますね」
「ありがとうございます」
真剣な表情でユウヒを見詰める治療士の女性は、無痛便秘解消薬の品質を思い出しながら話し、その張りのある声からは協力を惜しまないという強い意志が伝わって来るようだ。微妙に温度差が感じられる両者はそれぞれの笑みを浮かべ合い、ユウヒは手を振りながらその場を後にするのであった。
夕暮れ時の時間は短く、すっかり暗くなったスタールの街を歩くユウヒ。
「さてさて、新しい暇つぶしが出来たな」
<!>
観光地と言う事もあって、ある程度は街灯などで明るいスタールの夜道を歩くユウヒの背負う籠の中身は空になっている。採って来た物は商工組合で全て買い取られ、僅かなお金で懐を温めたユウヒは、そんなお金の事よりも新しい暇つぶしに心躍らせていた。
「水の精霊が言ってたお仕事はまだかかりそうなんだろ?」
ユウヒの側で楽しそうに道を照らす精霊に、ユウヒは水の精霊について問いかける。大事な仕事があるからと居なくなっていた精霊だが、ちょくちょく戻って来ては、代わる代わるユウヒの前に現れている一方で、青色の精霊を見ないところから水の精霊の調査はまだ終わらない様だ。
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<!>
「よくわかんないか、心配だけど帰ってこないしまだ時間かかりそうだな……それより」
他の精霊もわからないと言う水の精霊の動向、直接知らせに現れる事も無い水の精霊の無事を祈りつつ、まだまだ時間がかかりそうだと呟くユウヒは、その間の暇つぶしとなる情報が書かれた書き板をバッグから取り出し目を向ける。
「治療院が必要とする薬草、あの森にあるかね?」
ユウヒの提案は採取する薬草についてであった。森の中を無作為に素材を求めて彷徨うよりも、目的を持って活動する方が良いと、その目的を治療院に用意してもらったユウヒは、視界の端で周囲の安全を確認しながら、精霊が照らす書き板を読む。
<……>
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<……!>
異世界の言語で書かれた書き板の上では精霊達が舞い踊り、薬草のあるなしについて意思を振り撒き、良く分からない物は数人集まって相談し始める。
「あー枯れて今は生えてないのか、種とか根っこが残っているなら薬草園で何とか出来るかな?」
コロコロとした淡く輝く精霊の姿に癒され頬が緩むユウヒであるが、彼女達の相談結果はあまり良いものではない。どうやらユウヒが求める薬草はすでに枯れてしまったり弱っているらしく、あっても種や萎びた根っこくらいなもののようだ。
<!!>
「よし、それでいこう」
しかしそこは森の奥に聖域を作ってしまった頭の可笑しなユウヒ、種や根が残っていればそこから増やす事は容易である。精霊達のお墨付きも得て笑みを浮かべたユウヒは、気合の声を上げてやる気をみなぎらせるのであった。
「あとは薬か、サンプルを貰ったから作れると思うけど」
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また暇つぶしは薬草探しだけではないらしく、バッグの表面を手で撫でるユウヒは緩む頬が崩れないように顔を引き締める。どうやら薬の作成も請け負ったらしく、楽しそうな顔を見詰める精霊達は不思議そうに瞬き、その表情が真剣に顰められるとさらに不思議そうに瞬く。
「調整が肝だなと思ってね」
どうやら無痛便秘解消薬に対する思った以上の反応を経験したユウヒは、この世界で流通する薬の平均レベルを下方修正したらしく、無駄に波風立てないベストな調整を自らに言い聞かせるのであった。
ユウヒが商工組合を後にして宿に戻っている頃、その商工組合の奥にある一室では複数の人間が集まり丸いテーブルを囲んでいた。
「ふむ、揃いましたな」
「緊急の要件だと聞いたのだが……冒険者組合の人間がいないな?」
上座にあたる部屋の奥に座るのは、質が良く落ち着いた藍色服を纏った男性、その脇に座る男性が周囲を見渡し話し始める。商工組合の制服と意趣の似た少しだけ作りの良い服を着ているのは商工組合長、周囲を見回して話し始める彼に、隣の男性は不思議そうに呟く。
「その冒険者組合が問題でして」
「むむ? 冒険者組合長は今たしか、領都で話し合いだったか? 代官所にはその後の報告も届いていないから……帰って来てないのだろ?」
冒険者組合に関する問題だと言われて怪訝な表情を浮かべた男性は、サンザバール領主からスタールの管理を任されている代官である。街に関する情報は大体届くことになる代官所で日々苦情の山に埋もれる彼は、眉間に皺を寄せると冒険者組合の近況を思い出す。
「はい、依頼達成率の悪化に関して応援を呼ぼうと言う話だったかと、周辺の領の状況が悪いこともあって長引いている様ですね」
彼が思い浮かべるのは屈強な肉体に顎鬚を生やした冒険者組合長、粗暴な見た目の割に気遣いが出来る男は、現在サンザバール各地で山積みとなっている様々な問題解決の為に、サンザバール領都に赴き各街の組合長と話し合いを繰り返している。しかし問題が多く対応と話し合いを同時に行っているからか、未だに帰って来れていない。
「そうだそうだ……その問題か?」
「関係ないとは言いませんが、代理が暴走しましてな」
水不足はサンザバールだけで起きているわけではない為、応援を呼ぶと言ってもそう簡単ではなく、寧ろサンザバールは被害が少ない方と言う事で、応援に駆り出される始末。そう言った報告を受けている代官は、より状況が悪くなったのかと顔を蒼くするが思わぬ返答に小首を傾げた。
「代理? 確かゲーコック家の者だったな」
「はい、ゲーコック子爵家の者です」
代官は冒険者組合長代理がゲーコックである事知っていた様で、そんなゲーコックは子爵家の人間であるらしく、商工組合長の返事に満足気な表情で頷く。
「うむうむ、あいさつに来たから覚えている。して暴走とは?」
「書類にまとめております」
代官はゲーコックに対して特に悪い印象が無いのか、頷き終えると少し不思議そうな表情で詳しい話を求める。先ほどまでより幾分顔色の良くなった代官を見る商業組合長は、周囲からの視線に思わず苦笑いを浮かべて羊皮紙の書類を取り出す。
「うむ……」
「ところで院長様はやけに楽しそうですが何かありましたかな?」
細かく書き込まれた羊皮紙を受け取り小さく声を洩らした代官は眉間を顰めながら読み込み始め、静かになった室内で自然と顔を見合わせ合う組合長や警備隊長。街の各分野の責任者が集まる会議である長会議、そんな席で殊更機嫌よさそうに微笑むのは、体の線が薄っすらと分かる控えめな白のローブを身に纏った治療院長。
「あらうふふ、顔に出ていましたか?」
「気付けなければ節穴でしょう……接触した様ですが?」
まったく隠す気のない反応を見せる治療院長にジト目を向ける商工組合長は、遠回しにユウヒについて触れ、何を言いたいのか理解した上で口元に満面の笑みを浮かべる院長に溜息を洩らす。
「私は知りませんわ? ただ、良い薬草が手に入っただけですわよ」
「なるほど」
くすくすと小さな笑い声を洩らす院長が目を細めると、彼女の言葉に状況を理解した商工組合長は少しほっとした様に肩を落とす。商工組合と治療院の長二人の間で妙に緊迫した空気が流れ、そのやり取りに顔を嫌そうに顰める革鎧の上からもわかるほど鍛えられた体の警備隊長と、隣でフードの奥の顔を蒼くしているのはスタールの小さな農業組合の責任者。
「ここに書いてあることは真実か?」
「誇張も何もしておりません」
しばらくの間、楽しそうな笑みと顰め面と蒼い顔を眺めていた商工組合長は、隣から聞こえてきた怒気を含んだ声にゆっくり振り向くと、凝視してくる代官に大きく頷いて、まったくの誇張なく事実を書いただけの報告書だと話す。
「いやしかし、冒険者と言うのはここまで愚かなのか」
書類の中には、冒険者組合がユウヒに行った一連の危険行為や違法の疑いがある強要などについて書かれており、それ等の行為について補足する様に類似の事例なども書かれている。その頭を抱えたくなるような内容に、代官は背凭れに体を預けながら低く唸る様に呟く。
「主戦力が丸っと抜けていますし、ストッパーの組合長が居ませんからな」
それもこれも組合長代理を止める事が出来る人間が居ないからのようで、事なかれ主義の事務員に日頃から忙しくそれほど発言力があるわけでもない受付嬢、冒険者の中には組合の行動に声を上げる者も居るが、その大半が優秀な冒険者であちこちを飛び回り、特に今はどこの街でも引っ張りだこで、残っている冒険者に強い発言力を持つ者は居ない。
「むぅ……しかし、魔法使いと言うのは?」
さらに書類にはユウヒについて詳しく書かれた項目もあり、そこに濃く書かれた魔法使いの一文、その文言には流石の代官も懐疑的な表情を浮かべる。しかし代官の懐疑的な呟きに反して半数の人間は真剣な表情であった。
「はい、レイバー登録していただいたユウヒ様は十中八九魔法使いかと」
「うちの副長が確認してます」
商工組合長はユウヒが魔法使いであることは間違いないと話し、そんな彼を顰め面で見ていた警備隊長も小さく頷くと、確認済みだと言って困った様な表情で顎を扱く。
「あら? 錬金術師じゃなかったの? 魔法使いだなんて……予想以上ね! 益々欲しくなっちゃったけど魔法使いは無理よねぇ」
「錬金術師? どういうことだ」
一方で、終始にこやかな表情を浮かべていた治療院長はキョトンとした表情を浮かべたかと思うと困った様に呟き、しかしすぐにまた満面の笑みを浮かべ、今度は悔しげな笑みで残念そうに笑いだす。治療院長の可笑しな反応に頬を引きつらせる代官は、どこか親しげな表情で治療院長に問い質す。
「ユウヒさんから魔法薬を提供してもらったのよ、だから錬金術師だと思っていたんだけど、そちら側の魔法使いかしら」
治療院はあくまで怪我人を癒す施設であって、武力を扱ったりや諜報のような事を行えるような施設ではない。しかし優れた学問を修める者が多い事で違う切り口からの考察は行えるため、その結果ユウヒの事を高位の錬金術師だと考えたようだが、実際は想像以上に希少な存在だと分かり、治療院長のテンションは上がるばかりである。
「……胃が痛くなってきたわけだが、彼からも詳しい話を聞かないといけないわけだな?」
「はい」
付き添いの職員に窘められている院長を見詰めてお腹を押さえる代官は、弱音を吐きながら蒼い顔で商工組合長に対して確認する様に問う。なにせ相手は歩く戦略兵器とも言われる魔法使い、不興を買えば何が起こるかと貴族界隈では脅しの謳い文句の様に使われる希少な人材、荷が重すぎると言いたげな表情で周囲を見渡す代官。
「私の名でか?」
「まぁそうですな」
逃げ道を探す様に問いかければ変えてくるのは警備隊長の率直な返事、そのストレスは彼のお腹に刺激を送り続ける。
「……魔法使いなんだな?」
「そうみたいですね」
それでも何とか休まる場所を求めて思わず院長に問いかけるが、彼女の声に代官を癒す気は全くない。
「……詐欺師じゃないんだな?」
「無いでしょうな」
一縷の望みをかけて隣に目を向けるが、返ってくる言葉は言外に諦めろと言った意味が含まれてそうな商工組合長の返答と気遣わしげな表情、気を使うならもっと何かないのかと顔を顰める代官の顔はじつに蒼い。
「……どうだ農業組合代表、私の代わりに呼んで来てみないか? 望みがあれば叶えてもやるぞ?」
「!?」
この場で同じ色の顔をしているのは農業組合代表くらいで、本来は来なくてもよかったのだが、重要な会議だと言う噂を聞いた職員から絶対に行くようにと生贄にされた哀れな女性は、女性受けが良い凛々しい代官の顔を見て泣きそうな顔で首を何度も横に振る。
「苛めは良くありませんよ?」
「そう言うつもりは……ちょっとした、ちょっとした冗談だよ。すまなかったな」
痩せているというよりは、やつれて居るという言葉が良く似合う線の細い女性の震える姿に溜息を洩らす院長は、笑みを顰めて代官をジト目で見詰め、その視線から逃げるように視線を彷徨わせた代官は申し訳なさそうに農業組合の女性責任者に頭を下げた。
「い、いえ!?」
トルソラリス王国において代官は組合長よりも偉い役職であり大半が貴族出身である。故にそう簡単に頭を下げるような人種ではなく、頭を下げられた方が恐縮するぐらいであるが、スタールの代官はそう言った一般的な代官と違う用で、満足気に頷く院長の方が偉そうに見えてしまう。
「ぐぬぬ、私は木っ端役人だぞ? どうしてこんな苦労を……院長いつもの胃薬を頼む」
自らを木っ端役人だと言う代官は、テーブルの上に置かれた書類に目を向けると苦しそうに腹部を抑え、その視線を院長に向けると慣れた調子で胃薬を処方するよう依頼するが、
「胃薬も切れてるのよぉ」
「なん、だと!?」
現在のスタールは上から下までどこも薬不足であり、ユウヒによって仕入れる事が出来た薬草類の中にはストレス性の腹痛に効く薬は無い。痛みを和らげることが出来る薬を処方する事も可能だが、専用の薬ではないので効果は薄く、院長はそう言った薬の処方を推奨しないようだ。
絶望のあまり顔から生気が失われていく代官と、その表情を心配そうに見詰める農業組合の責任者、彼女もそっとお腹を押さえており、その様子を見て困った様に頬を抑える院長であるがすぐにある事を思い出し表情を明るくする。
「あ! でもユウヒさんに薬草の採取頼んだらしいからぁ? 今日も治療薬の材料をいっぱい採って来てくれたらしいし、明日いっぱい採って来てくれるんじゃないかしら? 薬草管理部の子の方が足りない薬草には詳しいわけだし、うちで消費の多いあれを抜く事はないと思うわ」
ユウヒが治療院で貰った書き板には胃薬に使われる薬草も書かれており、ユウヒの薬草採取に関する報告を受けていた院長は明日の報告を楽しみにしている様だ。そんな彼女よりも報告を期待するものがここに一人、
「……なんだ、魔法使いは救世主であったか」
それまでの生気が消えた表情はどこへやら、地獄で希望を見つけた様な笑みを浮かべた代官はそれまで畏れていた魔法使いに対して救世主と言い出し、同じような表情を浮かべる農業組合の女性責任者。
「大変ねぇ」
精神的に追い詰められやすい人間にとって必需品と言える胃薬、知識で知っていても実体験が無い院長は慈愛の滲む表情で二人を見詰め、ユウヒが胃薬の薬を採取できることを心の底から祈る。何せ彼女には知識があるわけで、現在のスタール周辺で胃薬の材料を手に入れる事がどれだけ大変か想像できる為、祈らずにはいられないのだ。
いかがでしたでしょうか?
暇つぶしで街の問題を解決し始めるユウヒ、そんなユウヒの待ち人、待ち精霊は何をしているのか、次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




