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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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第57話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。





 治療院から頼まれた追加の薬草を揃えるために、森を散策しながら薬草園に向かったユウヒ。森の奥の聖域となった薬草園はユウヒの予想より斜め上に成長しており、現実逃避を楽しむこととなったユウヒは、行きがけの駄賃に狩った魔物素材製の籠を背負い街に戻っていた。


「なんだか門番の人が慌ただしかったけど、何も言われなかったな」


 朝から一騒動起こしてしまった事で苦情の一つも言われないかと不安に感じていたユウヒであるが、強力な魔法士に文句を言えるような度胸ある兵士など居なかったようで、何も言われないどころか何やら妙に慌ただしく、誰何すら行われずにすんなりと街に入れていたようだ。


「何かお小言の一つも言われるかと思ったけど」


 少し変わった様にも感じられる街の雰囲気に小首を傾げるユウヒ、彼の側では複数の精霊が周囲を窺うように飛び回り、やはり彼と同じように不思議そうな感情を洩らしている。


「問題ないならいいか、最初は治療院に納品だな」


 いくら考えたところで情報が少なく閃くこともない。勘が問題ないと囁き考える事を止めたユウヒは、背中の籠を背負い直す様に膝を小さく曲げて跳ねると、治療院への道順を思い出しながら歩きだす。


「……商工組合に行ったら全部持って行かれそうだし」


 後から頼まれた治療院を優先したユウヒは、商売人らしい目をした人々が働く商工組合を思い出し苦笑を漏らすと、治療院の職員が見せていたのんびりした雰囲気を思い出し、僅かに期待を膨らませるのであった。





 癒しを求めるように歩を進めること20分ほど、あちこちで行われている道路工事で遠回りしてきたユウヒは、治療院施設の中でも人の出入りが少ない事務所棟の入り口前で立ち止まると、そっと顔を入れて中を窺う。


「こんにちは」


 冒険者組合よりもこじんまりした印象のある受付カウンターに人の姿を確認したユウヒは、静かなロビーの中を足音殺しながらカウンターに歩みより声を掛ける。


「いらっしゃいませ、ご用件を窺います」


 病院特有の静かな雰囲気を感じて妙な緊張を覚えるユウヒ、受付カウンターに座る女性はそんな彼に微笑みかけると慣れた調子で声を掛けた。


「薬草を―――」


 見慣れない人物に微笑みかけながらも観察する様にじっと見つめる女性、治療院の制服であろうローブを身に纏う女性はそれだけで清楚に見え、妙な緊張で声が詰まらないように注意するユウヒであったが、その言葉は突然の声に詰まってしまう。


「ユウヒ様! いらっしゃいませ」


 大きな驚きの声が聞こえた事で言葉を止めたユウヒが振り返った先には、宿まで訪れて薬草採取の依頼を行った治療士の女性が立っていた。彼女はユウヒの姿を確認するや否や、小走りで駆けよるとユウヒの名を呼んで丁寧にお辞儀して見せる。


「あ、どうも」


「?」


 満面の笑みで出迎えられたことで思わず後退るユウヒ、そんな戸惑いの顔と笑顔を見比べて小首を傾げる受付の女性職員、何やら色々と考えているらしい彼女に治療士の女性は微笑む。


「薬草採取の話です」


「まあ! ようこそいらっしゃいました」


 疑問の回答は微笑む治療士の口から伝えられ、知らない人が聞けば余計に疑問が浮かぶ言葉も、知っている人が聞けばすぐに疑問が解消する魔法の言葉である様で、その魔法の言葉によって受付女性のユウヒに対する好感度は急上昇して見せた。


「んん?」


 しかしそんな反応の連続にユウヒの頭の中は疑問で満たされていく。


「すみません、みんな期待していましたので」


 そんなユウヒに治療士の女性は申し訳なさそうに、しかし嬉しさを隠せない様子でくすくすと笑い声を洩らす。


「あはは、この中身がご期待に添えればいいんですが」


「薬草はあちらで、ご案内しますね」


 それほどまでに現在の治療院では薬不足が問題になっており、その度合いをより正確に察したユウヒは、苦笑を漏らして頭を掻きながら背中の網籠を揺らし、籠に目を向けた女性は隠し切れない期待を笑みに変えて先導する。


「了解です」


 そんなやり取りはすぐに室内全体に伝わっていた様で、あちらこちらから視線を感じる中、ユウヒは別室へと移動するのであった。





 ユウヒが連れてこられたのは治療院の敷地にある別棟の一室、薬草の香りがする部屋の壁は窓以外のほとんどが棚で占められ、それ等の棚にはほぼ何も入っていない。


「これはすごいですね」


 そんな部屋の中央には大きなテーブルが置かれており、薬研や乳鉢などが退かされたテーブルには所狭しと薬草が広げられており、布や大きな葉の上にのせられた薬草を複数の女性達が手に取っている。


「このミヤツは赤みも強くてすごくつやつやです」


「アマホウも葉が厚いですね」


 白い白衣を身に纏った女性達は治療院で薬草の管理を行う者達で、治療こそ行わないが簡単な薬の用意くらいなら出来る彼女達は、当然だが薬草ついてプロでありその品質を見る目は確かだ。


 そんな女性達はユウヒが持ってきた薬草を前にして楽しそうに声を上げ、目をキラキラ輝かせている。ミヤツと呼ばれる葉縁がギザギザとした薬草持つ女性は、濃い緑の中央から葉緑に向かって赤く染まるグラデーションに笑みを浮かべ、アマホウと呼ばれたうねりのある葉を持つ女性はそのしっかりとした厚みに目を輝かせていた。


「森の奥ではこれほどの薬草が採れるのですね」


「そうですね……まぁ魔物も多いのでコソコソしないと襲われて大変ですけど」


 また治療士もそう言った薬草の知識は当然のように修めておかなくてはならず、ユウヒを案内した女性も薬草を見ながら感心した様に呟くが、そんな彼女の言葉にユウヒは泳ぎそうになる目を前に向けて話す。


「ええ、今回は幸運でした。ユウヒ様に感謝を」


「いえいえ」


 事実、ピクニックに行くような足取りで森の奥を歩いていたユウヒも、魔法が無ければそんなこと出来ないほどに森の奥は魔物で溢れている。精霊の声と魔法で監視していても魔物との戦闘が避けられない森に戦えない者が入るのは、護衛を付けたとしても自殺行為なのだ。


「先輩! エランの実です! これも買い取って今日は揚げ物にしましょう!」


 薬草だけでなく様々な資源が豊富な手付かずの森の奥は、ユウヒが生み出した聖域を中心に環境が改善されており、新たに油の実も聖域となった薬草園に植え付けられている。そんな油の実の名前はエラン、エランの樹、エランの実などと呼ばれるそれらは薬草管理士としてでなくても喜ばれる品のようだ。


「もう、恥ずかしいわね……貴女、それバエランの実よ? 食べるの? 便秘?」


「ば!?」


 しかしエランの実は食べられる油の実であり、嬉しそうに食いしん坊な笑みを浮かべる女性が持つのは少し形が違うバエランの実、ユウヒが危険物認定した食べられない油の実であった。呆れた表情を向けられた女性は、思わぬ言葉に驚くとその実を手放すどころか両手で大事に持ち直し凝視する。


「エランの実はこっちですよ、この辺の形が違うでしょ?」


「もう、そのくらいの見分けはちゃんとしなさい」


「はい……」


 じっと実を見詰める女性に対して教育するような声色で話す白衣の女性達は、エランの実を手に取ると違いについて説明し、二つを見比べて違いを理解した若い女性は少し赤くなった顔で恥ずかしそうに肩を落とす。


「こっちの実は便秘薬になるんですよね」


 一番若そうな女性がエランとバエランを手に取り見比べる姿を見たユウヒは、バエランの実を指差しながら治療士の女性に確認する様に問いかける。


「ええ、お貴族様は良く買っていきますね。あまり採れないので買い取りも高くしておきます」


「ありがたい、そうか需要があるのか……」


 どうやら精霊の教えは一般的なものであったようで、ニコニコとした笑みを浮かべる治療士の女性曰く、貴族に需要があるので高く買い取りが出来るそうだ。


<!>


 思った以上に喜ばれた食べられない油の実、その事に感心するユウヒの周囲では顔があれば確実にドヤ顔をしていそうな精霊達が自らを主張する様に点滅して見せており、思わずユウヒは微笑みを浮かべる。


「どうかされました?」


「ええ、実はレシピを知っていたのでこう言うのも作ってみたんですよ」


 そんなユウヒの姿が妙にうれしそうに見えた女性が声を掛けると、ユウヒは笑みを困った様に崩しながらポンチョの内側のバッグから小瓶を取り出す。ついでとばかりに取り出した小瓶の中には薄い紫色の液体が揺れており、すりガラスの様に加工された小瓶を通り過ぎた日の光が机を淡く紫色に染める。


「これは……調べさせてもらってもよろしいでしょうか?」


「ええ?」


「失礼します……」


 治療士の女性はその小瓶を見て目を見開くと、ユウヒに一声かけてそっと小瓶を手に取り、ガラスで作られた瓶の蓋を取り外す。その真剣な表情に目を瞬かせるユウヒは、思わず緊張した様に背筋を伸ばして黙する。


「先輩?」


 急に真剣な表情で小瓶の中で揺れる紫色の液体を調べ始める治療士に気が付いた薬剤管理士の女性は、薬草を手に取り燥ぐ同僚達から目を離して治療士の女性に声を掛け、彼女の手に持つ小瓶を見詰めた。


「どうしたんですか……魔法薬ですね」


「わかるんですか?」


 治療士の女性が匂いを嗅ぐ紫色の液体をじっと見つめる女性、彼女は正確に液体が魔法薬だと言い当てユウヒは驚いた声を洩らす。


「私の特技でございます」


「へぇ」


 褐色の肌と淡い桃色の唇を持つ女性は、慎ましく、しかし自慢げな表情を浮かべると特技だと言ってユウヒを見詰める。そんな彼女の眼元に魔力の光を見たユウヒは、右目の力を使いたい衝動に駆られるも、ぐっと心の中で我慢するのであった。


「分析器を持ってきて!」


「は、はい!」


 下手に女性の能力を分析しようものなら、見てはいけないものまで見えてしまう事もあるのがユウヒの右目、正確なサイズを計ってしまいかねない視線を切ると、その先には治療士の女性の指示によって部屋から飛び出す若い女性の後ろ姿、どうやら薬品の詳しい分析を行うようだ。


「ユウヒ様、こちらは」


「ん?」


 紫色の薬品を手に持つ女性は真剣な表情を浮かべており、彼女の問いかけにユウヒは小首を傾げる。


「売っていただけるものなのでしょうか?」


「え、まぁ? 試しに作った物だし使わないから上げても良いんだけど」


 妙に真剣な表情だったため何を言われるのかと覚悟していたユウヒであるが、問われたのは購入可能かという質問であった。特に大切なものと言うわけでもない薬品は試しに作った物であり、欲しいと言われればお金など貰わず上げても特に懐も痛まないユウヒであるが、その返事は地雷だったようだ。


「いけません!」


「はい!」


 起爆は瞬間、大きな声を上げた治療士の女性を前に思わず背筋を伸ばすユウヒ。


「これは貴族が買うと言えば最低でも金貨が出てくる薬です! 下手に扱えば無用な争いを生みます」


「お、おぅ……そんなに便秘多いの?」


 物を対価なく流通させれば市場に歪みを生むのは地球でも異世界でも変わらない。特にユウヒの試作品は優れた薬で、貴族に購入を打診すれば確実に金貨が出てくような魔法薬であり、その効果は便秘改善である。


 貴族が関われば争いがちらつくのはトルソラリス王国の民なら常識で、そんな彼らが求めるものが便秘改善薬である事に首を傾げるユウヒ。


「はい、貴族は食事が偏る方が多くて薬に頼る方が多いんです。特にバエランが高値で取引される理由は貴族が買い占めるからなので」


「へぇ」


 患った者ならわかるであろう便秘の苦しみ、国の中央に近付けば近づくほど貴族には同じような苦しみを持つ者が多いようで、バエランはそんな苦しみを持つ者にとっては救いの実となり、結果高額で買い占められて常に品薄状態となっているという。


 その事に呆けた様に声を洩らすユウヒ。


「今のところ魔法薬以外で苦痛が少ないのがバエランなんですが、そこから作られる便秘改善薬は作られた先から消えます」


「へぇ……」


 ユウヒの反応に苦笑を浮かべる治療士の女性曰く、バエランだけでも高価だがバエランを用いて作られる薬ともなれば、作った先から買われてしまうほど貴重なようだ。


「持ってきました!……ふぅ」


「ありがとう」


 呆けた顔で呟くユウヒの口元が引き攣る中、台車に載せられた大きな魔道具を持ってきた女性は疲れた様に息を洩らし、治療士の女性はすぐに薬を魔道具に入れて解析を始める。


「何の薬なんです?」


 薬を入れた箱から伸びる管はいくつものガラス管に繋がれ、液体で満たされたガラス管の中では浮が揺れていた。その動きで薬の詳細を調べているのか、じっと真剣な表情で見詰める治療士の女性に目を向けるユウヒは、異世界の道具に好奇心をくすぐられていた。


「私の感覚が正しければ無痛便秘解消薬です」


「うわ! 金貨薬ですか」


「きんかやく?」


 そんなユウヒが持ち込んだ薬は、この地では無痛便秘解消薬と呼ばれる魔法薬である。その名を聞いて若い薬草管理士の女性は金貨薬と驚きの声を上げ、その大きな声にユウヒはキョトンとした表情を浮かべた。


「ふふ、最低価格が金貨から始まる薬の俗称なんですよ」


「なるほどねー面白いな」


 金貨薬とは砂の海で広く使われる俗称で、購入するのに最低でも金貨1枚が必要となる薬の事であり、庶民には手が出ない高級品と言う意味でも使われる言葉である。言われてなるほどと頷くユウヒであるが、治療士の女性は魔道具から目を離すと若い薬草管理士の女性にじっと目を向けた。


「……ユウヒ様は優しいお方ですが、もう少し言葉使いに気を付けなさい」


「はぃ……」


 しかし俗称である。薬を扱う者が使うには些か相応しくない言葉使いであり、注意を促された若い女性は背中を丸めるように頭を下げると素直に返事を返すのであった。


「でました……申し訳ありませんユウヒ様」


「はい?」


 そんなやり取りをしている間にも魔道具による薬の解析は進んでおり、観音開きの箱の蓋が開くと同時に解析が終わる。しかしその結果を見た治療士の女性は暗い表情でユウヒに頭を下げてしまい、思わぬ状況にユウヒは驚いたように手を泳がせた。


「こちらの魔法薬は上級となりますので、その……治療院で払える金額を越えてしまい」


「なるほど理解」


 彼女が頭を下げた理由は金額。滅多に市場に出てこない貴重な薬、特に魔法薬と言う事もあって購入に前向きだった女性であったが、解析により上級と言うランクを振り分けられたことで想定金額を飛び越えてしまったようだ。


 ユウヒも精霊達からお墨付きをもらった一番の自信作を持って来ていた為、女性の言葉ですべてを察して何とも言えない表情で泳ぐように上げていた手を下ろす。


「貴族であれば金貨数枚、十数枚すぐ出せますが……治療院にはあまり余裕がないので」


 治療院は広く民衆の健康を維持することを旨として低価格帯で活動している為、院の財布は何時も厳しい。そんな財布から貴族の様にお金を取り出す事は出来ず、申し訳け無さそうな表情で頬に手を当てる治療士の女性の顔からは悔し気な感情が洩れていた。


「なるほど……それじゃあさ?」


「はい?」


 ユウヒとしては無料で上げても問題は無いのだが、この地で色々と怪しまれた経験や市場の事を考えるとそれ以上を言葉に出来ず、ならばと別の対価、変な意味に取られない様な提案を口にするためにしょんぼりとした女性達に声を掛けるのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 どんな提案をするつもりなのか、着実に懐の潤ってきたユウヒ。しかし街は妙に騒がしく、何が起きるのか次回もお楽しみに。


 それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー

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