第55話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
前日に宿で襲撃を受け、翌日朝からお願いされた薬草採取に意気揚々と出発したユウヒであったが、彼の【探知】の魔法は宿を出る前から暗躍していた怪しい影を捉えており、自ら罠に踏み込み打ち破った彼は色々な意味で場を凍り付かせていた。
「そう言う事か、時間をとらせたな」
昨日からの面倒事を一通り説明したユウヒに、ツンツン頭のスタール兵士は考え込む様に腕を組むと眉間に皺を寄せて目を瞑り疲れたように呟く。
「いいえ、お仕事だからしょうがないでしょ」
「そう言ってもらえると助かる」
なにやら色々問題のある話だったのか小さくため息を漏らす彼に、ユウヒは特に気にした様子も無く笑みを浮かべ、しかしその言葉から漏れる気配にもう一度、今度は鼻から息を吐く兵士は額を押さえる様に頭を抱えると弱々しく呟くのだった。
そんな呟きを洩らした男性は、背筋を伸ばすと踵を返し、
「冒険者組合長代理を緊急逮捕だ!」
『はっ!』
張りのある大きな声で周囲の警備兵に指示を出す。その指示は冒険者組合長代理の緊急逮捕、それはユウヒの説明だけではなく、ユウヒの魔法による乾いた氷の檻によって捕まえられた冒険者達から聞いた証言も含めての判断である。
「そんなんで大丈夫なんですか?」
ユウヒから見ると突拍子もない判断のようにも思える緊急逮捕、
「隊長からも許可は貰ってるさ、流石に貴族を俺だけの判断で捕まえるわけにはいかないからな」
「ふむ?」
しかしその判断はすでに彼らのトップも交えて決められていた流れらしく、ユウヒのへの襲撃が決め手になったとは言え、それだけ冒険者組合長代理は問題を起こしていたようだ。
「そう言えば魔法使いなんだな」
「そうらしいですね」
チラリと文字通りお縄に着いた4人の冒険者が事情聴取を受け続ける姿を見たツンツン頭の兵士は、どこか哀れみを含んだ目を冒険者達から戻すと、魔法使いであることを確認する様に問いかけ、ユウヒは困った様な顔で小さく頷く。
「そうか、それじゃ気を付けるんだな」
「え?」
何とも不真面目な返事であるがその様子に男性兵士はユウヒが魔法使いであることを確信すると、眉を左右対称に歪めて言い辛そうな声で気を付けるようにと言い出す。
「なんでも魔法使い目当てでスタールに人が集まっているそうだって噂を聞いたんだ。お前さんの事だろ?」
男性の言葉にキョトンとした表情を浮かべるユウヒは、続く言葉に目を瞬かせる。
「え、それは……どうなんでしょう?」
どこからどのようにして魔法使いユウヒの所在を知ったのか、複数の集団や個人がスタールに集まって来ているというツンツン頭の兵士。心当たりがないでもないユウヒであるが、男性の話に出てくる魔法使いが自分であるかまでは自信が持てない様子で首を傾げた。
「まぁ魔法使いなんて色んな意味で人気もんだからな、聞かれたら知らんと言っとくさ」
「助かります」
魔法使いが引き起こす逸話など掃いて捨てるほどあるのがトルソラリスと言う国である。それ故に様々な状況に合わせた対処の方法は、子供の寝物語にも出てくるくらいで、今回の最も安全な対処方法はユウヒの存在を知らない事にする事らしく、あまり騒がれることを好まないユウヒにとってもそれはありがたい様だ。
襲撃を受けてさらに事情聴取まで受けたユウヒが森に足を踏み入れている頃、冒険者組合では妙な騒ぎが起きていた。
「ん? 騒がしいな、奴を捕まえたか?」
その騒がしい音は冒険者組合の奥にある組合長室にまで届いたようで、遅くなっていたユウヒの捕縛が完了したと思った組合長代理はペンを動かす手を止めると、報告を行う人間を出迎えるように廊下に続く扉に目を向ける。
「代理、大変です!」
「ノックぐらいしろ!」
そんな彼が出迎えたのは扉をけ破るような勢いで入って来た職員の男性、ノック一つなく飛び込んできた男性の声より大きな声で怒鳴る組合長代理、ちょっと叫んだだけで息が上がっている彼は、蒼い顔の男性を訝し気に睨む。
「それどころじゃないです! 警備兵が来てます!」
「警備兵?」
警備兵と言われれば自然と想像するのは、外敵や内に入った犯罪者から街や人々を守る兵士達である。それらの兵士がこの場に現れたとして、職員の男性が慌てる理由がわからない組合長代理は眉を顰めたまま大きく首を傾げた。
そんな組合長室に兵士が入室する。
「失礼する! ゲーコック冒険者組合長代理、貴殿を王国法及び、長協定違反の疑いで逮捕する。拒否権はない」
「な、なんだと!? ふざけるな!」
入室早々、手に持った羊皮紙の書類を読み上げる布鎧の警備兵。ゲーコックと呼ばれた冒険者組合代理は慌てた様子で立ち上がると声を荒げ威嚇するように机を叩く。
「大人しく従ってもらう」
しかしそんな威嚇など警備兵の前では意味をなさず、粛々と業務を遂行する兵士は書類を腰の小さな鞄に仕舞うと一歩前に出る。冷静な彼の言葉に怯んだのか一歩下がるゲーコック、その顔は部屋に駆け込んできた職員同様に蒼くなり、額には汗がにじんでいた。
「うるさい! 貴族の私に命令するな!」
「そんなものは知らん、私は命令の通り貴殿を捕縛するだけだ」
貴族、ゲーコックは貴族である。領地を持たない下級貴族であるが貴族であり、それなりの特権を持っているが、だからと言って逮捕命令に対して拒否権を持つわけではない。位の高い貴族であればその不在は周囲に大きな影響を及ぼす為、逮捕の猶予や拘束の免除などがあるものの、冒険者組合の組合長代理程度ではそのような特別措置など行われず、有無を言わせない警備兵の対応にゲーコックは悔しげに唇を噛む。
「くそ!」
「代理!?」
ゆっくりと歩み寄る兵士を睨むゲーコックはチラリと背後に目を向ける。そこには開け放たれていた窓、僅かに悩むも駆け出したゲーコックは窓の縁に服の裾を引っ掛けながらも勢いよく外へ飛び出す。
「馬鹿だな、逃げなければ痛い思いもするまいに……」
驚く職員の前で溜息を洩らす警備兵の男性、彼がここまでやって来た時点で冒険者組合の包囲は完了しており、たとえ窓から飛び出したところで逃げられるものではない。
「何だお前、ぐえええ!?」
「確保!!」
「手を縛れ!」
飛び出した先には複数の警備兵が待ち構えており、捕縛の為に先端が丸く加工されたロングメイスで武装した彼らは、服の裾を破きながら飛び出してきたゲーコックの腹に鋭い一撃を食わせ、よろめいたところに複数の警備兵が飛び込み、その横に大きな体を押さえる。
「暴れるぞ! 足も縛れ!」
「はなせ! 離さんか!!」
手を振り上げ殴り掛かってくるゲーコックの腕は取られ、ならばと振り回す脚もすぐにロープで縛られていく。
「口も塞げ!」
「もがー!?」
さらには悪態を振り撒く口もロープで塞がれ、その姿はまさに雁字搦めと言った様相であり、きつく縛られ弛んだ腹にロープが食い込む姿は紐で縛った焼き豚やハムのようでもある。
「あ、あの我々は?」
「ん?」
そんな上司の無残な姿を窓からのぞき見ていた冒険者組合の男性職員は、蒼い顔で隣の呆れ顔の警備兵に問いかけ、荒事を行う革鎧の兵士と違って布鎧を身に纏う男性兵士は、呆れ顔の眉を少し上げると小首を傾げ考え始める。
「うーん、逮捕命令は彼だけなので、特に何か指示することもありませんが? それでは失礼します」
「え、あ、はい……」
捕縛の指示が出ていたのはゲーコックのみ、それ以外の職員に対しては捕縛の指示は出ておらず、緊急逮捕と言う事でそれ以外の指示も出ていない為、任務が完了した警備兵はすぐに撤収を始めるようだ。そんな事を聞きたかったわけではなさそうな職員の男性は、しかし自分が何を聞きたいのかも分からないと言った様子で立ち尽くすのであった。
それから十数分後、最後に敬礼して立ち去る兵士をロビーで見送った職員たちは、しばらく呆然とした後呟く。
「ちょっと、どうすんの?」
誰にともなく最初に呟いたのは、ユウヒを執拗に勧誘していた受付嬢。
「え? いや、どうしましょう?」
「どうするって、言われてもね?」
彼女の呟きに、ゲーコックが捕縛される一部始終を見ていた男性は少し驚いた様に後退ってオウムの様に問い返し、胸の前で腕を組んでいた褐色肌の受付嬢は頬に手を当てるとため息交じりに呟き組合の中を見渡す。
「とりあえず何があったかみんなに聞いてみる?」
「そうね」
彼女の視線に少し怯えた様子を見せるのは、ロビーのテーブルで管を巻いていた冒険者達、何やら事情を知ってそうな顔がちらほらある中で神妙な表情を浮かべるのは、一つのテーブルに集まった女性冒険者達。これから組合内での事情聴取が始まることを察した彼らは、互いに顔を見合わせると諦めた様に立ち上がり始めた。
「書き板持ってきます」
「カウンターに使いかけの中木が一枚ありますよ、これです」
冒険者組合のロビーカウンター前には大きなテーブルが置いてあり、普段は依頼書やお知らせなどが置いてあるのだが、大規模な依頼や緊急事態が起きると作戦会議を行う場所へ変わる。
ユウヒも使ったことがある書き板と言われる白木の板に、冒険者から話を纏めてメモするらしく、男性職員は手頃な書き板を探し始めるも、すぐに受付嬢がカウンターの足元収納から大きな書き板を取り出す。
「裏は?」
女性の体を隠すには十分なほど大きな書き板には何に使ったのか炭で色々と書き込まれている。今から聞き込みしながらメモするにはスペースが足り無さそうな書き板を見せられ、男性職員が小首を傾げながら問いかけると受付嬢はくるりと板を回す。
「白です」
勢い良く回したことで受付嬢のスカートが風でめくれ上がり、男性冒険者たちが思わず姿勢を低くする。そんな冒険者たちの行動に気が付かない受付嬢が見せた書き板の裏側は何も書き込まれておらず、彼女の言葉に生唾を飲み込む冒険者たちは、褐色肌の受付嬢に全員頭を叩かれていく。
「それじゃそれ使いますか、はぁ……いったい何が起きてるのやら」
甘んじて受付嬢の一撃を受ける冒険者達に溜息を洩らす男性職員は、急激な疲れに眩暈を感じたのか頭を押さえるのであった。
男性職員が混沌とした状況に困惑する一方、森を歩くユウヒも妙な気配に首を傾げていた。
「何が起きてるんだ?」
<……>
妙な気配は精霊も感じている様で、しかしユウヒの問いかけに対する明確な答えを出せない様で、困った様に彼の周囲を仄かに瞬き漂っている。
「やっぱりいつもより乾燥してるよな? 森林火災とか起きないか?」
いったい何が変なのかと言えば空気中の湿度である。完全な砂漠と違って草木が生えるスタール周辺にはある程度の潤いがある。水不足の状況であっても砂漠に居るよりも肌に優しいスタール周辺、さらに湿度が高めの森の中だというのに、ユウヒの肌や喉は暖房を効かせて乾燥した室内の様な空気を感じていた。
<……!>
「油の多い樹は少ないのか」
熱と乾燥となれば自然発火による森林火災が起きてもおかしくはない。一度燃え上がれば大変なことになるが、不幸中の幸いか燃え広がりやすい油を含んだ樹は少ないらしく、気休めの様に呟く精霊にユウヒは興味深そうに聞き返す。
<……! …………!!……!>
「油の採れる実はあるの? ちょっと興味あるな」
ユウヒが興味を示したことで明るく輝く緑色の精霊は、スタール周辺の森で油に関係する樹に付いて早口の様な意思を振り撒き始める。
「オリーブみたいなのかな? 食べられるのかな?」
捲し立てるような意思を前に、ヲタク特有の話し方を思い出すユウヒは、油の採れる実と聞いてオリーブを思い出す。絞って良し、食べて良し、漬けて良しと色々な事に使える食材オリーブ、そんな実があるならぜひ採取したいと頬を緩めるユウヒ。
<!!>
「え? 食べられるのと食べられないのがあるの? それは気を付けないとな、お腹痛くなるとか?」
目的を忘れて油の実に向かっていきそうなユウヒに、精霊達は注意を促す様に瞬く。どうやら油が採れる実は複数の種類があるらしく、中には食べられない物もある為、間違ってそれらを口にしないようにユウヒを正気に戻した様だ。
<……>
「は? お尻から勝手に油が出てくる? それって……危険物だな」
気の抜けた状態で動けばどんな失敗をしでかすかわからない。特に危険物を扱う時には細心の注意が必要で、その危険物を食べると人としての尊厳を失いかねない状況になると聞いたユウヒは、普段のやる気ない表情が嘘のように引き締められ、僅かに背筋を震わせる。
「……でも食べなきゃいいんだからとりあえず採取だな、あっち?」
しかしそれも食べなければいいわけで、人の体では消化分解が出来ないという油も食べなければいくらでも利用方法はあると言うもの。
「まだ見ぬ素材に向けて出発!」
≪!!≫
まだ見ぬ素材に胸躍らせるユウヒは、精霊達の導きに従い森の奥へと進む。その顔は何時ものやる気がない顔ではなく、気を引き締められた冒険家の様に精悍な顔立ちであった。
危険な植物の採取に自然と気が引き締まるユウヒが森の奥へと進む一方、ゲーコックの捕縛は粛々と進められ、現在の彼はスタール警備兵本部にある牢の中へと入れられ複数の人々に見下ろされていた。
「くそ! こんなことをして良いと思っているのか! だいたい何の罪で捕まえたと言うのだ! 無実で捕まえたとなれば大きな問題だぞ!」
「うるさいなぁ」
あちこち汚れたゲーコックは立ち上がる事も出来ないほど疲れているのか、座り込んだままそれでも声を荒げ悪態を振り撒いている。そんなゲーコックの姿にツンツン頭の兵士面倒くさそうな顔で呟くも、隣で背筋を伸ばして立つ男性兵士に肘で小突かれると頭を小さく下げて見せた。
「君には複数の場所から苦情が来ている。今日だって商工組合に登録している人間を不当な理由で殺害するよう指示を出した。そう聞いている」
「な、そんなことするか!」
どうやらツンツン頭の兵士の上司に辺るらしい妙に姿勢の綺麗な男性兵士は、悪態を振り撒くゲーコックに逮捕理由について語り掛ける。そのあまりの内容に驚くゲーコックの表情からは、心当たりが全くないと言った様子で、そこに嘘は無さそうだ。
「ユウヒと言う冒険者については?」
「なに!? あの放浪冒険者なら組合の規約違反で捕縛を命じている! 他所に文句を言われる筋合いはない」
眉を左右対称に歪めて小さく鼻から息を吐く男性上司が、問いかける方向を変えて被害者の名を出すと、ゲーコックの反応は劇的に変わる。しかしその様子には焦った様子も無く怒り一色であり、彼の中では前後の話が繋がらない様子だ。
「はぁ、だからって宿を襲撃して損害を与えて良いわけじゃない。それに殺害は未遂であってもそれだけで問題だ」
「は?」
しかし、呆れた様に溜息を吐いて思わず背筋が丸くなる男性の言葉にゲーコックは呆けた声を洩らし、じわじわとその表情が蒼くなっていく。
「君がすべて許可したと聞いているが?」
「商工組合の組合長補佐!?」
前後の会話が繋がっていると言う事を理解、そして襲撃の内容、それから自分が指示を出した時の内容を思い出す度に顔色が悪くなるゲーコックは、呆れた様子の男性兵士の後ろから現れ、短く問いかけてくる初老の男性の姿を見て目を剥き驚く。
ここはスタール警備兵団の本部、そこに警備兵が何人居たとしても驚く事ではないが、商工組合などと言うあまり係わりの無い組織、しかも組合長補佐などと言う重役が居たとなれば驚いても仕方がない。
「ユウヒさんと言うんだけど……彼はね、うちに登録しているんだよ」
「は?」
さらに彼が忌まわしき放浪冒険者の名前を出したのだから、ゲーコックの思考は考える事を拒絶してしまう。頭の中で何度も登録と言う言葉を呟き必死に思考を巡らせようとするゲーコックは、感情がその思考を拒絶するたびに顔から血の気が引いて行く。
「なぜうちの組合員が街中で襲われないといけないのか、詳しく聞きたいのだが」
「そ、は? 知らん! 私は知らんぞ!」
そして全ての事が繋がる問いかけをされて意識を取り戻した彼は、現実逃避をするかの如く知らないと叫ぶ。
自分は冒険者組合に利益を提供できない放浪冒険者が働く気になるよう促しただけ、全ては冒険者組合の為、誰に迷惑もかけていない、迷惑なのは空気の読めない放浪冒険者である。そう自分に言い聞かせる彼の目は誰よりも泳いでいる。
「まぁいい、そのほかにも君への苦情は山のように来ている。詳しくは後日長会議で聞こう」
動揺しすぎて可笑しなことになっているゲーコック、この場で一番発言力があるのであろう男性兵士は彼を見下ろし溜息を洩らすと、疲れを感じる声で語り掛け踵を返す。
「……何が、どうなって。そうか、そうかこれは陰謀だ、嵌められたんだ、きっとそうだ」
その場を後にした男性兵士に続いて大半の人間が居なくなる中、へたり込みだらりと体から力が抜けてしまったゲーコックは、虚空を見上げ虚ろに呟く。嵌められたと何度もつぶやく姿を見た監視の兵士は、貧乏くじを引いたと言いたげに眉を寄せると暇そうに頬杖をつくのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒは森に向かい組合長代理は牢に入れられ、日増しに可笑しなことが起きるスタール。そんな街でユウヒはこれ以上何を起こすのか起きるのか、次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー