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ワールズダスト ~砂の海と星屑の記憶~  作者: Hekuto


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第52話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。





 女将に詰め寄られて少し驚いたユウヒであるが、大体の状況を理解すると少し呆れ気味な表情を浮かべて十数分後、ようやく落ち着いた女将とその娘サヘラはカウンター奥にある従業員用のスペースで椅子に座り向かい合っていた。


「と言うわけで、作ってきましたこちらが接骨薬です」


 脇には長テーブルが置かれており、その上にお茶の淹れられたカップが置かれ、その隣にユウヒは黄色い水薬入りの瓶を置く。


「……はぁ」


「いや、作ってきましたってアンタ……」


 透き通った黄色の水薬には不純物らしいものは浮いておらず、透明なガラス瓶も相まって周囲のランプの光をキラキラと綺麗に反射している。その見た目だけで何か分かるものがあるのか、驚きと呆れで二人は困った様に溜息を洩らす。


「むむ? 一番良い出来の物を持ってきたので大丈夫だと思うんですけど」


 じっとす意訳を見詰めるサヘラと頭を抱えて咽まで出かかった言葉を飲み込む女将、二人の様子に首を傾げるユウヒは、薬の効果に不安があるのだろうと唸るがそうではない。


「そう言う意味じゃなくてだね」


「迷惑でした?」


 箍が緩んですっぽ抜けたからかいつもの勘が微妙にずれているユウヒに声を掛ける女将、しかし何をどう説明するか悩むと思わずサヘラに目を向け、女将の視線に釣られて顔を向けるユウヒは迷惑だっただろうかと寂しそうな表情を浮かべた。


「いえいえ!? そう言うわけじゃなくて、お世話になりっぱなしですし……」


「気にしなくていいですよ、半分趣味ですし」


「趣味ですか?」


 高価な品を一方的に渡してくる相手など、どんな裏があるかわからないと言った感情を飲み込み続ける女将の一方で、サヘラは興味深そうに水薬を見詰めている。しかし自分に視線が集まっている事に気が付くと顔を上げ、ユウヒと目が合うと慌てて迷惑ではないと言って申し訳なさそうに顔を伏せる。


 奥様の手伝いのついでにスタールに帰郷する事となったサヘラは、楽しい気持ちが一変して事故で怪我を負い、さらに魔物にまで襲われ、窮地を救ってくれたユウヒには深く感謝していた。さらに怪我の治りも遅く心が深く落ち込みそうな状況にある自分に、高価な薬まで用意したとなればどんなお礼をしたらいいか、そんな事が頭の中をぐるぐると周り、しかしそんな彼女に対してユウヒは実に自然体である。


「接骨薬は作った事が無かったので良い経験でした」


 ユウヒの口から出る言葉には、スタールに訪れる貴族の様な裏を感じさせる気配はなく、どこか純朴な少年の様に話す彼に、サヘラは思わず目を瞬かせた。


「作った事が無いって、大丈夫なのかい?」


「ちょっとお母さん!」


 趣味で魔法薬を作るなんて普通の人に言えるものではなく、彼女の考えるユウヒは常に上方修正が入れられ、大きくなりすぎる想像のユウヒに心拍数の上がるサヘラは、常に疑念の眼鏡をかけて話す母親に声を荒げてしまう。


「レシピはわかりましたので、あとは微調整しながら練習しました」


「……やっぱり」


 魔法薬を作れる薬師とは言え、レシピが解っているからと微調整や練習が数時間で終わるわけがない。その時点でユウヒが錬金術師であると言う事に確信を持つサヘラは、目の前の青と金色の瞳をじっと見詰める。


「練習って、まぁありがたいんだけど……急に言われても金がねぇ?」


 ユウヒが何者か見極める様に見詰めるサヘラの一方で、疑念の眼鏡をかけて見詰める女将の心配は対価であった。スタールには観光地と言う事で様々な人間が訪れ、中には質の悪い人間もいて住民は様々な被害を受けている。高価なプレゼントの対価に体を求めて来る者など掃いて捨てるほどいる為、ユウヒもその類ではないかと疑っているのだ。


「お金ですか? 別に要りませんよ?」


「いやいやアンタ! 魔法薬なんて高価なものただじゃ貰えないよ」


 だが返ってきた返事はお金はいらないの一言、思わず驚き立ち上がる女将を見上げるユウヒの表情は心底びっくりしており、今の言葉に何の裏も無い事が見てとれた。実際は人体実験と言う名目を隠しているのだが、お金の代わりに……などと言いだす素振りも見せないユウヒに女将は逆に彼の事が心配になってきたようだ。


「んー……、宿代をこれでってわけにも行かないだろうし」


 女将の反応もわからないでもないユウヒ、ただより怖いものはないとはよく明華から聞かされていたし、社会に出てからも裏のある取引を持ち掛けられたことがある。だから何かわかりやすい対価をと考えるユウヒであるが、対価のたの字も考えてなかったため急には考えが纏まらず、宿代と口にするがそれもすでに割引して貰っているしなどと小さくぶつぶつ呟いている。


「それでいいなら、ねぇお母さん?」


「まぁそりゃいいけど、でも何泊するつもりだい? 少なく見積もっても半月は泊まれるよ?」


 妙なところで悩みだすユウヒに思わず肩から力が抜ける女将は、服の裾を指でつまんで引っ張る娘に目を向けると、宿代で相殺する事に対して問題ないと頷く。しかし問題は相殺しきれるかで、高価な薬代との相殺ともなれば少なく見積もっても半月は泊まれるらしく、それより早く宿を出るならユウヒは損しかしない。


「そんなにはいないと思うんですけどね、まぁ居る間って事で」


「あんたが良いなら、良いんだけどさ? 変な人に騙されるんじゃないよ?」


 相手に損をさせることに抵抗感がある女将は、どこか気怠そうな表情でニッコリ笑うユウヒに毒気をすっかり抜かれると、思わず立ち上がっていた足から力を抜き椅子に座り直して小さく頭を抱えて見せる。


「最低でも小金数枚、下手すると金貨……」


「どうしたんだいそんなぶつぶつと?」


 宿代での相殺を了承した女将であるが、心の中では他にも支払う方法を考えており、それはサヘラも同様であった。しかしその考えの深さは、魔法薬の価値をよく知るサヘラの方が深く、それ故に何をどう返したものかと焦りすら見える。


「え? あ、うん……多分かなり効果があるんじゃないかと思って」


「見ただけじゃわかんないのに何でそうなるんだい」


 貴族の下で働くと言う事は、一般人には触れる事の出来ない情報も自然と入ってくる事となり、魔法薬の品質に関しての知識も女将より見識が深いサヘラ。彼女はその知識と当て嵌めながらユウヒの持参した薬を見詰めていた。そんな彼女が、自分では計り知れないほどの薬であると確信して苦笑いを浮かべると、女将は訝しげな表情で首を傾げる。


「一番出来が良いもの持ってきたのでグイっと」


 品質には自信があるユウヒは、サヘラの言葉に嬉しそうな表情を浮かべると、しかし使ってみないと正確な効果はわからないと飲む様に勧める。思わず右目が反応しそうになるユウヒは目を細め、そんな彼と小瓶を手に取る娘との間で視線を行き来させる女将は眉を顰め、


「お腹壊したりしないだろうね?」


 お腹を壊さないか最後の疑念を口にした。咎めるような娘の視線にもこれだけは譲れないとでも言いたげな表情でユウヒを見詰める女将。


「お腹ですか?」


「よくあるんだよ、飲み薬は品質もまばらでね」


 キョトンとするユウヒに女将はよくあるのだと話す。女将の知る水薬は品質に斑があり、物によっては余計な病気を増やす様な薬まであるようだ。しかしそれは一般的な水薬であり魔法薬ではない。効能を含んだ物質を水で伸ばし飲みやすくした普通の薬と、ユウヒの様な頭のおかしいレベルの人間が作る魔法薬は同じ名前でも全く別物である。


「そうなんですね、まぁ出来立て新鮮ですし悪くはなってないと思いますよ?」


「……」


 その事を知っているサヘラは申し訳なさそうに頭を下げ、下げた先で揺れる手の中の魔法薬をじっと見つめた。


「ほらサヘラ、早く足を治さないとお貴族様の手伝いも出来ないんだろ?」


「……よし、くぅっ!」


 女将とは全く違う方向への葛藤を繰り広げるサヘラは、とてつもなく貴重な水薬を前に深く息を吸って吐き、覚悟を決めてガラス瓶の蓋を引き抜く。絶妙な摩擦で閉まっていたガラスの蓋は小気味よい音を鳴らし開き、一気に煽った水薬はするりとサヘラの口の中に流れ消える。


「どうです?」


「いくら魔法薬でもそんなすぐには効果でないわよ」


 あっという間に飲み干され空の小瓶がそっと机に置かれ、少し俯いたままのサヘラにユウヒは声を掛けるが、そんなに早く効果が出る薬などあるわけないと女将は飽きれて見せた。


「味とか?」


「あぁ、それはねぇ? 飲み込める?」


 どこか呆れてすら見える女将に目を向けるユウヒは、首を傾げながら味と呟く。


「……おいしい」


「へ?」


 基本的に薬は不味い。それは魔法薬も同様であるはずなのだが、糞不味い薬を飲んだはずのサヘラは女将の心配を他所においしいと呟き、予想外の返答に女将は調子のズレた声を洩らす。


「え、すごくおいしい! 甘酸っぱくてフルーツみたいな良い香りで体がぽかぽかする」


「ほんとうかい? 普通は変な匂いと香りで飲めたもんじゃないけど」


 女将の知る一般的な薬は効果を優先する為とても不味く、その不味さを誤魔化すために薬師は様々な調整を施し、結果飲めなくはないが様々な添加物で妙な味と強い香りが付けられた糞不味い薬が出来上がる。


「味の調整はなかなか難しかったですね、どうしても薬効にエグ味が付いてくるんで」


 しかしそんな不完成品を、頭のネジが数本吹っ飛んで迷子になっているユウヒが認めるわけがない。薬効に付属するエグ味はどうやっても消えない為、そのエグ味を活かす方向に調整を繰り返したユウヒ。


「変なところに拘るね? その分効果が悪くなってちゃやだよ?」


「そっちはすぐに分量が分かったので問題ないですよ」


 むしろ骨折を治す効果の調整はすぐ終わり、全体の八割弱ほど味の調整に時間を費やしていたりする。そんな事を知らない女将は懐疑的な視線を向けるが、彼女の隣ではそれどころの話ではない異常事態が発生していた。


「え、うそ……」


「ど、どうし……ええ!?」


「むむ」


 なにせ両足の酷い怪我の影響で、立ち上がるのに杖を使っても大変なはずのサヘラが立ち上がっているのだ……杖も使わずに。その姿を見れば女将が大きな声を上げて驚くのも無理はなく、一方でユウヒは右目に光を灯しじっとサヘラの足を見詰める。


「……いたくない」


「無理するんじゃないよ!」


 娘の突然の奇行に慌てる女将だが、不思議そうに足を見詰めるサヘラは母親の手を握りながらふらふらと歩きだし、その間もユウヒはじっとサヘラの肌の露出が多い健康的な褐色の脚を見詰め続けていた。


「まだ完全に治ってないみたいなんで、あまり負荷を掛けない方が良いと思います。まぁ明日には完全に治ると思いますけど」


「はあ!?」


 ユウヒは視界に流れて行く情報からサヘラの怪我の具合を正しく認識すると、無理はしない方が良いと言いながらも明日には完治するだろうと話し、その言葉に女将は驚愕の声を上げた。ユウヒの視界には修復されていく骨や筋線維の詳細が流れて行き、それによると接合した骨にはまだ細かい罅が目立つようだ。


「こんな魔法薬初めてです。いえ、私も魔法薬を使用した事はそれほど多くはないんですけど」


「え? そうなの?」


 骨折が治っていく様子に満足そうに頷くユウヒであるが、彼が持ってきた魔法薬は一般的な魔法薬ではありえない性能の様だ。貴族の下で働いていれば魔法薬を使用する場面はそれなりにあるが、そんな環境でも目にする事がないと言うサヘラの隣で女将は顔色を悪くしている。


「はい、普通の接骨薬なら丸二日ほどで歩けるようになります。でもこれは、金貨が必要になる薬ですよ」


「なんてもんを……」


 サヘラの説明する魔法薬は一般的な魔法薬の中でも良い方であり、品質の低いものはもっと時間がかかるものや、量を増やさないと効かないものもざらである。それでも銀貨では買えないのが魔法薬であり、飲んですぐに歩けるまで治る様な物は市場に出回ることすら少なく希少価値によって高額になるのは当然で、女将は益々顔色を悪くしていく。


「お、お母さんちょっとしっかりして」


 仕舞いには眩暈を起こしたように椅子に座り頭を抱え、すっかり歩けるようになった娘に体を支えられている。


「うーむ、まだ伸びしろがあったんだがなぁ」


<……!>


 思っていた以上に高品質な物を作り上げたユウヒであるが、小さな声でぼそぼそと呟く通り、まだまだ品質を上げる伸びしろがあり、極めたらどれほどの効果があるのか、好奇心に目を輝かせる彼に周囲の精霊は可笑しそうに笑い声を洩らす。


「あのぉ? どなたかいらっしゃいますか?」


 カウンターの奥にある部屋で混沌とした状況が繰り広げられていると、外から女性の声が聞こえてくる。


「あ、お客さんだよ! お母さん!」


「あ、あうん、そうだねお客さん、お客さん」


 女性の呼び声に女将の背中を叩いて声を掛けるサヘラ、彼女の声に顔を上げた女将はすっかり疲れてしまったのか弱った表情を浮かべており、お客と言う言葉を呟くも腰が抜けた様に立ち上がれない。


「もう、はーい! 今行きます!」


 超高級品を貰いどうお礼をしたものかと悩む女将に困った様に苦笑を漏らすユウヒは、怪我が治った事ですっかり元気になったサヘラに目を向けると、その元気な姿に母娘は似ているなと妙な納得で小さく頷く。その際机に立て掛けられた杖に目が行きすぐにその杖を手に取る。


「杖忘れてんぞ!」


「あ、ごめんなさい」


 いくら足の骨が繋がったとはいえ、まだ完全に治ったわけではなく、無理をすれば同じ場所を折ってしまいかねない。慌てて杖を持って部屋から出るユウヒは、驚いた様に振り返るサヘラのよろめく体を支えて杖を手渡す。


「え? サヘラさん? 足が……」


 そんな様子を見ていたお客さんは目をまるで皿のように真ん丸に見開くと驚いた声で呟く。


「あら?」


「むむむ?」


「え? あ!」


 お客さんは治療院の女性職員、まだ杖無しで立てるような容体ではない筈のサヘラが立って歩いている事に驚く女性は、キョトンとした表情のサヘラに目を白黒させ、その隣のユウヒに気が付くとさらに驚き、また同時に表情を明るくするのだった。





 混沌に混沌を継ぎ足し収拾がつかなくなってき宿屋のカウンターでユウヒが現実逃避に片足突っ込み始めた一方で、夜を深める宿の周囲では怪しい影が動き始める。


「よし、行くぞ」


「くそだる、さっさと連れてこうぜ」


 人数は全部で五人、バラバラの装備に身を纏いそれぞれに武器を手にする男女は、物陰から宿の入り口に目を向ける。やる気が比較的ありそうな大柄な男は、真新しい両刃の剣の鞘に手を添え歩きだし、その後ろからフードを被った男が続く。


「……」


「?」


「……」


 さらにその後ろからは女性が三人、革鎧にショートソードの女性に続いて歩くのは明らかに軽装で小柄な女性、フード付きの外套の奥で短い杖を握る二人は妙に神妙な顔つきをしており、普段と違う彼女達の様子に革鎧の女性は心配そうに視線を向けている。


 宿へとにじり寄る怪しい影は何を引き起こしユウヒはどうなってしまうのか、それは事が起き終わるまで誰にもわからない。



 いかがでしたでしょうか?


 ユウヒの暴走はサヘラの足をあっと言う間に治し、しかしまだ完治ではなく、そんな驚きと歓喜に満ちた場所に怪しい影が近付く。次回もお楽しみに


 それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー

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