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第51話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。





 ユウヒが森の奥から出て来たのは、明るくもすでに日が傾いてきた時間帯、真っ直ぐにスタールへと戻ったユウヒは、杖の先に薬草を入れた袋を下げて商工組合にやって来ていた。


「すごい、あの森にはまだこんなに薬草が生えているのか……」


 ユウヒの姿を見た職員はすぐに担当者を呼びに行き、彼はすぐに衝立のあるカンターに案内される。ちょっとした特別扱いを受けたユウヒは、担当が来るまでの間に薬草を広げて持っており、到着した担当の男性職員はそこに並べられた薬草に驚きを隠せないでいた。


「……だいぶ奥まで入ったからね?」


「奥まで入ったなら魔物も多かっただろ、本当にありがとう。普通のレイバーでは無理な仕事だな……」


 泳ぎそうになる視線を正面に固定して奥にまで行ったと話すユウヒの目の前には、5種類の薬草がいくつも束にして積み重ねられており、いくつかの種類は葉の部分だけではなく枝や根も束ねて置かれている。


 ユウヒの言葉に顔を上げた職員は、感動の隠せない表情に心苦しさを滲ませ頭を下げた。冒険者でも危険だからと滅多に足を踏み入れない森の奥から採取して来たと話すユウヒに目を向ける彼は、とてもじゃないがレイバーでは不可能だと呟き、同時にそんな危険を冒さなければ薬草が手に入らない状況に厳しい表情を浮かべた。


「まぁそこは戦える人間だから、魔物は基本避けて歩いたし、戦ったのは2匹だけだよ」


 精霊の誘導によって魔物を避けて歩いたユウヒであるが、それでも遭遇するほどに林も森も魔物が多く、しかし2度ほど遭遇したという魔物に手傷を負うようなユウヒではなく、どちらの素材も聖域となった庭園の材料にされている。


「どんな魔物を見たんだい?」


「二匹ともウィードだったな、臭くないやつ」


「臭くないウィードか……報告ありがとう。すぐに報酬を持ってくるよ」


 そんな無情なユウヒが出会った魔物はすっかりおなじみのウィード、コロコロと転がり獲物に向かって突進してくる姿はどこかの珍兵器の如く、素早く蔦を伸ばし襲い掛かって来た今回の魔物は臭くなかったようだ。


 何でもないように話すユウヒの一方、男性職員は怪訝な表情を一瞬見せると笑みを浮かべて報酬を取りに席を立つ。


「ごまかせたかな?」


<!>


 薬草より森に現れた魔物が気になった様子の職員を見送るユウヒは、その視線をカウンターの上に向けて小さく呟く。彼の問いかけに対して黒い光の玉は瞬き、大丈夫だとユウヒを元気づけるような意思を振り撒く。


「そかそか」


 人の感情に敏感な精霊の言葉にほっと息を吐くユウヒは、人が近づいてくる気配に顔を上げる。


「こちら報酬になります。……上限があるので、だいぶ少ないですが」


「いえいえ、十分ですよ。まぁ慈善事業みたいなものですし」


 報酬は安く用意する貨幣の数も少ないからかすぐに戻って来た男性職員は、トレーの上に銀色の貨幣を載せて申し訳なさそうにユウヒの前へと差し出す。トレーの上には四角い小さな銀貨が2枚と小さな球を押し潰したような銀がいくつか転がっており、その金額に苦笑を浮かべたユウヒは問題ないと言って、指の間から落とさないように一つずつ摘み取る。


「商人としても登録できればいいのですが、あれは推薦状が複数必要ですからね」


「商人、採取してきてそのまま売れば……確かに金になるな」


 レイバーの特殊性故の買取金額上限、もし上限の無い商人であれば組合への納品と言う事で僅かな貢献度と共に正規の値段を請求出来ていた。特にユウヒが持ってきた薬草はどれも品質が良く、初心者レイバーが採取してくるような品質ではない。その事が余計に職員の罪悪感を刺激するが、特に気にした様子の無いユウヒは商人と言われて頷き呟くも、その頭の中には薬草ではなく薬に加工して売る姿を想像していた。


「ええ、特に今は需要が高騰しているので、投機目的の人間まで出ているとか」


「あー、転売ヤーか……」


 そんな供給の少ない薬草であるが、どうやら投機商品として扱われ始めた様で、どこかで覚えのある展開を聞いてすごく嫌そうな表情を浮かべたユウヒは吐き捨てるように呟き、不機嫌な気配を感じて周囲の精霊がざわつく。


「まぁ王都の方では取り締まりが始まっているそうですけどね、そのうちこちらも落ち着いて……どうしました?」


 投機目的による薬草の買い占めが起きたトルソラリス王国の王都では、薬草の異常な高騰とそれに伴う薬品類の高騰が深刻な問題になっており、一部薬草栽培の盛んな地域で便乗値上げが始まったことで取り締まりが始まっていた。


「あ、いえいえ……買占め連中にはいい思い出が無いので」


「なるほど、私もです!」


 日本でも異世界でも、弱い立場の人や不幸な者の上に胡坐をかいて金を稼ぐ者は同じような流れで現れるらしく、ユウヒの黒い怒りを飲み込む様な笑みに頷いた男性職員は、ニッコリと笑って大きな声で同意する。


「「はっはっはっは!」」


<……>


 お互い不愉快な目に合った過去があることを理解すると、二人そろって大きな声で笑い出し、その姿を見上げる精霊達は二人から振り撒かれる複雑な感情の波にキョトンとした様に瞬くのであった。





 持ってきた薬草を全て商工組合に渡してほんの少しの報酬を貰ったユウヒは、その足で宿に戻って来ていた。


「……うーむ」


<?>


 あと少し歩けば宿の玄関口が見えてくる辺りで立ち止まるユウヒは、不思議そうに周囲を舞う精霊達に見られながら自身の体の匂いを嗅ぎ始める。


「ん? いやな、そろそろ水浴びがしたいなと……森で浴びてくればよかったかな? でも魔物が来ると面倒だし、流石に裸で応戦はしたくない。ゲームなら裸縛りもやったが、リアルは色々な意味で無理だ」


 ユウヒはスルビルの街を出てから水浴び一つ行っておらず、魔法の着るエアコンの様なポンチョのおかげであまり汗もかいてないが、体を拭くだけではそろそろ我慢できなくなってきていた。水を魔法で出せるとは言え、お風呂や水浴びするには目立つのと同時に水不足と言う事もあって人目が付かないのが条件であるが、流石に魔物が闊歩する森の奥ではユウヒも水浴びをする勇気はない。


<……>


「そうだね、水を使って良い場所を教えてもらうか」


 水不足で街の風呂屋も店を閉めており、水浴び場に至っては進入禁止の柵まで設置されて残った水を厳重に管理している。せめて水を多めに使って体を洗おうと考えるユウヒは、精霊の気遣わしげな声に耳を傾けると笑みを浮かべ歩きだす。


「まぁその前にこれの実験……げふん、彼女の治療をしようか」


 しかし、そんな水浴びよりも優先することがユウヒにはある。それはバッグの中から取り出した一本の瓶の中で揺れる薄い黄色の水薬による実験、もとい治療を行う事が今の彼にとっての最優先事項であった。


「流石は神様印の魔法だけあって聞いただけで作れるものなんだな」


 それはユウヒが森の奥で作って来た接骨薬、無駄に凝り性で狂った事も苦にしない彼がただの接骨薬を作ってくるわけがなく、彼の右手の中で揺れる水薬は右目の力で微調整を何度も繰り返して一番出来が良かった接骨薬である。


<!>


「ありがとな、結構無駄にもしたけど満足良く薬が出来たよ」


 満足の行く接骨薬一本を作るために随分と薬草を無駄にした様で、それはバッグの中に詰められた他の薬品類も同様であった。肌が艶々している様にも見える楽しそうなユウヒの姿に、精霊達もどこか嬉しそうである。


「ん? 人が増えたな」


 いつもより少し元気よく足取り軽く歩くユウヒは、宿の玄関から一歩室内に入ると立ち止まり、初めて宿を訪れた時と違って賑やかなロビーの様子に目を瞬かせた。ロビーには到着したばかりの様に見える旅装の人々が寛いでおり、軽装の者も居れば鎧姿の人間も見られた。


「あ! お帰りなさい」


「あぁはい、ただいま?」


 ユウヒが雰囲気の変わった様に思える宿の明るい空気感に、思わずつられるように笑みを浮かべゆっくりカウンターに向かって歩いていると、お客の手続きを終えたばかりのサヘラが彼に気が付き明るい声を掛ける。


「怪我はありませんか? 薬草の採取で林の奥に入ると聞いたんですが」


 受付に座る垢ぬけた雰囲気がある女性の、明らかに友好的な声に振り向く男性達は、その声の向かう先であるユウヒに目を向けると様々な表情を浮かべた。その反応に苦笑いを浮かべるユウヒは、努めて視線をサヘラに固定すると心配そうな彼女の表情にも苦笑を浮かべる。


「ええ、特に怪我も無くしっかり採取して納品してきましたよ」


「良かったです。ユウヒ様が強いのは知っているつもりでしたが心配で」


「あはは、魔物からは逃げてましたから」


 少し高めのバーチェアの様な椅子に座るサヘラに出迎えられるユウヒは、カウンターに肘を載せながら笑みを浮かべ、納品できたという言葉に表情を明るくする彼女は視線をあちこちに向けてユウヒの姿を確認していた。


「逃げるですか? あ、お部屋の鍵です」


 怪我などが無いか確認していたらしい彼女は、ユウヒの逃げていたという言葉が想像できなかったのか目を見開き小首を傾げると、仕事を思い出して引き出しから部屋の鍵を取り出しそっとカウンターの上に置く。


「ありがとうございます。そうだ、今って時間あります?」


「え? えっと、商隊の方々の手続きが終われば……」


 宿の名前と部屋番号が書かれた厚みのある緑木の板に紐で固定された簡素な鍵を受け取るユウヒは、お礼を言ってポンチョの中に仕舞うと、手に当たった硬質な感触に顔を上げて時間があるか問いかける。


 ユウヒの問いかけにサヘラは驚いた様に目を泳がせ、周囲の宿泊客からは嘲笑が漏れ聞こえ、しかしすぐにサヘラの赤くなった顔を見た客からざわめきが沸き上がった。


「そうか、それじゃ一度部屋に戻ってまた来るよ、女将さんは帰って来てるの? 商工組合で別れる時もやることあったみたいだけど?」


「お母さんなら裏で食事の準備を手伝ってます」


 時間をとってもらえることを理解して嬉しそうな笑みを浮かべるも、問いかけに対して視線をふらつかせ顔を赤くするサヘラに小首を傾げるユウヒは、食事の準備と言う言葉にお腹の虫が反応するのを感じる。


「女将さんも一緒に居てもらった方が良いんだけど大丈夫かな?」


「一緒に、ですか? 少しなら大丈夫だと思いますけど?」


 ポンチョの奥でお腹が鳴らないように手で押さえるユウヒ、接骨薬の人体実験を行うのには親同伴の方が良いだろうと女将さんの予定も確認するが、一体どういう話があるのか目まぐるしく頭の中で妄想を捗らせるサヘラ。


「そうか、それじゃまた後で来るよ」


「はい!」


 しかしその妄想もすぐに馬鹿々々しいと心のサヘラが首を横に振ると急激に冷め、首元まで赤くなっていた彼女の表情も落ち着き、手を軽く上げて去っていくユウヒにサヘラは手を振り返して微笑んだ。


「大丈夫か嬢ちゃん、口説かれてたようだが」


「え!?」


 そんなサヘラに近付く人影、手続き待ちの商隊の男性であろうか、心配そうな表情で声を掛けられた彼女は一瞬呆けるも、すぐに驚いた様に声を上げるのだった。





 妙な視線による圧力から逃げるように部屋へと戻り、バッグを下ろしたユウヒは、必要な接骨薬だけ縦長のポケットに仕舞うと、落とさないようにポケットのフラップをマジックテープで固定する。


 少し時間を置いてから出るために軽く汗を濡らした手拭いで拭うと、そのままベッドに仰向けに倒れ込み息を吐く。周囲に精霊が瞬く姿を見上げる彼は、部屋の暗さに気が付きホタルの様な灯りを天井付近に打ち上げると、そのまま視点を定めず天井を見上げ続けた。


「お、だいぶ人が居なくなったな」


 それから小一時間ほど天井を見上げ体を休ませたユウヒは、寝てしまうと不味いと体を起こし部屋を出て、少し前までずいぶんと騒がしかったロビーに顔を出すも、ロビーに宿泊客の姿はほとんど見当たらず、居てもカウンターから離れた場所で談笑している数人程度であった。


「ユウヒさん!」


「ん?」


 人が少なくなったロビーを見回して都合が良いと頷くユウヒ、そんな彼の耳に強い口調の呼び声が聞こえ少し驚いた様に振り返る。


「うちの娘を口説き落とそうとしたって本当かい?」


 ユウヒの名前を呼んだのは女将、彼女は勢いよく歩いてくると険しい表情で問いかけ、その勢いに思わず後退るユウヒは、彼女の言葉をゆっくり咀嚼して理解出来ずに顔を顰めた。


「え? なんのはなし?」


「だから違うって言ったじゃない!」


「いやでも、お客さんたちがだね」


 どうやらカウンターで仲良さそうに話すサヘラとユウヒを見て宿泊客が噂したらしく、その噂は常連から女将へと伝わったようだ。慌てて否定するサヘラの顔は赤く、その表情を訝し気に見詰める女将は訝し気な顔のままユウヒに目を向け見上げるようにジト目を向ける。


「……女の人を口説いたことは、たぶん無いから何がそう見えたか分からんが、これ出来たから使ってもらおうと思って」


「これは?」


 女将の圧に思わずもう一歩後退るユウヒは背後に妙な気配を感じ、気配の発生源にちらりと目を向けると、様子を窺っていた宿泊客が慌てて視線を逸らした。その様子を確認したユウヒは小さくため息を洩らし服のポケットからガラス瓶を取り出す。


「接骨薬作ってみたんだよ」


「「え!?」」


 黄色い水薬が揺れるガラス瓶を見上げてキョトンとした表情を浮かべる女将と、椅子に座って小首を傾げるサヘラは同時に驚いた声を上げる。


「あんた!? 薬師だったのかい……?」


 思わず大きな声で問い質そうとした女将は、チラチラと目を向けてくる宿泊客に気が付くとユウヒに近付き声を潜めて問う。


「薬師ではないんだけど、まぁいくつか薬は作れる感じかな? 接骨薬は作ったことなかったから出来上がるのに手間取りましたよ」


「いやいや、薬つくれりゃ薬師と変わらないじゃないか……」


 トルソラリス王国において、薬師は基本的な学問とその先の高等な学問を修め、さらに薬師の専門的な教育を受ける必要があるため、正式な薬師は少なく大半が王都や領都などで店を開く者が多い。そう言った教育を受けなくても薬師の下で修業を受けた者はそのまま独り立ち、一般の民衆にとってはそう言った人々も薬師と呼ばれるため、薬が作れるユウヒを薬師と呼んでも問題はない。


「いやぁ、作れるだけなんで薬師を名乗るわけにも?」


 王国も慢性的な薬師の不足によりそう言った人物を罰する事も出来ず、ある程度目を瞑っているグレーな世界である。そう言った背景を知らないユウヒは、まるで闇医者の様に見られていそうであまり薬師と名乗りたいとは思わないようだ。


 一方で、サヘラはこれまでの情報を繋ぎ合わせることで、未だにはっきりとしないユウヒの正体を想像していた。


 薬師と呼ばれる者達は基本的に薬を作る時に魔力は使わない、それでも劇的な効果がある接骨薬などの魔法薬を作る時は魔力が必要であり、その為には高価な魔道具を用いる必要があるため、それ等を用意できるのは大半が国や領主から支援を受ける正式な薬師だけである。


「……え、薬が作れる魔法士って、こんな短時間と言う事はもしかして錬金術師、しかも高等錬金なんじゃ? え、奥様のあれはそう言う? そんな人が冒険者? しかもレイバーに、えぇ?」


 しかしその問題を解決する人間が錬金術師だ。


 魔法士の中で特に多くの魔力を使えるものが、薬師などの技術を身に着ける事で名乗れるのが錬金術師であり、彼等は自前で魔力を調整することで魔道具が無くても魔法薬を作る事が出来る。さらにその中には魔力操作に長け、短時間で魔法薬を作れる者がおり、彼等の事を人々は高等錬金術師や高位錬金術師と呼び、もし見つかれば国が全力で囲うような存在だ。


 過去にそう言った人物を求めて国同士の争いも起きたほど稀有な人材であり、同等の能力を有するのは、影響力が一国と変わらぬ魔女と呼ばれる集団くらいである。奥様の気にしていたことを想像して震えるサヘラであるが、実際は魔法使い。


 一国が自陣営に囲うようなレベルを超えて、権力者であればあるほど畏れる魔法使いなどとは想像も出来ない彼女は、レイバーとして働く錬金術師など想像も出来ず思考が遠くに飛んでいく感覚を味わうのであった。彼女が真実を知った時、果たしてその意識を保てるのであろうか、それは誰にもわからない。



 いかがでしたでしょうか?


 何やら勘違いに目を回しそうな女将の娘、そんな彼女を実験台にしようとする何気に酷いユウヒ、そんな彼らの話を次回もお楽しみに。


 それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー

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