第5話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
地面を蹴り車輪が回る音が遠のいていくのを背中で感じるユウヒは、ため息を洩らしながら地面にふわりと僅かな砂埃を上げて着地する。
「行ったな……さてさて? ずいぶんと大きいなぁ」
砂避けのフェイスマスクを襟元から引き上げるユウヒは、前方から地響きを鳴らしながら迫る巨大なミミズ、スローターワームを見上げながら金色の目を光らせ、思わぬ一撃でよろめくワームの頭を睨む。
「うん、靴の性能確認したかったけどここは岩だらけなんだな」
大楯の一撃で大きく仰け反らせた体をうねらせ立て直したワームは、どういった方法で周囲を感知しているのかユウヒに向けて鎌首をもたげると、牙が並んだ洞穴の様な口から粘性の高い液体を滴らせる。
「高さは目測で30mくらい? 全体だと3倍弱くらいありそうだな、そして意外と速い」
ゴツゴツとした足下の薄い砂を蹴るユウヒは、靴の性能確認を諦め見上げ続けるワームを分析して行く。目測で30メートルはありそうな巨躯であるが、地面を這う部分も入れるとさらに大きい。また体は長さの割に細くしなやかで動きも悪く無さそうだと頷くユウヒ。
「スローターワーム、砂の海の中層を回遊する大型ワーム、雑食で熱の変動に強い……なら物理だね?」
そんな目測の間にも金色の瞳と魔法は対象の詳細を調べて行き、名前が判明し生息地域も割り出され、場違いなワームに顔を顰めたユウヒは、大きく煤けた顎下あたりに目を向けると攻撃方法を絞っていく。
「GYUAAAAAAAAA!!」
物理攻撃に攻撃方法を絞り周囲に魔力を振りまくユウヒ。その脅威を野性の勘で察したのか、それとも魔力を感知する器官が備わっているのか、明確に攻撃対象を見定めたスローターワームは腹の底に響く様な大音量の叫び声を上げると、ユウヒに向けて体を捻り飛び込む。
「すでにネタは仕込んであるんだ、無駄にならなくて良かった。【ターゲットロック】大地よ目を覚ませ! 歓喜せよ! その巨躯で空を穿て【ロックピラー】」
大きくアーチを描きながら飛び掛かって来るワームの巨体を見上げながら目を細めるユウヒは、砂除けのマスクの奥で笑みを浮かべすぐに魔法を発動するためのキーワードを口にする。最初の魔法でユウヒの視界に映るワームの体のあちこちにマル印と【Look on】の文字が踊り、妄想による魔法の方向性を言葉の装飾で定めながら発動する二つ目の魔法【ロックピラー】によって、周囲の岩場に多数の盛り上がりが発生し始めた。
「Gyu!? GyObo!?」
瞬く間に盛り上がった地面からは黒に近い灰色の石柱が飛び出し、高層ビルの柱の様に太い石柱はユウヒに飛び掛かるスローターワームの顔周りを中心に幾本も突き刺さる。特に頭に殺到した三本の石柱は、貫通こそしないものの、口の中に突き刺さるとワームの悲鳴と共に高く高く伸び上がっていく。
「うお……なげぇな」
事前にユウヒが広範囲に撒いておいた魔力によって生み出されるいくつもの石柱は、巨大なワームの体を空高く押し上げ、仕舞には体の最後尾を地面から引き剥がす。
「さてダメ押しだ! 礫の波で押し流せ! 【ブレイク】」
遠心力によって空に舞い上がる最後尾とは逆に、重力によって地面に引き寄せられるワームの頭側、そこにユウヒはだめ押しの攻撃を加える。【ブレイク】その魔法が発動した瞬間、空に長く伸び上がっていた石柱は勢い良く砕け散り、未だロックオン状態を維持していたワームの体に拳大の石となり打ち込まれて行く。
「……ちとやり過ぎたかな? まぁあれが通った道の内側に指向性を向けたから、大丈夫かな?」
石柱の発生から石礫の攻撃まで終始轟音を鳴らし続けたユウヒの魔法、真直ぐ飛ぶ石もあれば曲線を描きワームに突き刺さる石もあり、割と派手な光景を作り出すこととなったユウヒは、少しテンションが妙だったかもしれないと心の中で反省する様に頭を掻く。
「まさかこっち来てすぐに怪獣と戦う事になるとは、おん? 探知が何か!? 【ウィンドシールド】ふぉう!?」
思わぬ怪獣との遭遇にも対処して見せたユウヒは、小さく溜息を洩らすとポンチョを軽く叩いて砂ぼこりを落とす。しかしすぐに視界に赤い表示が飛び出したことで驚きの声を洩らすと、空を見上げて目を見開く。
「な、何が降って来た? これはワームの外皮か? 分厚いなおっとお!?」
咄嗟に使用した風の盾は僅かに飛来物の軌道を変え、その後ろに飛び出した【小盾】が、身を挺してユウヒを守る。彼の背後に転がったのは千切れた様な切り口の分厚い乳白色の皮であった。さらに気を抜いたユウヒの下に降り注ぐ液体。
「うえ、こりゃ唾液か? 粘性のある酸かぁ【バブルウオッシュ】」
今度はしっかりと風の盾がユウヒを守り、降り注ぐ液体を周囲に吹き飛ばす。どうやら遅れて降り注いで来たのはスローターワームの唾液らしく、強い酸性を示す様に地面と反応して煙を上げている。
「あっちは、スローターワームの牙? 上唇歯の欠片、結構硬そうだから槍の穂先に出来そうだな」
その他にもユウヒの周囲にはいろいろな物が降り注ぎ続け、周囲を泡で洗い流し、金色の右目で謎の飛来物を調べている間も風の盾と【小盾】は懸命に主を守り続けるのであった。
「外皮は、表面は耐摩耗性が高い、へぇー茹でると柔らかくなって乾かすと硬くなるのか……面白いな」
一方でユウヒの興味はワームからワームの残していった体の一部に移っており、最初に振ってきたワームの外皮を魔法で洗うと金色の目で興味深そうに見詰めながら指先で突き、その性質に妄想を膨らませている。
「内側のぶよぶよは、コラーゲンみたいな感じか、え? 食えるの? ……うーん」
スローターワームの外皮は分厚く、立っているユウヒ腰当たりの高さがあり、その大半を占めるぶよぶよとした質感の部分はコラーゲンの様な物で食用も可能だと、ユウヒの視界に嬉々として表示する【探知】の魔法。しかしユウヒの食指は全く反応しないのか、しかめっ面を浮かべる彼は何とも言えない唸り声を洩らす。
「表面だけ剥ぐか」
しばらく唸っていた彼が出した結論は、すぐに料理できる場所も確保できていない為、持ち運びに困りそうな食用部分は諦め、物作りに使えそうな固くしなやかな表皮部分を確保することにしたようだ。
一方その頃、スローターワームに発見されて逃げていたお嬢様一行は、一先ず安全圏に脱することが出来ていたが、ユウヒの魔法により発生した轟音に驚いた馬が暴れたことで馬車を横転させていた。
「……すごい、音だったな」
冒険者たちの馬も聞いたことが無い轟音に驚き転倒し、そのまま身を縮こませて震えており、そんな馬の影から顔を出した護衛の男性は、咄嗟に荷物で守ったのか頭の上に皮袋を載せたまま遠くの山彦を耳にしながら声を洩らす。
「まるで噴火みたいだったね……ほら問題ないから起き上がりな! あんたそれでも雄馬かい?」
彼の声を聞いて起き上がったアダは、轟音の音をまるで噴火のようだったと言いながら自分の馬のお尻を掌で叩き始める。どうやらこの砂の海には火山もある様で、しかし彼女が乗っていた雄の馬はそんな音聞いたことも無かったのか、お尻を叩かれるたびに背中をびくつかせ震えるばかり。
「ジェギソン! 早く手伝って」
そんな馬に比べてお嬢様と呼ばれていた女性はずっと逞しいらしく、転倒した馬車の中から這い出てくると、スカートをたくし上げる様に横で結んで馬車を引っ張りはじめ、全く動かない馬車を前にジェギソンを呼ぶ。
「ちょっと待ってください! 馬を落ち着かせますんで」
特に馬車も横転こそすれ壊れた様子もなく、倒れた二頭の馬も折り重なって混乱しているだけで怪我らしい怪我も見当たらない。どうやらジェギソンと言う御者は相当腕がいいらしく、馬の手綱を手繰り寄せ馬を起こす彼の体は十分に鍛え上げられたものであった。
「地響き……離れて行ってる」
「あん? それじゃあの魔法使いが?」
そんな鍛えられた筋肉で馬たちを御すジェギソンがお嬢様に急かされている一方で、未だに地面に座り込むチルは俯かせていた顔を上げると、お尻に感じる僅かな振動からワームの移動を確認する。高層ビルの様な長さのワームが這いずれば振動は遠くにまで響くもので、その振動が弱くなって行っていることにほっと息を吐くチルは、後ろからの問いかけに振り返り頷く。
「たぶん、もしくは」
「食べられて満足してもらえたってかい?」
魔法使いが退けたのかと言う男性冒険者の問いに頷く彼女は、しかしもう一つの可能性も考える。それはアダの言う様に助けに入った魔法使いことユウヒがおいしく食べられたことで満足して帰ったと言うものだ。
「そりゃないだろ? あの巨体だぜ、馬何頭食べても足りないだろ」
「ヒン!?」
しかしそれは流石に考えられないと眉を顰める男性冒険者は、震えながらもようやく立ち上がったアダの雄馬を見詰めながら馬何頭食べても足り無さそうな巨体が人一人で満足するとは思えないと話し、そんな言葉を理解しているのかアダの馬は首周りに付いた豊かな皮下脂肪を震わせる。
「怯えんじゃないよまったく」
凍えるチワワの様に震える馬にアダは呆れた様に呟き、男性冒険者が立ち上がらせている雌馬は残念そうな視線を雄馬に向けるのだった。
「たぶん退けたんだと思う、正確に測ったわけじゃないけど肌感覚でもあれは対軍規模の広域魔法だと思うから」
「軍っておま、個人でそんなの使えるものなのか?」
アダも食われたとは思っていない様で、チルの言葉に頷くと彼女の言葉に少し驚いた表情を浮かべ、男性冒険者は大きな声を出して驚く。
「わからない、私の専攻じゃないし」
対軍魔法と言う魔法は大抵広大な範囲に影響を及ぼす魔法で殺傷能力も総じて高く、それだけの効果を及ぼすに値する魔力を消費する為、大抵は何十人何百人と言う魔法士によって連携して使用される。そう言った基礎知識はあるらしい男性に対して、チルはあり得ないと言う言葉を飲み込みわからないと言う。どうやら彼女もまた魔法をしっかりと学んだ者であるようだが、対軍魔法に関しては専門外の様である。
「対軍規模の魔法となると、普通なら魔法士個人で使えませんわよ? 準備すれば出来なくもないですけど、そんなもの籠城戦か長期の待ち伏せでしか使えません」
一方で、必死に馬車をロープで引っ張っていたお嬢様は対軍魔法に関する知識を持っていた様で、普通はあり得ないがどうしても一人で使用するならば事前に大規模な準備が必要であり、出先でぽっと使えるようなものでは無いと言う。
「準備と言うと?」
「ジェギソン!」
馬車と繋がるロープを片手に持ったまま話すお嬢様に小首を傾げる男性冒険者、その顔を見詰めたお嬢様は小さく溜息を吐くとロープを振って見せながらさらにジェギソンを大きな声で呼ぶ。
「はいはい!」
「魔石を大量に用意して強制崩壊器で無理やり魔力にするのですわ。でもこの方法は周囲を膨大な魔力で汚染しますから、その後の事も考えて使わないと色々大変なのよ」
ようやく馬を起き上がらせたばかりのジェギソンが慌てて駆け寄り、無言で手伝えと促された男性冒険者がロープを受け取ると満足そうに頷くお嬢様。彼女は腰のポーチから親指大の魔石を取り出して見せながら説明を始める。
強制崩壊機と言われる道具を用いることで、魔石に蓄えられた魔力を一気に放出、その魔力を用いれば、魔法士一人でも対軍魔法を使用することは可能であると言うが、その被害は単純に魔法の影響だけには止まらないと言う。
「大変! てぇとっ!」
ジェギソンが押し、男性冒険者が引っ張る馬車はゆっくりと起き上がり、ロープを引っ張る男性冒険者は力が無駄に籠った声を上げて大変な理由を問いかける。
「不活性魔力が大量に発生するから、魔物が増えたり環境変異が広がったり、あとは」
「人に対する精神汚染ですわね。あれは土地持ち貴族としては勘弁してほしい事案ですわ」
「せいしんおせん?」
質問すると同時に起き上がった馬車によって緩むロープ。勢い余って地面に転倒する男性冒険者の前で、彼を見下ろすチルは魔力汚染、不活性魔力によって引き起こされる大変な事態について説明し、彼女の言葉を引き継ぐようにお嬢様が精神汚染について語った。どうやら土地持ち貴族の一員であるお嬢様に取って精神汚染と言う事態は最も避けたいもののようだ。
「帝国出身のバンスト殿ならそうですなぁ……色蠍事件が分かりやすいかもしれません。アレは不活性魔力を用いた降神実験の結果引き起こされた精神汚染事件ですからな」
「げっ!? おらよっと!! マジかあれが今から起きるのか? お前ら早く逃げるぞ! あんなものに巻き込まれるなんざまっぴらごめんだ!」
純粋な少年の様な表情で男性冒険者が小首を傾げたのも束の間、ジェギソンにより、帝国出身と言う男性冒険者バンストにもわかりやすい様にと言う説明を受けた瞬間、悲鳴のような驚きの声を上げた彼は跳ね起き、手に持ったロープを馬車の上に放り投げると急いで自らの馬に飛び乗る。
「なんだいそりゃ?」
「安心していい、不活性魔力の気配は感じない。……ちゃんと調べないと正確なところはわからないけど」
急に飛び乗ってきたバンストに雌馬が困った弟を見る様な目を向ける一方、小首を傾げるアダにチルは不活性魔力の発生は起きていないと話す。ただ、それも所詮感覚的な物であり正確なことはわからないと言う言葉を聞くと、バンストは一瞬ほっとした表情を浮かべていたがすぐに顔を蒼くし直す。
「色蠍ってのは……いや、その、なんだ。ちょっとこの場では説明しづらいな、なぁ?」
「そうですねぇ」
色蠍事件、それはいったいどんな事件なのか、女性陣からじっと視線を向けられるバンストは蒼い顔を何とも言い難く歪めるとジェギソンに目を向けながら言葉を濁し、同意を求めてくる視線と言葉に御者台の調整をしていたジェギソンは苦笑いを浮かべる。
「あん?」
言い辛そうにするバンストは、蒼くなった顔を少し赤らめるとチラチラとアダを見ては苦悩に満ちた表情で鼻の下を伸ばし、そんな彼の姿にアダは眉間に皺を寄せドスの効いた声を洩らす。
「お嬢様、確か不活性魔力の計測を行う機器はもって来ていましたよね?」
アダの声に何を否定しているのか首を全力で横に振るバンスト、そんな彼を見ていたジェギソンは自らの失策を悟って話を逸らす様にお嬢様に声を掛ける。どうやら馬車の中には不活性魔力を測定する装置が載せられている様だ。
「ええ、問題なさそうならこのままオアシスに向かう間計測してみるけど……どんな事件なの?」
「あー……少々、女性に話すのは問題がある話題でして」
そんな話を逸らして自らのダメージを軽減する作戦は失敗に終わった様で、起き上がった馬車の中を確認していたお嬢様は、緑がかった木箱をいくつも手に取りながら測定の件を了承すると、細めた視界の端でジェギソンを見詰めて事件について問う。どうやら女性がいる場所で話すには男として色々と憚れるような事件らしい。
「……ジェギソンのその顔、卑猥な事件なのね」
「なぜ!?」
話す事が出来ないと言う彼の姿をじっと見つめていたお嬢様は、詳細を語らずとも大まかな内容を察する事が出来た様で、卑猥な事件であると言い当てられたジェギソンの驚く顔を見て確信した様に頷き、荷物の片付けを再開する。
「ジェギソンがエッチな事考えてる時は鼻が膨らむのよ、覚えておきなさい」
「はな……?」
どうやらジェギソンは感情が顔に出るタイプらしく、その傾向を本人以上に理解しているお嬢様はずいぶん彼と長い付き合いのようであった。一方で二人の会話を聞いていたアダは、断片的な情報から思考を始めたチルに目を向ける。
「卑猥な精神汚染、蠍、降神……」
「考えるな考えるな! おら行くぞ!」
ぶつぶつと呟くチルを軽々と持ち上げ馬に乗せるアダは、馬の上に乗った事でチルの呟き声が聞こえてきたバンストの慌てた表情を冷めた目で見詰めると、馬の上にふわりと飛び上がり編み込みの綺麗な鞍にお尻を落ち着け、前に乗せたチルを抱えるように手綱を手に取った。
「……何かわかったかい?」
「バンスト」
周囲に危険が無いか確認するように馬を歩かせるバンストの後をゆっくり追いかけるアダは、胸の前で顔を上げたチルに声を掛ける。怪我の有無や動きを確認する為にも馬車の周囲をゆっくり回る馬の上で、チルは抑揚のない声でバンストの名を呼ぶ。
「な、なんだよ行くぞ?」
後ろからいつもと違うイントネーションで呼ばれ嫌そうな表情で振り返るバンスト、何を言われるのか構える彼の姿を皆が注目する中、チルは眉間に皺の寄った表情で呟く。
「……変態」
「俺関係なくね!?」
どうやら彼女が行き着いた事件の内容は、バンストを変態と称するに値する内容だったようで、自分は全く関係ないだろうと声を荒げる彼にアダは冷たい目を向けるのであった。
いかがでしたでしょうか?
目があれば涙でも流していそうな目に合ったワームを見送るユウヒは、新たな地に足を着き周囲に目を奪われながら歩きだす。ようやく進みだしたとも言えるユウヒの旅を次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー