第49話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ユウヒが林の奥へと足を踏み入れ薬草を探している頃、宿の受付の中では椅子に座ったサヘラが治療院の治療士から骨折した足の固定具を巻き直してもらっていた。
「きつくはありませんか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
白木の添え木と当て布を固定するように巻かれた包帯の撓みを直しながら問いかける女性に、サヘラはスカートの裾を持ったまま笑みを浮かべる。
「いえ、痛み止めだけしか提供できず申し訳ありません」
本来なら接骨薬を処方するところを、痛み止めと自然治癒と言う対処しか出来ない現状に表情を暗くする治癒士の女性。彼女が俯き眉を寄せて悔やむくらい、治癒士にとって骨折治療に接骨薬を使う事は常識のようだ。
「そんな、治療院にはお世話になっていますから気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かります……あの」
「はい?」
しかし薬が無いのであれば仕方ないと言うサヘラに、申し訳なさそうな微笑みを浮かべる治療士の女性は、肩に掛けたカバンに包帯や治療道具を仕舞い立ち上がると、どこか言いにくそうな表情と仕草で小さく声かける。その様子に不思議そうな表情を浮かべるサヘラは、少し気の抜けた声で返事を返した。
「昨日のその、ユウヒ様はいらっしゃらないのでしょうか?」
「あー、それがですね……」
どうやら治療士の女性はユウヒに用事があるらしく、チラチラと宿のロビーや通路の奥に目を向けながら彼の所在について問いかけ、どんな要件なのかと頭の中で目まぐるしく想像を広げるサヘラ。しかしすぐにその想像の隙間から荒ぶる母親が顔を出し、緊急停止する事となった想像に苦笑いを浮かべる彼女は、小首を傾げる治癒士の女性を見上げながら引き攣りそうになる笑みで何があったのか話始めるのだった。
話し始めて十数分、詳しく話されれば話されるほどに表情が硬く険しくなる治癒士の女性。
「そんな……そんなのおかしいです。もしかして、治療院への納品がされないのも?」
治癒士と言う職に就くには一般に高度な学問を収める必要があり、その大半が修道女と言う立場を経て目指す者が多く、大半が善良である。高度な教育によりある程度の法にも明るい善良な女性の目線から見て、ユウヒに降りかかった災難は実に理不尽そのものであり、それは治療院の現状にも関わるかもしれない様だ。
「その辺はよくわからないですけど、ユウヒ様がレイバーとして採取に向かわれているので、運が良ければ多少改善するかもしれません」
「何時頃お戻りでしょうか?」
すでに女将から詳細を聞いているサヘラは、ユウヒの戦闘力についても助けられた際にある程度理解している為、心配はしても帰ってこないとは思っておらず、レイバーと違い高い探索能力も有するであろう冒険者のユウヒには自然と期待もしている様だ。
そんなユウヒに用事がありそうな治療士の女性は、眉が八の字に垂れた心配そうな表情で問いかけると、胸を押さえるように握った両手に力が入りその胸の形を変えて行く。
「……今日中には戻ると聞いてます。お母さんに部屋での作業許可をとっていたので、そんなに遅くならないと思うんですけど」
「作業ですか?」
元々ユウヒは外で採取してきた薬草を宿の自室で加工しようと考えていた様で、商工組合を出る際に女将から部屋での作業に関して許可をとっていた。流石に深夜の自室で音の出る作業は出来ない為、許可が出たのは人が寝静まる前までであり、その事から帰ってくる時間はそれほど遅くならないだろう。
「ユウヒ様は簡単なお薬を作れるそうで、自分用にいくつか確保したいからと」
「それはすごいですね、どこかで高等な教育を受けたのでしょうか? あ、いえいえそんな事より日暮れ前くらいにまた窺ってもよろしいでしょうか? ユウヒ様に是非相談がありまして」
母親からの話でユウヒの帰宅時間を予想したサヘラに小首を傾げた治療院の女性は、それよりもユウヒが薬を作れると言う事に驚き、難しい表情で考え込むとユウヒに相談があるという。
「ええ、大丈夫ですよ」
「え?」
治療院の女性職員の言葉にニッコリ笑みを浮かべたサヘラは考えるそぶりも見せずに返答し、その返事には女性職員の方が少し驚いてしまう。普通であればどんな返事をするにしても、少しは問題のあるなしについて考えるものであるが、そんな素振りを見せなかったサヘラは女性職員に苦笑を浮かべて見せる。
「ユウヒ様が、もしかしたら治療院からお願いがあるかもしれないねとおっしゃっていて、その際はお話をしてみますと伝言を残していったので」
「……未来予知スキルでもお持ちなのでしょうか?」
「勘だそうですよ?」
女性職員を驚かせる原因はユウヒの勘、少しの間しか治療院の人間と接点がないはずのユウヒは、その時に何か感じたのかいつもの鋭すぎる勘で事前に治療院からの話は聞くと女将に伝えていた。その行動がまるで未来予知の様で、この世界にはそう言った力を持つ人間も居るのか、目を見開いた女性職員は険しい表情を浮かべると小声で問いかけ、苦笑を浮かべたままのサヘラは小首を傾げながら困った様に答える。
異世界でも異常と判断されるユウヒの勘の良さは今日も冴えわたり、
「えっぷし!」
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噂話が鼻を擽ったのか盛大にクシャミを放っていた。
「あぁごめんごめん」
いつもの感覚に眉を顰めるユウヒの前に居て勢いよく飛ばされた精霊は、すぐに戻って来ると不満を現す様に強く点滅して見せ、謝罪を受けると溜息を吐く様に柔らかく光ってふわりと浮かび上がる。
「しかし、どこもかしこも萎びてるな」
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頭の上に着地した精霊は、困ったように周囲を見回すユウヒの様子を見て不安そうに瞬き、周囲に浮かぶ精霊達も心配そうな光を灯しながら拾い上げた薬草の葉を掲げて見せるが、どの薬草も廃棄寸前でまとめて置かれた葉物野菜の如く萎れていた。
「使えはするんだろうけど、これは魔法案件だね。この子も根から持って行こうかな」
<!>
萎びて自然と大地に落ちた葉よりは少しマシな根を張った薬草の株をつつくユウヒは、肩に下げたバッグを開くと中から布製の袋を取り出す。よく見るとバッグの中には布袋に土と一緒に包まれた薬草が数株仕舞われている。
「いやぁ精霊の力はすごいよね、土が勝手に良い感じに盛り上がるんだから」
生きている薬草が少ない事から、すでにユウヒは普通の採取を諦めている様で、株ごと採取した上で魔法によって採取量を増やすつもりの様だ。その採取も本来は根を傷付けないよう丁寧に掘り起こさないといけないが、精霊の力によって硬い地面は何もしなくても綺麗に盛り上がり薬草は自ら根を丸めていく。
「俺も魔法でこのくらい器用にやってみたいけど、繊細な魔法は苦手だよ」
綺麗な土の玉に生える薬草を手に取るとそっと布袋に包むユウヒは、土の上で飛び跳ねる茶色の精霊に笑みを浮かべると、器用に魔法を使ってみたいと言ってバッグの空いたスペースにやさしい手付きで薬草を入れる。
「あとは森に向かえばいいの?」
<!>
強力な魔法を使えるユウヒであるが、それは強大な魔力に物を言わせるような行為であり、その事を理解しているユウヒは心の中で向上心を燃やしつつ、次の予定について精霊に問いかけ、風の精霊は明るく瞬くと彼を導く様に先を示す。
「使えそうなのは5種類か、ずいぶんと状況が悪いね」
スタールの住民も偶に入っては食材や薬草、薪を採取して行く浅い林のさらに奥を歩くユウヒは、冒険者でもあまり立ち寄らない森の奥を目指している。それは人目の無い場所と言われた精霊が指定した場所で、そこでユウヒは手に入れた薬草5種類に魔法を使う予定だ。
「生命力が強いから真面な状況なら大量に生えてそうだね」
水不足で大半の植物が枯れて行く現状でも生きていたと言う事は、強い生命力を持つ草と言う事であり、通常であれば群生していたであろうと言うユウヒに肯定する精霊達。
<!!>
「へぇ、一面が全て単一の薬草に……ミントみたいだな」
小さな花畑ならぬ薬草畑を想像したユウヒであるが、どうやらその想像では足りないほど群生する薬草も鞄の中にはあるようで、過去に会社勤めの際に無茶振りで酷い目に合った地植えの草を思い出し表情を暗くするユウヒ。
「それじゃ行こうか」
ブラック勤めの苦い記憶を振り払うように大きくため息を吐いたユウヒは、バッグの中の薬草が痛まないようにそっと抱え直し、森の奥へ向けて歩く速度を上げる。
ユウヒが散歩でもするかのように危険な森を歩いている頃、スタールの治療院では宿でサヘラの治療を行っていた女性と、初老に差し掛かったくらいの女性が机を挟んでお茶をしているようだ。
「と言う事のようです」
「困りましたね」
お茶を飲みながら交わされる会話の内容はあまり良いものではないのか、お茶の入ったカップを手にする二人の表情は険しく、その口から零れだす言葉も暗い印象を感じさせる声色である。
「ユウヒ様に少し分けてもらえないか交渉しようと思うのですが」
「そうですね、商工組合を通した方が良いでしょうけど、先にユウヒ様に交渉を持ちかける事は必要でしょうね」
その話の中心は、今現在鼻歌交じりで危険な生物を叩き落としながら森の奥地へと歩を進めるユウヒの様で、どうやらユウヒが採取してくる薬草を分けてもらいたいと言うものの様だ。
組合経由で活動する個人に対して治療院が直接何らかの交渉を行う事は、珍しい事であるが禁止されているわけではない。だが付き合いを考えれば組合に一声かけるのは当然とも言え、しかしそれでも優先されるべきは治療に必要な薬や素材の調達、彼女達の現状は手段を選べるほど余裕はない様だ。
「はい、でも報酬を求められと私には出せるものがありませんので」
「わかっています。状況次第では冒険者組合への常時依頼を取り下げてもいいでしょう」
治療院が主な薬草の供給元として利用しているのは冒険者組合なのだが、ユウヒに関する一連の話や現状の供給量を考えると、治療院としては今後の考えを変える段階にあるようで、状況によっては冒険者組合に常時依頼として出していた薬草採取依頼も取り下げ、それにより生まれる余剰資金をユウヒへの報酬にするつもりの様だ。
「どうして、こんなことになったんでしょう」
資金の運用を考えているのか腕を組んで歪んだ窓の外に目を向ける初老の女性は、対面に座る女性の暗い声に視線を戻すと小さく息を吐き困った様に微笑む。
「……まずは水不足が何とかならない事には、こればかりは神に祈るだけですね」
全ては水不足が原因、そう言えてしまえば楽であるが、治療院でも責任ある立場の女性にとって簡単に口にする事が出来るものでもなく、まずはと口にして水不足に触れた彼女もそればかりは神に祈るほかないと、また窓の外に目を向け今後の事に思いを巡らせるのであった。
それから数時間後、場所はスタールの近隣に存在する林の奥の奥、人が滅多な事じゃ足を踏み入れぬ森の中、そこには人の手のはいらぬ森の中とは思えぬ光景が広がっていた。
「神様ならもっと盛大にやるんだろうけど、俺にはこれくらいしか出来ないな」
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<!!>
<……>
<…………>
「え、十分? むしろおかしいくらい?そうか……」
盛大に精霊から突っ込みを受けているユウヒの周りには小さな薬草園が広がっていた。
少し困った様に頭を掻くユウヒの周りは彼を中心に森が円形に切り拓かれており、丸太が壁の様に積み上げられた内側の地面は固く踏み固められ、しっかりとした土台の上には腰辺りまである花壇がいくつも作られ、それぞれの花壇は水路で繋げられており、水路には水不足が嘘のように大量の水が循環している。
「それにしても、勝手に切り拓いてよかったのかな?」
木と煉瓦でつくられた花壇にはそれぞれに薬草が植え付けられており、水路から滲みだした水が土と薬草を潤し、流れる水は地面にまで至るとどこかに流れ込む音が地面の下から聞こえてきた。ちょっと切り拓くどころの状態ではない森の中の薬草園で腕を組むユウヒの呟きに、周囲の精霊は様々な反応を見せている。
「まぁ周りの樹は枯れて朽ちてたから文句は言われないだろ」
切り拓いた範囲は子供が走り回って十分に遊べるほどの広さであるが、今は花壇や水が流れ出す装置、また周囲を明るく青みのある光で照らす照明などで狭く感じられた。その場所は精霊が案内した場所であり、切り拓く前は朽ちた樹々が折り重なる場所で空気が悪く、とても人が長い時間留まって良い場所ではなかった。
「さて、どっかの映画みたいにすくすく育ってるがどんな感じかな?」
その為か周囲には動物や魔物の気配も無く、安心して魔法で切り拓いたユウヒは、花壇を覗き込むと動画の倍速の様に目に見えて成長している薬草に笑みを浮かべ目を輝かせる。
「十分使える感じだけど、お? 花が咲いたな」
薬草から葉をちぎり土に埋めて魔法をかけると、そこから根を伸ばして新芽を出していく。普通では考えられない速度で育つ薬草は加速度的に育ち蕾を付けたかと思うと花開く。
「ん? 受粉させてるのか……実もなるわけね」
花が開くと緑の精霊がいくつかの花をもぎ取って飛び回り始め、ユウヒはすぐにそれが受粉作業だと理解して頭の中でミツバチに扮した精霊を思い浮かべる。そんな妄想も束の間、受粉した花は萎れ実がなり始め、その様子にまた目を奪われるユウヒは右目に光を灯す。
「おお、実は毒かぁ……」
金色の右目によって詳細が視界に浮かび上がり笑みを浮かべるユウヒであったが、その中に毒と言う一文を見つけて思わずテンションが下がった。瑞々しく赤々とした丸い実はとてもおいしそうに見えた様で、思わず伸びていた手を引っ込める彼は小さくため息を漏らす。
「え? あぁはいはいその種にも魔法ね、【グローアップ】……これなら範囲魔法の道具が良いか」
ユウヒの様子に小首を傾げるように瞬く緑の精霊は、その実を捥ぐとユウヒの目の前に掲げて見せる。食べろとでも言うのかと困惑するユウヒは、すぐに意思を感じて何をしてほしいのか理解すると指先に魔力集めて成長促進の魔法をかけて周囲を見回す。
「範囲を決めないとな、どこにしようか、ここでいいか」
魔法掛けてもらい待ちの実を持つ精霊に囲まれるユウヒは、足元から綺麗なガラス玉と石の塊を拾い上げると、滾々と水が湧き出る水盤近くの土台に合成魔法で石の大皿を作り固定し、その中央に水晶玉の様に見えるガラス玉を埋め込み始める。
「うーん、変に広がらないように壁も作っておかないといけないかな?」
十分とかからず出来たのは成長促進の魔法がかかった空間を作る大皿、周囲の魔力を使って維持される大皿に精霊達が様々な色の実を入れては、芽が出るなり取り出して土に埋めて行く。
そんな大皿を作っているうちにも薬草は花壇の中で成長しており、すでに収穫の時期を迎えた薬草で溢れており、その光景を視たユウヒは余計な場所に薬草が広がらないように壁を作ると言い出し、その頭の中ではすでに煉瓦敷きの床を作る構想まで出来ていた。
<!!>
「そうだな、なんだか楽しくなって来たぞ」
そんなユウヒが魔法を使う度に周囲へと振り撒かれる余剰な活性魔力。
魔力の流れが淀んで弱っていた大地や森の樹々は、ユウヒの手によって振り撒かれた上質な力を与えられ、精霊達のテンションも酔う様にじわじわと上がって行く。そんな彼女達の言葉に笑みを浮かべるユウヒの箍はいつの間にか外れ、楽しくなってきた彼の手によってこの日、森の奥にちょっとした聖域が生まれるのであった。
いかがでしたでしょうか?
久しぶりに箍の外れたユウヒは森に聖域を作ったようです。精霊の求めに応じてやらかすユウヒの明日はどっちへ、次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー