第47話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
本日の予定は薬草採取と趣味の合成魔法と決めたユウヒは、寝息を立てるように柔らかく光る精霊を置いて一人冒険者組合にやって来ていた。薬草採取の依頼をついでに熟せば宿代も稼げて一石二鳥と考えたユウヒであるが、彼はそこで予想外の話を聞いて驚き目を見開く。
「え、何でですか?」
「え、えっとそのあれです!」
掲示板から数枚の板を取り外し受付に持ってきたユウヒであるが、どうやらその依頼を受ける許可がもらえなかったようで、その理由を問うと受付の女性は視線を右に左と彷徨わせながら、あれだと大きな声を上げるが、
「あれ?」
ユウヒにはあれが何かわからずキョトンとした表情で小首を傾げてしまう。
「今は薬草が枯渇しているので登録外冒険者の薬草採取は認められません!」
「でも宿の女将さんの話だとそんな決まりないはずですよ?」
何故か焦った様子を見せる受付嬢曰く、現在スタール周辺では薬草の枯渇が発生している為、スタールに登録していない冒険者による薬草の採取は認められないと言う事である。しかし冒険者の共通したルール上では、危険性の高い依頼を見合わない実力の冒険者に任せない事はあっても、初心者でも可能な依頼について禁止することは無く、登録の有無によって薬草採取が禁止されることは無い。
「昨日決まりました!」
「いやいやそんな」
しかし、状況によっては各組合固有のルールを決めることは許されている。だがそれは様々な手続きの上であらかじめ告知されるものであり、昨日決まったから今日から禁止などと言う状況にはならない。何せいくら街の組合とは言え所属する街の領主の許可が無ければ、基本的な法を捻じ曲げる様な事は出来ないのだ。
「現在スタールでは未登録の冒険者による薬草採取を禁止しています。これは決定事項です……ごめんなさい」
「そんな」
だがそう言った法関連の知識は一般的なものではなく、受付嬢も慣例からおかしいとは思いつつも、決まった事に従わないわけにはいかない。事実、薬草採取禁止について話す受付嬢は申し訳なさそうに表情を歪めており、困った様に上目遣いで見詰められるユウヒも彼女の感情を理解し頭を掻いてしまう。
「どうしてもって言うなら登録して行くと良い、それなら許可出してやらんでもないぞ?」
「えっと、あなたは?」
明らかに言わされている、しかも聞いたばかりで詳しい状況を理解して無さそうな受付嬢の座る受付の奥から大柄な男が姿を現す。その男が言うには、登録さえ行えば薬草採取の許可が出ると言うが、その言葉には明らかな含みがあり、受付嬢は嫌悪感が見てとれる表情で顔を顰めている。
「俺はここの組合長だ。俺の一声ですぐに許可が出るぞ? どうする?」
<!!!!>
「……そう言う事か、その話は一度持ち帰ります」
そんな受付嬢の表情など見えていない男は、まるで威嚇するように木製の壁を拳で打ち鳴らすと、相手を見下すような笑みを浮かべてユウヒを嘲笑う。男の言葉、女性の少し驚いたような苛立ちの見てとれる表情、それからいつの間に現れたのか怒った様に点滅する精霊の声を聞いたユウヒは、全てを理解した様に小さく呟くと、にっこりと笑みを浮かべて話は持ち帰ると告げる。
「持ち帰る? 今決めないなら許可は出ないと思えよ?」
「…………そうですか」
いつも浮かべているやる気なさげな表情はどこに行ったのか、ニッコリとした笑みを浮かべるユウヒに目を瞬かせる受付嬢、その後ろで眉間に皺を寄せながら睨み付ける組合長、ユウヒの笑顔に何か感じた受付嬢が顔色を悪くする中、一言告げたユウヒはそのまま踵を返し冒険者組合を後にするのであった。
宿を出て歩いて冒険者組合を訪れたユウヒは、その足で宿に戻ると女将を探して一連の出来事について説明していた。ユウヒにとって薬草採取は決定事項であり、冒険者組合を頼れなくなった代わりの方法について相談する為に戻ったのだが、
「と言うわけなんですよ」
「……」
話し終えたユウヒが見詰める先では女将さんが無言で俯いている。
基本的に壁外への薬草採取は誰でも行って良い事になっているのだが、それは壁の近くだけであり、林の近くやその奥に関しては安全面から一般人には禁止されており、複数の人間や護衛付きで無いと立ち入ることも問題視されていた。
「おかあさん?」
一方で冒険者には自由探索権限がある為、本来ならスタール周辺において薬草採取することは領主が認めている為、禁止されることは無い。しかし冒険者組合は冒険者の行動を制限する権限がある為、禁止されてしまうと動きようが無くなってくる。実際は組合側の越権行為であるが、法律の専門家でなければ判断のしようがなく、怪我をした女性は母親の様子を見て心配そうに声をかける。
「ダアアアズッ!!」
そして轟く雷のような怒声。
「は、はいー!? どうしたんでさぁ?」
「……ふん!」
ダズと呼ばれた男性は宿の奥から壁にぶつかりながら飛び出してくると、顔を真っ赤にして怒りの表情を浮かべる女将の前に頭からスライディングしながら止まり、上半身を腕で押し上げ彼女を見上げると、その表情を見て口をだらしなく開き周囲を見渡す。
女将の娘は目を瞬かせ、ユウヒは少し驚いた様に女将と男性を見比べ、そんな状況の中で女将はカウンター脇の壁まで歩くと手を振り上げ、壁に掛けられていた額縁を上から勢いよく掴みそのまま紐を引きちぎり剥ぎ取る。
「あ、姐さん?」
「お母さん?」
そっと音をたてないように立ち上がったダズは女将を姐さんと震える声で呼び、娘は心配そうに小さく呟く。痛いほどの静寂がその場を数秒支配すると、大きな足とを鳴らし女将は振り返った。
「ダズ! こいつを冒険者組合に投げ込んできな!!」
「うおわ!? え? ちょ? ええ?」
未だ怒りの残る顔でダズを見下ろす女将は、手に持った額縁を勢いよく投げ渡し、慌ててお手玉するように受け取ったダズは、女将の顔と腕に抱く様に受け取った額縁を見比べ困惑に満ちた言葉にならない声を洩らす。
「早く!!」
「いいんすか!?」
本気かと言いたげな表情と声を洩らすダズを睨む女将は、彼の行動を促し、どう考えても問題しか起きそうにない指示にようやく出て来た言葉で問い返すダズ。
「あれは?」
「えっと、冒険者組合の提携店証明書です」
「提携?」
いったい二人が何を確認し合っているのか分からないユウヒは、そっと女将の娘に近付くと言葉少なに状況を確認する。どうやら怒れる女将さんが投げたのは冒険者組合と何らかの提携をしているという証明書であるらしく、蒼い顔の女性は小さく頷く。
「お互いに色々協力し合うって言う取り決めで、冒険者が安く泊まれたり色々サービスが受けられる代わりに、組合から依頼の優先権をもらえたり色々融通してもらえるんです」
冒険者組合と提携を結ぶと言う事は様々な面で利点が生まれ、その見返りに宿は冒険者割引などのサービスを提供している。こういった提携はどこの街でも行われており、組合はあの手この手で提携店を増やし、これらは街での発言力にも影響していた。
「そんな物もう要らないよ!! ダズ! ……行ってきな」
「……どんくらいで?」
店にも利益がある為か、女将も冒険者組合と協力関係にあったよだが、今回の事態はその関係を切るには十分な事件であったようだ。何しろ溺愛する娘が関わってくる話とあって、今の彼女に理性など紙一枚ていどの防壁にしかならない。
「わかんないかい?」
「全力で投げてきまさあ!!」
「行ってよおおおしっ!!」
恐る恐る確認するダズは、女将の表情を見上げて全てを理解すると、額縁を小脇に抱いて反対の手で拳を作ると胸を勢い良く打ち全力でと叫び、まるで戦場の将軍の様に手を振り入り口を指し示す女将の言葉で、跳ね飛ばされるように走り出す。
「これは?」
いったい目の前で何が起きているのか理解が追い付かないユウヒは、いつの間にかポンチョを細い指でちょこっと握っている娘さんを見下ろすと、彼女の気を紛らわせる様に問いかける。
「……絶縁みたいな?」
「なるほど理解」
どうやらこの日、女将の宿は冒険者組合との提携を解除する事にしたらしく、しかもそれは絶縁と言う形の様だ。
補足するならば、実際にスタール周辺の地域では、金輪際かかわりを持たないという意思を伝えるために証明書や関係性を示すものを相手の家に投げ込む風習があり、男と女のどちらかが別れ告げる時などにも行われるが、これはそうとうな怒りを持って行われることで、関係修復は絶望的な場合が多い。
それからしばらくして怒りを一度収めた女将は、ユウヒからの相談を受けて一つ良い方法があると言って彼と街に出ていた。
「付き合わせて悪いねユウヒさん」
「いえ、予定も潰れましたし構わないですけど、ここは?」
一度確認してくると言う女将に、ユウヒは一緒にいた方が早いならと付いてきており、申し訳なさそうに微笑む女将に苦笑を浮かべながら予定がつぶれたからと言って朝のスタールを見回す。
「商工組合だよ」
「商工組合……」
見回してすぐに立ち止まった女将は大きな建物の入り口を見上げており、そこは商工組合だという。明らかにその名前から冒険者組合と関係がありそうな建物の入り口は広く、裏手には大きな馬車が荷物を載せて入って行っている。
「商人や職人の為の組合さね、互助組織って意味では冒険者組合とそこまで変わらない組織だけど……冒険者組合はもうだめだ」
冒険者組合は、冒険者同士の助け合いから始まったものであり、依頼や報酬などの処理を円滑にするために大きく整備されていった。それに対して商工組合とは、職人と商人との間を取り持つ場所であり、一般市民からの依頼を纏める冒険者組合とは違い、職人と卸売りや小売りなどの繋ぎを行う事で成長して行った組織だ。
「農業組合とかもあるんですか?」
「あるけど、スタールの農業組合は支店だからちっさいね。こんにちわー!」
また農業組合と言うのもあるらしく、しかしスタールはあまり農業が発展した地域ではないため、組合も小さい様だ。女将の説明に興味深そうな表情で頷くユウヒは、元気よく声を上げて組合の入り口を入っていく女将の後ろを付いて歩く。
「おや? カリヘラさんお久しぶりですね」
「ちょっと相談があるんだよ」
周りを気にすることなく真っ直ぐカウンターに向かう女将、カウンターの向こうには彼女の事をよく知っていそうな男性が立っており、微笑みを浮かべるも女将の表情と言葉を受け、手招き一つ見せて衝立のあるカウンターに誘導する。
「何か冒険者組合とあったみたいですね」
衝立により声が漏れにくいカウンターの向こうに座る男性は、女将が椅子に座ると同時に話し始めた。
「流石情報が早いね、ちょっと薬草の入手を手伝ってほしくてさ」
「薬草ですか、うちも在庫が無いんですよ」
どうやら女将さんの指示によって走って行ったダズは、無事に証明書の入った額縁を冒険者組合に全力投球出来たらしく、その話はすでに商工組合にも伝わって来ているようで、その情報収集の早さに笑みを浮かべる女将。彼女はにっこりと笑みを浮かべるとさっそく本題に触れるも、男性は困った様に肩を竦める。
「採取についてなんだよ」
「採取ですか、人が居なくてそっちも無理ですよ。最近魔物も増えて来てますし誰も行きたがりませんから」
慣れた様子で返事を返す男性は、女将の採取についてと言う言葉に眉を少し上げ、しかしそちらも芳しくないと首を横に振った。どうやら商工組合でも薬草の採取は行っている様だが、冒険者に頼むわけではない様で、魔物が増えている状況ではとても採取は出来ないと困った様に溜息を洩らす。
「そこでだね、このユウヒさんに商工組合で申請して証明書を発行してもらおうと思ってさ」
「えっと?」
そんな男性の言葉に対してニヤリと笑みを浮かべた女将さんは、隣に座るユウヒの背中を勢い良く叩き計画を話し始め、驚いた様に目を見開くユウヒは男性に見詰められると、黙して小首を傾げる。
「ん? 商工組合に申請? すると、薬草採取できるのか?」
「あ、はい。職人かレイバーで登録していただけたら無制限採取も可能ですが、彼はどういった?」
きょとんととした表情を浮かべるユウヒは、何となく話の流れを察した様に目を瞬かせると、カウンターの向こうで女将さんを見詰める男性に問いかけた。ニコニコと笑みを浮かべる女将さんに眉を寄せた顔を向けていた男性曰く、職人やレイバーと言うものとして登録する事で壁外の林や森などでも採取が可能なようだ。
「あ、冒険者のユウヒです」
「あ、これはどうもベルテと言います……冒険者の方でしたか、それがどうしてこちらに?」
男性の訝し気な問いかけに、ユウヒはまだ自己紹介していなかった事に気が付き簡単に告げて小さく頭を下げる。ユウヒが頭を下げた事で慌てて頭を下げ返したベルテは、ユウヒが冒険者であると言う事に少し驚くと、不思議そうに首を傾げながら問いかけユウヒと女将の顔を見比べた。
「それがね!」
その問いかけによって女将の感情にまた強い火が着き、話し始めから長くなることを察したベルテは、苦笑いを浮かべながらお茶を入れてもらうようにカウンターの奥に手を振って指示するのであった。
それから小一時間後、
「……いやぁ」
「ん?」
静かにあっさりとしたお茶を飲むユウヒの目の前で、早口で捲し立てながら色々と脱線しつつ何があったのか話した女将は、少し息を乱しながらお茶でのどを潤していた。
衝立では明らかに抑えきれない声はカウンター近くの職員や訪れた人間の耳に入り、あちこちで噂話の種になっていたが、そんなこと気にする余裕もない表情でベルテは小さく声を洩らし、女将に気圧され微動だにしていなかった彼の久しぶりに示した反応に、ユウヒは様子を窺うように首を傾げた。
「あまりに酷くて言葉が出ませんね」
「でしょぉ?」
女将の話にはユウヒが関係した話以外の事情も追加されており、その話を聞く限りずいぶん前から冒険者組合には鬱憤が溜まっていた様で、今回爆発したのはユウヒの話だけによるものではなく、ユウヒの受けた待遇関連の話は最後の決め手、起爆剤となっただけの様だ。
「と言うか、今冒険者組合に組合長居ない筈なんですけど」
「え?」
女将の話に頭を抱えていた男性は、訝し気に顰められた表情で二人を見詰めると、現在の冒険者組合には組合長が居ないと言って、驚く二人を前に考え込む様に腕を組んだ。
「重要な話し合いがあるとかで出張中だと思います。私たちの依頼も組合長が居ないからと返事が返ってきませんので」
「なるほど?」
どうやらユウヒが出会った冒険者組合長は本来の組合長ではなさそうで、商工組合からの依頼もその組合長が居ないという理由でまったく進んでいないとため息交じりに話す男性。
「しかも登録を盾に使うなんて……」
「だからさ、こっちで証明書出してもらってさ!」
「しかし、それはユウヒさんにとって利益があまりにない……」
スルビルの冒険者組合も人手が足りず大変な状況であったが、スタールは輪をかけて可笑しな状況になっていそうで、めんどくさそうに眉を寄せるユウヒは、気遣わし気な視線を向けられている事に気が付くとカウンターの向こうのベルテと見つめ合い、彼の言葉にキョトンとした表情を浮かべてみせた。
「そうなんですか?」
「はい、今から証明書を発行しても職人、レイバー共に最低ランクです。採取すること自体は何の問題も無いですけど、報酬の上限が低いんですよ」
商工組合が発行できる証明書は商人や職人、またレイバーと呼ばれる職業で、これらは身分証明にも使われる。またこの証明書は功績を上げる事でランクが上がって行き、報酬も同時に上がっていくのだが、今から発行してもらってもそれは最低ランクからであり、依頼達成報酬も上限が決められ冒険者ほどの報酬は得られない。
「そこを特別に」
その事は理解しているらしい女将は、ユウヒが冒険者として依頼を熟せていたり人助けで功績を上げている事を踏まえて、最初からある程度高いランクから始められないかと、短い言葉で男性にお願いするが反応はあまり良くない。
「無理です。そんなことしたら組合から人が居なくなってしまいますし、我々の存在意義が緩いじゃいますから」
しかしそこは互助組織、誰か一人を優遇してしまえば組織の在り方が揺らぐため、どんなに素晴らしい人間であって功績は登録後のものだけが反映されるべきであり、万が一事前の優遇を是とするならば不満を感じた人が離れてしまうのは避けようがないだろう。
「でもさね」
「とりあえず詳しく話を聞かせてもらっていいですか?」
それでも尚、何とかならないかと食い下がる女将であるが、ユウヒはそもそも商工組合が発行している証明書の詳細を知らず、詳しい内容を知るためにカウンターの上で腕を組んだ彼は、ニッコリと笑みを浮かべるのだった。
いかがでしたでしょうか?
荒ぶる女将と共に新たな組合を訪れたユウヒは、そこで聞いた話に何か感じたようだ。次回もそんなお話をお楽しみください。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー