第4話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ワールズダスト最大の大陸中央に存在する砂の海、その地域で最も名前が知れ渡る生物ワーム。その種類は想像以上に多く様々な場所に生息しているが、一般人でその姿を見た者はそれほど多くは無い。
「くそ! なんだって海の大型がこんな岩地まで出張って来てんだい!」
その理由の一つは、ワームと言う生物が強力な魔物で人々がその生息地域から離れて暮らしているからである。特に海のワームと呼ばれる魔物は大半が巨大であり、陸上で生活していれば先ず出会うことが無い。
「ししし、しらない! でもこの辺りのふかかかいところ、砂! 移動可能!」
「運が悪かったってことだな!」
アダの張り上げた声に後ろにしがみ付く小柄な女性は、激しい上下運動に声を震わせながら大きな声で推測を伝える。あまりに乱暴な馬捌きにしっかり説明することを諦めた彼女は終いに単語だけを叫び、その言葉を聞いた男性は馬で足元の岩を飛び越えて運が悪かったと半笑いの声を張り上げた。
「不幸中の幸いなのはこっちが目的じゃないってとこだね!」
「とばっちりだけで十分致死量だけどな!」
必死にしがみ付く背後の気配を気にしながら不幸中の幸いだと言うアダ、彼女が言うようにビルの様な大きさのワームは離れたところで何かを追いかけており、体をうねらせ頭を地面に突き入れる度に巨大な砂煙が登る。
「ジェギソン! あれは何です! あれがワームですか!?」
「お嬢様座ってください! 危ないですって!」
馬車の後ろを追いかけるように周囲を警戒する三人がワームの動きに注視する一方、ジェギソンと呼ばれた御者は、安全地帯へ続く道を巧みな手綱捌きで馬車を走らせていた。そんな馬車の中から顔を出すお嬢様は、危険な状況であることはわかっているであろうがそれ以上にワームの事が気になってしょうがないようで、ジェギソンの後ろ襟を馬車の中から掴むと大きな声で問いかけ、そんなお嬢様の行動に慌てるジェギソンは困った様に声を上げる。
「書物と違います!」
「わかりませんが大口と言う手配書を前の集落で見ました! それかもしれません!」
どうやら普段から好奇心旺盛でお転婆な行動が珍しくないのか、お嬢様の言動に驚きを感じていないジェギソンは、近くの集落で見たと言う手配書を思い出し、その大口と言うワームではないかと言う。手配書になるワームともなれば巨大であってもおかしくない、そんな考えであったがどうにも違うようだ。
「いや! ありゃスローターだ!」
「知っているんですか!」
馬車の隣に進み出て来た護衛の男性曰く、突然現れた巨大なワームはスローターと呼ばれる種類であるらしく、レースの幌を捲って顔を馬車の外に出したお嬢様は詳しく話せとばかり男性に目を向ける。
「大口はもっと小さい! ありゃ海に出るタイプでスローターなんて名前が付けられている大型ワームだ! 多分だが手配書の大口はこいつらの子供だな!」
大口と言われるワームに心当たりのある男性曰く、今暴れているワームは本来岩場であるこの辺りに出るわけがない海のワームだと話し、大口と呼ばれるワームはもっと小さいらしく、彼の予想だと大口はスローターの子供だろうと言う事だ。
「なるほど、このあたたたりは、産卵地、かも!」
「はぁん? 勘弁しておくれよ聞いてないよ!」
「文句は! 学者に言え!」
完全な当て推量であるが割かし間違いとも言えないのか、小柄な女性は目を細めると顔を上げ、白い肌に日の光を当てながらアダに推測を伝える。言われてみれば納得できる部分もあるようだが、だからと言って現状を受け入れる気にはなれないアダは男性を睨みつけるが、男性とてこの場に巨大なスローターワームが現れるなど聞いてないと、詳しく調査してない学者に文句を言えと叫び岩を飛び越えた。
「……あれ? ジェギソン! 何かこっち見てない!」
「はい!?」
大きな土煙を上げながら道を走る馬車から顔を出しワームを見上げるお嬢様、安定した場所から見ていたからこそ彼女は気が付く、ワームがゆっくりとその頭をこちらに向けている姿に、その問いかけに前しか見てないジェギソンは悲鳴にも似た声を洩らす。
「あ、やべ見つかったぞ!」
目も鼻も見当たらない巨大なミミズの様なワーム、馬車に顔の正面を向けた事でその大きな口を確認する事となったお嬢様は、円形状に並ぶ無数の歯が何層にも折り重なる鋭利な歯の群れを目にして声にならない声を洩らし、振り返った男性は完全に捕捉されたことを悟る。
「飛ばすよ!」
「風よ、大地撫でる山風よ、走る我らの背に追い風を」
馬車の前方に男性が走り出ると、馬車の後方にピタリと馬を付けたアダが声を上げ、その声に頷いた小柄な女性はマントの中から短い杖を取り出し魔力を放出しながら口語魔法を展開しはじめた。
「よーし! 追い風が来たら全力でまっすぐ岩棚に向かえ! 俺らが抜けても気にするな!」
「先にこっちが落ちそうですけどね!」
魔法が展開されると同時に馬車の周囲で不自然な風が起き始め、正面から吹き付けていた風が追い風へと変わっていく。どうやら追い風で走る者を補助する魔法のようで、御者台の後ろから顔を出したお嬢様は、馬車を引く馬と並走する護衛の男性に憎まれ口を叩く。
「そんときゃ拾ってやるよ!」
それは恐怖を克服するための言動であり、同時に冒険者が時折見せる覚悟の言葉である。そんなことを言い出すお嬢様に少し驚いた表情を浮かべた冒険者である護衛の男性は、大きく口角を上げると必ず拾ってやると力こぶを見せて笑う。
「変なところ触ったら報酬減額ですわよ!」
「うげ!? 速いぞ!」
どうだ惚れたかと言いたげな表情でお嬢様に目を向ける護衛男性、しかしそんな彼を鼻で笑うお嬢様は、軽やかに切って返し、そんな返しが来るとは思っていなかった護衛の男性は嫌そうに表情を歪めると、動きだしたスローターワームに目を向け驚きの声を上げた。
突如現れた巨大なワームから逃げる馬が走る地上から遠く空の上、急降下していた体を起こして楯で空気を滑るユウヒは、どこを見ても茶色ばかりの地面にぽつりと見える青と緑の色彩に目を向け小さく唸っていた。
「岩をくり抜いたオアシスかな? よく解らないけど人が居るな」
真上からでは高低差がよくわからないのか、影の具合からオアシスの地形を想像するユウヒは、そこを行きかう人影に少し安心すると周囲を見渡す。
「別の場所に降りてから近づいた方がよさそうだな、俺知ってる! これ急に突入したら警戒されて攻撃されるやつ!」
【飛翔】の魔法を使えば何の問題もなく直接オアシスに降りることが可能であるが、突然空から人が落ちてくれば騒ぎになるのは確定であり、明らかに管理の行き届いたオアシスには入場規制もあって然るべき、そう考えたユウヒは面倒事を避けるために大楯を揺らして大きく旋回しながら離れた場所に着陸場所を変更していく。
「だから大きく迂回して……迂回する先に、なんだあれ?」
ある程度離れた場所から歩いて行けば何の問題も無いと、道らしき地面の筋に目を向け加速するユウヒであるが、その先に巨大な土煙とビルの様な巨大な何かを見て眉を寄せる。
「……魔物だよな? それともこの辺じゃあ、あれが普通なんだろうか?」
つい先ほどまで這う様に地面を移動していたのであろう空に飛び出すワームの姿、その巨大なミミズにも見える生物にアミールの危険な地域と言う言葉を思い出すユウヒ。
「【飛翔】【加速】【小盾】【探知】これであとは、槍を…………ぉん?」
同時に危険な場合は力を振るって構わないと言う言葉も思い出した彼は、膨大な魔力を体の奥底から引き出し複数の魔法を使用、さらに久しぶりに手にする槍を引き抜こうと腰に手をやるも、手は空を切りキョトンとした表情を浮かべる。
「しまった。相棒がホバーバイクさんと心中してしまった! これが世に聞くNTR!?」
以前にワールズダストを訪れた際に作った相棒の短槍であるが、預けていたアミールから受け取った後、安全のためにとサポ子さんがホバーバイクの荷物に括り付けていた事を思い出したユウヒ。突然の奇襲で何も回収することが出来ず、爆発炎上しながらどこかに落ちて行ったホバーバイクと共に槍を失ってしまっていた。
「くっ! アミールに預けてほっておいたばかりに……地上に着いたら何か用意しないとな」
ホバーバイクと共に消えていった短槍を思うユウヒは、せめてもっと長く愛でていたかったと心の中で悔し涙を流すと、彼女を寝取られた様な絶望の表情をやる気なさげないつもの顔に戻しため息を洩らす。一気にやる気の無くなった彼は、大楯の上にしゃがみ込みながら地上のワームに目を向け金色の瞳を輝かせる。
「ふむ、よく見ればオアシスに向かってるのか? いや? あれは馬かな?」
金色の目が持つ解析能力と【探知】の魔法が合わさり、遠いながらもユウヒの視界に様々な情報を上げていく。完全に意思を感じる魔法により視界には地上の道、またワームの進路予測、そして馬と言う言葉が浮かび上がり、ワームの興味度が可視化されるとユウヒは目を細める。
「追われてる? 行き先オアシスってことは、安息の場所が混乱、それは休憩したい俺が困る……よし追い払おう」
真面目になると垂れた目は引き締まり細くなって行き、そんなギャップが良いのだと多方から言われる表情で地上を見詰める彼は、ワームの捕食対象が人と馬であることを確認し、その進行方向にオアシスがあると言う事実でやる気が出てきたのか、立ち上がって気合を入れる様に手を握り込む。
「迎撃ポイントは、狭まった道の辺りで尖った杭でもあれば逃げてくれるかな?」
オアシスに向かう道は途中で大きな岩場の間を通り狭まっている。そこを迎撃ポイントに見定めたユウヒは、逃走する馬と人が先に通り抜けられるように先制攻撃を仕掛けるための準備で魔力を振りまく。
「行けると良いな、行くぞ大楯! 【増加装甲タイプ加圧反応】【加速】」
周囲に振りまいた魔力はユウヒの意思に沿って大楯に纏わりつき、方向性を決めるキーワードで形となり、彼の妄想力で強化される。涙型の滑らかな流線形が美しい【大楯】は強化魔法によってブロック状の角張った装甲で覆われて行き、【加速】の魔法により本来出せる以上の速度を出してワームに向かっていく。
「タイミングよし! いけ大楯ボンバー!」
急降下を交えて加速した大楯の上に立つユウヒは、狭まった通路の手前で大楯を蹴り出し一人空を舞う。大楯ボンバーと呼ばれた防御魔法である【大楯】は、その身に膨大な魔力を纏い楯の前面をスローターワームの顔に向け突き進む。
一方その頃、ユウヒが見つけたワームの捕食対象である馬と人は縮まるワームとの距離に焦りの声を上げていた。
「このままじゃ入り口まで間に合わねえ!」
オアシスに向かう途中にある大きな岩で狭まった通路、そこまで行けば多少ワームの動きを制限出来ると考えて全力で走る一行、しかし馬車の速度に合わせると思ったほどスピードが出ず焦りばかりが募る。そう言った状況で冒険者の護衛が取る手は二つ、護衛を見捨てるか囮を立てて少しでも時間を稼ぐかだ。
「チル! 馬車に飛び移りな!」
「いやだ!」
その判断が最も早かったのはアダと呼ばれていた褐色の女性、少しでも被害と重量を軽減しようと背中にしがみ付く小柄な女性チルに大きな声で呼びかけるが、何を言いたいのか理解しているのであろう彼女からは大きな声で拒否される。
「駄々捏ねてんじゃないよ!」
駄々を捏ねている時間も惜しいと言いたげに叫ぶアダであるが、彼女の背中にしがみ付くチルは顔をアダの背中に埋めて横に振るとしがみ付く手に力を籠めた。その姿からは小柄な事も相まって幼さを感じる。
「俺が! 「うるさい! ちゃんと判断しろ」……っ」
「お嬢! こいつは役に立つ! だから」
アダとチルのやり取りに不安そうな表情を浮かべていた護衛の男性は、馬を二人に寄せると自分が囮になると声を上げようとするがすぐに遮られ、馬車の中から様子を見ていたお嬢様はアダの表情と言葉に小さく頷き、馬車から身を乗り出すと後部を開く外ハンドルに手をかけた。
「すぐ……? ジェギソン! 何か飛んで来てる!」
声をかけ急いで後部の窓を開けようとしたお嬢様は、周囲の確認をするため顔をひねった瞬間その視界に何かが入り空を見上げる。彼女の目には空を飛ぶ大きな影が映り込み、その異様な姿に思わず御者台の方へ向かって声を上げた。
「何かじゃわかり―――!?」
「―――か、火炎魔法!?」
大きく顔を突き込めば大地ごと彼らを撥ね飛ばせそうな位置まで接近していたワームの足取りが止まり、空を見上げた人々の声が消し飛ぶ。お嬢様の声に返事を返そうとしたジェギソンの声を消し飛ばしたのは、空から飛来した謎の物体がワームの頭にぶつかると同時に放った爆炎の音。
「あんなの爆裂魔法クラスだよ! 援護が来たの?」
「もしくは別の魔物か……」
護衛の男性が驚き呟く火炎魔法、しかし魔法を使う者の目から見ればそれは明らかに別の魔法のようで、険しい表情を浮かべたアダは小さく呟くと周囲に目を向ける。それまでよりも加速しているように感じる馬の上で護衛達は周囲に目を向け、振動が大きくなる馬車の中のお嬢様も周囲に目を凝らす。
「お嬢様!」
「今度は何!?」
「上! 上です! また何か来ます!」
次の異常を見つけたのはジェギソンであったようで、ちらりと空に目を向けた後叫ぶと、前方を見て片手で手綱を操り反対の手で前方の空を指差す。
「上? 鳥?」
「何!? 火を使う鳥なんてこの辺ワイバーンくらいだ! 不味いぞ」
何かが空から来ると言われて馬車から身を乗り出すお嬢様、その肩を慌てて支える護衛の男性は空を見上げ目を凝らした。どうやらこの辺りで空から火を使って襲撃してくる様な魔物はワイバーンくらいなものらしく、その口ぶりからスローターワーム同様に脅威の様だ。
「進行方向に向かってる! あれは、人? 人です! 空から落ちてくる! ジェギソン轢いちゃだめですよ!」
「んな無茶な!?」
空から現れたのは人、しかも馬車が向かう先に向かって落ちてきている。そうとしか見えない状況にお嬢様は自分たちの状況を忘れた様に慌てて御者台のジェギソンに命令する。窮地においても人道を優先するところを見るに随分と育ちの良いようで、一方のジェギソンは轢いても構わないと思っていたのか驚きの声を上げた。
「あれは、浮遊魔法? それじゃ魔女?」
しかし、彼らが彼を轢くか轢くまいか結論を出すより早く、空から落ちてきた人は緑色の長い外套を翻しフードが脱げない様に手で押さえながら宙に浮いて態勢を整える。その動きに一同が目を見開く中、チルは魔女なのかと呟く。
「そのまま進め!! 後ろを気にするな!」
「な!? え、援軍か! 助かる!」
「馬鹿! アンタも逃げな!」
どんどんと近づいてくる魔女らしき人物は大きな声を上げる。そこから聞こえてくるのは明らかに男性の声であり、その言葉に護衛の男性は歓喜に頬を緩め、一方でアダは他に人の気配が無い事に顔を顰め逃げると言い放つ。
「姉さんもっと早く! あの人の魔力半端ない!」
「なに!? くそ、大丈夫なんだろうね……」
フードの影で口元しか見えない人に最接近する中、チルはアダの外套を引っ張りながら急げと言い放つ、どうやら彼女はユウヒが周囲に振りまく魔力を感じることが出来るらしく、僅かに背中を震わせている。
「周囲に何かしてる、策があるんだと思う」
チルの言葉を信じて空に浮かぶ人の下を潜り抜けていくアダは、ちらりと後方に目を向けると心配そうに呟く。そんなアダの様子を少し不思議そうに見詰めるチルは、周囲に目を向けながらそこから感じる魔法の気配に策があるのだろうと話す。
「ジェギソン! 助かったらあの人にもお礼よ!」
「それは助かってからですよお嬢様」
幾分心に余裕が生まれた一行の中で、馬車の中からじっと緑の外套を見詰めるお嬢様は、ジェギソンに呼び掛けると、どう見ても助けてくれるために現れた謎の人物へのお礼を忘れないようにと声を放つが、それより今は逃げきることが先決である。優先順位の再確認をさせられたお嬢様は無言で頷くと、もう一度後方に目を向けるも砂塵の向こうに緑の外套を確認することは出来なかった。
いかがでしたでしょうか?
巨大なワームに向けて突撃するユウヒは如何にして彼らを逃がすのか、次回をお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー