第37話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
砂の海に降り立ったユウヒがスタール目指してバイクを転がしている頃、砂埃舞う大地と違い綺麗で汚れの無い空気が循環する一室では、大きなモニターの前で美しい金色の髪をふわふわと揺らす女神が美しい顔を歪めていた。
「うーん」
歪んでも尚その美しさを損なわない女神アミールは、小さく口を窄めると唸り声を洩らす。じっとモニターを見詰めながら唸る彼女は、息を使い切ったのか静かになる。
「うーーん」
「そんなに唸っても通信状況は改善しませんよ?」
しかしすぐに息を大きく吸うとまた唸りだし、アームに掃除道具を下げ現れた球体のサポ子さんが呆れた声を掛け、その声にアミールは唸るのを止めて顔を上げた。
「わかってますぅ」
正論を前に拗ねたような表情で口を窄めるアミールは何時もより幼く見え、手元を動かすとモニターに表示されたユウヒとの通信ウィンドウが切り替わる。
「強化通信もダメですよ?」
「ぅ……」
そこには【強制通信】と言う文字が表示されており、先回りする様なサポ子さんの言葉に小さく呻き手を止めるアミール。
「考えてたんですか……」
「ちょっと考えただけです。そんなことしたらユウヒさんの身に何が起きるか……」
強制通信とは何なのか不明であるが、アミールの欲求を満たしても異世界ワールズダストにもユウヒにとっても歓迎できるものではなさそうで、呆れるサポ子さんにアミールはまたしても拗ねた様な表情を浮かべる。
「基準がユウヒ様だけな所とか神様っぽくなってきましたね」
仕事の疲れによるストレス故か思考が幼く自己中心的になっているアミール、その姿にサポ子さんは感心した様に点滅するが、その言葉は大半が呆れからくるもので、それだけ神様と言う存在は身勝手なところがあるようだ。
「そ、そんなつもりじゃ!? ……そうです、それだけではなく色々考えてですね」
「わかっております……」
しかしそんなサポ子さんの嫌味も恋する乙女には別の効果しか及ぼさない様で、少し赤くなった顔で慌てる彼女は、静かにゆっくりと瞬くサポ子さんのディスプレイを見詰めて頬を膨らませる。
「……もぅ、あなたも成長を感じますね」
「はい、日々情報収集とアップデートには余念がありません」
「……それじゃ何かユウヒさんの状況とか分かりました?」
神様らしくなった言う嫌味を吐き、慌てる姿に溜息でも吐くかのように瞬くサポ子さん。その姿に以前より人間らしい感情の片鱗を見たアミールは、顔があればドヤ顔を浮かべていそうなサポ子さんを見上げながらマグカップを手に取ると、ユウヒの状況について問いかけて湯気を上げるココアに口を付ける。
「先ほど提出した写真の通りホバーバイクの残骸は光学調査で分かりましたが、ユウヒ様の所在は未だに」
「そうですか」
地表への降下時に発生した異常と攻撃によりユウヒを見失ったアミールは、未だにユウヒの所在を確認できていなかった。通信可能な場所が限られ常に移り変わっている以上、そう簡単に出来るものではなく、故に強制通信と言う方法を思い浮かべてしまうアミール。
「偶に流れてくるバイタルは安定してますし、今は待つしかないですね」
「そうね、これ終わらせたらあっちの整理もしましょうか」
遠く離れた宇宙空間からの光学的な調査で確認出来たホバーバイクはすでにバラバラになっているが、彼女達が比較的余裕を持っていられるのは、ユウヒの持つ冒険者カードに仕込まれた機能により、体調などの生存状況は偶に確認出来るからのようだ。
「あっちですか、それならいい案がありまして」
「良い案?」
世界一つを管理すると言うのは日々様々な問題が現れるもの、特に不安定で最近まで崩壊の危機にあったとなれば、彼女の仕事は多岐にわたる。そんな仕事も少しは落ち着いて来たのか、チラリと奥へと続く通路に目を向けるアミールにサポ子は少し明るい色で瞬き、高くなった声色で話し出す。
「はい、アップデートの際に流れてきたデータなんですが、大本を調べるとユウヒ様と同じような世界の出身者が残したデータらしく、それなら興味を示してくれるのではと」
「なにそれ、興味深いですね」
「ではこっちの仕事早く終わらせましょう」
「そうですね!」
神様の世界のAIと言うものがどういった存在なのか不明であるが、彼女達は常に自らの能力を磨くために様々な情報を手に入れてはアップデートを繰り返している。
そんなアップデートにより手に入れた情報の中にユウヒが興味を示しそうなものがあったらしく、アミールも興味を引かれたようで、椅子から少し浮いたお尻を落ち着け直すと、周囲に散らしていたモニターを手招きして呼び寄せ、マグカップを放り投げながら仕事を再開するのだった。
「ふふふ……しかし、不思議な名前ですね? 育ち盛りの兎さんですか、どんな人なんでしょう」
重力を無視した様に安定して机に降り立つマグカップに新しいココアを注いだサポ子さんは、いつの間にか床に置いていた掃除道具をアームで掴むと水場へと飛んでいく。一体どんなデータを彼女は手に入れたのか、どこか不穏なハンドルネームを口にしながら彼女はお風呂掃除を始める為に回転ブラシをゆっくり回すのであった。
一方、砂の海ではレガーン中央街道を武装した集団がサンザバールに向けて移動している。
「もう少し先で休憩しましょう」
「分かりました」
それはよく見るとユウヒが谷を抜ける時に一悶着あった冒険者たちのようで、意匠の似た服装を見るに革鎧の男達と対立していた者達の様だ。先頭を歩く女性の後ろには、ユウヒの魔法に興奮していた魔法士の二人が続いて歩いているが、外套のフードから少し見える女性魔法士の表情は優れない。
「大丈夫ですよ、今日中には三叉路オアシスに着きますから」
「そこは心配してないけど」
チラリと後ろを気にする様に振り返り、元気のない声で返事を返してきた女性魔法士に声を掛ける先頭の女性、彼女の気遣いに苦笑を漏らす女性魔法士の心配は道程についてではない様だ。
「いやぁ魔法使い殿がいる確率は低いと思いますぜ?」
魔法士二人の後ろには、谷の前でユウヒと話していた槍を持つ冒険者の男性が荷物を引っ掛けた槍を肩に担いで歩いており、ユウヒがこの先のオアシスにいる確率は低いと言って振り返ってくる複雑な表情を見せる三対の瞳に肩を竦める。
「ですよねぇ……三叉路オアシスにあの子がいるので何か聞けるといいんですけど」
「騎士様ですか、隊長も残っていれば騎士様だったんでしょ?」
「騎士なんてそんな良いものじゃないわ、私は今が幸せよ」
どうやら先頭を歩く女性は彼らのリーダーのようで、彼女は三叉路オアシスを目指している理由は魔法使いのユウヒである。何の理由で彼を追いかけているのかは不明であるが、状況を考えるにユウヒと革鎧の冒険者達とのいざこざの後すぐにレガーン領に戻ってきたようだ。そんな冒険者たちのリーダーである女性は、騎士から冒険者に転向した珍しい経歴の持ち主らしい。
「そう言ってもらえると仕え甲斐がありますな」
隊長と呼ばれた女性の言葉に笑みを浮かべる槍を持つ男性冒険者、彼の言葉に隊長もまたニコニコとした笑みを浮かべ前に目を向ける。
「まぁ辞めた理由が魔法じゃなきゃなぁ」
「そぉねぇ? その辺の軽率なところって昔から変わらないわよね」
しかし彼女が騎士から冒険者に道を変えた理由は魔法にあるらしく、呆れた調子で話す男性魔法士に女性魔法士も困った様に頬を片手で押え小さくため息を洩らす。軽率な行動とは彼女の人生であり、今も三叉路オアシスを目指し歩く現状の選択である。
「貴方たちだっで賛成したじゃない!」
「そりゃね」
「魔法使いの魔法もっと見てみたいし」
彼女たちの会話から、どうやら隊長である女性は魔法に対して並々ならぬ関心があるらしく、三叉路オアシスを目指すのもユウヒの魔法を見てみたいがためのようで、彼女の方針変更に賛成した二人の魔法士は肩を竦めて見せると、わざとらしい笑みを浮かべてみせた。
「くっ……! 羨ましい!」
その笑みには魔法使いの魔法を目の前で見れて羨ましいだろうと言う感情がたっぷりと含まれており、槍を持つ男性冒険者のユウヒに関する報告に悲痛な声を上げた隊長は悔し気に歯を噛みしめ、絞り出すような呟きに男性冒険者は溜息を洩らし、後ろに続く部下たちの見せる気遣わし気な視線に彼は背中を丸めるのであった。
レガーンの冒険者達が目指すサンザバールの三叉路オアシスは、今も行方を眩ませた窃盗犯の元兵士を探す為にいつもより巡回の兵士が多く少し慌ただしい。
「失礼します!」
「ん?」
兵士用の宿舎が並ぶ一画でもその喧騒は伝わって来ており、宿舎の側に建てられた大きく丈夫そうなテントの中では、騎士然とした男性兵士の声に顔を上げる女性が居た。布鎧の胸元を少しはだけさせた彼女は、扇を動かす手を止めると声のしたテントの入り口に目を向ける。
「総隊長のお手紙の送付完了しました。数日中には届く予定です」
「ありがとう」
ユウヒが魔法使いかどうかを直接聞いて確かめた騎士然とした金髪の男性は、テントの奥に足を踏み入れながら用件を口にした。どうやら彼の上司であるらしい総隊長と呼ばれた女性は、薄く微笑むとお礼を言いながら手に持っていた紙の手紙を机に置く。
「む? そちらはまた別の手紙でしょうか? 送るのならまた手配しておきますが」
「違うわ、これは今届いた私宛の手紙」
「何かの命令書でしょうか?」
彼女に頼まれて手紙の配達依頼を完了させた男性は、彼女が手に持っていた手紙を追加の手紙だと思ったようだが、どうやらそれは彼女宛てに届いたばかりの手紙の様だ。紙の手紙はある程度裕福な人間が使うものであり、大半は大量生産の羊皮紙や木の板などが使われるのだが、彼女に届く命令書は紙が良く使われる。
「これは昔の同期からの手紙よ、魔法使いと遭遇したらしいの」
「それは、まさか?」
男性はそう言った経緯から新たな命令書かと表情を引き締めたが、手紙は彼女の友人からだと聞いて緩んだ表情がすぐに引き攣った。少し前まで騒ぎの中心になっていた魔法使いを思い出し、まさかと総隊長を見詰める男性は彼女の薄い微笑みに目を瞑って眉間に緩く皺を寄せる。
「同一人物でしょうね、面白い話が書いてあるわ……ちょっと情報が錯綜しているみたい」
「魔法使いですからね」
楽しそうに小さく笑う総隊長は、手紙の内容を思い出して声が思わず嬉しそうに跳ね、その声に男性は嫌そうな表情を浮かべて吐き捨てるように呟く。
「……貴方の魔法使いに対する偏見はどこから来るのかしら?」
「彼らは、何と言うかつかみどころがないといいますか」
「分からないでもないわ、でも羨ましいわね」
偏見に満ちた部下の魔法使い像に対して呆れた様に呟く総隊長、彼女は男性の魔法使いに対する印象に対して納得した様に頷くと、それまでの機嫌良さそうな笑みを消してじっと男性の青い瞳を見詰める。女性は控えめに言って美女である為、大抵の男は見詰められると喜びはすれ、嫌がりはしないだろう。
「そう言われましても」
しかし騎士然とした男性は思わず後退ると表情を困った様に引きつらせ、垂れ下がった蜂蜜色の前髪の奥からじっと見つめてくる、赤黒くドロドロとした光の無い瞳から逃げるように顔を逸らす。
「大魔法愛好会の私を差し置いて魔法使いの魔法を見るなんて……こんなガラス塊を作る魔法、見てみたかったなぁ」
大魔法愛好会は、トルソラリス王国を中心に魔法使いの使う強力な魔法を愛でる魔法使い好きの集まりである。ある者は単純に魔法使いの使う強力な魔法を求めて、ある者は魔法によって生み出される余波に心躍らせ、ある者は魔法使いをアイドルの様に追いかける、ちょっとヤバイ集団であるが割と会員数は多い。
「つ、次に会えましたら交渉して見ます」
「ほんと?」
今も大事そうに机の上のガラス塊を撫でる総隊長は、頬を高揚させて怪しい笑みを浮かべており、呆れた様に頭を抱える男性は彼女の正気が戻るように提案を口にするが、パッと花開くような笑みからまた視線を逸らす。
「期待はしないでもらいたい」
複雑な心境を抱えていそうな男性は、約束は全然できない提案に目を輝かせる総隊長にちらりと目を向けて肩を落とす。
「……それでは期待して待ってますね」
「…………」
普段は感情の起伏があまりなく、微笑みを浮かべる総隊長の見せる激しい感情の上下に目を向ける男性は、お腹に感じる僅かな痛みに手を当てると、眉を寄せて深い皺を作って小さな溜息を洩らすのであった。
あちらこちらでユウヒの噂が広がる中、スタールに向かうユウヒは防塵マスクを外してバイクの上で空を見上げていた。
「へっくしゅん! へっくしゅん! ヘックシュン!!」
<!?>
そして盛大にクシャミを放つ。横を向いてクシャミを放ったことで特に被害も無かったが、驚いた精霊は舞い上がり心配そうにユウヒを見詰める。
「……誰かが噂してるな」
<!??>
誰かが噂をするとクシャミが出るのはユウヒにとって何時もの事、何となくそんな感じがするらしいが大体あっているので誰も何も言えず、そんな彼の呟きに周囲の精霊達、特に風の精霊が慌て出す。
「……ん? あぁ、風の精霊の噂とか言うんだっけ? そっちじゃないから大丈夫」
<?>
異世界ワールズダストでは、風の精霊の噂でクシャミが出ると信じられており、以前もユウヒはその事に感心したことを思い出し、慌てる風の精霊を慰めるように撫でて笑いかける。何がどう大丈夫なのか良くわかっていない精霊達は、ユウヒの周囲を漂いながら不思議そうな感情を洩らす。
「うーん、ここもダメっぽいな」
彼女たちと触れ合うユウヒは何か思い出したように肩から下げてお腹の前に置いているバッグに手を突っ込み、中から冒険者証を取り出した。いつもと変わらない冒険者証を見詰めるユウヒは、詰まらなさそうに眉を下げると冒険者証をバッグに仕舞う。
「アミールに連絡できる場所が限られてるとは聞いてたけど、うんともすんとも言わないな」
砂の海は神の力を遮る何かに覆われており、冒険者証を用いても真面にアミールと繋がる事は出来ない。ユウヒのバイタルなどは常に監視しているので、ほんの一瞬でも繋がればデータが送信されるようだが、会話ともなればそうはいかない。
「どういう場所が神様と連絡できるんだろうかね?」
砂の海特有の神の力を妨げる何かが無くなる特別な空間はあちこちに存在すると聞いているユウヒであるが、今のところそう言った場所には巡り合えておらず、バイクのあちこちに座る精霊達にも思わず問いかける。
<?>
<……!>
<……?>
<……!!>
ユウヒの問いかけに振り返る精霊達は一斉に自分の意思をユウヒに伝え始め、賑やかな学校の教室の様な感情の波を受けてユウヒは苦笑を浮かべるも、彼女達は気にせず自分の意見を投げかけ続けた。
「んー何? みんな自分たちのおすすめスポットに案内したいわけ?」
≪!?≫
しばらくバイクを運転しながら彼女達の声を聞いていたユウヒであるが、何かを理解すると眉を寄せて可笑しそうに笑う。何故なら彼女達は自分たちの領域にユウヒを連れて行きたいがための意見しか述べておらず、ユウヒの問いかけに対する答えになっていないからだ。
「図星なんかい、まぁそう言った場所も見てみたくはあるよね? 砂漠だし水がたっぷりある場所とか光に溢れる場所とか火山とか……あるの?」
≪……!≫
「そっかー今は少し忙しいけど、楽しみだな」
砂漠の真ん中にも関わらず綺麗な水で溢れる人の寄り付かぬ巨大なオアシス、ドロドロの溶岩を腹の内に蓄え時折吹き出す火山、常に光に溢れた地中の洞窟、精霊達はユウヒの問いかけに大きく頷き、またも好き好きに意思を振りまき始める。
やることがまだまだ何も終わっていないユウヒは、この先の旅に対する楽しみが少し増した事で気持ちも軽くなったのか、スタールへと向かうバイクのアクセルを僅かに深く捻るのであった。
いかがでしたでしょうか?
魔法の余波はクシャミとなって帰ってくる。そんなユウヒはスタールへ走り続ける。次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




