第34話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ユウヒが呼び止められて小一時間後、彼は疲れた表情でバイクを転がしていた。
「はぁ、やっぱり何もなく順調な日は最後に面倒事があるもんなんだな」
非常にゆっくりとした足取りで今日の宿泊予定地へと進んでいくバイクの上では、背中を丸めたユウヒが溜息を洩らし、順調な出だしはフラグだったかと愚痴を洩らす。
「しかし不正か、そいえば岩穴オアシスだったかな? あそこでもあったな?」
彼が呼び止められた理由は門番に払った小銀貨1枚の所為であった。
どうやらこのオアシスは有料施設が充実している事で維持費は十分賄えている為、物流を阻害する様な入場料はとられていないらしい。要は不正に門番が小遣い稼ぎを行っていたわけだが、辺境のオアシスと違い王都からもそう離れていない場所での不正は少し面倒なことになるらしく、騎士然とした鎧の男性は深い溜息を洩らしていた。
「お金はみんな欲しくなるんだろうな」
取り調べの間に返してもらえた小銀貨1枚を胸ポケットから取り出すユウヒは、その小さな銀の塊が生み出す魔力に溜息を洩らすと、またポケットに仕舞い込んで難しい表情を浮かべる。
「お金、もう少しどこかで稼いでおいた方がいいかな?」
これから先、お金が必要になる場面は少なくないだろうと、最近あまり考えてなかった問題について悩むユウヒ。日本では勝手に増えていく状況であり、山脈の向こうでは某王子様を助けたことで結構な褒美として貰えたお金、しかし砂の海で使えるお金は現在小銀貨が少しに豆銀と呼ばれる小さな銀貨が数個、生活する上では問題ないが、今後を考えると少なく思える蓄えであった。
そんなユウヒよりも懐事情が苦しいのは、彼から不正に小銀貨を受け取った門番たちである。
「くそ! あの詐欺師がチクった所為だ!」
「だからあいつらがいる時は止めとけって言ったんだよ」
しかも今回はその不正がバレた事で罰を受ける事になり、仕事から一時的に外された彼らは宿舎の前で酒を片手に悪態を吐き続けていた。ユウヒから直接お金を受け取った男性は、口から洩れて髭を濡らす酒を腕で拭うと、向かいの椅子に座る非番の同僚の言葉に不満の表情を浮かべる。
「少しぐらいいいだろうが、それを王都のエリート様がよ!」
椅子に座る同僚の男性も、また今も普通に勤務している人間も、大なり小なり不正にお金を受け取る事がこのオアシスでは常態化していた。そんな噂を聞きつけた王国の人間が調査目的で送り込んだのが、ユウヒを呼び止めた騎士然とした兵士達であった。
「エリートなんだからしょうがないだろ? 小銭稼ぎする意味がないんだし」
「良い思いしやがって」
王都で働ける兵士と言うのは、それなりに優秀な人間でなければスタートラインにも立てない。そんなエリート街道を歩く彼らの懐事情はそれほど劣悪ではない様で、それは周知の事実なのか同僚の言葉に不貞腐れた様に悪態を垂れる男性。
「仕方ないだろ? 環境が違うんだ環境が、俺らが一年働いてもあいつらの一月の給与に満たねぇんじゃないか?」
王都から派遣された兵士たちと、地方オアシスの警備員との間には途方もない差があるらしく、呆れた様に話す同僚男性は、目の前で地面に座り込み酒を飲む男ほど気にしてはいない様だ。
「……そうだ」
「あ?」
むしろ普通の兵士は同僚男性同様に高すぎる場所に目を向けるより、自分の手元の方が大事であって、今の様に悪態を吐く男の方が珍しくもあった。そんな地べたで酒を飲む男は何か思いついた様に立ち上がり、その様子に周囲でたむろしていた男達は不思議そうに顔を上げる。
「あの遺物乗りの荷物を頂こう!」
「いやいやいや!?」
周囲から視線が集まる中での発言に、思わず声が裏返り椅子からずり落ちる同僚男性。あまりに突飛な考えに周囲の人間も怪訝な表情で首を傾げている。
「あんな遺物持ってんだ金持ちのはずだ!」
「それはそうだろうが盗みはまずいって」
この世界で遺物を持つ者は総じて金持ちである。何故なら遺物はとにかく高い、さらにそれを動くようにするにはさらにお金がかかるのだ。しかもそれが高性能であればあるほど必要な資金は青天井、ユウヒが金持ちだと勘違いされてもおかしくはない。
「大丈夫だ、あいつ無料エリアに停めてるから警備はいねぇ」
「だからそう言う問題じゃねぇだろ」
しかし残念ユウヒは現在金策を考えないといけない状況であり、例えバイクを停めている場所が警備の範囲から外れており、警備兵が盗みを働くのに都合が良くても盗むものがない。また現在のオアシスで盗みを働くリスクは高く、ユウヒが何者かもよくわかってない彼らの姿に同僚男性は頭を抱える。
「ちょっとだけだって、大丈夫一人だ気が付かねぇって」
「俺は知らねぇからな」
そう、彼らなのだ。現在目の前で立ち上がり堂々と盗みの計画を立てる男の周りでは、怪訝な表情を浮かべる者が多い中、確実に同行しようと話に混ざる者がいる。その現実に同僚男性は頭を抱えると、自分の所属するオアシスの今後に不安を覚えるのであった。
「は? 手伝えよ! 手伝わねぇなら分け前無しだからな!」
「いらねぇよ、それより俺は止めたからな? どうなっても知らねぇぞ?」
「はっ! 玉無しが!」
これ以上付き合ってられないと椅子から立ち上がる同僚男性に声を荒げる男は、後ろ手を振って立ち去る同僚に悪態を浴びせ拳を振り上げるが、すぐに同行を求める男達の声に振り返ると盗みの計画を立て始める。
「おうおう、おれはエリート様がいる間は大人しくしてるんでな」
「糞が!」
それでも悪態を吐き足りなかったのか、最後に一言残して立ち去る同僚に声を荒げる男の周りからは計画に賛同する人間以外はいなくなっていく。
「……もうちっと利口に振る舞えんかねぇ? まぁそれが出来てりゃって話か」
宿舎の前で小さな灯り一つ付けて車座で集まる男達、その姿が酷く愚かに見えた男性は小さな声で疑問を呟くも、その疑問は愚問だったと自己完結し溜息を洩らす。
「しかし、どうするか? 詐欺師ねぇ?」
薄暗いオアシスの道を詰め所に向けて歩く男性は、ユウヒの情報を反芻しながら険しい表情を浮かべる。どうやら彼らの中でユウヒは詐欺師として扱われているらしく、その事に疑問を覚える男性は今後について考え始めた。
「……やめた、考えるのもだりぃ」
しかし、すぐに深く考える事を止めた男性は、頭の後ろで両手を組むと。空に浮かぶ星を見上げて深く長い長い溜息を吐いて悩みを溜息と一緒に空へと流してしまうのであった。
不良兵士の魔の手が忍び寄ろうとする一方で、ターゲットとなったユウヒはバイクの側に野宿セットを建て一息ついていた。
「ふぅ、結構汚れてたな」
いつもの砂と石のベッドに座るユウヒの前には、地面の砂を固めた砂岩の台が作られており、その上では結界の魔道具の青白い光が周囲を照らし、下半分が砂岩の台に埋まった小鍋と緑木のカップからは香ばしいスープの香りが湯気と共に空へと昇っている。
「ふぅ……あちこちにゴミが引っ掛かてたし、轢いたのかウィードの蔦が絡まってるし……バイクにくっついてたゴミだけで結構な素材になるな」
スープを一飲みため息が漏れる彼の足元には、ごちゃごちゃとした草木の塊が丸めて置いてあった。それはバイクの整備を行った際に出てきたゴミでボディの隙やタイヤに絡んでいたものだ、一見ごみのようだがこの世界特有の異常故にユウヒにとっては素材となりえる。
「地面に埋めても良いけど」
物自体はここまでくる際に引っ掛けた石や草木、轢いたり跳ねたりしたウィードの残骸など、砂の海と言う土地柄珍しくも無い物なので、ユウヒの魔法で地面に埋めて処理しても良いものだ。だがそれでは面白く無いと思うのがユウヒである。
「なんだかこのオアシス怪しいし、防犯グッズでも作るか」
蔦を引っ張って綺麗にまとめながら考え事をするユウヒは、オアシスに到着してから感じる不穏な空気に用心を一段階引き上げ、結界以外にも防犯を強化することにしたようだ。
「素材の隠れた性質に良いものはないかな? うーん……自動迎撃、賢いもの、スマートボム、ハチミツの如く、生きてる」
手のひらサイズの石、エノコログサの様なイネ科の草、クルミの様な木の実、太いウィードの蔦、細いウィードの蔦、それらには不活性状態の性質が存在し、ユウヒの合成魔法はその不活性状態を活性化させる事が出来る。
「色々な性質持ってるなぁ……不思議な世界だよ」
これはアミールの管理する異世界ワールズダストの不安定さの表れであり、ユウヒの住む地球では先ずありえない。石なのに柔らかい性質や液体の性質を持っているなど、不思議な世界の法則に小首を傾げるユウヒの表情は実に楽しそうである。
「こっちの石ころと綺麗な石と砂で感知器作ってこっちの蔦でロープ作って」
ベッドから地面へとお尻を落ち着ける場所を変えたユウヒは、胡坐をかくと目の前の砂地にゴツゴツした石やつるつるとした石を並べ、小さな砂山を作ると数本の蔦をその横に並べ始めた。
「これを組み合わせて……よしできた」
一体何をしているのか、周囲の人間には解らないユウヒの制作作業、もしわかるとしたらそれはアミールや神ぐらいなものだが、この地にその目は行き渡らない。
「あとは、こっちもこうして……」
構想がまとまり下準備が終われば後は合成魔法を発動するだけ、類稀な妄想力により補強された魔法は結果への道筋を強引に導き出す。
そして彼の妄想は深夜のオアシスに小さな爆発音と悲鳴を響き渡らせる。
「ぎゃああああ!?」
「なんだこれ!?」
「気持ち悪い!?」
「糞!ぬけねえ!?」
ある者は唯々痛みに悲鳴を上げ、ある者は驚きで大声を上げた。人数は全員で四人、三人目は体の自由を奪う得体のしれない何かの感触に暗闇の中で悲鳴を洩らし、がっちりと拘束された者は地面に落ちたカンテラの前で芋虫の様に蠢く。
「……うるさ」
その悲鳴は静かな深夜のオアシスに良く響き渡り、無料休憩所のあちこちで灯りが生まれ、淡い青色の灯りに照らされたユウヒはベッドから起き上がり、不機嫌そうな声を洩らす。
「いてえ、いてぇよ」
「なんだこいつ勝手に絡みついて!?やめ!そこは!?イデデデデ!」
「固まってきやがった!? とれねえ!?」
起き上がったユウヒは声が聞こえてくるバイクの方に目を向けると、灯りを手に取り大きなバイクの反対側に回る。そこには悲鳴を上げる男達が四人、汚れた目の粗い袋や小刀、工具が散らばる地面に転がりもがいていた。
「……何か御用ですか?」
全員がバイクの格納部前で倒れており、暗闇に紛れる色の服装や荷物を見れば何をするつもりだったのかは一目瞭然である。それでもとりあえず何か用かと不機嫌そうに問いかけるユウヒ。
「てめぇ……嵌めやがったな!!」
「いや、勝手に嵌っただけでは?」
その問いかけに対する返答がすべてを物語っているが、嵌ったの目の前の男達であり、ユウヒが嵌めたわけでは無いため、ユウヒは眉間に皺を寄せると不思議そうに小首を傾げる。
「お前がやったんだろうが!!」
青白い灯りに照らされるユウヒの表情に怒りを露わにするのは芋虫男こと、門前でユウヒから小銀貨一枚をせしめた男性兵士、ユウヒを睨むがウィードの蔦ロープで体を拘束される姿は実に情けない。
「まぁそうですね? 防犯トラップを仕掛けたのは俺ですけど、ふわぁ……何をしていたんですか?」
「……うっせえ! こんなことしてただで済むと思うなよ詐欺師が!」
「詐欺師ねぇ?」
ユウヒが仕掛けたのは格納部を開こうとすると発動する防犯トラップ、一つは単純な地雷だが負うのは下半身全体への打撲、二つ目は細いウィードの蔦紐による巧みな全身拘束、三つ目はぬるぬるとしたウィードの蔦ロープによる拘束と硬化、四つ目は単純にぐるぐる巻きにされるざらついたウィードの蔦ロープ。
実に悪辣で仕掛けた人間の性格が歪みがうかがい知れる。
「何をしている!」
「動くな!」
「むむ」
詐欺師と言われて何かを察したユウヒが目を細めていると、悲鳴を耳にして駆けつけた兵士達が槍の切っ先を向けながら明るい照明でユウヒ達を照らし出す。青白い光よりずっと明るい光に目を細めるユウヒは、声を聞きつけて来たにしては多い追加の兵士に訝し気な表情を浮かべた。
「助けてくれ!!」
「この詐欺師が襲い掛かって来たんだ!」
「……この状況で襲うは微妙でわ?」
妙に手際が良く見える兵士の集まり具合にユウヒが何か言うより早く、トラップに引っかかり起き上がれない男性兵士達が助けを求めて声を上げる。どうやらユウヒを悪人に仕立て上げようと言う魂胆の様だが、小さな照明魔道具片手にバイクに寄りかかるユウヒは、残念な人間に感情のままの視線を向けた。
「これは……」
「なんだこれは」
「貴様何をした!」
数名の照明が集まりバイクの周りを明るく照らしだす事で、トラップによる被害が周囲に晒され、そのあまりに異質な光景に言葉を失う兵士や、ユウヒを問い詰める為に槍の切っ先を向ける兵士。
「何をと言われるなら、乗り物が盗まれないように防犯トラップを仕掛けましたね?」
「嘘だ! そいつがいきなり襲ってきたんだ!」
何をしたと言われても防犯対策を行ったとしか言えないユウヒ、しかしその言葉を妨害する様に芋虫男が大きな声でがなり立てる。こういう場合とにかく声が大きい方が人の耳には残りやすく、半数の兵士はユウヒに疑わし気な視線を向けるが、しかし冷静な人間が居ると別だ。
「ふむ」
「なぜこんなことを?」
「俺?」
夜の闇の奥から騎士然とした男性兵士が姿を現すと、周囲を見回し小さくため息を洩らし、お供の兵士は落ち着いた声でユウヒに問いかける。なぜ、その問いかけに眉を上げたユウヒは、自分の行動を顧みる様に星空を見上げた。
「お前しかいないだろ」
「んー何か怪しかったからバイクを触ったら発動するトラップを仕掛けたわけですが、こちらの兵士は人の物を勝手に漁るのがお仕事なんですか?」
惚けた様に見えるユウヒに疑わし気な目を向ける兵士は、苛立ち交じりの声を上げながら槍を構え直すも、騎士然とした男性が手で促すと渋々と言った様子で槍を下げる。その姿に片眉を上げるユウヒは、トラップを仕掛けた理由を話す。目の前の状況は彼が意図してやったものではなく、勘が警報を鳴らすので念のためにと、バイクに接触することで発動するトラップを仕掛けたと言う言葉に小さく唸る兵士たちは、自然とその視線を地面に転がる者達に向け、続くユウヒの問いかけに険しい表情を浮かべた。
「そんなことしてねえ!!」
「でもなぁ?」
どうやら普段から素行の悪い者達のようで、声を荒げる姿に同情的な視線が少なくなっていく。何せ夜中の騒ぎだ、ユウヒだけでなく警備についている兵士にも迷惑な話である。
<……>
「あぁ、門で払った小銀貨没収されたから俺の荷物からお金を盗ろうとしたのか……ちょっと軽率過ぎない?」
呆れた様に呟くユウヒの耳元で、薄青色の精霊が瞬き何やらユウヒに伝える。それは風の精霊、噂好きな彼女達は男達の作戦会議を見ていたようだ。彼女が直接見ていなくても、現在このオアシスには歴史を調べる歴女と化した精霊たちが飛び交っているので、どんな小さな会話にも戸は立てられない。
「そ、そんなことしてねえ!!」
あまりに軽率な計画にユウヒは心配そうな表情を浮かべると、地面に転がる蓑虫男に目を向ける。精霊達曰く、その男が主犯格でありユウヒから小銀貨を受け取った人物でもあった。彼はユウヒの真っ直ぐな視線と呆れを含んだ断定するような言葉に驚愕の表情を浮かべると、すぐに繕う様に頭を振って否定する。
「…………応援を呼んで来てくれ」
「はっ!」
しかし時すでに遅し、ユウヒの問いかけに対して見せた蓑虫男達の表情がすべてを語っており、詳しく問い詰める為に騎士然とした兵士は、呆れや落胆が見てとれる複雑な表情で指示を出し、指示を受けた兵士は走って応援を呼びに行くのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒの悪辣トラップにより醜い光景が生み出されたオアシスの夜、ユウヒへの対応は、そしてユウヒの明日は、次回もお楽しみに。
それでは、今日はこの辺で、皆さんの反応が貰えたら良いなと思いつつ、ごきげんよー




